一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

エリリー・スカラペジュムの幸福2

 ☆☆☆


 エリリー・スカラペジュムという女の子は、良くも悪くも普通だった。普通で、通常で、平均的。優れているというほどでもなく、劣っているということもない。人並みの努力家で、人並みに前向きで、人並みに挫折する。人生のレールに凡人、秀才、天才という運命があるとすれば……エリリーは確実に凡人のレールを歩む人間だ。

 そんな普通で、ありきたりで、平凡な彼女も夢を見た。自分と似ていてどこか違う。どこか無邪気で、孤高で、孤独で、達観していて、大人びているかと思えば丸っきり子供じみたグレーシュ・エフォンスという憧れの存在を見つけたのだ。平凡な彼女の転機はまさにグレーシュという存在そのものだ。

 何かに秀でるわけでなく、それなりの努力で満遍なく、全て、完璧なのまでに、悪魔的なまでに卒なくこなす。いわゆる、完璧超人ならぬ完璧凡人。決して、天才ではなかった。それは近くにいたエリリーが知っていることだ。

 グレーシュは失敗する。そして、それを糧に新しいことを学ぶ。学んだ分だけ成長していく。それが凡人にして、非凡なグレーシュという人物……エリリーのグレーシュに対する評価こういうものだった。

 だから、エリリーはそんなグレーシュに一歩でも近づくために凡才なりの努力をして……結果的に全てを満遍なく、バランスよく卒なくこなせるようになった。

 だが、それが彼女の限界だった。

 何か一つに特化したものに、百を持つ者は負けるのだ。一の武器と百の玩具では、鼻から話にならない。それを実現させた百の武器を持つ男こそ、グレーシュであるが……憧れしか持たず、グレーシュのように狂気じみたほどの使命感を持たない彼女に、グレーシュのような怪物になることはできなかった。

 達人くらいの強さはあると、周りからは優遇されるがそんなことはない。恐らく、達人と戦えば負けることをエリリーは理解していた。実際、武器や流派の不利はあったものの……エリリーはシルーシア・ウィンフルーラに惨敗していた。それが全てだ。

 エルカナフ内騒動の時もそうだ。エリリーはノーラントが首をへし折られ、殺される時に何も出来なかった。そう、自分は弱い……弱いのだとあの時ほどエリリーは自分を責めたことはない。それからか、グレーシュのことを憧れとして見れなくなった。

 あまりにも強すぎるグレーシュの精神に畏怖を覚え、私はこの人のようにはなれないと諦めたのだ。そして……今回、自分がライバルだとずっと思っていたもはや家族のような存在たるノーラントは覚醒し、あのクーロン・ブラッカスと渡り合った。それが引き金となった。

 エリリーは真っ暗な水底で、ノーラントの声が聞こえたような気がして目を開く。開いた先はどこまでも黒。光は見えず、一人ぼっち。

 あぁ……私はなんて弱い……。

 そう、自虐的に笑う。思わず笑ってしまうくらい、弱い自分に嫌気がさす。自分が嫌いだ。どうして自分に才能がないのか。もう、努力だけではどうしようもないのではないか?

 そんな嫌悪感が生まれるようなことを、散々頭の中で逡巡する。 

「――エリ……っ!」

 グルグルと思考を巡らせるエリリーへ、ふとそんな音が聞こえた。まるで自分の名前を呼ぶ声……。

「エリリー!!」

 心地よく、何度も聞いた声。

「エリリー」

 ノーラ……?

 エリリーの意識は泥闇から脱し、一気に視界がクリアになる。と、同時にエリリーは目を見開いた。自分の持っている剣がノーラントの胸……丁度心臓を貫いていたからだ。

(……っ。ノーラ!)

 エリリーは内心で彼女の名前を叫んだ。しかし、それが口から出ることはない。どれだけ意思に沿わないことでも、身体が言うことを聞かないのだ。

(いやだよ……こんなの……っ)

 ライバルと同時にノーラントは家族に等しい。親友で、家族で、ライバル。その相手を、なによりも大事な……そう、グレーシュを好きだと思う気持ちよりもずっと大切な相手を自分の手で傷付けると言うショックは伝説であるバートゥの精神支配から、意識だけとはいえ抜け出すことに成功させた。

「エリリー……の、バカっ。アンポン……タン!そんな奴に……いいようにされないでよ……ネッ」
(ノーラっ……喋らないで!)

 グチャっと、ノーラントの身体の中に入っている剣が肉をかき混ぜるように粘着質な音を立てる。エリリーは悲痛に心を痛めるが、それでもエリリーが握る剣はぐちゃぐちゃとノーラントの肉を断つ。

「かっ……ぁ」

 胸を割かれ、ノーラントはその場で膝から崩れる。心臓を一突きにはされたが、それでもノーラントは死ななかった。胸を割かれ、肺が機能しなくなる。呼吸が出来なくった……それでも、彼女は死ななかった。

 それどころか、驚くべきことにノーラントの傷口はブチブチと再生した細胞によって修復されていく。そして、ノーラントはある程度傷が塞がって喋れるようになると叫んだ。

「ウチ……はっ!」

 ガバッと立ち上がり、エリリーの両肩を掴む。また剣で突き刺される……と、誰もが思ったがそうはならなかった。バートゥはこれに驚き、目を見開いていたが……答えをシャルラッハが述べた。

「……ノーラントくんが時間を稼いでくれたおかげで、儂の方で精神支配は解除できたのじゃ」

 と、額ビッシリに汗を浮かべたシャルラッハが答えてバートゥが悔しそうに表情を歪ませる。

 ノーラントは精神支配が解けたと知ってもなお……それでも、伝えるべきだと思って続けた。

「ウチは!エリリーをライバルと思ってる!」
「っ!」

 ノーラントの本当に心からの叫びだからか、それはズッシリとエリリーの心へ響き渡る。

「な、なんで?私……こんなにも弱いのに?」
「弱くない!」

 ブンブンっと、ノーラントは首を横に振って真っ直ぐに瞳をエリリーに向ける。

「腕力があるとか、そういう強さじゃない。ウチはエリリーの……エリリーの努力する姿を見て、それでライバルだって思ってる。エリリーがこれだけ頑張ってるなら……じゃあ、ウチもまだ頑張ろうって!ウチが好きで、負けたくないエリリーはそういうエリリーだもん……」
「ノーラ……」

 ノーラントの目尻に涙が溜まると、それにつられてエリリーも瞳をウルウルさせる。が、そんな美談な劇をやっている場合ではない。

「いかん!はやく戻ってくるのじゃ!儂でもフォローできん!」
「「っ!」」

 シャルラッハの叫び声でハッとした二人は、周りを見回す。既に周囲は黒い人間で埋め尽くされており……逃げ場がない。クーロン等が助けに入ろうとするも、今度こそシャルラッハは押し留めた。

「これ以上の犠牲は出せん!」
「だからって!」
「だからもこうもない!バートゥのこの術は、同じ伝説の儂にしか対処できんのじゃ!間違ってもその黒いのと戦うんじゃない!」

 鬼の形相のシャルラッハに、さしものクーロンも怯む。

「……」

 もはや絶体絶命かと……エリリーは思い目を伏せる。自分が至らなかったせいでノーラントまで命を落とすことは絶対にあってはならない。だからこの場はノーラントだけでもと……エリリーはこう和やかな口調でノーラントを諭すように言った。

「ノーラ。ノーラ一人なら、ここから逃げられるよね?」
「何言って……」
「ノーラ……私の大好きなノーラ。私は、ノーラに死んでほしくないよ。エルカナフの時……ノーラが死んじゃったって思った時ね?私、本当に絶望した……悲しかった……あんな想いはもう嫌なの」
「え、エリリー……?」

 エリリーの言葉に動揺するノーラント。エリリーはどこか嬉しそうで……そして諦めたような物悲しさがあった。

 そんなエリリーを見て……ノーラントは勘付く。

 エリリーはここで死ぬ気だと。

 自分が囮にでもなんでもなって時間を稼ぎ、同時に自分というノーラントにとっての足枷を取っ払うことでノーラントが逃げ易いようにと考えているのだろう。だが、そんなこと……許せない。許していいはずがない。

「嫌だ……」
「……ノーラ?」
「嫌だ!」

 ノーラントはエリリーの肩を抱く。スッとノーラントの胸に引き寄せられたエリリーは思わず困惑してしまった。が、そんなエリリーに構うことなくノーラントは叫んだ。

「ウチは、何も諦めない。何も失いたくない。全部守る。全部貰う。全部欲しい。大切なもの……全部守る!ウチが……っ!」

 ノーラントの叫び声に合わせて、ソレ・・は唐突にノーラントの中に流れ込んでくる。ソレは昔から知っていて、そして今の今まで忘れていたようなモノ・・……。とても大事なモノなのに、今思い出したソレに、ノーラントは手を伸ばす。

 ソレがあれば、全部守れると思ったから……っ!

 ノーラントの魔力が爆発的に、加速度的に膨れ上がり地面に亀裂が走る。亀裂からは淡い黄土色の光が湧き上がる。

 そしてその亀裂の中心……ノーラント・アークエイは自分の身から溢れ出る魔力を束ねて詠唱する。

「〈私は地上全ての理を正す者・幾千幾万の語り手なり・我が正義の鉄槌は秩序の代弁なり〉【地上全ての正義ノムル・マンドゥルク】!」


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