一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

バリス

 ノーラはまず周囲を確認し、敵も先の出来事に怯えて前線を下げていることを考え、この場でベルリガウスとノーラの一騎打ちが出来ると踏んだ。しかも、ベルリガウスは弱っている……どういうわけか分けらない……しかし、ベルリガウスから感じ取れる覇気は消え入りそうなほどに弱っている。今なら……今なら倒せる……。

「ふぅ……」

 ノーラは身を低く屈め、跪いているベルリガウスへと……一歩踏み込み、鋭い一閃をベルリガウスの喉元へ突き込んだ。
 ズガーンという効果音が轟く……だが、さすがに伝説の男だった。ノーラの突き込んだ渾身の一撃を左手で受け止めていた。

「くっ……はぁぁぁぁ!!!」
「ぐっ!?」

 ノーラさらに力を込めると、堪らずベルリガウスは後退して吹き飛んだ。

「いける……いける!」

 ノーラは確信した。間違いない……罠でもなんでもなくベルリガウスは弱っている。それも達人程度・・でしかないノーラの攻撃を受けられないほどに……。
 ノーラは追撃の一手即座に始動させる……達人級地属性剣技【ガイアボルグ】……ノーラの剣が茶色の光を帯び、ノーラの突きに合わせて地面が隆起して巨大な岩の槍が出現する。

「てやぁあ!!」

 ノーラの持つ最強の攻撃力を持つ剣技……全ての魔力を掻き集めて放った正真正銘全力の攻撃だ。
 岩の槍はベルリガウスを貫こうとその勢いを加速させる……対して、ベルリガウスは迫り来る槍を恐れるように表情を歪ませ、なんとか魔術を構築しようとするが魔力が集まらない……【ディスペル】の影響だ。

「この……このっ!巫山戯るな!巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るな巫山戯るなんとか巫山戯るなあぁぁああ!!俺様がこんな雑魚にやられるわけがねぇだろうがあぁぁぁああ!!!」

 ベルリガウスは無理矢理魔力を集束させて、魔術を行使する……だが、充分な魔力のない魔術ではノーラの渾身の一撃を相殺するにも足りなかった。
「くそがあぁぁぁあ!!っ……」

 ベルリガウスが叫びあげたところで……ベルリガウスを貫こうとしていたノーラの【ガイアボルグ】が停止した。

「なっ……」

 ノーラは驚愕し、何が起こったのか状況確認のために周囲を見渡し……そして犯人を見つけた。
 ノーラの頭上に浮かぶピンク色の髪・・・・・・をした悪魔の姿を……。

「あんたは……何者?」

 魔力枯渇で倒れそうなことを押し隠して、ノーラは鋭い視線をその悪魔に向ける。向けられた当の本人は肩を竦めた。

「あらやだぁ……私は全世界の女の子の味方よぉ?そう、睨まないで欲しいわぁ?」

 ピンク色の悪魔……ゼフィアンはそう言って、自身の下にいるノーラに微笑みかけた。

「てめぇ……ゼフィアン!!そこの女をブチ殺せぇ!!」

 ベルリガウスの怒号にノーラは身構えるが、ゼフィアンから全く敵意を感じず……それを怪訝に思って首を傾げた。

「さて、それじゃあ貴方には死んでもらうわぁ?さよなら〜」
「はっ?あ?てめぇ……どういうつもりだぁ!?」

 ベルリガウスの怒鳴り声に、ゼフィアンはベルリガウスにチラリと視線を向けて薄く微笑む。

「フフフ……私、言ったわよねぇ?男は嫌いなのよぉ……でも、貴方を殺すことは私には出来ないものぉ。だから、反吐・・が出そうなのを我慢して一緒の空間にいたのぉ〜私、我慢強い女だ・か・らぁ。フフフ……さぁて、後のことは任せなさぁい?貴方のいないバニッシュベルト帝国なんてあってないようなものだからぁー簡単に落とせるわぁ」

 確かに、ベルリガウスがいなくなれば……だが、例えベルリガウスがいなくとも他に達人がいるのだから、そうそう落とせるわけがない。それでもゼフィアンは言うのだ……落とせると。

「それじゃあ、さようならぁ。あの世で【ゼロキュレス】の奇跡が起こるまでせいぜい過ごしているいいわぁ。【ゼロキュレス】を私が発動した時……男という存在はこの世界から記録から何まで全て消える・・・だ・か・らぁ」
「っ……おま」

 ベルリガウスが何か言いかけたところでゼフィアンの【サイコキネシス】によってベルリガウスの頭がグチャリ……と、空き缶を踏み潰したかのようにペシャンコになった。血が果汁を絞るかの如く溢れ出て、もはや人の顔の原型は跡形も無かった。

「フフ……これで……っ!」

 ふと、ベルリガウスを殺したゼフィアンはビリリっと背筋に走った電気に寒気を感じ空中から即座に地面へと降りる……その瞬間、巨大な電流がさっきまでゼフィアンのいた空間に走った。

「まさか……」

 ゼフィアンは先ほどのベルリガウス死骸へ目を向ける……と、そこには完全に復活したベルリガウスがいた。
 ベルリガウスはゼフィアンを見て大きく笑った。

「クククク……残念だったなぁ?しかし、さすがに焦ったぁーまあ、ギリギリで魔力制御が戻ったから良いがな」
「魔力……制御……」

 ノーラはフラフラとしながら、その言葉を聞いて絶望した。
 ベルリガウスは攻撃が効かないという話は聞いていたが……まさか、負っていた傷すらも治してしまうなんて……と。やはり、あれがベルリガウスを殺す最後のチャンスだったのだ。

「あ、あらぁー私、失敗……」
「クククク……ゼフィアンとそこの女……それにさっきの男は是非とも俺様の手で殺してぇところだがぁ……」

 ベルリガウスは一拍置いてから続けた。

「それじゃあ、気が収まらねぇ……ここにいる奴ら全員殺して……てめぇらの首を敗戦国の証として晒してやらぁ!!ノアあぁぁあ!!魔力砲充填!!」

 ベルリガウスの声に反応し、ノアの前方に取り付けられていた魔力砲が光を帯びて、魔力を集束させていく。

「なっ……」

 ノーラはそれに驚いて行動を起こそうとするが、ついに魔力枯渇の影響でその場に膝から崩れ落ちた。
 ゼフィアンは顎に手をやり、どうするか考える……魔力砲でここら一帯の人間が命を落とすことはむしろ、自分の悲願達成のためには必要なこと……だからそれはいい。それはともかくとして、どうやってベルリガウスから逃げるか……ということをゼフィアンは思案していた。
 自然を超越した伝説の中でも、ベルリガウスは最速の雷を超越した伝説だ。雷速の速度で移動、攻撃、防御……全てが完璧に整っているのだ。そのベルリガウスから逃げるのは容易ではない……。

「クククク……クククク!!!しねぇええ!!」

 やがて、臨界点にまで達したエネルギーの本流が魔力砲から放たれようとしていた……辺り一帯は魔力砲に集束したエネルギーの光で暗くなり、やがて戦場で戦っていた兵士たちはその死の存在に気がつくこととなった。
 放たれれば周囲二キロは軽く吹き飛ばす破壊力をもつ魔力砲……それがベルリガウスの合図で放たれた。
 と……、

「は?」

 ベルリガウスは思わず素っ頓狂な声を出して驚いた。理由は単純で、魔力砲からエネルギーの塊が放たれる直前で魔力砲が爆発・・したのだ。しかも、それから遅れてノアが大爆発を起こし、地へと落ちていく……ノアが落ちた先には帝国兵士たちがおり、もちろんノアの爆発に巻き込まれ、押しつぶされて死んだ。

「な、んだと……そんなバカなことが……」

 ベルリガウスは地に落ちたノアを見つめながら、ただ呆然とする……そして、暫くそうした後にゼフィアンとノーラに向かって雷の速さで接近し……、

「…………もう、どうでもいい……しねぇ」

 ノアが無くとも、そもそもベルリガウス一人でもいいのだ……自然の超越者というのはそういう存在……一騎当千など生易しいレベルではない。当千……当万……当億……そういう単位で一方的に虐殺できる存在なのだ。
 もちろん、ゼフィアンもノーラもなす術はない。ゼフィアンは咄嗟に雷耐性を強化するが、ベルリガウスの電撃は自然そのもの……所詮、人が作り出した魔術では到底防げるものではなかった。
 ノーラは意識が朦朧とする中でもうダメかと思った……その時、脳裏に思い浮かんだのはグレーシュの後ろ姿だ。
 いつだって、自分たちの前を歩き、努力をし続ける男の子……勉強でも実技でも成績は常にトップクラスで、それでも毎日のように新しいことにチャレンジしていた。
 常に自分の目標で、最高だった……。

(あぁ……また追いかけたいなぁ……君の背中を)

 死の間際の走馬灯……それは死を回避するために今まで経験したことを思い出させる現象……そう、この時ノーラはどこかでそんなことないと思いながらも、期待していた。
 そして……、

「【バリス】」

 キランッと閃光煌めき、ノーラとゼフィアンを覆い尽くそうとしていた全ての攻撃……電撃が一閃によって貫かれ、霧散した。
 遅れて爆風が巻き起こり、ノーラの身体が吹き飛ばされる……地面に叩きつけられそうになったノーラをグレーシュ・・・・・がしっかり受け止めた。

「よし……」

 ノーラの意識はこの時にはなかったが、何か強い光に包まれていることだけは感じ、全てを委ねた。


 〈グレーシュ・エフォンス〉


 ノアに集まったエネルギー……それに対抗するために俺は弓に矢を番えると、魔力保有領域ゲートを開いて、弓技を使うために魔力を練り上げる。
 もちろん、使うのは【バリス】……今俺がいるところからノアまでは一キロ以上もある……最大射程距離五百メートルのシルーシアですら届かない距離だ。というか、もはや弓の距離じゃない……スナイパーライフルの距離だ。
 だが、俺ならやれる……【バリス】の射程距離は五百メートル……だが新生【バリス】なら……俺のこの八年間の全てを集結させた新生【バリス】……射程距離は未知数だ。これなら届く筈だ……よし。
 俺が照準をノアに向けたのをクロロが訝しげに見つめ、言った。

「グレイくん……この距離ではいくらなんでも」
「いや、大丈夫……だと思われる」
「自信無さげですね」
「やったことないからな……不確かな情報に確信をもって大丈夫なんて言えないんだよ……。それより、ここは危ないからさっさと下がれ」
「そんなこと……グレイくんも一緒じゃないですか……。私も残りますよ、もちろん」
「なに、俺のこと好きなの……?」
「冗談言ってる場合ですか?」

 そうですか……クライマックス前の告白タイムとかじゃあないんですね。残念無念……とかそんなこと言ってる場合じゃないか。

「いいから……下がってろ」

「だから、何度も同じことを言わせないでくださいと」
「そういう意味じゃない。俺から離れてろって言ってんだ」

 俺が言うと、クロロはムッしたが大人しく頷いて俺から距離を取った。
 兵士たちの指揮をしていたエリリーも、足を引きづりながらこちらへ向かってくる……それをクロロが手で制したのを見届けてから先ほどから練り上げたまま待機させていた魔力を一気に変換する。
 元素特性……これを極められたのは自慢じゃないが俺くらいかもしれない。この世界の人々は元素が世界に干渉することで起こる事象……魔力を元素に変換する工程を魔術と呼んでいる。では、なぜ魔力は存在する?なぜ魔力で変換した元素は世界に干渉して様々な事象を引き起こせる?
 風の元素を作れば、風属性の魔術として微風なり強風なり引き起こせるのは、一体なぜだ?
 それを突き詰めたことがある人間は、本当に一握りの者たちだけだ。それはなぜか?
 それは、怖いから。
 知らないことが怖いのと同じくらい、知ることは怖いから。人は未知を恐れ、既知を恐れる。決して、安心することはない。生きているということは、必ずどこかで命を落として死ぬことになるから。生きている限り、人が恐れないものはないから。
 何よりも、魔術なんて特に人を傷つけることに長けた術を突き詰める人が果たして多くいるだろうか?いや、いないだろう。
 故に、理解できないことは神がどうのこうのと言って、適当に自分を騙して生きるのだ。そうしなかった人達だけが、誰にも知り得なかった答えに辿り着く……そして、俺は至れたのだ。
 元素特性……基礎四元素となぜ呼ばれるのか。なぜ、特殊四元素などと呼ばれて、区別されるのか。
 俺は魔力から変換した元素を組み上げて、番えた矢に付与していく。鏃は赤黒く燃え上がり、矢が淡い紫色の光を帯び始める。
 音はなく、明らかに目立つはずのその矢は誰の目にも映ることはない……その矢が持つ気配というものさえも集約し、全ての力、エネルギーが矢の一本に注ぎ込まれる。
 準備は整った……よしっ、いけ!届け!!あのSF船を貫け!

「弾けろ!奥義!!【必殺バリス】!」

 俺が矢を【アサシン】の要領で放つと、弦を離したと同時に矢が消えた。もはや、俺の目にも矢がどこへいったのか分からない……音を、光をも超えた速度でノアの魔力砲を何かが打ち抜いた気がした……遅れて光の軌跡が瞬きの間に現れ、気付いたときは魔力砲が爆発し、ノアが爆発して地面に落下していた。

「と、届いた!一体何を……いえ、それよりもグレイくん!」
「ん?」
「ん?じゃなくて、大丈夫なんですか……?あのノアを一撃で倒す……のは何となく予感していたので別にいいのですが、まさか、何ともないなんて……」

 クロロが心配して俺のところへ近寄って、体をペタペタと触ってくる。ちょっとくすぐったいので、クロロの肩に手を置いて俺から離れさす。

「大丈夫だよ……別に。魔力は三分の一くらい使ったけどな」

 俺が言うと、クロロが一瞬だけ遠い目をした。

「三分の一だけでノアを……いえ、今はいいでしょう」

 いいのか……ふと、エリリーに目を向けると口をあんぐり開けて立っていた。
 そうか……それにしても、一キロ以上でも届くのか……まだまだ遠くまで行きそうな勢いだったし、一体【脳殺バリス】の最大射程距離はいくつなんだ?あれ?【撲殺バリス】だったかな……あれ、原理上では【バリス】の進化版でしかないから名前を変えていないのだ。何かカッコいい名前を付けるべきだろうか……。
 ふと、俺の索敵範囲になにやら強い気配を感じた。

「クロロ」
「はい」

 別に名前しか呼んでいないが、どうやらクロロも察していたようだ。俺とクロロはその気配の方向へ駆け出した。

「え?あ、ちょっ」

 エリリーの声が聞こえたが……それよりもこっちだ。この気配の大きさは今までで一番大きな気配だ。俺は走りながらクロロへ問いかけた。

「この気配……例の伝説か?」
「分かりません……そうだとして、まさかこんなところに来ているとは……やはり、危惧していたことが起こりましたね。いいですか?絶対に無茶はしないでくださいね?相手は雷を操る伝説……」

 雷か……雷の元素特性は……と、色々対策を練ろうと思ったところで視界の先にピンクの髪をした女とノーラ、そして紫色の髪をした男が見えた。
 あれ……あの女と男……どっちも見たことあるし、この気配……よく考えると感じたことがあるぞ……とくに男の方はついさっき。
 と、男がノーラに向けてビリビリと電撃を放とうとしているのが見えた俺は、すぐ様【バリス】を放ってそれを阻止し、爆風でノーラが吹き飛ばされるのを計算し、ノーラをしっかりと受け止めた。

「よし……」

 受け止めて、ノーラの顔を見ると気絶しているようだが、それ意外に特になにもなかった。
 さて……、

「貴方が伝説……ベルリガウスさんでしょうか?」

 俺が目の前の男に訊くと、男は眉間に思いっきり皺を寄せた後に薄い笑みを浮かべて言った。

「おめぇ……さっきの男かぁ?クク……おもしれぇ」

 どうやら人の話を聞かないタイプの人間のようだ。

「あのー……」
「人に名を尋ねるときは……まずは自分からって教わらなかったかぁ?」
「グレーシュ・エフォンスです」

 素直に答えるも、「はーはん」と笑い飛ばされた。腹立つな……。
 と、俺がベルリガウスが視線を切った時だ……チラッと視界にさっき遠目から見たピンク色の髪が見えたので見てみて……俺は驚いた。
 そこにいたのは、八年前の戦争の暗躍者……アスカ大陸を治める魔王の一人、ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世が腕を組んで興味深そうに俺たちの会話を聞いていたのだ。

「ウフフ……何とかこの状況に乗じて逃げられる……かもぉ〜?」

 聞き取りにくいが、何か企んでいるのは分かった。というか、またこいつか……八年前のことは忘れていないものの、これといって恨みがない。何故か分からない……それに今回は別にゼフィアンの仕業というわけではなさそうだ。
 俺はゼフィアンから視線を外し、もう一度ベルリガウスへ向ける。
 クロロはベルリガウスとゼフィアンの両方を見て驚いた様子は……少しだけあったが、今はいつもの冷静なクロロだ。

「クク……」

 ベルリガウスはなにがおかしいのか、突然笑い出す。俺は訝しげに思って首を捻った。

「クククク……よぉし、グレーシュとか言ったなぁ?さっきの借りは……きっちり返させてもらうぜぇ……!!」

 ベルリガウスは両手に剣を握って、突然俺に向かって襲いかかってきた。

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