一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

その他

 〈霊峰〉


 バニッシュベルト帝国の侵略行為は大義名分のない不当なものとされ、イガーラ王国国王が各国に向けて打倒バニッシュベルト帝国として挙兵……イガーラ王国がバニッシュベルト帝国の将軍、伝説級『双天』ベルリガウス・ペンタギュラスを打ち倒したことは全世界で大きな嵐を巻き起こし、これに乗じて帝国を打破しようと各国がイガーラ王国に呼応する形で挙兵した。
 隣国のフェルデイナ共和国を始め、バニッシュベルト帝国に次ぐ三代列強国の一つであるロドナスクル集合国……そしてアスカ大陸、スーリアント大陸間の海に建つ海底王国エールガレイン……その他、帝国が潰れると政治的に優位となる国々が挙兵しているという。
 それとは別に、帝国が潰れると困る三代列強国第三位のアーバレル合併国やその他の中小国が来たる大戦に備えているという。
 どう転がるにせよ、帝国VS王国……この両国がこの大戦の代表国となるのは言うまでもない……今まで目立った動きのなかったイガーラ王国が列強国に勝利した事実、そして伝説の一角を打ち倒した事実は各国に大きな打撃を与えた……挙兵した国々も、現在のイガーラ王国を測りかねているようだ。
 帝国側にしろ王国側にしろ、知りたいことは一つ……誰がベルリガウスを打ち倒したのかという一点だけだ。 
「本当に下界は面白いことになってるわい」

 白銀の髪に黄金の瞳……神に愛され、その絶大な加護を受ける神に仕える最高神官特有のその容姿をした少女は、愉快げにケラケラ笑い、膝を立てて大仰に座っていた。
 場所は霊峰……多くの猛者が集まる戦士の聖地だ。その霊峰内部の最下層は火口から穴を掘って作られたところで、地熱により霊峰一帯の極寒の気候とは違いこの場所は暑すぎる。しかし、そんな住みにくい場所を魔術で程よく住みやすくし、その少女は暮らしていた。
 少女の目の前で悠然と湯呑みに注がれたお茶を啜る武士風の男は、さながら鬼武者のような格好で、兜は着けていない。というか、頭がとんがったリーゼントなため、着けるにも着けられないというのが正しいだろう。
 そして、この空間にはもう一人……大きな大きな身体を微塵も動かさずにジッとしている巨漢の男……姿も形も大きさも全く違う奇妙な三人がこの霊峰の猛者たちが目指す場所、霊峰の最下層……別名"クルナトシュ"と呼ばれるそこにいるということが何を意味するのか。
 クルナトシュへの道は先ほど言ったように霊峰頂上にある火口からしかない。そして霊峰は上に登るにつれて気候は荒れ、達人の中でも選りすぐりの怪物達が犇いている。つまり、クルナトシュに辿り着いた者は怪物達の頂点に君臨することを意味する。
 そして、この中の三人のうちで新参者は武士風の男と巨漢の男である。このクルナトシュに最初にたどり着き、且つ住みやすく改造したのは白銀の髪をした少女だ。
 少女の名はミスタッチ・ヴェスパ……神話級エンシェントという世界に確認されている中でも現在二人・・しかいない神話人エンシェンターの一人だ。
 ミスタッチはケラケラと笑いながら、武士風の男へ語りかけるように言った。

「あんたんとこのー餓鬼共も元気しとるわいなー。ベルリガウスの奴に一太刀浴びさせおったわい」

 ミスタッチの言葉に武士風の男……達人ヤコウ・ヤフブキは顔を顰めた。

「拙者の弟子でござる。ベルリガウス如きに遅れはとらぬよ」

 達人であるヤコウが伝説であるベルリガウスにこの言い方……しかし、ヤコウも達人級という階級に納められているものの、その実力は伝説と言える。ただ、伝説級というのは自然の超越者……そういう区分分けから考えるとヤコウは達人級という評価を受けてしまうのだ。
 ミスタッチはヤコウの言葉に再びケラケラ笑い、続いてその隣に座る巨漢の男に目を向けた。

「ジルアーガスや……あんたんとこの弟子、グレープ・フルーツだったかのー?」
「…………違うわ。ボケ」

 巨漢の男……達人ジルアーガス・デオルドヴィッチはふんっと鼻を鳴らして、ミスタッチの誤りを訂正した。

「グレーシュ・エフォンス……じゃねぇか。お前、奴とクルナトシュで戦ったんだから名前くらい覚えろや……」
「ふふーん〜そうだったそうだったのー。グレーシュ・エフォンス……この儂の千里眼でしーっかり見とったわい!凄いぞよ!」

 ミスタッチは右手で右目を覆い隠し、千里眼を発動……これはその名の通り、千里の先を見通すものであり、魔術の一種だ。ミスタッチは千里眼により、先の戦の様子を見ていた。
 ミスタッチは千里眼を解くと、薄く笑みを浮かべて言った。

「この戦が世界に与えた打撃は大きいぞよ。最強の大国を打ち倒し、あまつさえ伝説級のベルリガウスを倒したのだからのー」
「ベルリガウスを倒した……でこざるか。奴は不死身ではないのでござるか?」

 ヤコウの問い掛けにミスタッチは肩を竦めた。

「ふふーん?ベルリガウスは雷そのものだ。周囲にそれを生む電気的なエネルギーがあれば、それを集約させて落雷となって再びこの地に舞い落ちる……」
「ならば……」
「ただ〜奴の周囲にそれがなければ復活は出来ないぞよ!グループの使った例の技……奴は【アブソリュータス】と言っていたが、あれはやはり恐ろしいものぞよー」

 ミスタッチはうんうん頷きながらそう言う……ジルアーガスは、「グレーシュだ」と訂正しているのだが、ミスタッチには聞こえていないらしい。
【アブソリュータス】はグレーシュのもつ固有弓技だ。弓術技術【アサシン】魔術技術【ロケイティング】【マルチー】と、多くの高等技術を駆使した大技だ。

「あれは……確かグレーシュの奴が魔人化してる時に使う切り札だったな……」

 そう、グレーシュの【アブソリュータス】はその消費魔力量からそうやすやすと使えるような代物ではないのだ。
 グレーシュもベルリガウス同様に魔人化する術を持っており、その絶大な魔力回復力で使用できるものなのだ。
 だが、魔人化にはリスクがある。魔力汚染を人為的に起こすわけなので、まず誤爆する危険性……そして魔力汚染による周囲の動植物の魔物化……まあ、そんなわけで気軽に使える技ではない。

「本当に下界は面白いぞよ!」
「クルナトシュの方が地下にあるだろ……」

 そんなジルアーガスの言葉も無視して、ケラケラとミスタッチは笑った。美しい女性だと名高いミスタッチのこの笑い声に、どこに気品があるのだろう……。


 〈???〉


 後に、「雷帝の戦」と称されたこの戦い……ベルリガウス・ペンタギュラスを打ち破ったのは誰か?その話を聞きつけ、早速エリリーがその人物の名前を上司のマリンネアに進言するのだが…………。
 また、姿を消したシルーシア・ウィンフルーラ達の行方も分からず…………。

「って、分からないことばっかじゃん!」

 バンっ!

 と、大きな腕をした茶色い男は持っていた本を思いっきり地面に叩きつけた。それを見ていた青色の髪をしている美しい女性は頬を引きつらせた。

「ちょ、ちょっとノームル……?その本を借りてるのはアタクシだから止めて欲しいのだけれど……その……分からないなら続きを読めばいいと思いますわ……」

 茶色いの男……ノームルは、「確かに」と頷き再度本を開いた。それを見た青色の髪の女性……ウンディーナは溜息をそっと吐く。

「アタクシが借りてきたのですけれど……」

 ノームルに本を奪われたウンディーナは仕方ないと肩を竦め、それから天を仰いだ。
 ウンディーナ達がいるのは一面が青色の花畑……名もない花達が放つ淡い青色の光が天空へと登っていく不思議な世界……ウンディーナの見つめる視線の先にはその淡い光と同じ色の星々が明るい夜空に輝いている。
 幻想郷……一言でいえば、この世界にこれほどお似合いな言葉はないだろう。
 ウンディーナは天空に輝く星々を見ながら、ノームルに言った。

「ノームル……そろそろ返してくださいまし」
「えー」

 ノームルは不満そうだが、大人しく返すあたりウンディーナに逆らえない何かでもあるのだろう。

「それにしても……どうしてゼフィアンって奴は【ゼロキュレス】を使おうとしてるんだろうな?」

 ノームルはウンディーナに本を手渡しながら訊いた。ウンディーナはうーんと逡巡するが首を左右に振った。

「過去の書『グレーシュ・エフォンス』だけでは分からないことはありますわ。ゼフィアンという人物にも、このグレーシュのような物語があったのですわ、きっと」
「ふーん……まあ、そうだよなー」

 神話級エンシェント魔術……別名、禁忌級アカシック魔術【ゼロキュレス】は古き神々がこの世界を創生するときに使ったと言われる極大魔術の一つであり、その内容は世界改変・・・・……全ての元素を操り、世界を再構築する神の為せる魔術である。
 故に神話級であり、故に禁忌とされる。
 この極大魔術は太古の昔にその知識は失われたはずだったが、ゼフィアン・ザ・アスモデウス一世……数世紀を生きてきた彼女が果たしてどうやってこの【ゼロキュレス】の使用方法……億の命分の魔力・・と数時間に及ぶ長い詠唱のルーンを知ったのか、ウンディーナは薄々勘付いていた。

「まあ、それもこの本を読み進めればいい……だけですわよね」

 殆ど独り言のようなものだったが、ノームルはうんうん頷いた。続きが気になるらしい……。

「ふふ……そんなに焦らなくてもいいですわよ。過去の書は彼が生きている限り書き続けられますわ。暫く溜まるまでは一緒に遊びましょう?」
「子供扱いかよ!まあ、でもそうだな!何して遊ぶ!?」
「ふふ」

 ウンディーナははしゃぐノームルに微笑みかけ、二人は手を取って花畑を駆け出した。

 グレーシュ・エフォンスが異世界に転生して十六年……彼の物語はまだ続く。

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