一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

グレーシュ・エフォンス

 バートゥの死霊総括……そんな奴がこの国にいるのはなんでだろうと素直に疑問に思った。そしてエキドナは、そんな俺の思考を読んだかのように触手をうねらせ、座る俺に顔を近づけて言うのだ。
「エキドナはそもそも、この国である人物の調査をしていたのよ」
「ある人物?」
 鸚鵡返しのように訊き返したが、素直に答えるわけが……、
「ギルダブ・セインバーストよ」
 答えちゃったしよぉ……。
 エキドナはふふんと鼻を鳴らし、さらに続けた。
「バートゥ様はギルダブ・セインバーストをとても警戒していたわ。どうしてかは知らないけれど……それで、エキドナはこの国に送られ、オルフェンをエキドナが死霊に変えて秘書のカリフォーリナとして操っていたのだれけど……」
「……は?え?ちょっと、待て」
 俺は聞き捨てならいないことを聞いて、取り乱したように問いかけた。
「オルフェンはバートゥの死霊じゃないのか?」
 俺が呆気に取られたまま訊くと、エキドナは首を傾げて答えた。
「そうよ?あんなクソの役にも立たなそうなのをバートゥ様がわざわざ死霊に加えるわけないじゃない?エキドナは魔術も使えるけれど、死霊術も上級までは使えるから、あの程度の魂との契約……どうってことないわ!」
 そうか……前提条件が違ったってことか。なら、どうしてオルフェンは死霊だと今まで気付かれなかった?さすがに上級の死霊術に熟練級の王宮魔術師が気がつかない筈がない……とすれば、これもバートゥの恩恵ってやつか?
 エキドナはそれから話を戻して、口を開いた。今更だが、何故こいつはこんな話をし出したのだろう……。
「エキドナの任務はそれだったけれど、ソニア・エフォンスが現れてから直ぐ、バートゥ様はソニア・エフォンスを気にかけ出し、そして今現在、エキドナが命令されているのはソニア・エフォンスを殺害してバートゥ様の御前に差し出すこと……」
 ギルダブ先輩の次はソニア姉……バートゥは何を考えているんだ?いや、その前に聞いておくべきことがある。
「なぜ、突然そんな話をしやがる?そもそも、自分が死霊総括とか言っちまうのもどうかと思うぞ。お前が潰れれば指揮系統が崩れるじゃねぇか」
 俺がその部分を指摘してやると、エキドナは肩を竦めた。
「エキドナが総括をしているのは、エキドナが一番頭が良いからよ!エキドナが生きてきた長い年月の内に溜め込んだ知識……バートゥ様がエキドナを死霊にしたのはその部分が大きいわね」
「へぇ?例えば?」
「失われた神話のなんとか……とか」
 ビクッと、俺の頬が痙攣した。おいおい、まさか冗談だよな……。俺は顔が近いエキドナから避けるように身体を仰け反らせた。
「バートゥがそれを欲しがってってのは分かったよ。で、結局お前の狙いを教えてもらってないわけだが?」
 俺がはぐらかすエキドナに再度訊くと、エキドナは薄く笑って答えた。
「簡単な話……バートゥ様……いえ、バートゥ・リベリエイジから貴方に乗り換えようかと思ったの」
「……は?」
 今度こそ俺は素っ頓狂な声を上げた。何を言っている?いや、言っていることはわかるが……一体、どのような話の流れでエキドナがバートゥを裏切るような話に?説得イベントなんて起こしてねぇぞ……訝しげな視線を送る俺にエキドナは笑いながら答えた。
「バートゥ・リベリエイジは、エキドナの性欲は満たしてくれても、知識欲は満たしてくれなかった……エキドナがバートゥ・リベリエイジと結んだ魂の契約は『エキドナの知識欲と性欲を満たす限り、従属する』というものよ。バートゥ・リベリエイジが破った契約……エキドナ側からいつでも契約を反故にして、別の契約を結べるというわけね!」
「そうじゃねぇよ……なんで、突然掌を返したのかって訊いてんだ」
「だってー貴方なら、エキドナの性欲も知識欲も満たしてくれそうだと思ったのよぉ。ね?」
 性欲って、こいつの場合はそういう意味じゃないんだろうなぁ……いやだなぁ……普通にノーマルな感じだったらむしろウェルカムバッチコイへい童貞さよなら……永遠の別れを告げてやるのだが……。
「お前が俺を騙してるリスクがある以上は信用できねぇっての。それに、お前と契約を結ぶメリットがねぇ」
「メリット?」
 エキドナは首を傾げた。チクショウ……異形種の癖に可愛いじゃねぇか。こういうとき、見た目で区別しない自分の素晴らしい曇なき目が恨めしい……。
「メリットねぇー……あるわよ?それも、貴方だからこそ、ね」
「俺、だから?」
「そう」
 エキドナはフワッと触手を使って立ち上がり、俺の隣に座って触手を絡めてきた。だが、それは俺を拘束しようとするものではなかったため、俺は無抵抗のまま……と行きたかったが、状況に流されまいとエキドナの頭にアイアンクローをかまして絡めませないようにした。
「いだだだ!あぁん……んんっ!!?」
 痛みで叫び上がりそうだったエキドナが突然官能的な声を上げた。そうだった!ドが付く変態だった!
 逆に逆効果だと知って、俺はエキドナを突き放した。エキドナは寂しそうにぶーたれると、さっきの話を続けるように口を開いた。
「貴方の戦い方は相手に合わせ、有利に戦闘を進めるスタイル……それは相手の動き、思考を完全に読みきらなくてはいけない。だから、貴方の中には多くの流派の戦い方が知識として存在し、それを元に相手の動きや思考を完全に読む……言うなれば、貴方のそれは培った知識を使って相手の動きを予測する……【未来視】の力……ゴブリンやエキドナの攻撃をヒラヒラと躱していたのはこんな感じかしらね」
「ほぉ」
 俺は素直に感嘆して声を漏らした。別に【未来視】なんて大仰なんてものとは言わないが、確かに原理はそんな感じだ。俺が霊峰で戦いながらこの身に刻んだ七七七の流派の戦い方……それは魔術だったり、剣術、弓術、体術、槍術、棍棒術、槌術、棒術、錬成術、降霊術、死霊術…………などなど、あらゆる戦術を身体に叩き込まれ、霊峰にいた四年間でそうやって知識を心と身体が覚えたのだ。
「それにしても、さっき少しだけ戦っただけだって言うのに本当によく分かるもんだなぁ……俺を【未来視】って大仰に名付けてくれた礼に、お前をメンタリストって呼んでやるよ」
「めんたりすと?」
 前世では、心を読むことをそんな感じに使っていたような気がする。こいつのは読心術のそれに近い感じがした。相手の心を呼んで、調べつくす観察眼……それがエキドナだ。
「よく分からないけれど……まあ、いいわ。それで、貴方には知識があるだけ良いと思うの。知っているだけで、それだけで勝てることだってあるじゃない?」
 まあ、確かにと俺は渋々ながらも頷いた。知っていたら、知っていれば……そんなたらればの話で決着が付くようなことがこの世界には万とある。絶対とは言えないが、それでも知識があるだけで違う。圧倒的に。
 俺の戦い方というのは、まさしくその知識を突き詰めたものであり、技という技を知り尽くしてパターンを突く……卑怯で姑息で、実に俺らしい戦い方だと自負している。
 俺がこのスタイルに至ったのは、前世での記憶から起因している。例えば、FPSと呼ばれるジャンルにしても相手のいる位置、使う武器、射程距離、行動予測……それらを突き詰めれば、それこそ未来視に匹敵するレベルで敵の裏を突いて一方的なゲームを展開することが可能だ。みんな、左下にある死亡ログを無視するけど……あれって結構使えるんだよ?何の話か分からない人は気にしないでね!
 話を戻すが……例えば、某幻想シューティングだってパターンがある。弾幕なんてパターンを知り尽くせば、あってないようなものだ。
 例えば、ロールプレイングゲーム……効率的なレベル上げ、金稼ぎ……それさえ知っていれば、ストーリーを楽しむだけの作業ゲーだ。俺は毎回難易度マックスから始めるから、なかなか戦闘が白熱したけど……。
 まあ、ともかく。知っているだけで全てが変わる。知識が俺の武器であり、知識が俺の鎧だ。これなくして、いまの俺は存在し得ない。
「どう?良い話だと思わない?」
 その提案に俺は思わず生唾を飲んだ。確かに……リスクに見合うリターンがある。こいつの溜め込んだ何千年という膨大な知識……エキドナが貪欲に、強欲に集めたありとあらゆる知識の引き出しを俺が行使できるという。どうする?知識は俺の力……エキドナの知識が俺にどれほどの影響があるのかわかったものではない。
 だが、気になるのはその契約内容……性欲と知識欲を満たすこと……ね。ふと、俺はエキドナに尋ねた。
「契約が履行されてないこと……バートゥは気が付いてないのか?」
 俺から出たそんな当然の疑問に、エキドナは頷いて答えた。
「もちろん……バートゥはエキドナとの契約を果たせていないことに気が付いていたわ。でも、バートゥはエキドナがバートゥから離れた瞬間にその魂を天に滅することを知っているから勝手に離れられないと勘違いしているのよ。エキドナがまだこの世に居続けたいと知っているから。そこが、バートゥの甘いところ……彼は死霊術の腕は確かだけれど狂ったような人だから頭の回りは良くないみたい。エキドナがバートゥの側で死霊術のことを知り尽くした・・・・・ことに気が付いていない……」
 だから、こいつは自力で俺と魂の契約が交わせる……そういうことか。なるほど、確かに死霊総括なんて立場にいればバートゥの近くにいるのは当然で、そして死霊術に触れ合う機会はそれこそ何千年とあったのだろう。こいつが死霊術を使えるのは、まさにそういう訳だ。
「さぁさぁ、ご主人様ぁ?ご決断を!早く!」
「急かすな……あと、まだ契約は交わしてないだろ……ご主人様はやめろ」
「えー断る理由はないと思いますぅ」
「あるぞ。そもそも、俺はお前の性欲も知識欲も満たしてやれないかもしれない」
 俺が答えてやると、エキドナはウンウン唸って首を横に振った。
「大丈夫よ。口汚く罵ってくれれば、エキドナは満足だから!」
「うるせぇ……」
「んんっ!?」
 もう、色々とこいつはダメなんじゃないだろうか。
 エキドナはハァハァと呼吸を荒げながら、フルフルと震える喉から声を絞り出すように言った。
「ち、知識欲に……関しては、貴方の過去を……おおお教えて……くれれば満足よ……」
「それじゃあ、その場限りにならないか?」
「け、契約でその辺は守られるから……大丈夫よ。エキドナはそれ以上は欲しない……それに、貴方のになったとしても、エキドナが知りたいことを調べることはできるもの」
 調子を戻したエキドナはそう言うと、さぁどうする?と目で訴えてきた。信用していいものか、どうか……残念ながら死霊術に関してそこまで知識が明るいわけではない。この魂の契約がどのようなものなのかも……。
 バートゥがソニア姉を狙っている以上は、死霊術の情報が必要だ。その点で言えば、このエキドナはバートゥ本人の死霊術の知識を持っている……俺にとっては願ったり叶ったりだし……覚悟を決めるしかないな……。
 俺は意を決し、両目を一度伏せてから目の前の女に言い放った。
「いいだろう……お前と契約しよう」
 そう俺が答えてやった瞬間、エキドナの触手の先が全て天に向けて逆立ち、嬉しそうに表情を綻ばせた。
「ほ、本当に?い、いいのね?いえ……いいのでございますね?ご主人様!」
「お、おう……なんでそんなに嬉しそうにさなんだ?なに?そうやって見せて、俺を騙そうとしてんの?」
「ち、違いますぅ!ただ、エキドナが知りたいご主人様のことを知り尽くせると思うと……ぐへへぇ」
 こいつの異常なほどの知識欲は、一体なんなのだろう……。
「どうして、そんなに俺なんかのことが知りたいんだか……」
 何気なく言った言葉に……エキドナは面白い研究対象を見つけたような目で俺を見据えて言った。
「人の心というのは、どれだけ知り尽くしても分からないことだらけ……特にご主人様は過去に何かがある……エキドナはそんな確信めいたものがあるのです。きっと、ご主人様の側にいれば、難解な人の心を今よりも深く知ることが出来ると……エキドナは思うのです」
 なんともまあ、壮大な研究テーマだなと俺は呆れたように天井を仰いだ。
 こうして、夜が明ける頃……俺はエキドナという千年を生きてきた知識欲の怪物と契約を結ぶこととなった。この選択が間違っているのかどうかはさておき……厄介なものを抱えてしまったと、俺はソニア姉のことも合わせて再び伝説と相見えることになる予感をヒシヒシと感じていた。


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