一兵士では終わらない異世界ライフ
王都開戦
〈イガーラ王国・王都イガリア〉
バニッシュベルト帝国軍の空中艦ノアを見たという報告を受けたゲハインツは、魔術師達に早急に【アマルジア】の構築をさせ、王都の外周を固めた。
およそ数時間のうちにそれを成し遂げたのだから、さすがと言える……そして現れたノアによって放たれた魔力砲によって多少の被害が出たものの【アマルジア】が無ければ大惨事だっただろう。
王城で指揮を執るゲハインツは魔力砲を【アマルジア】が防いだ時の衝撃で散らかった作戦室でうーむと唸った。
「……戦況は不利だな。幸い、地上戦になれば敵味方が入り乱れる中で魔力砲は使えまい。だが、向こうの戦力は人智を超えた達人が四人以上……加えて怪物が一人……さて、どうしたものか」
いっそのことを降伏したい……したいが、王都が落ちることはイガーラ王国が未来永劫帝国に飼われることを意味する。
今は【アマルジア】で民に被害が出ることはない……ならば、全力の限りを尽くして戦う他はない。
「我が同胞諸君……君達の命を多く失うことなりそうだ……すまない」
それでも国のために全てを背負う男の姿を、アリステリアはジッと見守り……、
「ギルダブ様…………」
愛する人の名前を呼び、婚約してもいないのに無理矢理に買ってもらった婚約指輪を握りしめた。
そうしていると折に、ふとアリステリアは思った。
「そういえば、今王都にはグレーシュ様が……」
何かを期待しているのではなく、相手のことを考えて心配してのことだった。もしもグレーシュの身に何かあれば悲しむ人はきっと多いから……。
〈グレーシュ・エフォンス〉
うわっ……なにあのファンタジー感ぶち壊しな奴……幸いにして船の形をしてるからいいんだけども……と、俺は空に浮かぶノアを見ながらそんなことを思った。てか、カッコイイじゃねぇか……。
俺は王都の外周に巡っている市壁の上に立って弓を構えている。弓兵達の配置は俺と同じところ、あとは市壁の目の前だ。そこには他に投石機などが大量に設置されている。
敵の数は目算だが十五万……こっちと同等か少し少ないかもしれない。だが、向こうには魔導機械の力もあるし達人の力もある。ぶっちゃけ、戦況は不利だ。
とはいえ、戦い始めないと分からないしな!うわぁ……なんか緊張するなぁ……とか思っている間に開戦の合図が鳴り響き、帝国兵と王国兵の最前列の兵士達がぶつかり合う。
こちらの陣形は盾の陣と言う奴で、逆ピラミッドみたいな真ん中が凹んだ陣形をしている。
一方、敵は一の陣……横一列の普通の陣形である。盾の陣は名前の通りに防御力が高い陣形だ。それをただの一の陣形で攻めてくるか……よほど攻撃力に自信でもあるのだろうか。俺がいろいろと思考を巡らせていると、スカッシュ先輩の命令がかかり、弓兵隊は矢を引いた。
狙いは敵の奥の勢力……俺はそこら辺にいた敵将に狙いを定め……スカッシュ先輩の合図で矢を放った。
みんなの矢が山形に飛んでいって敵を少なからず削っていく中で、俺の矢は敵将をヘッドショットした。しかも、貫くのではなく爆裂してしまった……自分でも引くレベルの破壊力だった。頭が爆裂した敵将の亡骸の周辺にいた兵士達はあまりのグロさに震え上がり、脳みそを浴びた兵士に至っては失禁してる。
さて、次々……。
俺は再び敵将に向けて矢を放つ……が、今度はそれを防がれた。よーく見てみると、なにやら身体に機械的な何かを装備している……魔導機械か……。
ペコポンとした矢では俺でも貫けない。なら、少し威力と貫通性を調整して……ということを繰り返していたら敵の指揮が乱れ始めた。
「っ!い、いけるかもしれないぞ……」
スカッシュ先輩の言葉に他の弓兵達もそう感じていた。敵は弓兵隊の攻撃に対抗策がない……いや、あったがそれを俺が問答無用で貫いている所為で、本来ならあり得ないほどに王国が有利な方向に傾き始めている。
「ば、ばかな!陣形を崩すな!相手は格下だぞ!?ノアまで持ってきておいて……あそこにおられるベルリガウス様に殺されるぅ!」
敵将が何とか指揮を執ろうとしているが……これだけ一斉に指揮官を失い、思い思いに動き始めた大群を束ねるのは用意ではない。
前線も、我が師団のツートップらしいノーラとエリリーが押しているし、ソーマの師団の遊撃奇襲で敵の乱れた陣形がさらに乱れる。
俺は俺で、マイペースに高さも合わせて三百メートル以上も離れたところにいる敵将を打ち倒していく。
敵将の装備も分かりやすい……ウォー◯ーを探せのランギング上位者である俺にはイージー過ぎる。なにそのランギング……。
と……俺の索敵範囲内で自軍の右翼が後退していることに気が付いた。視線を向けてみると、こっちの将が討たれていた。敵を確認してみると……、
「あれは……」
と、俺の視界に騎馬に乗った美少女がいた。緑色の髪は風に靡くが如く……腰まで伸びていて、エメラルド色の瞳も相まって非常に美しく、そして可愛らしい容姿をしている。背は高く、胸は……まな板(笑)(それはそれで好き)でスレンダーな印象を受ける。
「スカッシュ先輩!右翼の援護に回った方が……」
俺が叫ぶと、スカッシュ先輩も右翼の後退に気が付いて視線を向けて……よーく目を凝らして頬を引き攣らせた。
「お、おい……あれは『弓姫』シルーシア・ウィンフルーラだ!やべぇ!」
「ちょ、どうしたんですか?」
頭を抱えたスカッシュ先輩に俺は困惑気味に問いかける。
すると、スカッシュ先輩は気まずい表情で答えた。
「『弓姫』……弓術の達人だ。最大射程距離は五百メートルとかいう怪物だよ!!」
五百メートル……俺は若干引いた。
「マズイぞ……右翼は確かエリリー小師兵の分隊があるが……」
「エリリー……小師兵殿は剣術の達人……でしたか?」
俺が訊くとスカッシュ先輩は深刻そうに頷く。俺はノーラやエリリーが達人の実力者だと知っている……二人がこの八年間頑張ってきたのも分かっているが、いかんせん相手が悪すぎる。
最大射程距離五百メートルとかいう基地外なロングレンジプレイヤーが相手では、とてもじゃないが剣で太刀打ちできない。それが弓術の達人でなければ問題なかったが……わ
「向こうの援護に回りましょう!スカッシュ先輩!」
「ばかやろう!俺たちはノーラント師兵団だ……それにこっちの援護で手一杯だろうが!」
「それはそうですけど……!うん、そうですね」
「納得するの早くねぇか……」
いや、確かにその通りだと思ったから頷いただけである。それにエリリーだって剣術の達人……いちいち俺が助太刀するほどヤワじゃない筈だ。もう、二人とも俺がいなくても……十分……と、俺が再び自分の仕事に戻ろうとしたところで脳内に警報が鳴った。
全身に電撃が走ったかのような感覚に襲われ、バッと視線をさっきの『弓姫』という人物に向ける……すると、そいつはこっちに向けて弓を構えていた。
「スカッシュ先輩!『弓姫』がこっちにむけて弓を構えています!」
「はっ!?見えんのか……?いや、それがマジだったらやべぇぞ……『弓姫』は広範囲殲滅に長けた弓使いだ!もしかすると、戦況が傾き出したのが俺たちの所為だと分かって狙ってきてるのかもしれねえぞ!退避だ退避!全員壁から降りろおぉぉ!!」
スカッシュ先輩の号令で、壁の上にいた兵士達が全員慌てて降り始める。が、その途中で『弓姫』から矢が放たれた。
放たれたはこっちに向かって突き進むと同時に嵐を呼び、回転の加わっている矢に合わせて竜巻が発生した。
達人級弓技【サイクロウ】……広範囲を暴風でめちゃくちゃにする弓技だ。しかも、風の元素の特性を使った矢のようで速い……風の元素の特性は時間操作……物体の時間を速くしたり、逆に遅くして速度を増加させたり減少させたり出来る。
俺はこのままでは逃げ遅れた兵士達が危険だと判断して、壁から飛んだ。
そして……、
「【ブースト】」
シャキーンと一瞬で身体を魔改造して魔力の膜で覆い、錬成術で弓を剣に変形させる。
そして宙にて、向かいくる竜巻を纏った矢を相手に剣を構え……矢が剣の間合いに入ると同時に一切の無駄という無駄を省いた動きで、秒速何メートル吹いているか分からない竜巻が渦を巻いている方向とは逆方向に、円を描くようにして剣を振るった。
速度は竜巻と同じ速度……すると、俺が振るった剣から生じた風圧が竜巻を覆うように逆回転の竜巻を生み……『弓姫』の放った【サイクロウ】を相殺した。
それで矢も勢いを失って落ちていく……だが、【サイクロウ】の影響で地上で戦っていた分隊に大きな被害が出ている。投石機も倒れているし……なんて恐ろしい技なんだ。
俺は宙を落下しながらそう考えた。
そんな折へ……ビリッと俺の頬を炙るような電気が空気を張った。
「っ……」
そして、俺は自分の目を疑った。俺よりも少し高い位置で人が浮いていたのだ……身体全身にビリビリと電撃を纏った男……。
「はーはん?さっきから見てたがぁ……おめぇつえぇなぁ……『月光』前の前菜ってことで、ちょっとやろうじゃねぇかぁ……クックック」
「…………」
宙を落下しているのも長く感じるほどに、その男の威圧感が半端じゃなかった。俺の中で、どうやって俺の索敵範囲に突然姿を表せたのかなど、色々と疑問が起こったが……だが、『月光』の名前を聞いた俺はいてもたってもいられなくなった。
「【ディスペル】」
そう俺が叫び、周囲にパルス波が発生……俺の【ブースト】の魔術も乱れて強制終了したが、浮いていたその男も身体に纏っていた電気が消えて落下を開始した。
「な、なんだとぉおお!?」
さすがに驚いているようだった……俺は歯を食いしばり揺れた脳を無理やり正常に戻し、そして無詠唱で【イビル】を発動する。
身体を縦に回転させて、足を振り上げた俺は乱れる魔力をなんとか操作して【イビル】を構築していく。
振り上げた右足に砂やら土やら岩やらが集まっていき、俺の三倍くらいの大きさの悪魔の足に変わっていた。【ディスペル】の影響でこれが限界だった。くっそ……やっぱりあれ使うと自分も魔術が一時的に使えなくなる……もとい、使いにくくなる特性がクソすぎる!これだから固有魔術やらなんやら固有系統は欠陥がありすぎるから嫌なんだ!
俺は振り上げた悪魔の足を、そのまま回転する勢いに任せてその男に叩き込む……!
「【イビル・アックス】!」
固有体技……【イビル】と【踵落とし】を合わせた技だ。重いし硬いし痛い……。
男はもろに直撃すると同時に斜め下前方にズドーン……とぶっ飛んでいき、地面に激突すると岩盤が崩れた。
地割れが起こり、巨大なクレーターが出来上がる。あまりの衝撃に微かに地面が揺れているように見えた。
下の兵士達も突然降ってきたために何がなんだがわからず、上から落ちてくる俺に気が付いていないようである。
俺は【イビル】を消し、地面に受身を取って着地した。衝撃が全て地面に流れ、大げさなクレーターが俺を中心に広がる。
「っ……はぁはぁ」
俺は地面に着地してようやく呼吸を再開した。一体、なんだったんだあの男……思わず蹴り飛ばしたが……『月光』とか言ってたしクロロが狙い……なのか?
くっそ……やっぱりバニッシュベルト帝国ヤバい。もしも、あの時攻撃されていたらまずかった……敵が油断していてくれたお陰だ。
俺は冷や汗でびっしょりになった背中を思い、自分の運の良さに賛辞を送った。
しっかし……これで弓兵隊の援護がなくなった。『弓姫』がいる限り、効率的な援護は出来ない。攻城戦において守り手が強い理由は、こういった相手よりも高い位置から攻撃できるということだ。
矢は重力に従って、いつかは下に向かって落ちる……だから攻め手は壁の上にいる守り手に向かって上に矢を放たなければならない。これはとても命中率が悪い。だが、守り手はその逆……重力に逆らわないし、且つ打点が高いからより遠くの敵を面で制圧できる。
それに中へ入るための門だって固く閉ざされているから人数が必要……だかこそ、攻城戦において攻めは守りの三倍の数が必要だと言われている。
しかし、ことこの戦に関しては敵はファンタジー度外視のSFチックな代物を持ち出しているから通常の攻城戦のセオリーが通用しない。しかも、達人……よりによって弓術の達人が相手では攻城戦時の有利な条件が意味を成さない。
「まずは……『弓姫』を屠る必要がある……か」
俺はそう分析する。さて、これからどう動こうかと考えたところで索敵範囲の中で右翼の前線が後退しているのを感じ取る。気配から、エリリーが『弓姫』と戦っているようだ。
現在、俺がいるのは味方後方……弓兵隊のさらに後ろだ。
うーむ……しかし、まさか勝手に動けないしなぁ……。
俺が誰も気付いてないしいいかなぁーなんて思っていると、誰かの声が轟いた。
「右翼だ!誰か右翼の増援に行ってくれ!!」
…………了解!
バニッシュベルト帝国軍の空中艦ノアを見たという報告を受けたゲハインツは、魔術師達に早急に【アマルジア】の構築をさせ、王都の外周を固めた。
およそ数時間のうちにそれを成し遂げたのだから、さすがと言える……そして現れたノアによって放たれた魔力砲によって多少の被害が出たものの【アマルジア】が無ければ大惨事だっただろう。
王城で指揮を執るゲハインツは魔力砲を【アマルジア】が防いだ時の衝撃で散らかった作戦室でうーむと唸った。
「……戦況は不利だな。幸い、地上戦になれば敵味方が入り乱れる中で魔力砲は使えまい。だが、向こうの戦力は人智を超えた達人が四人以上……加えて怪物が一人……さて、どうしたものか」
いっそのことを降伏したい……したいが、王都が落ちることはイガーラ王国が未来永劫帝国に飼われることを意味する。
今は【アマルジア】で民に被害が出ることはない……ならば、全力の限りを尽くして戦う他はない。
「我が同胞諸君……君達の命を多く失うことなりそうだ……すまない」
それでも国のために全てを背負う男の姿を、アリステリアはジッと見守り……、
「ギルダブ様…………」
愛する人の名前を呼び、婚約してもいないのに無理矢理に買ってもらった婚約指輪を握りしめた。
そうしていると折に、ふとアリステリアは思った。
「そういえば、今王都にはグレーシュ様が……」
何かを期待しているのではなく、相手のことを考えて心配してのことだった。もしもグレーシュの身に何かあれば悲しむ人はきっと多いから……。
〈グレーシュ・エフォンス〉
うわっ……なにあのファンタジー感ぶち壊しな奴……幸いにして船の形をしてるからいいんだけども……と、俺は空に浮かぶノアを見ながらそんなことを思った。てか、カッコイイじゃねぇか……。
俺は王都の外周に巡っている市壁の上に立って弓を構えている。弓兵達の配置は俺と同じところ、あとは市壁の目の前だ。そこには他に投石機などが大量に設置されている。
敵の数は目算だが十五万……こっちと同等か少し少ないかもしれない。だが、向こうには魔導機械の力もあるし達人の力もある。ぶっちゃけ、戦況は不利だ。
とはいえ、戦い始めないと分からないしな!うわぁ……なんか緊張するなぁ……とか思っている間に開戦の合図が鳴り響き、帝国兵と王国兵の最前列の兵士達がぶつかり合う。
こちらの陣形は盾の陣と言う奴で、逆ピラミッドみたいな真ん中が凹んだ陣形をしている。
一方、敵は一の陣……横一列の普通の陣形である。盾の陣は名前の通りに防御力が高い陣形だ。それをただの一の陣形で攻めてくるか……よほど攻撃力に自信でもあるのだろうか。俺がいろいろと思考を巡らせていると、スカッシュ先輩の命令がかかり、弓兵隊は矢を引いた。
狙いは敵の奥の勢力……俺はそこら辺にいた敵将に狙いを定め……スカッシュ先輩の合図で矢を放った。
みんなの矢が山形に飛んでいって敵を少なからず削っていく中で、俺の矢は敵将をヘッドショットした。しかも、貫くのではなく爆裂してしまった……自分でも引くレベルの破壊力だった。頭が爆裂した敵将の亡骸の周辺にいた兵士達はあまりのグロさに震え上がり、脳みそを浴びた兵士に至っては失禁してる。
さて、次々……。
俺は再び敵将に向けて矢を放つ……が、今度はそれを防がれた。よーく見てみると、なにやら身体に機械的な何かを装備している……魔導機械か……。
ペコポンとした矢では俺でも貫けない。なら、少し威力と貫通性を調整して……ということを繰り返していたら敵の指揮が乱れ始めた。
「っ!い、いけるかもしれないぞ……」
スカッシュ先輩の言葉に他の弓兵達もそう感じていた。敵は弓兵隊の攻撃に対抗策がない……いや、あったがそれを俺が問答無用で貫いている所為で、本来ならあり得ないほどに王国が有利な方向に傾き始めている。
「ば、ばかな!陣形を崩すな!相手は格下だぞ!?ノアまで持ってきておいて……あそこにおられるベルリガウス様に殺されるぅ!」
敵将が何とか指揮を執ろうとしているが……これだけ一斉に指揮官を失い、思い思いに動き始めた大群を束ねるのは用意ではない。
前線も、我が師団のツートップらしいノーラとエリリーが押しているし、ソーマの師団の遊撃奇襲で敵の乱れた陣形がさらに乱れる。
俺は俺で、マイペースに高さも合わせて三百メートル以上も離れたところにいる敵将を打ち倒していく。
敵将の装備も分かりやすい……ウォー◯ーを探せのランギング上位者である俺にはイージー過ぎる。なにそのランギング……。
と……俺の索敵範囲内で自軍の右翼が後退していることに気が付いた。視線を向けてみると、こっちの将が討たれていた。敵を確認してみると……、
「あれは……」
と、俺の視界に騎馬に乗った美少女がいた。緑色の髪は風に靡くが如く……腰まで伸びていて、エメラルド色の瞳も相まって非常に美しく、そして可愛らしい容姿をしている。背は高く、胸は……まな板(笑)(それはそれで好き)でスレンダーな印象を受ける。
「スカッシュ先輩!右翼の援護に回った方が……」
俺が叫ぶと、スカッシュ先輩も右翼の後退に気が付いて視線を向けて……よーく目を凝らして頬を引き攣らせた。
「お、おい……あれは『弓姫』シルーシア・ウィンフルーラだ!やべぇ!」
「ちょ、どうしたんですか?」
頭を抱えたスカッシュ先輩に俺は困惑気味に問いかける。
すると、スカッシュ先輩は気まずい表情で答えた。
「『弓姫』……弓術の達人だ。最大射程距離は五百メートルとかいう怪物だよ!!」
五百メートル……俺は若干引いた。
「マズイぞ……右翼は確かエリリー小師兵の分隊があるが……」
「エリリー……小師兵殿は剣術の達人……でしたか?」
俺が訊くとスカッシュ先輩は深刻そうに頷く。俺はノーラやエリリーが達人の実力者だと知っている……二人がこの八年間頑張ってきたのも分かっているが、いかんせん相手が悪すぎる。
最大射程距離五百メートルとかいう基地外なロングレンジプレイヤーが相手では、とてもじゃないが剣で太刀打ちできない。それが弓術の達人でなければ問題なかったが……わ
「向こうの援護に回りましょう!スカッシュ先輩!」
「ばかやろう!俺たちはノーラント師兵団だ……それにこっちの援護で手一杯だろうが!」
「それはそうですけど……!うん、そうですね」
「納得するの早くねぇか……」
いや、確かにその通りだと思ったから頷いただけである。それにエリリーだって剣術の達人……いちいち俺が助太刀するほどヤワじゃない筈だ。もう、二人とも俺がいなくても……十分……と、俺が再び自分の仕事に戻ろうとしたところで脳内に警報が鳴った。
全身に電撃が走ったかのような感覚に襲われ、バッと視線をさっきの『弓姫』という人物に向ける……すると、そいつはこっちに向けて弓を構えていた。
「スカッシュ先輩!『弓姫』がこっちにむけて弓を構えています!」
「はっ!?見えんのか……?いや、それがマジだったらやべぇぞ……『弓姫』は広範囲殲滅に長けた弓使いだ!もしかすると、戦況が傾き出したのが俺たちの所為だと分かって狙ってきてるのかもしれねえぞ!退避だ退避!全員壁から降りろおぉぉ!!」
スカッシュ先輩の号令で、壁の上にいた兵士達が全員慌てて降り始める。が、その途中で『弓姫』から矢が放たれた。
放たれたはこっちに向かって突き進むと同時に嵐を呼び、回転の加わっている矢に合わせて竜巻が発生した。
達人級弓技【サイクロウ】……広範囲を暴風でめちゃくちゃにする弓技だ。しかも、風の元素の特性を使った矢のようで速い……風の元素の特性は時間操作……物体の時間を速くしたり、逆に遅くして速度を増加させたり減少させたり出来る。
俺はこのままでは逃げ遅れた兵士達が危険だと判断して、壁から飛んだ。
そして……、
「【ブースト】」
シャキーンと一瞬で身体を魔改造して魔力の膜で覆い、錬成術で弓を剣に変形させる。
そして宙にて、向かいくる竜巻を纏った矢を相手に剣を構え……矢が剣の間合いに入ると同時に一切の無駄という無駄を省いた動きで、秒速何メートル吹いているか分からない竜巻が渦を巻いている方向とは逆方向に、円を描くようにして剣を振るった。
速度は竜巻と同じ速度……すると、俺が振るった剣から生じた風圧が竜巻を覆うように逆回転の竜巻を生み……『弓姫』の放った【サイクロウ】を相殺した。
それで矢も勢いを失って落ちていく……だが、【サイクロウ】の影響で地上で戦っていた分隊に大きな被害が出ている。投石機も倒れているし……なんて恐ろしい技なんだ。
俺は宙を落下しながらそう考えた。
そんな折へ……ビリッと俺の頬を炙るような電気が空気を張った。
「っ……」
そして、俺は自分の目を疑った。俺よりも少し高い位置で人が浮いていたのだ……身体全身にビリビリと電撃を纏った男……。
「はーはん?さっきから見てたがぁ……おめぇつえぇなぁ……『月光』前の前菜ってことで、ちょっとやろうじゃねぇかぁ……クックック」
「…………」
宙を落下しているのも長く感じるほどに、その男の威圧感が半端じゃなかった。俺の中で、どうやって俺の索敵範囲に突然姿を表せたのかなど、色々と疑問が起こったが……だが、『月光』の名前を聞いた俺はいてもたってもいられなくなった。
「【ディスペル】」
そう俺が叫び、周囲にパルス波が発生……俺の【ブースト】の魔術も乱れて強制終了したが、浮いていたその男も身体に纏っていた電気が消えて落下を開始した。
「な、なんだとぉおお!?」
さすがに驚いているようだった……俺は歯を食いしばり揺れた脳を無理やり正常に戻し、そして無詠唱で【イビル】を発動する。
身体を縦に回転させて、足を振り上げた俺は乱れる魔力をなんとか操作して【イビル】を構築していく。
振り上げた右足に砂やら土やら岩やらが集まっていき、俺の三倍くらいの大きさの悪魔の足に変わっていた。【ディスペル】の影響でこれが限界だった。くっそ……やっぱりあれ使うと自分も魔術が一時的に使えなくなる……もとい、使いにくくなる特性がクソすぎる!これだから固有魔術やらなんやら固有系統は欠陥がありすぎるから嫌なんだ!
俺は振り上げた悪魔の足を、そのまま回転する勢いに任せてその男に叩き込む……!
「【イビル・アックス】!」
固有体技……【イビル】と【踵落とし】を合わせた技だ。重いし硬いし痛い……。
男はもろに直撃すると同時に斜め下前方にズドーン……とぶっ飛んでいき、地面に激突すると岩盤が崩れた。
地割れが起こり、巨大なクレーターが出来上がる。あまりの衝撃に微かに地面が揺れているように見えた。
下の兵士達も突然降ってきたために何がなんだがわからず、上から落ちてくる俺に気が付いていないようである。
俺は【イビル】を消し、地面に受身を取って着地した。衝撃が全て地面に流れ、大げさなクレーターが俺を中心に広がる。
「っ……はぁはぁ」
俺は地面に着地してようやく呼吸を再開した。一体、なんだったんだあの男……思わず蹴り飛ばしたが……『月光』とか言ってたしクロロが狙い……なのか?
くっそ……やっぱりバニッシュベルト帝国ヤバい。もしも、あの時攻撃されていたらまずかった……敵が油断していてくれたお陰だ。
俺は冷や汗でびっしょりになった背中を思い、自分の運の良さに賛辞を送った。
しっかし……これで弓兵隊の援護がなくなった。『弓姫』がいる限り、効率的な援護は出来ない。攻城戦において守り手が強い理由は、こういった相手よりも高い位置から攻撃できるということだ。
矢は重力に従って、いつかは下に向かって落ちる……だから攻め手は壁の上にいる守り手に向かって上に矢を放たなければならない。これはとても命中率が悪い。だが、守り手はその逆……重力に逆らわないし、且つ打点が高いからより遠くの敵を面で制圧できる。
それに中へ入るための門だって固く閉ざされているから人数が必要……だかこそ、攻城戦において攻めは守りの三倍の数が必要だと言われている。
しかし、ことこの戦に関しては敵はファンタジー度外視のSFチックな代物を持ち出しているから通常の攻城戦のセオリーが通用しない。しかも、達人……よりによって弓術の達人が相手では攻城戦時の有利な条件が意味を成さない。
「まずは……『弓姫』を屠る必要がある……か」
俺はそう分析する。さて、これからどう動こうかと考えたところで索敵範囲の中で右翼の前線が後退しているのを感じ取る。気配から、エリリーが『弓姫』と戦っているようだ。
現在、俺がいるのは味方後方……弓兵隊のさらに後ろだ。
うーむ……しかし、まさか勝手に動けないしなぁ……。
俺が誰も気付いてないしいいかなぁーなんて思っていると、誰かの声が轟いた。
「右翼だ!誰か右翼の増援に行ってくれ!!」
…………了解!
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