一兵士では終わらない異世界ライフ
まどろみのクーロン
〈クーロン・ブラッカス〉
ゆらゆらり、ゆらゆらり……ゆらゆらぁり……。
私の右手に握られた黒い刀の刀身が揺れ動く。それは、私の右手が震えているから……。
私の左手に握られた黒い刀の鞘が揺れ動く。それは私の左手が震えているから……。
私の視界が揺れ動く。私の視界が歪んでいる。それは、私が震えているから。それは、私が涙を流しているから。
血に染まる私の両手の先には貫いた人の身体があった。
「わ、たし……は」
そこで私の意識が覚醒し、夢の世界から現実の世界へと戻ってきた。バッと跳ね起きると、私は自分が寝ていた筈の寝床……ベッドから転げ落ちていた。床に敷かれた絨毯は朝露で少しだけ湿っていて冷たい……。
「寒い……」
私はモソモソベッドに潜り直してから、チラッと布団から目だけを出して窓に視線を向ける。陽は差し切らず、ようやく山々の間からお天道様が見え始めていた。
「少しだけ早く起きてしまいましたか……」
どれくらい布団から離れていたのか分からないが、少なくともそう長くはなかっただろう。まだ、布団の中が暖かいから……私にとっての救いは唯一それだけだった。
それにしても、先ほどの夢は一体なんだったのだろう。いつかどこかで見た光景だった気がしてならない……だけど、私はそれがなんだったのかが思い出せない。いや、思い出したくない……そう言った方が正しい。
「…………」
私は考えるのを止めることにして、少し早いけれど朝の散歩にでも出かけようと寝間着からいつも着ている愛用の服を着た。東の国で作られたらしいこの服は、とある行商人から譲り受けた品で、動きやすく丈夫だ。
それからタイツを履いて、刀も一応持っておいた。私の愛刀……月白……刀身は黒いのに何故か白という名前が付く不思議なこの刀は私が夜髪の里を出る時に貰った大事な物である。
これが手元にないとどうも落ち着かない……私は準備を終えて屋敷から外へ出た。
私の戦友であるグレーシュ・エフォンス……グレイくんの計らいでこうやって一緒に住まわせてもらっている。居候……それが一番的確かもしれない。
「んー」
私は屋敷近くの小道を歩きながら軽く伸びたり、欠伸を漏らしたり、鼻歌を歌ってみたりと優雅に過ごしてみた。
「おや?」
暫く歩いていた私は、郊外にある屋敷の直ぐ近くにあった湖までやってきたのに気が付き、もう戻ってきてしまったなーと思いながら湖を覗き込んで、顔を映してみた。
「…………あ」
私は湖に映る自分の姿を見て、そこで初めて自分が髪を結び忘れていたことに気がついた。自分としたことが……せめて女らしくと伸ばしていた髪が意外と邪魔だったので縛っていたのだが……そろそろ切ってしまうのもありかもしれない。
「今度……グレイくんに聞いてみましょうか。グレイくんはどんな髪型が好み……で………………?」
はて?と、私は小首を傾げた。別にグレイくんに合わせなくても……一体、私は何を考えているのだろう。
ここ最近の私は少しだけおかしい……グレイくんが他の女性と仲良くしているところを見ると苛々する。胸がチクチクして、無性に叫び上げたくなる。
自分の感情がコントロール出来ない、自分を保てない……グレイくんのことを考えていると私が私でなくなってしまう。
背中を預けられる戦友、心強い弟……私はグレイくんが弟として好きだ。そう自分に言い聞かせてみる……それでも、どうしてか歯車は噛み合わない。
私はグレイくんのことが好き……弟として?戦友として?仲間として?知人として?人間として?男として?……異性として?
どれも違う……。
私は……グレーシュ・エフォンスが好きではない。
私はグレーシュ・エフォンスが好きなのではない。
私は弟としてグレーシュ・エフォンスが好きではない。それは男としても、異性としても、戦友としても、仲間としても、知人としても……。
私がグレーシュ・エフォンスに向けているこの想い、感情は好きという軽い言葉ではなく、もっと深く……もっと残酷に、もっと冷酷に、もっともっともっと……私はグレーシュ・エフォンスというその存在そのものを、
愛している……。
恋……ではない。私はグレイくんのことを愛している。何故?どうして、私は今までこの感情の正体を隠し続け、自分の想いに蓋をしていたのだろう……そうしなければ、私は私でなくなってしまうから。
誰かを愛したことはなく、そのような関係を持ったことがないこの私が、どうして彼のことを考え、愛に焦がれているのだろう。
分からない……分からない……。
「なぜ、私はグレイくんのことをここまで……」
自問してみても答えは見つからない。
ふと、昔ワードンマに言われたことを私は思い出した。弟として好きだと……あの時の私は確かにそうなのだろうと納得していた……思えば、あの時から私はグレイくんのことを……しかし、一体彼の何が私をここまで?自分の感情なのにどうも整理が付かない……。
ザッと……地を擦る足音に私は即座に反応し、振り向き様に腰の刀を抜刀して背後にいた人物に切っ先を向けた。背中からだったので少し遅れたが完璧……と、私は切っ先を向けた人物を見て呆気に取られた。
「えっと……とりあえずしまってくんね?」
グレイくんだった……ご、ごめんなさい。
私は直ぐに刀を腰に戻して、グレイくんに謝った。
「いや、別にいいんだけどさ……にしても珍しいな。クロロはいつももうちょい起きるのが遅くないか?」
と、グレイくんに言われて私は苦笑いした。
「ちょっと早く起きてしまいまして……悪い夢をみたものですから」
「……悪い夢?」
私はつい口を滑らせて言ってしまった。私は手を体の前で振って口を開く。
「い、いえ……気にしないでください。夢ですし……あんまり覚えていないんですけど」
取り繕うように言った私の言葉にグレイくんは暫く訝しげな目を私に向けていたが、直ぐに、「まあいいか」と笑った。
本当はその夢のことを……私は覚えている。あの夢はずっとずっと昔……遠い昔……私が『月光』などと呼ばれていた時代の話……本当にあった出来事だ。
「それより、暇ならちょっと付き合えよ。今から軽く身体を動かそうと思ってさ」
「そうですか。では、お付き合いしましょうか」
私は快く承諾して、グレイくんと一緒に寸止め試合のようなことをやった。
流れるようなグレイくんの足捌き……見ているだけで、そこに数々の流派の技術が用いられていることが分かる。この八年……グレイくんがどれだけ努力してきたのかが伺える。
そうか……私がグレイくんに焦がれているのはそういう部分に対してだろうか……どうだろう。
何かのために努力を惜しまず、けれどそれをおくびにも出さず強さに溺れることなく貪欲に学ぶことを求める姿勢……私の隣で背中を預けられる戦友……そういう存在を私は欲していたのだろう。
グレイくんが欲しい……ずっと側にいて欲しい……私と一緒にいて欲しい……。
「グレイくん」
私が朝の運動の最中、声を掛けるとグレイくんは首を傾げた。
「ん?」
立ち止まったグレイくんは眉根を上げて、頭上に疑問符を浮かべていた。
「なんでもありませんよ」
私がニッコリとそう言うとグレイくんは、「なんじゃそりゃ」とふて腐れたように言った。
恐らく……今のグレイくんに私の気持ちを伝えたところで伝わらないでしょうね。グレイくんは良い意味でも悪い意味でも、血縁者であるラエラさんやソニアさん優先ですから……二人が羨ましいことこの上ありませんね。何もしなくても、グレイくんに想ってもらえるんですから……と、私はそんな浅ましい嫉妬の念を抱いている自分に気が付きブンブンと頭を振った。
ゆらゆらり、ゆらゆらり……ゆらゆらぁり……。
私の右手に握られた黒い刀の刀身が揺れ動く。それは、私の右手が震えているから……。
私の左手に握られた黒い刀の鞘が揺れ動く。それは私の左手が震えているから……。
私の視界が揺れ動く。私の視界が歪んでいる。それは、私が震えているから。それは、私が涙を流しているから。
血に染まる私の両手の先には貫いた人の身体があった。
「わ、たし……は」
そこで私の意識が覚醒し、夢の世界から現実の世界へと戻ってきた。バッと跳ね起きると、私は自分が寝ていた筈の寝床……ベッドから転げ落ちていた。床に敷かれた絨毯は朝露で少しだけ湿っていて冷たい……。
「寒い……」
私はモソモソベッドに潜り直してから、チラッと布団から目だけを出して窓に視線を向ける。陽は差し切らず、ようやく山々の間からお天道様が見え始めていた。
「少しだけ早く起きてしまいましたか……」
どれくらい布団から離れていたのか分からないが、少なくともそう長くはなかっただろう。まだ、布団の中が暖かいから……私にとっての救いは唯一それだけだった。
それにしても、先ほどの夢は一体なんだったのだろう。いつかどこかで見た光景だった気がしてならない……だけど、私はそれがなんだったのかが思い出せない。いや、思い出したくない……そう言った方が正しい。
「…………」
私は考えるのを止めることにして、少し早いけれど朝の散歩にでも出かけようと寝間着からいつも着ている愛用の服を着た。東の国で作られたらしいこの服は、とある行商人から譲り受けた品で、動きやすく丈夫だ。
それからタイツを履いて、刀も一応持っておいた。私の愛刀……月白……刀身は黒いのに何故か白という名前が付く不思議なこの刀は私が夜髪の里を出る時に貰った大事な物である。
これが手元にないとどうも落ち着かない……私は準備を終えて屋敷から外へ出た。
私の戦友であるグレーシュ・エフォンス……グレイくんの計らいでこうやって一緒に住まわせてもらっている。居候……それが一番的確かもしれない。
「んー」
私は屋敷近くの小道を歩きながら軽く伸びたり、欠伸を漏らしたり、鼻歌を歌ってみたりと優雅に過ごしてみた。
「おや?」
暫く歩いていた私は、郊外にある屋敷の直ぐ近くにあった湖までやってきたのに気が付き、もう戻ってきてしまったなーと思いながら湖を覗き込んで、顔を映してみた。
「…………あ」
私は湖に映る自分の姿を見て、そこで初めて自分が髪を結び忘れていたことに気がついた。自分としたことが……せめて女らしくと伸ばしていた髪が意外と邪魔だったので縛っていたのだが……そろそろ切ってしまうのもありかもしれない。
「今度……グレイくんに聞いてみましょうか。グレイくんはどんな髪型が好み……で………………?」
はて?と、私は小首を傾げた。別にグレイくんに合わせなくても……一体、私は何を考えているのだろう。
ここ最近の私は少しだけおかしい……グレイくんが他の女性と仲良くしているところを見ると苛々する。胸がチクチクして、無性に叫び上げたくなる。
自分の感情がコントロール出来ない、自分を保てない……グレイくんのことを考えていると私が私でなくなってしまう。
背中を預けられる戦友、心強い弟……私はグレイくんが弟として好きだ。そう自分に言い聞かせてみる……それでも、どうしてか歯車は噛み合わない。
私はグレイくんのことが好き……弟として?戦友として?仲間として?知人として?人間として?男として?……異性として?
どれも違う……。
私は……グレーシュ・エフォンスが好きではない。
私はグレーシュ・エフォンスが好きなのではない。
私は弟としてグレーシュ・エフォンスが好きではない。それは男としても、異性としても、戦友としても、仲間としても、知人としても……。
私がグレーシュ・エフォンスに向けているこの想い、感情は好きという軽い言葉ではなく、もっと深く……もっと残酷に、もっと冷酷に、もっともっともっと……私はグレーシュ・エフォンスというその存在そのものを、
愛している……。
恋……ではない。私はグレイくんのことを愛している。何故?どうして、私は今までこの感情の正体を隠し続け、自分の想いに蓋をしていたのだろう……そうしなければ、私は私でなくなってしまうから。
誰かを愛したことはなく、そのような関係を持ったことがないこの私が、どうして彼のことを考え、愛に焦がれているのだろう。
分からない……分からない……。
「なぜ、私はグレイくんのことをここまで……」
自問してみても答えは見つからない。
ふと、昔ワードンマに言われたことを私は思い出した。弟として好きだと……あの時の私は確かにそうなのだろうと納得していた……思えば、あの時から私はグレイくんのことを……しかし、一体彼の何が私をここまで?自分の感情なのにどうも整理が付かない……。
ザッと……地を擦る足音に私は即座に反応し、振り向き様に腰の刀を抜刀して背後にいた人物に切っ先を向けた。背中からだったので少し遅れたが完璧……と、私は切っ先を向けた人物を見て呆気に取られた。
「えっと……とりあえずしまってくんね?」
グレイくんだった……ご、ごめんなさい。
私は直ぐに刀を腰に戻して、グレイくんに謝った。
「いや、別にいいんだけどさ……にしても珍しいな。クロロはいつももうちょい起きるのが遅くないか?」
と、グレイくんに言われて私は苦笑いした。
「ちょっと早く起きてしまいまして……悪い夢をみたものですから」
「……悪い夢?」
私はつい口を滑らせて言ってしまった。私は手を体の前で振って口を開く。
「い、いえ……気にしないでください。夢ですし……あんまり覚えていないんですけど」
取り繕うように言った私の言葉にグレイくんは暫く訝しげな目を私に向けていたが、直ぐに、「まあいいか」と笑った。
本当はその夢のことを……私は覚えている。あの夢はずっとずっと昔……遠い昔……私が『月光』などと呼ばれていた時代の話……本当にあった出来事だ。
「それより、暇ならちょっと付き合えよ。今から軽く身体を動かそうと思ってさ」
「そうですか。では、お付き合いしましょうか」
私は快く承諾して、グレイくんと一緒に寸止め試合のようなことをやった。
流れるようなグレイくんの足捌き……見ているだけで、そこに数々の流派の技術が用いられていることが分かる。この八年……グレイくんがどれだけ努力してきたのかが伺える。
そうか……私がグレイくんに焦がれているのはそういう部分に対してだろうか……どうだろう。
何かのために努力を惜しまず、けれどそれをおくびにも出さず強さに溺れることなく貪欲に学ぶことを求める姿勢……私の隣で背中を預けられる戦友……そういう存在を私は欲していたのだろう。
グレイくんが欲しい……ずっと側にいて欲しい……私と一緒にいて欲しい……。
「グレイくん」
私が朝の運動の最中、声を掛けるとグレイくんは首を傾げた。
「ん?」
立ち止まったグレイくんは眉根を上げて、頭上に疑問符を浮かべていた。
「なんでもありませんよ」
私がニッコリとそう言うとグレイくんは、「なんじゃそりゃ」とふて腐れたように言った。
恐らく……今のグレイくんに私の気持ちを伝えたところで伝わらないでしょうね。グレイくんは良い意味でも悪い意味でも、血縁者であるラエラさんやソニアさん優先ですから……二人が羨ましいことこの上ありませんね。何もしなくても、グレイくんに想ってもらえるんですから……と、私はそんな浅ましい嫉妬の念を抱いている自分に気が付きブンブンと頭を振った。
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