一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

オルフェン宅の戦い

「さぁさぁ!」
「……」
 エキドナの触手が伸びて、その滑らかな肢体をくねらせながら、蛇の鱗に覆われた触手が俺の四方から襲いかかってくる。その一本一本に対して、俺は腕二本で触手六本に対応していく。
 右から左へ……伸びてくる触手をいなしていく。
「防戦一方じゃない!どこの誰かは知らないけれど……貴方は為す術もなく、このエキドナに殺されるの!死を!死を!」
「なにいってんだか……」
 俺は全ての触手の先が俺の背後へ回った瞬間……ざっと右足から鋭く踏み込み、左手を腰に溜め込んで一撃……踏み込みと腰の捻りに加えた正拳突きをエキドナの細い腹部に叩き込んだ。
【アサシン】を応用し、全ての力が凝縮した一撃がエキドナに炸裂し、エキドナの体内を衝撃が駆け巡り、エキドナは口から血を吐いてその場に崩れ落ちた。
「ぐ……な、何を……」
【アサシン】で繰り出した正拳突きを視認出来なかったらしい……何をされたのかも分からず、エキドナは俺を下から見上げて苦しそうに呻くだけだった。
 俺はエキドナの頭を鷲掴みにして、膝を折って同じ目線の高さにして言った。
「で、色々と聞きたいんだが……」
 ギギっとエキドナからエグい音が聞こえるが……まあ、いいや。
「このっ」
 エキドナは俺にアイアンクローかまされながらも、触手を動かして俺に攻撃してきた。俺はエキドナを片手でアイアンクローをしたまま、膝を折ったままの身体を地面に転がすようにして後転……エキドナを地面に這い蹲らせ、俺がエキドナのマウントポジションを取るような形になった。
「無駄な抵抗はよしてくれ……鬱陶しいから。思わず手に力が入っちまう……」
 言いながら俺はアイアンクローを強くしていく。
「くっ……はぁはぁ」
「……ん?」
 ふと、なんだか違和感に見舞われた。なんだろう……これ。エキドナが凄く嬉しそうにしてる……。
「はぁはぁ……き、貴様に何をしゃれても……エキドナは……エキドナは何も、何もしゃべりゃないぃ……!」
 どこが恍惚とした表情のエキドナに俺は……ただ思考を止めた。こいつ、まさか地面に這い蹲らせられた上にアイアンクローされてるこの状況を楽しんでんのか……?そこで俺の脳裏に浮かんだのは……ドMという二文字だった。
 えぇ……うそやん。
「や、やるならやりぇ!エキドナはどんな辱めにも屈指にゃい!」
「それ、女騎士とかが言う台詞じゃねぇかな……」
 なんだって、多足スキュラ種がんなこと……これ、むしろ襲う側の奴だよな?触手持ってるし……。
「はぁ……もういいや」
 と、俺が呆れているところでエキドナが再び触手を使って攻撃してきた。俺はエキドナから飛び退いて、触手を躱す。
 エキドナはユラユラウネウネと立ち上がると、キッとした視線を俺に向けてきた。
「おのれ……このエキドナになんたる辱めを!ぶっ殺してやるわ!」
 何もしてねぇ……。
「いい加減、うんざりだ」
 俺はその言葉を最後に手刀でエキドナの触手を全て刈り取り、最後に首を撥ねた。さすがにこれで終わりだろう。
 そう思ったが、エキドナは直ぐに失なった部分を復活させて来やがった。
「バートゥ様の死霊にして、多足種のエキドナはまさに不死身!貴方の攻撃を何度喰らおうとも死なないのよ!」
 多足種は確かに再生能力に長けていると聞くが……まさか首を切られても死なないとは。脳が再生の命令しているわけではない……そういうことか。多足種のもつ細胞そのものが再生能力の宝庫となると身体を八つ裂きにしても復活するのだろう。なんだって、こんなのが死んでバートゥの死霊になったの?面倒なんですけど……。
 とはいえ……別に不死身なわけじゃないんだけどな。実際、こいつは死んだからバートゥの死霊になってるわけだし……。
 俺は何度も何度も手刀でエキドナを殺して殺して殺して殺しまくった。その度にエキドナは再生するが、それは回数を重ねるごとに、再生速度が落ち始めていく。
「そんな……どう、して」
 震えるエキドナに俺は淡々と答えた。
「再生にはエネルギーを使うからな。何度も再生してればエネルギー切れになるのは必至だろ?」
「そんな……あぁ、ここでエキドナは死んでしまうのね。あぁあぁ!バートゥ様……お許しを……敵に辱めを受けて死ぬ我が身をお許しくださぁい!!」
「辱めはしないんだけど……まあ、お前が生きていると色々と…………」
 ふと、ここで俺は考えた。このエキドナを敢えて生かして、オルフェンがバートゥの死霊だったことを証言させることは出来ないだろうか。あらやだ、私いい事思いついちゃったわ!
「よし」
 そうと決まれば、こいつを縛り上げて口を封じないと……と俺は拘束系統の魔術を使ってエネルギー切れで弱ったエキドナをさほど苦労することなく縛り上げたのだが……、
「どうしてこうなった」
 と、俺はうへぇと顔を歪ませた。エキドナは両手と沢山ある両足を背中の方には縛られている。やったのは俺だけど、これは……うん。口も拘束しているのでエキドナは声を発することも出来ず、ただ恍惚とした眼差しで俺を見て、鼻息を荒くさせていた。
「う、うわぁ……こっち見んな」
「んー……んー!」
 鼻息の荒いエキドナに辟易しながら、ふと索敵範囲内に警備兵が近づいているのに気が付いた。どうやらエキドナもそれに気が付いたようで、これでもかってくらいジタバタし出した。
 こいつ!
 俺が取り押さえようとするも、時は既に遅く……警備兵の男が一人が浴場に入ってきた。
『ゴォ』
 入ってきたのは、一言で言えば巨人……二メートル以上もある大きな体躯で、全身を重鎧で固めた怪物……。
『ゴォ……エキドナ。侵入者か?』
「んー!!んー!!!」
『ゴォ……そうか』
 伝わったのか……。
 というか、こいつはカリフォーリナでも何でもないこいつをエキドナと呼んだ。まさか、こいつもバートゥの死霊……?
『ゴォ……我が名はゴブリンだ。貴様を排除する』
「…………ちぃ」
 俺は名前と見た目の危険度が噛み合ってないことに違和感を感じながら、ゴブリンが背中から取り出した巨大な棍棒に打たれて身体が地面から引っこ抜かれ、ぶっ飛んだ。
「ぐっ」
 俺の身体は壁を突き抜け、オルフェンの屋敷の庭にまで吹き飛ばされてしまった。受け身をとって衝撃を殺したためにダメージはないが、あの棍棒をあれほどの速度で振るってくるとなると……尋常ではない。
 俺は自分が吹き飛んできた穴をしばらく見つめ、屋敷の壁をゴブリンがぶち壊しながら庭へ現れる光景を見ながらデタラメな野郎だと眉を寄せた。それから遅れてエキドナが拘束を解いた状態で現れた。
『ゴォ……我が一撃で無傷だ。こんなことは初めてだ』
「この男は普通じゃぁないわよ……エキドナも敗北しているもの」
『ゴォ……それは油断ならない』
 エキドナ、ゴブリン共に俺への警戒を強めている。妙に警備兵が少ないとは思っていたが……確かに、こんなに強いのがいたら数はむしろ邪魔だったろう。
「さぁさぁ……」
 と、エキドナが対峙する俺たちの中で最も初めに動き出す。それに続くようにゴブリンが棍棒を振るった。
 伸びてくる触手を躱すために足を動かす……それから続いてやってきたゴブリンの棍棒をその場を飛び退くことで回避しておく。
 ゴブリンの一撃で棍棒が地面にめり込み、地割れが起きてオルフェン宅が裂けた。地面がえぐれて捲れ上がり、綺麗な庭は無残な状態へと変わり果てた。
「あぁ!エキドナが手入れしてる庭!庭あぁぁ!!」
『ゴォ……そんなことより侵入者だ。お前も周りのことを気にせず、魔術を使え』
 ゴブリンの言葉にエキドナは肩を竦め、そして……。
「仕方ないわね。さぁさぁ……さぁ!」
 エキドナは全身から魔力を迸らせ、ゴブリンが抉った地面に転がる岩石を持ち上げる……達人級闇属性魔術【念動力サイコキネシス】……ゼフィアンが使っているそれだった。
「まさか達人級の魔術師とは……そっちのデカイのもそうなのか?」
「えぇ、その通りよ。エキドナ達はバートゥ様に使える六六六の死霊の内、六体しかいないバートゥ様の恩恵を与えられた上位死霊……生前は何かに秀でた達人なのよ?さぁさぁ、貴方に達人を二人も相手に出来るのかしら、ね!」
 エキドナはそう叫んで、岩石を飛ばしてきた。圧倒的速度と質量をもったそれを直撃すればひとたまりもない……その上、ゴブリンが棍棒を薙ぎはらうように振るってきている気配を感じた。
 上下左右、四方八方塞がり……だから俺はその場で勢いを付けて片足立ちになってクルクルと回転し、ドリルのように地面に穴を掘ってドロンした。
 俺の姿はエキドナの大きな岩で見ることは出来ず、ゴブリンとて棍棒の感触で俺の生死を確認することは出来ない……隠密スキルを使って気配を……存在そのものを消し、地面をクルクルとしながら掘り進めていく。
 暫くして、ズドーンと地面が揺れたのはエキドナの放った岩が地面を揺らした原因なのは考えるまでもなかった。
 そして、俺は索敵スキルで地面の中にいながらもエキドナとゴブリンの正確中位置を割り出し、【アサシン】の応用で音を立てずに地面から飛び出した。
 今、俺がいるのはエキドナとゴブリンの背後……ゴブリンが前衛でエキドナが後衛という役割だったため、今俺はエキドナの直ぐ後ろにいることになる。
 俺はこの二人に対して……自分が使える十二の手札から戦術を組み立て、そして最も有利なものを選んだ。
 ザッと踏み込んで、エキドナを背後から襲う。後ろから後頭部を鷲掴みにし、地面に顔から叩きつけて減り込ませ、拘束魔術で拘束する……あぁ、なんでエキドナがさっき俺の拘束魔術を解いているのかと思ったけど、簡単な話、エキドナが達人級の魔術師だったからだ。
 俺は今更ながらそれに気が付いたが、直ぐに解けるわけでもないと思ったため、そのまま俺に気がつかないゴブリンの首を手刀で刈り取った。もちろん、その首は高いところにあったので跳躍して背後から鎧のない部分を……ゴブリンはエキドナと違って、その身体の大きさから巨人族であることが見て取れた。ゆえに、再生能力はない。
 ゴブリンは予想通り、首を撥ねられて暫く血を吹き出したまま立っていたが直ぐにピクピクと身体を痙攣させて倒れ伏した。
 俺はそれを見るまでもなく、瞬時に意識をエキドナに向け……エキドナが俺の拘束を解いて攻撃に移っているのが目に入った。さすがに魔術の達人相手に魔術は俺のチンケな魔術は通用しない、か。
「くっ……ゴブリンがあんな!うらやま……じゃなくて、よくもゴブリンを!」
 羨ましいとか言いかけたような……いや、気の所為だよね。
「降参しろ……お前も、次に殺されたら再生出来ないかもしれないぞ?」
「ふっふっ……貴方はエキドナを殺せない……だって、エキドナに死なれたら困る事情があるのでしょう?無ければ、エキドナは浴場で貴方に辱めを受けていたはじゅだもにょ!」
「なんで顔を赤くする……」
 とはいえ、エキドナの言っていることは否定出来ない。ここで死なれるとソニア姉の身の潔白を証明する手立てを失う可能性があるのだ。こいつが素直に白状しなくとも、バートゥの死霊であることがわかれば、それだけで良い。それで充分なのだ。
「さぁさぁ……そろそろ決着といきましょうか」
「……そうだな」
 エキドナが鋭い視線を向けて言った言葉に、俺も頷いた。
 ジリジリとエキドナから魔力が高まるのを感じ……そこで俺の脳内に警報が鳴った。
「っ!」
 横に飛んで突然降ってきた棍棒・・に目を白黒させながら、俺はエキドナから距離を取る。今のは……と、視線を巡らせると首を撥ねたはずのゴブリンが首のない状態で身体だけを動かして棍棒を振るっていたのだ。
 気配を感じなかった……俺はそのことに驚いた。どうしてゴブリンの攻撃の気配がなかった?いや、それ以前にどうしてゴブリンは生きている……いや、死んでるから……あーややこしいわい!
「さぁさぁ、ゴブリン。寝ていないでさっさと決着を付けるわよ。あ、でも殺しちゃダメよ?色々と聞きたいことがあるのだから」
『ゴォ……まあ、構わない』
 首をひょいっと拾い上げて、再び頭に置いたゴブリン……すると、急にゴブリンから気配を感じ取れるようになった。俺の索敵スキルに引っかからなかったのは頭がなかったからか?おいおい、これは俺でも初めてのことだぞ?まさか、俺の索敵スキルは頭がない相手の気配を感じ取れないのか?
 俺が自身のスキルのスペックに関して知らなかったことに対して、自分で色々と答えを模索しようとするが……だが、目の前の相手はそうはしてくれないらしい。
『ゴォ……いくぞ』
 エキドナに向けてゴブリンは言って、その大きな棍棒を振り上げて俺に襲い掛かる。ここで、どうしてゴブリンが生きているのか検討がついた。身体が大きいから勝手に巨人だと思っていたが、こいつは魔族なのかもしれない。首を切られても死なない……確か、そんな種族がいた。もしくは、これがエキドナの言うバートゥの恩恵とやら……なのかもしれない。
 しかし、死なないとなるとエキドナももしかして死なないのか?あの再生能力の上に死なないなら、俺が浴場で言った言葉は意味がなくなる……では、どうしてエキドナは大人しく捕まったのだろう。ふと、恍惚の表情を浮かべたエキドナの姿が思い浮かばれた。
 もしかして……遊ばれた?単純に?
 …………。
 俺は眼前で振り下ろされた棍棒を、右手を挙げて受け止めた。衝撃だけは全て受け流して、地面は陥没した。俺の身体にかかる棍棒の質量にだけは耐え、俺はゴブリンを睨みつけた。
『ゴォ……これは予想外だ』
「ま、まさか……そんな!?ゴブリンの一撃を素手で止めるなんて……あ、あああ貴方!何者なの!?」
 今更それを聞くのかと内心呆れたが、俺はゴブリンの棍棒を受け止めたままコホンと咳払いして言った。
「俺の顔に見覚えは?」
「貴方の顔に……ないわね」
「……オルフェンが灰になった日、覚えてないか?」
「…………オルフェンのオタンコナスが燃えちゃったのはともかく、エキドナの任務はソニア・エフォンスを」
『ゴォ……喋り過ぎだ』
「おやおやぁ……そうね。その通りだわ……ふぅ。残念だけど、貴方の口車なんかには乗らないわよ!」
 今、めちゃくちゃ乗りそうだったじゃなぇか。チョロいな。そして、今言わなくてもソニア姉の名前が出た時点でこいつらの狙いがソニア姉であることは想像出来る。そして、さっきの浴場でのバートゥとエキドナの話……あ、今更だけどバートゥとエキドナが通信できるとなると、この状況を知らされてたりとか……してないよね?
 …………。
「さぁさぁ!とりあえず、貴方は生かしておいてあげるわ。バートゥ様は強い者を好む……貴方の魂はとても強い!よかったわね?」
「よくない」
 この口ぶりだと、報告はしていない……もしくは通信は一方的にしか行えないのかもしれない。
 なにはともあれ、ゴブリンとエキドナを倒さなくちゃいけないことには変わりない。


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