一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

幽霊屋敷にて

 〈グレーシュ・エフォンス〉


 訓練が終わり、夕焼け空の下……俺はソニア姉とラエラ母さんと教会の前で待ち合わせている。ソニア姉の希望で一緒に新居に行きたいらしい……俺が教会前で特技ぼーっとするを発動していると、俺が座っている教会前の階段……その隣にクロロが腰掛けた。

「なんだ?」

 俺が夕焼け空を見つめながら訊くと、クロロも同じように夕焼け空を見上げながら言った。

「いえ、私達も実は……ソニアさん達と一緒に住まないかと誘われまして……」
「へーそうなん……は?」

 思わず流しそうになったところで、俺はバッと隣で困ったように笑っているクロロを見た。

 なんつったこいつ……。

「え?一緒に?なんぞそれ……俺氏聞いてないんだけども……」
「先ほど、グレイ君達の新居の下見をしてきたラエラさんが思ったよりも大きくて、それでいて広いお屋敷・・・だったらしく……部屋が余ってもったいないからと提案を受けたんですよ」
「お屋敷……?確か、部屋は六つの一軒家だったはずだけど……」
「そうなんですか?ラエラさんの言い方だと、広いお屋敷だと……」

 どうなってる?
 ふと……俺はアリステリア様との会話を思い出した。

『一応、要望通りの家を確保出来ましたわよ』
『ありがとうございます』
『安く買えましたし……まあ、ちょっと訳ありなんですけれど……』
『ありがとうございます』

 ………………とかなんとか適当に流してたけど。アリステリア様は要望通りと言っていただけだもんなぁ……なんだか嫌な予感がする。あの時、アリステリア様は妙な含み笑いもしていたし……いやだなぁ……と、俺が思っているとパタパタと目の前の通りの向こう側からソニア姉が走ってきた。
 その後ろにはラエラ母さんとアルメイサ……それにワードンマもいた。
 そういえばクロロ……私達って言ってたなぁ……いいのだろうか。
 訊くと、

「いいじゃんいいじゃん。沢山いた方が楽しいよ。ね、クロロお姉ちゃん・・・・・
「え?」

 ソニア姉にお姉ちゃんと呼ばれたクロロは素っ頓狂な声を上げた。

「あたし、前からお姉ちゃんが欲しかったんです。可愛い弟はいるので、なんとなく甘えられるような存在が欲しかったというか……ダメ……ですか?なんなら弟を貰ってもいいので!」
「何言っちゃってんのお姉ちゃん……僕よりもクロロの方が良いの?酷い!」
「そ、そんなことない……よ?」

 ならなんで目を反らすの?弟よりもお姉ちゃんが欲しかったのは本音だな、これ。
 なんとなく俺はクロロを睨みつけると、バッとソニア姉とクロロの間に割って入って言った。

「クロロ許すまじ」
「な、なんでですか!」
「お主達、そろそろ行かんと日が暮れてしまうのじゃが?」

 ワードンマの言葉でハッとなった俺たちは新しい我が家に向けて足を向けた。
 その道中でふて腐れる俺を見たソニア姉が、「しょうがないなぁー」と笑顔で俺に近寄ると手を出してきた。

「ほら、そんなに拗ねてないでさ。お姉ちゃんが手を繋いであげよう」
「そんなに子供扱いしないでよ……」

 とはいえ、強くは抗えない俺はソニア姉の手をとってしまうわけだった。
 ふと、クロロに視線を向けてみると……さっきまで楽しそうだったのに少し寂しげな横顔を見せていた。


 ※


「「「おぉー」」」

 と、新居を前に俺たちは大きな二枚扉の前で大きな我が家を見上げて感嘆の声を漏らした。
 大きい……そう大きいのだ。まるで貴族の別荘である。こんなお屋敷みたいな家を俺の持ち金で買えたのだから、かなり良い買い物をしたように思う。
 ここから俺たちの幸せな生活が待っているのだと……この時は思っていた。


 ※


 屋敷の内部としては、広い談話室とそれに隣接してダイニング……キッチンと並んでいる。通路は直線で、曲がることはない。お風呂があって、トイレが一階と二階で二つ……そして、一階と二階で部屋が六つ……これで俺たち全員が一人ずつ個室が与えられるわけだ。
 自分の部屋なのだからナニをしようとも大丈夫……そう、別にやましいことなんて何一つないが……俺が自分の部屋でナニをナニしてはナニしようとも、誰も分からない!
 ナニがナニで何のナニかはこの際言わないでおくが……。
 まあ、そんなこんなで今宵はラエラ母さんが腕を振るって作ったご馳走を食べて、それぞれが与えられた自室へ……さっそく俺はフカフカベッドに飛び込んで暴れ馬と雌雄を決してやろうとゴッドハンドをワキワキさせたときだ……不意に視線を感じた俺はチラッと顔を横に向ける。
 俺の部屋は一人用ベッドが一つと、化粧台、丸いテーブル、椅子……まあ、それくらいしかないのだが、そこに見覚えのないアイテムが追加されていたため、俺は首を捻った。
 ちょうど暴れ馬がオーバーヒートする前だったので、特にお預けのストレスを感じることなくそのアイテムがある化粧台へと足を運び……俺はそれと目を合わせた。
 化粧台の上にあったのは見覚えのない西洋風人形……なんて言うんだったっけとりあえず、人形がなんでここにいるのかは置いておいて……ナニしてるところを例え人形でも見られたくはない……俺は人形を持ち上げると鏡に向けて座らせて上げた。
 と、そこで鏡に反射して結局見えることに気がついた俺は、アンティークドールを前屈みに倒して装飾スカートの中が丸見えな体勢にしてあげた。
 なにやってんだ俺は……。
 自分で馬鹿なことをしたと思いながら、俺は今度こそとベッドに飛び込もうとして……再び視線を感じて振り返るとさっきパンツ丸出しだった西洋人形が再び俺を見上げるように座っていた。微妙に首を傾げているのが可愛い……じゃなくてだな……。
 あれかな?さすがにパンツ丸出しは恥ずかしかったか……って、そうでもなくてだ。
 俺はブンブンと頭を振って、よーくアンティークドールの目を見た。美しい造形の瞳を見つめながら、この人形がさっきから不可解な動きをしていることに俺はようやく疑問をもった。

「こいつ勝手に動いてるな……そんなに俺の情事に興味が!?」

 俺がまさかの!?と勝手に驚いていると、それを否定するように人形が突然首を横に振った。

「あ、違う?まあそうだな……」

 と、普通の反応の俺に人形からまるで、「なんだこいつ」みたいな気配を感じた。俺はとりあえず人形の頭を鷲掴みにした。

「……さっき目を見た時もそうだが魔術的な力は感じなかったな。少なくてもソニア姉とかクロロとか……身内の仕業じゃないようだな。あれかな?格安のお家によくある訳ありなやつ?訳あり物件?」

 もしもそうなら、この人形は所謂幽霊という奴である。やだぁ……わたしぃー幽霊こわいー。
 ギチギチと人形にアイアンクローをしていると、人形が暴れ出し、部屋のものを勝手に飛ばしてきた。ポルターガイスト!
 窓際にあった花瓶が飛んできたので、それを避けて壁に当たって割れないようにキャッチすると同時にアイアンクローをかましていた人形を解放してやる。
 解放した人形は宙を漂い、ジッと俺を睨むように見続ける。
 俺はコホンと咳払いしてから人形に向けて言った。

「まあ、落ち着いてくださいよ」

 俺が落ち着き払った態度でいると、突然人形から力が抜けたように……人形はボトッと床に落ちた。幽霊さんがどこかに言ったようだ。

「ふむ……」

 俺は落ちた人形を見つめながら、他のみんなは大丈夫だろうかとか考えた。
 どうして俺がこんなに冷静でいられるのかというと、別に幽霊が怖くないから……という単純な理由でしかない。そもそも、幽霊の系列のアンデッド系の魔物だって普通にいるのだから、今更幽霊で怖がるとかないわ。
 俺がそんなことを思っていると、屋敷中から悲鳴が上がった。

「みんな怖がりすぎじゃないかなぁ……たかが幽霊で」

 俺が苦笑していると、ドタバタと廊下を走る音が聞こえ、ノックもせずに俺の部屋にソニア姉が涙目で飛び込んできた。

「グレイーー!!」
「あ、うん。どうしたの?」
「幽霊が!人形がー!!」
「うん。知ってる」

 ソニア姉が俺に縋り付くようにして抱き付いてきて、なんだかお風呂上がりのいい匂いがするとか、心底どうでもいいことを考えながらソニア姉を抱きしめて頭を撫でて上げる。
 それにしても、そんなに怖いかなぁ……。
 とりあえず、俺はソニア姉を安心させるために言い聞かせるように言った。

「安心してよ。ソニア姉やラエラ母さんは神官でもあるんだから、神聖の力で直接近づいてたりは出来ないよ」
「で、でも……ま、窓から人形がずっとこっち見てるんだもん……」
「大丈夫だよ。見てるだけで何も出来やしないよ」

 魔力で俺たちが元素を作るわけだが、その元素にはそれぞれ特性があるわけだが……。
 光の元素の場合、その特性は神聖や浄化という特性だ。邪悪なものを拒絶し、神聖なるものに癒しや安らぎを与える。その特性で、幽霊なんかのこの世あらざるものは神聖の力を持つ神官には何も出来ない。
 俺はそれを知っていたため、ソニア姉やラエラ母さんに危険がないのは分かっていた。が、そうか……怖いものなのか幽霊って。
 俺が大泣きするソニア姉をよしよししていると、もう一人俺の部屋に飛び込んできた。ラエラ母さんだった。

「グレイー!」

 ガシッとラエラ母さんが俺の右腕にしがみ付く。その後直ぐにアルメイサとワードンマも飛び込んできて、アルメイサが俺の左腕に……そして俺に抱きつこうとしてきたワードンマを足で俺は踏みつけた。

「いやん、怖いわぁ〜」
「アルメイサさんは嘘ですよね?絶対、面白がってますよね?」
「そんなこと……ないわよぉー」

 なんだ今の間は……。しかし、微妙に瞳が濡れているので、あえてそう見せているのかもしれない。

「な、なぜじゃー!!なぜワシはダメなのじゃー!助けてくれグレイイィィ!!」
「その外見でお化け怖いとかマジないですから!というか、ワードンマさんに抱きつかれたら骨が折れそうなんですよ!というか、そっちの気でもあるんですか!?」
「そんなわけあるかい!」
「じゃあ、なおさらやめてくださいよ!変な噂立ったらどうするんですか!」

 バタンっ……。
 と、突然俺の部屋の扉を誰かが開け放った。俺たちは咄嗟にそちらへ目を向けて見ると、クロロが顔を俯かせて部屋の前で立っていた。だから、俺は……、

「さあ!クロロ!どんと来いや!」
「なぜクロロは良くてワシはダメなのじゃ!」
「男だからです」
「それが本音かぁー!?」

 当然です。おっさんに抱きつかれても誰も喜ばんのだよ……フハハ。
 俺がどんと来い胸を開いて構えていると、プルプルと肩を震わせたクロロが俯いたままスタスタと俺のところまで歩いてくると、徐にポスッと俺の胸に額を預けた。
 ちょっと驚いて、俺は上擦った声をあげた。

「お、おい……クロロ?」
「うっ…………ぅぅ……ぐすっ」

 呼びかけると、微かに嗚咽を漏らしていた。それを聞いて、俺の導火線に火が点いた。

「…………ちょっと、俺ゴーストバスターしてくる」
「そうじゃな……いこうではないか」

 なぜかさっきまで怯えていたワードンマがシャキッとした顔つきになって、俺と視線を合わせた。
 俺は小さく嗚咽を漏らすクロロの肩を優しく抱いてから離し、俺に縋り付くラエラ母さんやソニア姉達からも俺は離れた。
 男には……許せないことがある。それは女を泣かせる不届きなイケメン……そして、イケメン。あとイケメンとかその他もろもろ。
 まあ、別にそれは関係なくて……クロロが泣いているなんてよっぽど怖かったのだろう。クロロの泣き顔を見た瞬間……どうも俺の中で幽霊許すまじの言葉が出てきてしまったようだ。
 ソニア姉やラエラ母さん……それにあのアルメイサも怖がっている。このままにしておくと全員不眠症になりかねない……。

「よし……じゃあ、行きますか」
「う、うむ……」

 意気込んで行こうとしたところでワードンマの震える声が聞こえて振り返ると、ワードンマの下半身が笑っていたので俺はそっとワードンマをその場に座らせた。


 ※


「とにかく、この部屋で大人しくしててね?ソニア姉とラエラ母さんの近くは安全だから」
「う、うん……気をつけてね?グレイ……」

 ラエラ母さんは震えるソニア姉と抱き合いながら俺に言った。俺は苦笑を返して、部屋から出ようとすると……服の裾をクロロに掴まれた。

「どうした?」

 と、声をかけるがクロロは顔を俯かせたまま動かない。やっと口を動かしたかと思うとこんなことを言った。

「連れて……行ってください……」
「え?」
「ひとりに……しない……で」
「……クロロ?」

 俺が困ったようにしていると、ラエラ母さんが俺に頷きかけてきたので、仕方ないと……クロロを連れていくことにした。
 クロロに裾を摘まれたまま俺は部屋から廊下に出た。

「よし、じゃあ歩くぞ」

 俺がクロロに言うと、クロロはコクリと頷いた。
 廊下を歩きながら俺は、今の状況について考えてみた。クロロの格好はいつもの忍者服だけで、その他の装備は一切ない……いつかの時に見た格好だ。その上、今はかなり弱っているようで大和撫子な雰囲気はなく、しおらしい感じがなんだか……。
 ふと、興味本意で振り返ってクロロの顔を見ると真っ赤に染めた頬に涙で濡れた瞳……垂れ下がった眉……なんだろうこの可愛い生き物は……なにこれ?ギャップ萌え?いつもと違うクロロを見たからか、俺の心臓の鼓動がやけに煩い……落ち着け……。
 再び前を向いて、トボトボと歩くクロロの歩調に合わせる俺はさっきみた顔が忘れられずにいた。
 ふぅ……。

「索敵」

 俺は煩悩を消し去ろうと、索敵範囲を広げて屋敷全体の気配を探る……と、早速廊下の奥の方に気配を感じたので、目を凝らしてみるとまた西洋人形がいた……廊下の真ん中に立っている。
 テレテレと近づくと、突然俺に向かって飛んできたので俺はクロロの肩を抱いてそれを避けた。

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