一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

幼馴染と

 ※


 睡眠中……起き上がりたくないのに意識だけ戻ってきてしまい、目は閉じているもののそのままもっかい寝てしまおうと思うことはよくないだろうか。俺は、ある。
 俺の記憶がベルリガウス戦でぶっ倒れた後からなので、大方の状況は予想がつく。舐めるな……ギャルゲー歴二十年近くの俺がその程度のことも予想出来ないと?
 あれだろ?このまま目を開けると、幼馴染が起こしにきていて寝起きドッキリしてくれるんでそ?分かってる分かってる……あれ?その場合はノーラとエリリーのダブルコンボなのか?あっれ〜?幼馴染イベントって普通一人じゃね?二人って……何村何夏くんくらいしか知らないよぉ……。
 まあ、そんなどうでもいいことは置いておいて……俺はパチクリ目を開けて周囲の状況を確認する。あー首いてぇ……誰か枕変えたな……そうじゃなくて。
 首を回してみると、どうやらここは我が家の屋敷のようだ。俺の自室……ベッドの横には……誰もいないんですけどー?ちょっと?これどうなってんの?
 軽く運営をバンしてやろうかと思ったが、そんなことよりもと起き上がって、キョロキョロと自分の部屋を見回してみる。
 すると、ひょっこりと壁からこの屋敷には住み着く幽霊のシェーレちゃんが現れた。

「あ……あぁ……おおお、おはよう……こざいま、す」
「うん。おはよう」

 シェーレちゃんがビックリしたようにしていて、少し傷付いた。俺が起きてみたら驚かれるって……と、シェーレちゃんが何やら震える指で俺の方を指し示し……、

「あ、の…………身体が……」
「え……」

 シェーレちゃんに言われて、俺は自分がさっきまで寝ていたベッドの方に目をやり……そして絶叫した。

「ゆ、ゆゆゆゆゆ幽体離脱!?」

 そう、俺の身体がベッドで横たわったままだった。


 ※


「…………っ!!」

 バッと起き上がり、そしてベッドを確認……幽体離脱してないことを確認した俺は小鳥がチュンチュンと囀る中……ポツリと呟いた。

「…………夢か」
「何……言ってんの?」
「あ、ノーラ」

 俺が起き上がるとベッドの隣で椅子に腰掛けて今し方まで眠っていたのか、目をこすりながら眠たげに言ったノーラがいた。

「起きたんだ」

 ノーラは俺に柔らかな笑みを向けながら、そう言った。

「うん。おはよう」

 何か言うべきことがあったかもしれないが……まあ、とりあえずこんな返しでいいだろう。
 ノーラはどこかまだ眠たげで、よく見ると顔色に疲れが見えた。俺のことを心配して、寝る間も惜しんで看病でもしてくれたのだろうか……そんな自意識過剰な考えが思い浮かんで、俺は頭を振った。
 俺は察しの良い男……決して鈍感系主人公じゃない。だが、それが意味することは自分大好きナルシストな自意識過剰系主人公なのだ。
 あれ?あの子……俺のこと好きなんじゃね?
 とか、そんなことを思ったりするのは勘違い系……勘違いした挙句、「は?キモ?」と罵られ、鈍感系なら、「鈍すぎ!マジあり得ない!」と理不尽な目に合う。
 もう、この世界本当にどうしようもない……だから俺は、敢えてそういうことに触れないことにした。
 ただ、ついつい口をついていってしまうのは許して欲しい……。

「ありがとう……ノーラ」

 心の底から述べたお礼に、目をトロンとさせているノーラは無邪気にニヘラーっと笑い、それからウトウトと首をコクコクさせる。俺は苦笑しながらそんなノーラの頭に手を乗せて、無詠唱で初級闇属性魔術【スリープ】を掛けて寝かせた。

「おやすみ……」

 ノーラを寝かしつけた俺は、先ほどから部屋の隅で【透明化インビジブル】で姿を消して隠れている人物に目を向け……口を開いた。

「出てきたら……どうですか?ゼフィアン」

 俺がその人物の名前を口にすると、ゼフィアンは妖艶なその姿を現し、泰然とした足取りで俺のベッド脇まで歩いて、そしてベッドに腰掛けた。

「気付いて……いたのねぇ〜?」

 艶かしく手のひらで口元を覆う仕草をしながら、どことなく俺を試すような物言い……俺は頷いて言った。

「【透明化】だけなら達人の貴女よりも凄い人がいるんですよ」

 ノーラの父親……ソーマ・アークエイだ。それに比べれば、別に大したものでもなかった。

「あらあらぁーそうぉ〜……」

 大げさに驚くゼフィアンだが、別に大して驚いている訳でもないだろう。俺は何の用かゼフィアンに訊いた。

「なんでここにいるんですか?あの時、ベルリガウスと戦っている間に姿を消したから、逃げたと思ってましたよ」
「もちろん……あの時逃げたわよぉ〜?」

 ゼフィアンは何を今更という風に、大仰に手をこまねいた。その姿は、「あらまあ奥さん」みたいな……。
 ゼフィアンはそれから少しだけ顔を俯かせると、続けた。

「まあ、逃げたのだけれどねぇー……一つ、坊やのことを思い出したもんだから、戻ってきのよぉ〜」
「坊やって僕のことですか……」

 心外だ……俺はもう大人だと言うのに。俺がその部分に若干の不満を呈していると、ゼフィアンは言った。

「坊や……八年くらい前に『月光』と一緒にいた……あの黒髪の弓使いの坊やよねぇ〜?大きくなっていたから気が付かなかったわぁ〜」
「そうですか」

 別に俺としては思い出してくれなくても構わなかった。というか、何故その程度のことでゼフィアンが俺のところを訪ねてきたのか……それが疑問だった。ゼフィアンはその疑問に答えるように、さらに続けて言った、

「坊やに聞きたかった……坊やはあの時、もっと私に恨みを持っていたと思うのだけれどぉー……でも、今の坊やから明確な憎悪や敵意を感じないのよぉ〜。それは何故かしらぁー?私が、憎いんじゃないのかしらぁ〜?」

 俺の様子を伺いながらゼフィアンはそう問いかけた。恨んでいるか、憎んでいるか……と。どうして、そんなことを訊いてくるのかは残念ながら想像も出来なかった。
 俺は天井を仰ぎ見て、ポツリと答えた。

「まあ……昔は恨みましたし、憎みました」
「今は……違うと?」
「そうですね……。あの時の戦争で、僕の父親が死んだんです」
「…………そう」

 悪びれる感じとか、媚びる感じとか、とにかくそういった感じじゃなく……何かを噛みしめるようにゼフィアンは頷いた。
 俺はそんなゼフィアンの反応を横目に見ながら続けた。

「当時は戦争を引き起こした貴女のことをかなり恨みましたがね……でも、父さんは兵士でしたから。あの戦じゃなくても、どこかの戦で命を失っていたかもしれない……それに父さんだって戦場で何人も殺しているんです。殺される覚悟をして戦場に立っていたでしょう……だから、僕が恨むのとかはお門違いだって……八年も経てば、考えも変わるもんですね」

 とりあえず、俺が思っていることをゼフィアンに伝えた。
 ただ、今の俺は父さんの代わりに残った家族を守らなければならない。これは義務とかそういうのではなく、純粋に俺がそうしたいから……父さんの代わりに。

「…………私は男が大っ嫌いよぉー……」
「……?」

 突然ポツリと呟いたゼフィアンに、俺は首を傾げた。ふと、ゼフィアンが俺に目を向けたため、ゼフィアンを見ていた俺は彼女と視線を交差させた。

「不思議なものねぇー……坊やは大嫌いな男のはずなのに……どうにも嫌悪感がわかないわぁ〜」

 ゼフィアンはコロコロ笑いながら、艶めかしく身を捩り、そっと……俺に顔を近づける。甘い匂いがした……悪魔特有の甘い匂い。

「私は……私達・・の悲願のためにどんな犠牲も払うと……どんな手段でもやってやると……そう決めているわぁー。それでも払った犠牲からは目を背けるつもりはないの……だから、貴方が私を恨む理由を知りたかったのよぉ〜」
「そんなことで、わざわざ?これ、他の人にもしてるんですか?」

 俺が訊くとゼフィアンは首を振った。

「いやよ、なぜ私が男にこんなことをしなくちゃいけないのよぉ〜?男だったらどうでもいいわぁ〜」
「うへぇ」

 と、思わず口をついて俺はげんなりした。こいつは百合か何かなのだろうか……。

「それじゃ、わざわざごめんなさいねぇ〜坊や」
「あ、はい。お気をつけて」

 ゼフィアンは最後に俺に微笑みかけると【テレポート】で瞬時に消えた。結局、ゼフィアンが何のために俺のところに来たのかは分からない……しかし、彼女にとってはとても大事なことだったのは理解できた。
 まあ、何でもいい……もしも次に戦場で会うことがあれば、今度こそ俺は彼女を殺すだろうから……。

「う、うぅ〜ん……マジグレイやばい……」
「お、おう?」

 ノーラが寝ぼけて何か言っていた。寝言が妙にギャルっぽい……ノーラはボーイッシュな外見をしながらも、口調はボクっ娘じゃないんだよなぁ……ぼっちお姉さんキャラとか、おっちょこちょいクールキャラとか、ボーイッシュギャルキャラとか、つくづく現実ってのは変なヒロインしかいない……ハッ!もしかすると、ツインテ常識人キャラは俺が仲良い女子で一番まともな気がする!

 こうして、俺の日常は再び平穏を取り戻す。まる。

 俺は整った寝顔で子犬のように幸せそうな寝息を立てるノーラの頭を撫でながら、ふと誰かが部屋に入ってきそうな気配を感じて視線を向けるとエリリーがコンコンと扉を叩いて入ってきた。
 エリリーは入ってくるなり、俺が眠るノーラの頭を撫でているのを見てムッとした。
 おいおい、これは自意識過剰とか思われても察しちゃっていいよねぇ!?酷くないかなぁ……これで勘違い扱いされるんだぜ?だからリアルはクソゲーって、某ラノベの天才ゲーマー兄妹とか、某コミックの落とし神様とかに言われるんだよ?ちゃんとさ、やっぱり好感度パラメーターって作った方がいんじゃないの?
 とか呑気に現実のシステムの不親切さに勝手に憤慨していると、エリリーがムスッとしながらも幸せそうなノーラを見てやれやれと肩を竦めていたのが目に映った。

「疲れてるんだよ」
「誰かさんの所為でね?」

 俺が言うと直ぐにそう返された。むっ……そう言われると反論しにくいのは確かだ。と、エリリーは首を振って言った。

「冗談……グレイがいなかったら、危なかったよ。ありがとね」
「…………う、うん。どいたま……」

 正面切ってお礼を言われて少し気恥ずかしくなった……俺もまだまだだ。幼馴染にお礼を言われた程度で……って言っても、再会してからお互いに距離感も掴めてなかったし……仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。
 感傷に浸っていると、エリリーがニッコリと……さっきまでとはちょっと違った雰囲気を纏った。

「そ・れ・と・は・べ・つ・に〜ノーラだけズルい……私も撫でて欲しい……ダメ?」
「あ、あぁ……いいよ?て、手は二本あるからね!」
「クスッ……なにそれ」

 小さく笑ったエリリーは、はいっと頭を差し出してきた。俺はノーラの頭から手を移動させてエリリーの方に手を持っていく。ノーラもそうだけど、どうして女性の髪の毛はこうもどう男性の髪質と違うのだろう……触っていて飽きない。

「なんか手馴れてる感じー」
「そう?」

 エリリーに指摘されて俺は、そうだろうかと首を捻った。まあ、タッチ系十八禁ゲーマーだからな!あんまそれ関係ねぇな……。言ってしまえば簡単なことで、俺の天性のモフモフ能力が高いというだけのこと……大体、どんな動物でも俺のモフリで三十秒くらいで懐く。懐かせる自信がある。(ユーリはモフらせてくれない)
 暫くそうして撫でていると、エリリーが少しだけ掠れた声で、震えた声で呟いた。

「ごめんね……その、折角八年ぶりに会ったのに、なんか……ギクシャクというか……」

 何が言いたいのか分かった。

「いいよ別に……それ、僕が悪いんでしょ?」
「ち、違う!」

 エリリーはバッと俺の手を払うように頭を上げ……そして、あっと気付いて名残惜しそうに俺の手を凝視するが頭を振って、そんな雑念を消すように真剣な眼差しを俺に向けた。
 だが、俺はエリリーが何か言う前に口を開いた。

「いや、違わないよ。僕は自分が情けない小さい男だって分かっているからね。誰かに媚びを売ることは、もはや性分だからさ……カッコ悪いのはよく分かってる」
「それは……その、確かにカッコ悪いけど……」

 そっかー僕ショックです……。今更この生き方や性分は変えられないけど……。
 俺が遠い目をしていると、エリリーは続けて言った。

「カッコ悪い……けど、それでも……いざとなった時にはやっぱりグレイはカッコいいもん……。私やノーラは、そんなグレイのことが昔から……っ!な、なんでもない!」

 エリリーは慌てて取り繕うように両手をブンブン振り回す……昔からの続きが非常に聞きたかったが……訊くだけ野暮ってやつなんだろう。そっとしておこう……。俺はふと窓へ目を向ける。
 世界は時を刻む……こうして八年の年月を経て俺たちは再び出会えた。幼馴染が上司とか何の冗談だろう……全く現実というのは予想もつかない突拍子ないことをやってくれる。しかも、幼馴染が上司だからといって人生イージーモードにならないのが世の常であり、現実は甘くない……。
 窓ガラスから差し込む朝日の暖かな光が、俺たち三人を照らしている。また、昔みたいに……立場は違えど、それでも俺たちの関係はまた元どおり……。

 めでたしってやつでいいんじゃないだろうか。

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