一兵士では終わらない異世界ライフ
取って置き
〈戦闘開始〉
背後で治療を受けているグレーシュが目を伏せ、大人しくし始めたのを一瞥すると、クロロは視線を目の前でビリビリと放電し続けるベルリガウスへ向けた。
圧倒的な気配の大きさ、自然を超越した伝説、怪物以外の何物でもない存在、ベルリガウス・ペンタギュラス……クロロもこれほどの相手と戦うのは初めてなために緊張から頬に汗を一雫垂らした。
クロロの稼業の特性上、幾度か死線潜り抜けているつもりではあるが、この戦いは明らかにその死線の数々を優に超えることになるとクロロは予感した。
「ふぅ……」
息をそっと吐くクロロに対し、ベルリガウスは首をコキコキ鳴らすと口を開いた。
「心の構えはよぉ……出来たかぁ?」
「…………はい。どうぞ、いつでも」
「私も」
「ウチもバッチコイだよ!」
ベルリガウスは三人に等しく目をやり、ニヤリと口角を釣り上げた。そうして両手の剣を構え、電撃の速さで以ってクロロに肉迫した。
クロロは瞳から稲光を走らせ、瞬きの交差に反応してみせた。
ベルリガウスの剣とクロロの刀が一つ音を響かせ、そして次は互いに反対の手に握る剣と鞘を振り下ろし、また一つ音が響く。
クロロの月光色の眼光とベルリガウスの電撃を帯びた眼光が走り、二人の瞳に映るゆっくりとした時の中……三回四回……傍らから見れば、その剣と剣の交差はもはや見えない。音は遅れて響き、電光と月光が交差する。
「予想通りだぜぇ!!!『月光』……おめぇは俺様の速さに付いてこれるぅ!嬉しいぜぇ……クククククク」
「…………っ」
確かに、遠目から見ても電撃の速さで攻撃しているベルリガウスの剣の全てを弾き、その上で攻撃を仕掛けているクロロの速さは素晴らしいの一言に尽きる。
そして、もちろんこの場に居合わせた二人も黙って見ているばかりではない。ノーラはベルリガウスの左へ、エリリーは右へ回ると同時に剣技を発動させる。
二人の剣が青白い光を帯びる……熟練級風属性剣技【アクセラレイン】……最速の剣技が二人から放たれる。前と左右を塞がれたベルリガウスは眉間に皺を寄せると電撃の力を足裏に集め、それで得た力で後退する。
剣技を放った二人は一瞬だけ動きを止めることとなったが、クロロは二人の間を通ってベルリガウスへ接近する。
ザッと踏み込み、腰を回転させたクロロは右手に握る刀に遠心力を加え、圧倒的な速度と威力を得た一撃がベルリガウスの左脇を狙って放たれた。
豪腕から放たれた一撃をベルリガウスは防御することなく……クロロの一撃がベルリガウスを切り裂くとベルリガウスの脇腹が電気化し、その裂けた部分を即座に修復してしまう。クロロはそれに目を見開き、ベルリガウスは愉快げに口角を上げた。
「クククククク……いいじゃねぇかぁ、その顔ぉ!!クククククク。俺様好みの顔だぁ……よく見りゃあ綺麗な顔してやがるぅ。乳くせぇガキを人質としてもらったはいいがぁ……ガキは好みじゃなくてなぁ」
急に何事か語りだしたベルリガウスから飛び退いたクロロは訝しげに眉根を寄せた。
「一体、何の話ですか」
「いやいやぁ、こっちの話だ気にするなぁ。クククククク、そうだなぁ。『月光』は生かしておくことにしようじゃねぇかぁ。おめぇはつえぇし顔がいぃ……二重の意味で俺様にピッタリじゃねぇか」
「二重……?」
警戒しながらも初心なクロロは首を傾げた。
「はーはん……決まってんだろぉ?俺様の欲求を満たす意味さぁ。戦う相手として、そして女としてなぁ?クククククク」
「なっ……」
クロロは嫌悪に表情を染めると、鋭い眼光を走らせてベルリガウスを睨む。
「ククク……そんな目を向けてぇ……余計に後が楽しみだぁ」
「貴方の慰み物になんかなるつもりはありません……」
「はーはん?なんだ?おめぇ、もしかして処女かぁ?」
「…………」
何も答えないのをいい事にベルリガウスは納得顏で頷いた。
「おめぇ、何年生きてんだぁ?まだかと恥ずかしくねぇのかぁ?」
「貴方に関係ありますか!?いいんです!私には私のペースがあるんです!」
クロロは見た目はともかく歳だけで言えば六十……種族としては人族の彼女は常識的に誰かパートナーがいなくてはおかしい話なのは道理だ。アラサーとアラフォーとかのレベルではない……アラシーとか聞いたことがない。
クロロはブチ切れたのかベルリガウスに向かって踏み込むと、地面を抉るような膂力で接近して再びベルリガウスに襲いかかる。
だが、ベルリガウスは飽きたようにため息を吐き、全ての攻撃を電気化して無効化した。
「悪いがなぁ……メインディッシュにしては俺様を満足させるのには足らなかったぁ。確かにつえぇがなぁ……これならグレーシュの方がまだ楽しめたぜぇ?」
「くっ……」
悔しいが、クロロにグレーシュのような知識がない。どうやってグレーシュがベルリガウスにダメージを与えていたのか分からないのだ。
しかし、聞くにも聞けない状況であるし、何よりも大口叩いてグレーシュの前に躍り出た手前……グレーシュに頼るなんてプライドが許さなかった。
それはノーラやエリリーも同じようで、二人ももう一度ベルリガウスに斬りかかる。
「はぁー面倒だぁ」
ベルリガウスはそう呟くとあたり一帯に電撃を走らせた。
クロロ達はそれで吹き飛ばされ、ビリビリと身体を痺れさせ、膝から崩れた。
「そ、んな……」
「私達じゃ……歯も立たないの……?」
「こんな相手にグレイくんは……一人、で?」
クロロもノーラもエリリーもなす術無く、近づいてくるベルリガウスを見上げることしか出来ない。
「はーはん……それじゃあ、『月光』以外はいらねぇ。死ねやぁ」
ベルリガウスはノーラとエリリーに手のひらを向け、電撃のエネルギーを溜めていく。確実に殺すための一撃……だが、その一撃はある一矢によって邪魔された。
矢がベルリガウスの丁度頭を貫く……だが、電気化しただけでダメージは入っていなかった。それでも、ベルリガウスの気を反らすには十分だった。
「はーはん?おめぇ……」
ベルリガウスは矢が放たれた方向に目をやると、セリーとグレーシュのその後ろ……そこに緑色と髪をした美少女が矢を放ち終えた姿勢で立っていた。『弓姫』シルーシア・ウィンフルーラ……帝国の達人の一人だ。その後ろに青髪の美少女と、その影に隠れるように震えているベルリガウスの髪色に良く似た少女が一人……。
エリリーはシルーシアを見て、目を見開いた。
「ど、どうして……帝国の貴方が……」
「勘違いすんな……オレは別に帝国の味方じゃないっつの……。もちろん、お前達もな……だが、確かなことはベルリガウスがオレの敵ってのは間違いねぇよ。つまり、今ここでオレとお前達の利害は一致しているわけだ。分かるか?」
「し、信用できるわけっ」
エリリーが言いかけ、思わず口籠る。
背後にシルーシアがいるのに、その前にいるグレーシュが目を伏せて微動だにしないからだ。グレーシュが動かずにセリーの治療を受けている……それだけで、エリリーは何も言わず、シルーシアを……グレーシュを信じた。
エリリーが何も言わないのを不審に思ったシルーシアは目の前で治療されているグレーシュに声を掛けた。
「お前は……オレを信用すんのかよ……?」
その質問にグレーシュはゆっくりと目を開くと、小さく答えた。
「お前、言ってただろ……自分に守りたいものあるって。それがお前の後ろにいる子達なら、少なくても今、お前が俺たちを裏切ることはない……それにお前がベルリガウスに対して向けている明確な敵意……それだけあれば信用できる……」
「それだけか?それだけで、敵のオレを信用できんのか?」
「おかしなことを言う奴だな……」
チラリと呆れたような目をシルーシアへとグレーシュは向ける。
「少なくても今は……って言ってんだろ?誰でも、守りたいと思ってる奴らの前でそんなこと出来ないさ」
グレーシュは全て信用しているのではない。ベルリガウスを倒す目的がある今だけは信用すると述べていた。それだけ聞ければ、もはやシルーシアも言葉はない。
シルーシアが守りたいのは後ろの二人……そのためには自身の弓の射程範囲にいる男を……伝説を倒さなくてはならない。
「ベール……辛くないか?」
シルーシアはそっと背後にいるベルセルフに訊いた。クソみたいな父親だが、それでもベルセルフのたった一人の肉親……それをシルーシアが殺そうとしているのだ。それを見ているのは……辛くないか?と……。
「…………わ、わたし……は何も見ない……から。ルー……ちゃん」
「あぁ……任せろ」
今にも泣き出してしまいそうなベルセルフから視線を外したシルーシアは不敵に笑うと、ベルリガウスに向けて言った。
「さて、やろうぜ?ベルリガウス!オレはお前と戦ってみたかったんだよ……」
シルーシアの言葉をベルリガウスは笑い飛ばす。
「はーはん?おめぇ如きで勝てると思ってんのかぁ?」
「オレ一人じゃ無理だな……だが、今はお前を殺せる最大の機会だと思っているぜ?『月光』がいる今はな!!」
シルーシアが言葉で稼いでいた時間……その間に痺れから回復したクロロ、ノーラ、エリリーがベルリガウスを囲み、斬りかかる。
ノーラの剣が、エリリーの剣が、クロロの剣が、そしてそれに合わせて放たれたシルーシアの矢が、全てベルリガウスの急所という急所に打ち込まれる。
「はぁ……んなもん、俺様に効くわけっ!?」
言いかけて、ベルリガウスは驚きに目を見開いた。
なぜなら、ベルリガウスの目にクロロ達から放たれた剣や矢が闇色の光を帯びているのが見えたからだ。
闇属性の剣技と弓技……万物に干渉する闇の力に四人は気付いたのだ。否、そこまではわかっていないものの、先の戦闘でグレーシュが【ダークアロー】を放ったことがヒントとなっていたのだ。
そして、己の弱点に気付いていないベルリガウスではない。全てが急所に向けられた攻撃だ。受ければベルリガウスでも……必死。
「があぁぁぁぁあああ!!!!」
ベルリガウスは吠え、電撃の速度で以って跳躍するが、ノーラの剣がベルリガウスの肩を抉り、その身を引き裂いた。
「てめえぇぇぇぇええええ!!!」
ベルリガウスは三人の囲いから飛び出し、傷を修復しようとするとシルーシアの矢が飛んでくる。
ダメージは大きく、治すにはこの矢を避けながらでないといけない。しかし、上手く集中が定まらず、ベルリガウスの傷はなかなか塞がらない。
「くそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがっ!!!」
シルーシアの矢を周囲に放った電撃で払い、即座に傷を修復する。
「ぐ……ぐぅ……おめぇら、絶てぇ殺してやるぅ……。『月光』は俺様の奴隷にぃ……ウィンフルーラの嬢ちゃんは、里の奴らを皆殺しだぁ!!」
跳躍したベルリガウスは両手の剣を頭の上で交差させ、雷の力を溜めていく。そして……、
「塵と化せぇ!固有魔剣技【テンペンスト】!」
魔剣技……魔剣士であるベルリガウス特有の技が発動された。
ベルリガウスの交差された剣に雷の力が宿り、それが天に向かって放電する……天に黒雲が召喚され、そこから巨大なエネルギーの塊……巨大な落雷が起きた。
その落雷は全てを蹂躙しようと大気を震わせ、唸りを上げる。
「まずいっ!」
そう声を上げたクロロ……だがベルリガウスの放った【テンペンスト】は途中に現れた巨大な障壁によって遮られ、ものすごいエネルギーの衝撃を撒き散らしながらその進撃を一時的に止めた。
その障壁を張ったのは……最高神官のセリーだった。セリーは達人級光属性魔術【アマル】を発動したのだ。
「『銀糸』……あの障壁はあとどんだけ持つんだ?」
「それ!ウチも聞きたいんですけど!?」
ノーラは切羽詰まった声を張り上げ、シルーシアは至って冷静に問いかけている。セリーは少しだけ考える素振りを取ると、額に汗を滲ませた。
「もう壊れそう……でも、大丈夫よ」
「な、なぜそんなこと……っ!?」
エリリーがそうこう言っている間にも【アマル】が破られ、【テンペンスト】がその進撃を再開させた。
だが、そんな中でもクロロは至って冷静だった。それだけの余裕があった。
「もう……遅いじゃないですか」
「いや……たった数分だったろ……【必殺バリス】」
治療を終えたグレーシュが帰ってきた……そして、新生【バリス】が放たれ、【テンペンスト】とそれを生み出していた黒雲ごと吹き飛ばしてしまった。
「よーし……第二ラウンドだぞ、伝説?メインディシュよりも前菜の方が多いなんて良くあるんだからな」
「はーはん……何度やっても同じだぜぇ……」
この時グレーシュはカッコつけたのだから、ちゃんと返して欲しかったと赤面しながら思った。しかし、直ぐにその表情は真剣なものになり、ベルリガウスへ自前の弓を向けた。
「馬鹿め、俺の切り札はまだあるんだ。新生【バリス】……後で名前は考えるとして、俺はまだこいつの全てを見せたわけじゃない。覚悟しろ」
グレーシュはそう言って、不敵に笑んだ。
〈グレーシュ・エフォンス〉
セリーの治療が済み、礼を言ってから危ないところで俺の【バリス】が【テンペンスト】を吹き飛ばしてみんなを救った……惚れていいぜ?
ただ、そうなると俺もクロロに惚れなければいけなくなるのでやっぱ無しで。いや、別にクロロが嫌だとかじゃなくて。意識してしまうと、なんだか今までのように振る舞えないかもしれないと……そう思ったから。
俺はベルリガウスに弓を向け、俺の切り札その一を見せてやろうかと構えたとき、ベルリガウスはクツクツと滑稽だと言わんばかりに笑い叫び、そしてゾッとするような笑みを浮かべた。
「クックック……ククククク」
「何?鳩の声真似なら下手すぎですよー?」
ブチっと太い血管が切れた音がした。見れば、ベルリガウスのコメカミに青筋が浮かんでいる。
「クックック……実は俺様もまだまだ奥の手っつーのをよぉ……隠してんだがぁ?特別に、おめぇらに見せてやるよぉ……俺様の本気って奴をよぉ」
ベルリガウスは完全に切れたのか、自身の内包している魔力を一瞬にして膨れ上げ、あたり一帯を自分の魔力で覆った。
「な、なんて魔力してんの……?」
「グレイや私達とあんなに戦ってたのに……?」
ノーラもエリリーも今まで見たことがないような魔力量に頭の処理速度を超えたようで、目を見開いて驚いている。クロロは頬に汗を流し、後にいるセリーもシルーシアも緊張した面持ちだ。
「とりあえず……お前ら下がってろ」
「しかし、グレイくん一人で勝てないことは分かっているはずです。格好付けようとしても無駄です。私はグレイくんの戦友……グレイくん一人に任せません」
「お前……男に花持たせろよな。今のお前、さっき助けに入ってくれた時といいさ……かっこよすぎなんだよ」
「私はただ……頼って欲しいだけの構ってちゃんです。ただ……それだけですから」
ですから……?ですからなんだと言うのだろうか。だが、クロロがその続きを口にすることはない。その代わりに、ノーラも俺の隣にくると、ベルリガウスへ剣を向けた。
「ウチだって、昔みたいにグレイの後を付けてばっかりじゃないから……いっぱい頑張ったんだから……ウチもグレイの隣で戦うからね!」
「ノーラ……」
「私も……私も隣で戦うから!」
「エリリー……」
チラッとセリーに視線を向けて、俺は何も言わずにベルリガウスに視線を向けた。
「な、ななによそれ……」
何か言いたげなセリーだったが、何を言うべきか迷っているようだ。こう時に何と言ったらいいのか……考えあぐねているのだろう。セリーは他人との関わり合いが少ない……仕方ない。
シルーシアは敵だし……うん。
と、スルーしようとしたら不意にシルーシアがなんと俺の真後ろに立ち、全員その行動の不可解さに首を捻り、シルーシアに視線を送った。
「な、なんだよ……」
「いや、なんでこっちに来たんだよお前……」
「あ?あぁー……いや、そうだな。お前に言いてぇことがあってよ」
「ん?なんだ?」
シルーシアは一つ息を吐いて、言った。
「お前……倒せんだろうな?」
疑るような瞳……しかし、嘘は許さないと言う彼女の態度に俺は肩を竦めた。
「倒すよ。というか、出来なくてもやる……お前にも守りたいものがあるように、俺にだって守りたいものがある……」
「聞いたよ……んなこと」
お喋りはもうお終い……俺たちは全員ベルリガウスに目を向けて身構える。
電気を帯びた魔力を放つベルリガウスは、それを一瞬で圧縮すると人為的に魔力汚染を引き起こした。
「っ!」
その行動は不可解極まりない……だが、今この場でそのような密度の濃い魔力汚染が起こればどうなるか……そしてそれを一身に受けるベルリガウス本人がどうなるか……予想するのは難しくなかった。
「変身だぁ!!魔人化〈ライジーン〉!!」
そうベルリガウスが叫んだ瞬間、ベルリガウスの魔力が爆発するように拡散し、一帯が重度の魔力汚染に支配され、ゾクゾクと地面の中から凶悪な魔物達が現出する……兵士達は突然現れた魔物達に驚き、帝国も王国ももはや統率が取れない状況に陥り出した。
そして、そんな魔力爆発の中心にいたベルリガウスは……先ほどまでの人の姿から一変し、全長五メートルはあろうかという巨大な体躯、突き出たお腹や太い腕……そして全身が電気かのようなその姿は俺の前世で言う雷神の姿に酷似していた。あの雷の太鼓のお墨付き……もはや、それそのものといっても過言じゃない。
『さあ!始めようぜぇ!!』
ベルリガウスはとても愉快そうにそう叫んだ。
ベルリガウスが魔人化した……そう、自ら魔力汚染を引き起こして……今のベルリガウスは魔物に似た何か。魔物でも、人間でも、もはや生物ですらない可能性がある。
「あ、あの姿は……SSSランク相当の魔物……雷神の姿……?これは一体……」
クロロはそう言いながら、表情から血の気を消していた。
SSSランクって……良く知らんけどヤバい気だけはする。
俺は、呆然としているみんなに代わってベルリガウスに向けてこう言い放った
「お前は魔物なのか?それとも人間なのか?」
そう訊くと愚問とでも言いたげに指だけ左右に振って、バカにしくさった風に笑い飛ばしてきた。
『ククククク……魔物?人間?下らん……俺様はすで魔物でも人間でもないぃ!そう……伝説を超えて神の領域に至ってるんだよぉ!!」
どうやら……魔人化しているせいか興奮しているらしい。しかし、
良かった……人為的に魔物になっているというのならベルリガウスは魔物ではない。魔物とは自然において、魔力の密度が濃い場所で自然発生した存在を指し示す。つまり、今現在俺の目の前にいるベルリガウス・ペンタギュラスは俺が守るべき約束の対象である魔物からは除外される。
ならば、俺は何の躊躇いもなくベルリガウスを殺れる。
「みんな……啖呵切った手前カッコ悪いのは重々承知で頼みたいんだけど……三十秒だけ時間稼ぎを頼む」
俺がそう言うと、クロロ、ノーラ、エリリー、シルーシア、セリーの四人は首肯し、魔人化したベルリガウスに対して俺を守るように陣を組む。
さすがにクロロはパーティー組んで戦っているだけのことはある。それにノーラやエリリー、シルーシアも軍で指揮を取る立場にいるためか、よく周りが見えている立ち位置だ。そしてセリー……後ろで俺たちを見守っている!なんて、自分の部を弁えた殊勝な心掛けなのでしょう……セリーには出来ればそうやって回復役に徹していただきですね。
「じゃあ……行くか」
俺が行動を開始するとともに、ベルリガウスが動いた。
『ククククク……おめぇら全員、オレ……俺様、俺様の奴隷だあぁぁあ!!』
クロロは奴隷とか、塵と化せとか……んで、今度は全員奴隷かい。支離滅裂で意味不明だ。
ベルリガウスが背中にはある太鼓をドンドン鳴らしていき、天を埋め尽くすほどの黒雲を呼び出し、そこから落雷を大量に落としてきた。
「ハッ!」
クロロはそれを両手の武器で薙ぎ払い、
「せあぁ!!」
「とおぉ!!」
ノーラとエリリーは剣技で以って打ち払い、
「フッ」
シルーシアは弓技を放って防ぐ。
そしてセリーは俺の真上に【アマル】を張って守ってくれている。さっきの【テンペスト】級の攻撃でなければ何とか防げるようだ。さすが、達人級は格が違う。
『クック……おめぇらは、おめぇらは俺様に逆らうんじゃねぇよおぉ!!!』
ベルリガウスはそう叫び上げると、両手を天に向けて、電撃を放つ……これは……。
「【テンペスト】が来るぞ!」
俺の怒声のような叫び声に全員が反応する。今の状態のベルリガウスの【テンペスト】はまずい!放たれる前に……殺す!!
刹那の間に戦闘モードへ意識を切り替え、vol.2にアップデート……魔力保有領域をありったけ開いて、俺の持ち合わせていた魔力を全て使い尽くす。
【アサシン】【ロケイティング】【マルチー】……俺が使える高難易度の技という技を使い尽くし、持てる技術と知識と最後に汗と涙の結晶……ならば、この必殺技に付けるべきは絶対的な勝利を宣言する名前……ヴィクトリー?…………俺は全ての力を合わせて最強の弓技を発動させる。
俺の背後にいくつもの魔法陣的なものが出現し、そこから鏃が顔を覗かせる。幾千、幾万の矢達が照準をベルリガウスへ向けて……そうだ、ならばこう名ずけて見よう。
「全員下がれ!いくぞ!!【アブソリュータス】!」
俺の背後で待機していた矢が光の速度を超えて、ベルリガウスへ全て注ぎ込まれる。音も姿も見えないが、遅れて現れる光の軌跡と爆風やら何やらがあたり一帯を支配し、近くにいたクロロ達は緊急退避した。
それでもなお、矢の波は止まることはなく……今度はベルリガウスの周りを囲むようにして上下左右全てに魔法陣が開くと、そこから再び新生【バリス】が放たれていく。
そして……止めに俺は腕を【イビル】で覆い……全長五メートルのベルリガウスに引きを取らない巨大な腕と弓……そしてそれに見合う矢を形成した。
「【イビルバリス】!」
止めの【バリス】……巨大なそれは光の速度とは言えないながらも音速を超えて、確かな質量と破壊力を兼ね備えながら、ベルリガウスへ向かって飛んでいき……【イビルバリス】が着弾すると同時に周囲の地面が抉られ、吹き飛び、衝撃が地面を揺らし、地割れが起こる。
我ながら……めちゃくちゃだった。
爆煙が立ちこもる中、俺はベルリガウスが居た場所へ歩いていき……ベルリガウスの存在そのものが消滅していることを確認し、その場に倒れ伏した。
「ぐっ……」
苦しい……当然といえば当然だ。あんな大規模な弓技を自前の魔力だけで補えるわけがない。本来、この弓技は俺がある特殊状態でのみ使用できる取って置き中の取って置き……ぐふっ……あ、やべ……血が口から出てきた。
くそ……無理はするもんじゃ……ないね。でも、まあ……その取って置きが使える状態にはなりたくなかったし……よか……った。
俺は意識をそのまま暗黒に手放した。
背後で治療を受けているグレーシュが目を伏せ、大人しくし始めたのを一瞥すると、クロロは視線を目の前でビリビリと放電し続けるベルリガウスへ向けた。
圧倒的な気配の大きさ、自然を超越した伝説、怪物以外の何物でもない存在、ベルリガウス・ペンタギュラス……クロロもこれほどの相手と戦うのは初めてなために緊張から頬に汗を一雫垂らした。
クロロの稼業の特性上、幾度か死線潜り抜けているつもりではあるが、この戦いは明らかにその死線の数々を優に超えることになるとクロロは予感した。
「ふぅ……」
息をそっと吐くクロロに対し、ベルリガウスは首をコキコキ鳴らすと口を開いた。
「心の構えはよぉ……出来たかぁ?」
「…………はい。どうぞ、いつでも」
「私も」
「ウチもバッチコイだよ!」
ベルリガウスは三人に等しく目をやり、ニヤリと口角を釣り上げた。そうして両手の剣を構え、電撃の速さで以ってクロロに肉迫した。
クロロは瞳から稲光を走らせ、瞬きの交差に反応してみせた。
ベルリガウスの剣とクロロの刀が一つ音を響かせ、そして次は互いに反対の手に握る剣と鞘を振り下ろし、また一つ音が響く。
クロロの月光色の眼光とベルリガウスの電撃を帯びた眼光が走り、二人の瞳に映るゆっくりとした時の中……三回四回……傍らから見れば、その剣と剣の交差はもはや見えない。音は遅れて響き、電光と月光が交差する。
「予想通りだぜぇ!!!『月光』……おめぇは俺様の速さに付いてこれるぅ!嬉しいぜぇ……クククククク」
「…………っ」
確かに、遠目から見ても電撃の速さで攻撃しているベルリガウスの剣の全てを弾き、その上で攻撃を仕掛けているクロロの速さは素晴らしいの一言に尽きる。
そして、もちろんこの場に居合わせた二人も黙って見ているばかりではない。ノーラはベルリガウスの左へ、エリリーは右へ回ると同時に剣技を発動させる。
二人の剣が青白い光を帯びる……熟練級風属性剣技【アクセラレイン】……最速の剣技が二人から放たれる。前と左右を塞がれたベルリガウスは眉間に皺を寄せると電撃の力を足裏に集め、それで得た力で後退する。
剣技を放った二人は一瞬だけ動きを止めることとなったが、クロロは二人の間を通ってベルリガウスへ接近する。
ザッと踏み込み、腰を回転させたクロロは右手に握る刀に遠心力を加え、圧倒的な速度と威力を得た一撃がベルリガウスの左脇を狙って放たれた。
豪腕から放たれた一撃をベルリガウスは防御することなく……クロロの一撃がベルリガウスを切り裂くとベルリガウスの脇腹が電気化し、その裂けた部分を即座に修復してしまう。クロロはそれに目を見開き、ベルリガウスは愉快げに口角を上げた。
「クククククク……いいじゃねぇかぁ、その顔ぉ!!クククククク。俺様好みの顔だぁ……よく見りゃあ綺麗な顔してやがるぅ。乳くせぇガキを人質としてもらったはいいがぁ……ガキは好みじゃなくてなぁ」
急に何事か語りだしたベルリガウスから飛び退いたクロロは訝しげに眉根を寄せた。
「一体、何の話ですか」
「いやいやぁ、こっちの話だ気にするなぁ。クククククク、そうだなぁ。『月光』は生かしておくことにしようじゃねぇかぁ。おめぇはつえぇし顔がいぃ……二重の意味で俺様にピッタリじゃねぇか」
「二重……?」
警戒しながらも初心なクロロは首を傾げた。
「はーはん……決まってんだろぉ?俺様の欲求を満たす意味さぁ。戦う相手として、そして女としてなぁ?クククククク」
「なっ……」
クロロは嫌悪に表情を染めると、鋭い眼光を走らせてベルリガウスを睨む。
「ククク……そんな目を向けてぇ……余計に後が楽しみだぁ」
「貴方の慰み物になんかなるつもりはありません……」
「はーはん?なんだ?おめぇ、もしかして処女かぁ?」
「…………」
何も答えないのをいい事にベルリガウスは納得顏で頷いた。
「おめぇ、何年生きてんだぁ?まだかと恥ずかしくねぇのかぁ?」
「貴方に関係ありますか!?いいんです!私には私のペースがあるんです!」
クロロは見た目はともかく歳だけで言えば六十……種族としては人族の彼女は常識的に誰かパートナーがいなくてはおかしい話なのは道理だ。アラサーとアラフォーとかのレベルではない……アラシーとか聞いたことがない。
クロロはブチ切れたのかベルリガウスに向かって踏み込むと、地面を抉るような膂力で接近して再びベルリガウスに襲いかかる。
だが、ベルリガウスは飽きたようにため息を吐き、全ての攻撃を電気化して無効化した。
「悪いがなぁ……メインディッシュにしては俺様を満足させるのには足らなかったぁ。確かにつえぇがなぁ……これならグレーシュの方がまだ楽しめたぜぇ?」
「くっ……」
悔しいが、クロロにグレーシュのような知識がない。どうやってグレーシュがベルリガウスにダメージを与えていたのか分からないのだ。
しかし、聞くにも聞けない状況であるし、何よりも大口叩いてグレーシュの前に躍り出た手前……グレーシュに頼るなんてプライドが許さなかった。
それはノーラやエリリーも同じようで、二人ももう一度ベルリガウスに斬りかかる。
「はぁー面倒だぁ」
ベルリガウスはそう呟くとあたり一帯に電撃を走らせた。
クロロ達はそれで吹き飛ばされ、ビリビリと身体を痺れさせ、膝から崩れた。
「そ、んな……」
「私達じゃ……歯も立たないの……?」
「こんな相手にグレイくんは……一人、で?」
クロロもノーラもエリリーもなす術無く、近づいてくるベルリガウスを見上げることしか出来ない。
「はーはん……それじゃあ、『月光』以外はいらねぇ。死ねやぁ」
ベルリガウスはノーラとエリリーに手のひらを向け、電撃のエネルギーを溜めていく。確実に殺すための一撃……だが、その一撃はある一矢によって邪魔された。
矢がベルリガウスの丁度頭を貫く……だが、電気化しただけでダメージは入っていなかった。それでも、ベルリガウスの気を反らすには十分だった。
「はーはん?おめぇ……」
ベルリガウスは矢が放たれた方向に目をやると、セリーとグレーシュのその後ろ……そこに緑色と髪をした美少女が矢を放ち終えた姿勢で立っていた。『弓姫』シルーシア・ウィンフルーラ……帝国の達人の一人だ。その後ろに青髪の美少女と、その影に隠れるように震えているベルリガウスの髪色に良く似た少女が一人……。
エリリーはシルーシアを見て、目を見開いた。
「ど、どうして……帝国の貴方が……」
「勘違いすんな……オレは別に帝国の味方じゃないっつの……。もちろん、お前達もな……だが、確かなことはベルリガウスがオレの敵ってのは間違いねぇよ。つまり、今ここでオレとお前達の利害は一致しているわけだ。分かるか?」
「し、信用できるわけっ」
エリリーが言いかけ、思わず口籠る。
背後にシルーシアがいるのに、その前にいるグレーシュが目を伏せて微動だにしないからだ。グレーシュが動かずにセリーの治療を受けている……それだけで、エリリーは何も言わず、シルーシアを……グレーシュを信じた。
エリリーが何も言わないのを不審に思ったシルーシアは目の前で治療されているグレーシュに声を掛けた。
「お前は……オレを信用すんのかよ……?」
その質問にグレーシュはゆっくりと目を開くと、小さく答えた。
「お前、言ってただろ……自分に守りたいものあるって。それがお前の後ろにいる子達なら、少なくても今、お前が俺たちを裏切ることはない……それにお前がベルリガウスに対して向けている明確な敵意……それだけあれば信用できる……」
「それだけか?それだけで、敵のオレを信用できんのか?」
「おかしなことを言う奴だな……」
チラリと呆れたような目をシルーシアへとグレーシュは向ける。
「少なくても今は……って言ってんだろ?誰でも、守りたいと思ってる奴らの前でそんなこと出来ないさ」
グレーシュは全て信用しているのではない。ベルリガウスを倒す目的がある今だけは信用すると述べていた。それだけ聞ければ、もはやシルーシアも言葉はない。
シルーシアが守りたいのは後ろの二人……そのためには自身の弓の射程範囲にいる男を……伝説を倒さなくてはならない。
「ベール……辛くないか?」
シルーシアはそっと背後にいるベルセルフに訊いた。クソみたいな父親だが、それでもベルセルフのたった一人の肉親……それをシルーシアが殺そうとしているのだ。それを見ているのは……辛くないか?と……。
「…………わ、わたし……は何も見ない……から。ルー……ちゃん」
「あぁ……任せろ」
今にも泣き出してしまいそうなベルセルフから視線を外したシルーシアは不敵に笑うと、ベルリガウスに向けて言った。
「さて、やろうぜ?ベルリガウス!オレはお前と戦ってみたかったんだよ……」
シルーシアの言葉をベルリガウスは笑い飛ばす。
「はーはん?おめぇ如きで勝てると思ってんのかぁ?」
「オレ一人じゃ無理だな……だが、今はお前を殺せる最大の機会だと思っているぜ?『月光』がいる今はな!!」
シルーシアが言葉で稼いでいた時間……その間に痺れから回復したクロロ、ノーラ、エリリーがベルリガウスを囲み、斬りかかる。
ノーラの剣が、エリリーの剣が、クロロの剣が、そしてそれに合わせて放たれたシルーシアの矢が、全てベルリガウスの急所という急所に打ち込まれる。
「はぁ……んなもん、俺様に効くわけっ!?」
言いかけて、ベルリガウスは驚きに目を見開いた。
なぜなら、ベルリガウスの目にクロロ達から放たれた剣や矢が闇色の光を帯びているのが見えたからだ。
闇属性の剣技と弓技……万物に干渉する闇の力に四人は気付いたのだ。否、そこまではわかっていないものの、先の戦闘でグレーシュが【ダークアロー】を放ったことがヒントとなっていたのだ。
そして、己の弱点に気付いていないベルリガウスではない。全てが急所に向けられた攻撃だ。受ければベルリガウスでも……必死。
「があぁぁぁぁあああ!!!!」
ベルリガウスは吠え、電撃の速度で以って跳躍するが、ノーラの剣がベルリガウスの肩を抉り、その身を引き裂いた。
「てめえぇぇぇぇええええ!!!」
ベルリガウスは三人の囲いから飛び出し、傷を修復しようとするとシルーシアの矢が飛んでくる。
ダメージは大きく、治すにはこの矢を避けながらでないといけない。しかし、上手く集中が定まらず、ベルリガウスの傷はなかなか塞がらない。
「くそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがっ!!!」
シルーシアの矢を周囲に放った電撃で払い、即座に傷を修復する。
「ぐ……ぐぅ……おめぇら、絶てぇ殺してやるぅ……。『月光』は俺様の奴隷にぃ……ウィンフルーラの嬢ちゃんは、里の奴らを皆殺しだぁ!!」
跳躍したベルリガウスは両手の剣を頭の上で交差させ、雷の力を溜めていく。そして……、
「塵と化せぇ!固有魔剣技【テンペンスト】!」
魔剣技……魔剣士であるベルリガウス特有の技が発動された。
ベルリガウスの交差された剣に雷の力が宿り、それが天に向かって放電する……天に黒雲が召喚され、そこから巨大なエネルギーの塊……巨大な落雷が起きた。
その落雷は全てを蹂躙しようと大気を震わせ、唸りを上げる。
「まずいっ!」
そう声を上げたクロロ……だがベルリガウスの放った【テンペンスト】は途中に現れた巨大な障壁によって遮られ、ものすごいエネルギーの衝撃を撒き散らしながらその進撃を一時的に止めた。
その障壁を張ったのは……最高神官のセリーだった。セリーは達人級光属性魔術【アマル】を発動したのだ。
「『銀糸』……あの障壁はあとどんだけ持つんだ?」
「それ!ウチも聞きたいんですけど!?」
ノーラは切羽詰まった声を張り上げ、シルーシアは至って冷静に問いかけている。セリーは少しだけ考える素振りを取ると、額に汗を滲ませた。
「もう壊れそう……でも、大丈夫よ」
「な、なぜそんなこと……っ!?」
エリリーがそうこう言っている間にも【アマル】が破られ、【テンペンスト】がその進撃を再開させた。
だが、そんな中でもクロロは至って冷静だった。それだけの余裕があった。
「もう……遅いじゃないですか」
「いや……たった数分だったろ……【必殺バリス】」
治療を終えたグレーシュが帰ってきた……そして、新生【バリス】が放たれ、【テンペンスト】とそれを生み出していた黒雲ごと吹き飛ばしてしまった。
「よーし……第二ラウンドだぞ、伝説?メインディシュよりも前菜の方が多いなんて良くあるんだからな」
「はーはん……何度やっても同じだぜぇ……」
この時グレーシュはカッコつけたのだから、ちゃんと返して欲しかったと赤面しながら思った。しかし、直ぐにその表情は真剣なものになり、ベルリガウスへ自前の弓を向けた。
「馬鹿め、俺の切り札はまだあるんだ。新生【バリス】……後で名前は考えるとして、俺はまだこいつの全てを見せたわけじゃない。覚悟しろ」
グレーシュはそう言って、不敵に笑んだ。
〈グレーシュ・エフォンス〉
セリーの治療が済み、礼を言ってから危ないところで俺の【バリス】が【テンペンスト】を吹き飛ばしてみんなを救った……惚れていいぜ?
ただ、そうなると俺もクロロに惚れなければいけなくなるのでやっぱ無しで。いや、別にクロロが嫌だとかじゃなくて。意識してしまうと、なんだか今までのように振る舞えないかもしれないと……そう思ったから。
俺はベルリガウスに弓を向け、俺の切り札その一を見せてやろうかと構えたとき、ベルリガウスはクツクツと滑稽だと言わんばかりに笑い叫び、そしてゾッとするような笑みを浮かべた。
「クックック……ククククク」
「何?鳩の声真似なら下手すぎですよー?」
ブチっと太い血管が切れた音がした。見れば、ベルリガウスのコメカミに青筋が浮かんでいる。
「クックック……実は俺様もまだまだ奥の手っつーのをよぉ……隠してんだがぁ?特別に、おめぇらに見せてやるよぉ……俺様の本気って奴をよぉ」
ベルリガウスは完全に切れたのか、自身の内包している魔力を一瞬にして膨れ上げ、あたり一帯を自分の魔力で覆った。
「な、なんて魔力してんの……?」
「グレイや私達とあんなに戦ってたのに……?」
ノーラもエリリーも今まで見たことがないような魔力量に頭の処理速度を超えたようで、目を見開いて驚いている。クロロは頬に汗を流し、後にいるセリーもシルーシアも緊張した面持ちだ。
「とりあえず……お前ら下がってろ」
「しかし、グレイくん一人で勝てないことは分かっているはずです。格好付けようとしても無駄です。私はグレイくんの戦友……グレイくん一人に任せません」
「お前……男に花持たせろよな。今のお前、さっき助けに入ってくれた時といいさ……かっこよすぎなんだよ」
「私はただ……頼って欲しいだけの構ってちゃんです。ただ……それだけですから」
ですから……?ですからなんだと言うのだろうか。だが、クロロがその続きを口にすることはない。その代わりに、ノーラも俺の隣にくると、ベルリガウスへ剣を向けた。
「ウチだって、昔みたいにグレイの後を付けてばっかりじゃないから……いっぱい頑張ったんだから……ウチもグレイの隣で戦うからね!」
「ノーラ……」
「私も……私も隣で戦うから!」
「エリリー……」
チラッとセリーに視線を向けて、俺は何も言わずにベルリガウスに視線を向けた。
「な、ななによそれ……」
何か言いたげなセリーだったが、何を言うべきか迷っているようだ。こう時に何と言ったらいいのか……考えあぐねているのだろう。セリーは他人との関わり合いが少ない……仕方ない。
シルーシアは敵だし……うん。
と、スルーしようとしたら不意にシルーシアがなんと俺の真後ろに立ち、全員その行動の不可解さに首を捻り、シルーシアに視線を送った。
「な、なんだよ……」
「いや、なんでこっちに来たんだよお前……」
「あ?あぁー……いや、そうだな。お前に言いてぇことがあってよ」
「ん?なんだ?」
シルーシアは一つ息を吐いて、言った。
「お前……倒せんだろうな?」
疑るような瞳……しかし、嘘は許さないと言う彼女の態度に俺は肩を竦めた。
「倒すよ。というか、出来なくてもやる……お前にも守りたいものがあるように、俺にだって守りたいものがある……」
「聞いたよ……んなこと」
お喋りはもうお終い……俺たちは全員ベルリガウスに目を向けて身構える。
電気を帯びた魔力を放つベルリガウスは、それを一瞬で圧縮すると人為的に魔力汚染を引き起こした。
「っ!」
その行動は不可解極まりない……だが、今この場でそのような密度の濃い魔力汚染が起こればどうなるか……そしてそれを一身に受けるベルリガウス本人がどうなるか……予想するのは難しくなかった。
「変身だぁ!!魔人化〈ライジーン〉!!」
そうベルリガウスが叫んだ瞬間、ベルリガウスの魔力が爆発するように拡散し、一帯が重度の魔力汚染に支配され、ゾクゾクと地面の中から凶悪な魔物達が現出する……兵士達は突然現れた魔物達に驚き、帝国も王国ももはや統率が取れない状況に陥り出した。
そして、そんな魔力爆発の中心にいたベルリガウスは……先ほどまでの人の姿から一変し、全長五メートルはあろうかという巨大な体躯、突き出たお腹や太い腕……そして全身が電気かのようなその姿は俺の前世で言う雷神の姿に酷似していた。あの雷の太鼓のお墨付き……もはや、それそのものといっても過言じゃない。
『さあ!始めようぜぇ!!』
ベルリガウスはとても愉快そうにそう叫んだ。
ベルリガウスが魔人化した……そう、自ら魔力汚染を引き起こして……今のベルリガウスは魔物に似た何か。魔物でも、人間でも、もはや生物ですらない可能性がある。
「あ、あの姿は……SSSランク相当の魔物……雷神の姿……?これは一体……」
クロロはそう言いながら、表情から血の気を消していた。
SSSランクって……良く知らんけどヤバい気だけはする。
俺は、呆然としているみんなに代わってベルリガウスに向けてこう言い放った
「お前は魔物なのか?それとも人間なのか?」
そう訊くと愚問とでも言いたげに指だけ左右に振って、バカにしくさった風に笑い飛ばしてきた。
『ククククク……魔物?人間?下らん……俺様はすで魔物でも人間でもないぃ!そう……伝説を超えて神の領域に至ってるんだよぉ!!」
どうやら……魔人化しているせいか興奮しているらしい。しかし、
良かった……人為的に魔物になっているというのならベルリガウスは魔物ではない。魔物とは自然において、魔力の密度が濃い場所で自然発生した存在を指し示す。つまり、今現在俺の目の前にいるベルリガウス・ペンタギュラスは俺が守るべき約束の対象である魔物からは除外される。
ならば、俺は何の躊躇いもなくベルリガウスを殺れる。
「みんな……啖呵切った手前カッコ悪いのは重々承知で頼みたいんだけど……三十秒だけ時間稼ぎを頼む」
俺がそう言うと、クロロ、ノーラ、エリリー、シルーシア、セリーの四人は首肯し、魔人化したベルリガウスに対して俺を守るように陣を組む。
さすがにクロロはパーティー組んで戦っているだけのことはある。それにノーラやエリリー、シルーシアも軍で指揮を取る立場にいるためか、よく周りが見えている立ち位置だ。そしてセリー……後ろで俺たちを見守っている!なんて、自分の部を弁えた殊勝な心掛けなのでしょう……セリーには出来ればそうやって回復役に徹していただきですね。
「じゃあ……行くか」
俺が行動を開始するとともに、ベルリガウスが動いた。
『ククククク……おめぇら全員、オレ……俺様、俺様の奴隷だあぁぁあ!!』
クロロは奴隷とか、塵と化せとか……んで、今度は全員奴隷かい。支離滅裂で意味不明だ。
ベルリガウスが背中にはある太鼓をドンドン鳴らしていき、天を埋め尽くすほどの黒雲を呼び出し、そこから落雷を大量に落としてきた。
「ハッ!」
クロロはそれを両手の武器で薙ぎ払い、
「せあぁ!!」
「とおぉ!!」
ノーラとエリリーは剣技で以って打ち払い、
「フッ」
シルーシアは弓技を放って防ぐ。
そしてセリーは俺の真上に【アマル】を張って守ってくれている。さっきの【テンペスト】級の攻撃でなければ何とか防げるようだ。さすが、達人級は格が違う。
『クック……おめぇらは、おめぇらは俺様に逆らうんじゃねぇよおぉ!!!』
ベルリガウスはそう叫び上げると、両手を天に向けて、電撃を放つ……これは……。
「【テンペスト】が来るぞ!」
俺の怒声のような叫び声に全員が反応する。今の状態のベルリガウスの【テンペスト】はまずい!放たれる前に……殺す!!
刹那の間に戦闘モードへ意識を切り替え、vol.2にアップデート……魔力保有領域をありったけ開いて、俺の持ち合わせていた魔力を全て使い尽くす。
【アサシン】【ロケイティング】【マルチー】……俺が使える高難易度の技という技を使い尽くし、持てる技術と知識と最後に汗と涙の結晶……ならば、この必殺技に付けるべきは絶対的な勝利を宣言する名前……ヴィクトリー?…………俺は全ての力を合わせて最強の弓技を発動させる。
俺の背後にいくつもの魔法陣的なものが出現し、そこから鏃が顔を覗かせる。幾千、幾万の矢達が照準をベルリガウスへ向けて……そうだ、ならばこう名ずけて見よう。
「全員下がれ!いくぞ!!【アブソリュータス】!」
俺の背後で待機していた矢が光の速度を超えて、ベルリガウスへ全て注ぎ込まれる。音も姿も見えないが、遅れて現れる光の軌跡と爆風やら何やらがあたり一帯を支配し、近くにいたクロロ達は緊急退避した。
それでもなお、矢の波は止まることはなく……今度はベルリガウスの周りを囲むようにして上下左右全てに魔法陣が開くと、そこから再び新生【バリス】が放たれていく。
そして……止めに俺は腕を【イビル】で覆い……全長五メートルのベルリガウスに引きを取らない巨大な腕と弓……そしてそれに見合う矢を形成した。
「【イビルバリス】!」
止めの【バリス】……巨大なそれは光の速度とは言えないながらも音速を超えて、確かな質量と破壊力を兼ね備えながら、ベルリガウスへ向かって飛んでいき……【イビルバリス】が着弾すると同時に周囲の地面が抉られ、吹き飛び、衝撃が地面を揺らし、地割れが起こる。
我ながら……めちゃくちゃだった。
爆煙が立ちこもる中、俺はベルリガウスが居た場所へ歩いていき……ベルリガウスの存在そのものが消滅していることを確認し、その場に倒れ伏した。
「ぐっ……」
苦しい……当然といえば当然だ。あんな大規模な弓技を自前の魔力だけで補えるわけがない。本来、この弓技は俺がある特殊状態でのみ使用できる取って置き中の取って置き……ぐふっ……あ、やべ……血が口から出てきた。
くそ……無理はするもんじゃ……ないね。でも、まあ……その取って置きが使える状態にはなりたくなかったし……よか……った。
俺は意識をそのまま暗黒に手放した。
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