一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

醜悪

 ☆☆☆


 激化する二人の戦い……それが暫く続いたある時だった。ベルリガウス、シャルラッハ共にピクリと眉根を寄せると同時に動いた。

 刹那の時間、ベルリガウスは雷電化してベルセルフを優先してシルーシア、ウルディアナ、エリリーの首根っこを掴むとその場から高速離脱……シャルラッハはフォセリオ、エキドナ、ラエラを守るように結界を張った――次の瞬間、『手』が襲いかかってきた。

 それは手と形容してもいいか迷ってしまうほどに醜く、あまりにも気持ちの悪い存在。肩から指先までを四肢として現れたのは、四足歩行型の謎の生物。それが異空間から飛び出すように現れた。

 口も五本の指を牙とした醜悪な姿で、目や鼻は無い。背骨のように伸びる腕からは巨大な羽のように見える手があり、なんとも悪趣味な生物がそこにはいた。

 ぐひゅひゅへへふひゅへひへへへひゅへへへへへっ

 醜い笑い声が木霊する中……その生物から伸びた手から避けたベルリガウスと、守ったシャルラッハ……その二人に守れた形の者たちは全員無事だった。

 ノーラントとクーロンも咄嗟に離れ、伸びてきた白い手から逃れていたために無傷だった。だが、そんなことよりも……そのあまりにも醜い姿に全員が全員唖然としていた。

「これ……なに?」

 ノーラントの言葉に呼応するように、それは笑う。嗤う。微笑う。

 ぐひょひひょひひひひききひきしひきへほへへへへっ

 背中を這いずり回るようなゾッとする感覚にクーロンとノーラントは後ずさる。そして同時に気が付いた。この死に近い感覚……死という概念を体現したような存在のことを思い出す。

「バートゥ……」
「……リベリエイジ」

 ノーラントとクーロンが続けてその名を口にする。二人にとって、あまりにも悔いが残る戦い……ノーラントは傷付き、クーロンは精神を破壊された。

 死を超越した伝説の死霊術師……伝説序列七位バートゥ・リベリエイジ。

 手の化物は人に似た嗤いをケタケタと、手で構成される口から声を出す。存在そのものが醜悪で、これほど死を予感させる化物はそういないだろう。

 その化物の出現に続き、ベルリガウスとシャルラッハ……ノーラントとクーロンは新たに異空間から這い出てくる気配に身構えた。死と醜悪の権化。この全ての死と悪を掌握し、超越した人物――バートゥ・リベリエイジが現れた。

 空間に穴が開き、頭から這い出てくる様は赤子が生まれ出る様子にどことなく酷似していた。しかし、そこに生命の神秘や喜びはない。むしろ、嫌悪しか抱くことができないような光景にクーロンは眉根を寄せた。

 そうして、生まれ出て死んだ者……バートゥは地面に降り立つと痩せ細った身体に似つかわしい骨張った顔を上げ、カサカサの唇を開いた。

「これはこれはミナサマ……ご機嫌麗しゅう。この私、バートゥ・リベリエイジと言います」

 胸に手を当て、綺麗な所作で頭を下げる。だが、およそそこに美点はない。嫌悪だけだ。嫌悪と醜さの塊……。

 それにはベルリガウスも眉を顰め、嫌悪に表情を染める。

「御託はぁいいんだぁ……なぁ?バートゥよぉ?てめぇ、何の用でここにきやがったぁ?」

 ベルリガウスからすればバートゥが生きているのは当然という……が、バートゥを打倒したクーロン、ノーラント、エリリー、フォセリオからすればとても信じられない。これが伝説……これこそが伝説。

 バートゥは醜い嗤いの表情を浮かべ、ベルリガウスに返した。

「いえねぇ……大きな力を感じので様子を見にきたのですよ。そーれだけなんですよ?本当にねぇ〜?」

 およそ生気を感じ取れないバートゥの言葉は雲を掴むようで、空気のような軽さだ。誰でも嘘と分かる嘘……そんなことをゴタゴタ並べたバートゥに、ベルリガウスがこめかみに青筋を立てた。

「様子を見にきただぁー?喧嘩売りに来やがったんだろうがぁよぉ……おぉ?」

 ビリビリと身体から放電させ怒りを露わにする。と、そんなベルリガウスの怒りの姿を目にしたベルセルフはついついトラウマが蘇ったのか、「ううっ」と目尻に涙を溜めた。それでベルリガウスがハッとした。

「……」

 ベルリガウスは無言で矛を収め、放電を止めた。ベルセルフを想っての行動だった。これにバートゥは目を見開き、面白いを見世物を見せてもらったとばかりに拍手を送る。

「おやおや?おやおやおやおやおやきひひひにひひひひひひによひひひひひ〜???あんのベルリガウスともあろうオトコがー?男が?男が!子供を気遣うとは……えぇ?えぇ!いやはや、面白いものを見ましたねぇ」
「…………」

 ベルリガウスは何とかイラつきが顔に出ないよう、平常心を保つ。ここで暴れてベルセルフに怯えられるのが、ベルリガウスにとっては嫌だと、辛いと、そう思ってしまったのだ。

 このベルリガウス・ペンタギュラスにとっては、赤の他人にも違いというのに……だ。それでも、ベルリガウスは彼女を気遣ってしまう。そういう男だった。

「きひひ!……あぁ、どうして死んだ貴方がいるのかとすこし疑問に思っていたんですがねぇ……帰って来ていたのですねぇ?喜ばしいことですねぇ」
「てめぇに喜ばれても嬉しかぁねぇ……」
「おやおや?えぇ?えぇ!ならば、この方なら……貴方も喜んでくれますかねぇ?」

 と、バートゥは薄気味悪い笑みを浮かべながら自分の影から使役しているらしい死霊を出現させる。その死霊に、あのベルリガウスが驚愕のあまり目を見開き、一歩後ずさった。シャルラッハもその人物の生前を知っているからか、眉根を寄せて嫌悪感を露わにして口を開く。

「本当に悪趣味な……」
「褒め言葉として受け取りましょう……シャルラッハ・マクス・ウェル」

 ノーラントは伝説達の会話を聞きながら、ふと出現してきた死霊に目をやる。手の怪物の隣に並んだそれは、獣人族のようで兎の耳と尻尾を有した妙齢の女性だった。アマゾネスだとか、女戦士だとかが似合う女性で、外見は美しい。

 ベルリガウスに馴染みのある人物のようだが……と、ここでその人物とベルリガウスが言葉を交わした。

「久しぶりだな……ベルリガウス」
「…………エリザベートのババア。そんな野郎に捕まりやがってぇ……」

 エリザベート……その名をこの場で知るものはごく僅か。伝説であるシャルラッハ以外では、様々な知識を持つエキドナだけが唯一知っていた。

 ベルリガウス・ペンタギュラスに剣術と魔術を教えた、伝説の師匠……実際に過去伝説の序列三位にいた魔剣術の真の創始者エリザベートだ。

 記録では随分昔に亡くなっているらしい……が、こうしてバートゥの死霊として囚われてしまったようだ。

「きひひ?どうです?嬉しいですかねぇ?きひひひひ」
「てめぇ……」

 ベルリガウスからすれば、別に師匠がなんだという感じだが……正直にいえば、あまり戦いたい相手ではなかった。感情的にも、そして戦闘力的にも。

 それと同時にベルリガウスは不機嫌そうに眉根を寄せた。伝説というのは過去にも多く存在していた。つまり……バートゥ・リベリエイジはそういった過去にいた伝説を死霊として降霊させ、使役することができるということなのだ。

 なるほど……たしかに、バートゥは伝説だ。伝説を使役する伝説……愚かで醜く、最も伝説らしからぬ男。いよいよもって、ベルリガウスの堪忍袋の緒が切れた。

「巫山戯るのも大概にしやがれぇ!この三下がぁ!」

 全ての人間が畏怖し、嫌悪する伝説……序列七位バートゥ・リベリエイジ。

 全ての人間が羨望し、憧れる伝説……序列二位ベルリガウス・ペンタギュラス。

 ベルリガウスの信念に、伝説という美学を汚したバートゥに対して、ベルリガウスは最早容赦しない。



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