一兵士では終わらない異世界ライフ
大戦の前兆
☆☆☆
不気味な静けさをも感じさせる廊下……俺が眠っていたのは王城にある一室だったようだ。今は王宮内に移動し、謁見の間に向けて穂先を向けている。だが、どういうわけかその道中で王宮務めの管理職や使用人に一切会っていない。
王都の状況を考えれば多少外の方がドタバタしていてもおかしくはないが、王宮内部がこれほど静かなのもおかしい。
俺はシャルラッハさんの肩を借りながら、俺が尋ねようとして敢えて口にしなかったことをここでようやく尋ねた。
「シャルラッハ様……私はどれくらいの間眠っていたのでしょう」
その問いに対してシャルラッハさんは唸るように鼻を鳴らして答える。
「一週間……といったところじゃよ」
頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みが全身を駆け巡る。それが巡り巡って、己の認識の浅はかさを嘲笑するように高いところから見下ろしている。
「一週間……」
長すぎた。そう、長すぎる。
王都での魔術協会との戦から一週間以上、それに付随してもセルルカの時間凍結の時間差があるはずだ。シャルラッハさんがいつここに駆け付けてきて、俺を助けて王都を再生させたのか……俺が目を覚ますまで一週間。俺だけが時間の波に取り残されたかのような錯覚に陥る。
シャルラッハさんは俺を混乱させないように配慮して、情報を小出しにしているのだろう。俺が訊いた以上のことは口に出すことはない。シャルラッハさんとここまで会話して把握した彼の内面は、どこまでも誠実であり、どこまでも慈悲に満ちた人間だ。
それは言うなれば民衆が神へ求める人物像に近いものだ。民衆の無意識内面は欲求の集合体、民衆が求める許しを、赦しを、肯しを、全て与えるような存在。
だが、俺が欲しいのは明確な答えと事実だ。心安らぐ言葉や、俺の道を方向づけるような信仰的教えなど求めていない。
「この国の現状をお教え下さい」
俺がはっきりと言うと、シャルラッハさんは眉尻を下げた。
「先ほど……答えたと思うのじゃが」
「違うな……俺は答えを求めているわけではないよ。シャルラッハ」
「……っ」
シャルラッハから息を呑む音が聞こえた。俺に貸している肩に力が入っているのが分かる。臨戦態勢……そのような態度を取らせてしまうような誤解を早々に解くように俺は首を横は振った。
「あぁ……申し訳ございません。少々、焦りました」
俺が無意識に放っていた殺気を沈めて言うと、シャルラッハさんは肩から力を抜き、ホッと一安心するように息を吐く。
「グレーシュ・エフォンスくん……正直、驚いた。儂も長く生きておるし、伝説という立場じゃ。色々な強者に会ってきたが、君のようなのは初めてじゃよ」
さすがにセルルカと正面からやりあった男じゃ、とシャルラッハさんは心のこもっていない賞賛を浴びせかけてくる。どこか皮肉めいた言葉だったが、それを追及する必要性はなかった。
「君が知りたいことは分かっておるよ。時間凍結から解放されて一週間じゃ。察しの良い神ならば気付いておるじゃろうが、現在国王陛下は行方不明じゃ」
やはり、思った通りだ。この状況で此度の責任を負って退位したとしても早すぎる。まずは復興のため、最前線で国王陛下が指揮を執るはずだ。それにも関わらず、俺に招集命令をかけてきたのは第一王子だ。彼の独断であったとしても、そんな命令が罷り通るはずがない。まず、大臣達がそんな場合ではないと王子を止めるはずなのだ。
加えて、今回の件に関しては俺の貢献が大きいことは自覚している。ここで謙遜などしても正確な計算には邪魔な感情だ。謙遜が美徳なのは平和な前線の日本だけだ。ここでは、そんなものに何の意味のないことだ。
とにかく、俺を呼び出すような判断を下し、それが罷り通った。
命令系統が複雑化していることは明らかとして、俺を呼び出したのは何故かという問題に行きつく。それをシャルラッハさんが知っているようには見えないが、憶測でなら周囲の状況やシャルラッハさんの態度で分かる。
「また、どこかから横槍でも入りましたか」
俺が不機嫌さを隠そうともしていない態度でボソリと呟くように言うと、シャルラッハさんは驚いたりように目を開いたまま数瞬の間俺を凝視し、そして意識が戻ったように咳払いして言った。
「いやぁ……その答えに行きつくとは驚きじゃ。儂は何も言っとらんのじゃが……」
「状況と、シャルラッハさんの態度から大方予測出来ました。……この国はもう」
「終わりじゃ。首都がこのような有様では、各諸侯も王国に仕えようとすまい。各々がこの一週間で独立しておる有様じゃよ」
「酷いですね」
「そうじゃな……儂と信徒と君の母君、それに友達もみんな儂が保護した。今は教会に匿っておるが、君は厳しかったのじゃ。いくら崩壊間際とはいえ、まだ国の力は確かにある。信徒に危険が及ぶ真似はできんのじゃ」
シャルラッハさんの強い眼差しが至近距離で俺を射抜く。それを受け止めるようにシャルラッハさんに視線を送り、口を利かせる。
「家族が……無事なら何も。ありがとうございます」
俺が素直に礼を述べたのが意外だったのか、少し戯けるようにして俺を見たシャルラッハさんは表情を和らげ、はにかむように笑った。
「うむ……儂からももう一度礼を言おう。儂の、儂らの大事な信徒達を助けてくれてありがとのぉ」
「セルルカと戦ったことが結果的にそうなっただけです。別に……そんな」
「いや、受け取っておくれ。礼を受け取るだけならば、タダじゃよ」
「それは……そうですね」
それに、礼を受け取る受け取らないなどといった不毛な言い合いをしていても生産的ではない。身のある話なら、もっと別のことがあるはずだ。
「それで、横槍を入れてきたのはどこの国ですか?」
組織と言っていいかもしれないが、俺は大きな括りとして国と訊ねる。すると、シャルラッハさんは渋い顔をした。まるで、国よりももっと大きな組織からの横槍だと言いたげだった。
はて、国よりも大きな組織とはなんだろうと考えを巡らせ……それは違うのだと気が付いた。何も組織に囚われる必要はない。この世界には国などよりも強大な力を持った伝説という"個人"が存在しているのだ。ならば、伝説の誰かが何かの目的を持ってこの国の主導権を持っていると見た方がいい。
「本当に頭の良い……」
シャルラッハさんは俺の考えを見透かしたように言った。
「伝説の誰が」
俺が簡潔に訊ねると、シャルラッハさんはスッと答えた。
「国を丸ごと操ろうとするような者は、伝説の中でも一人しかおらんよ……伝説の序列第7位」
「……っ。バートゥ?そんなまさか……」
「そのまさかじゃよ。儂も驚いたわい……この国上層部の大半は既にバートゥの支配下じゃよ。儂も下手に動けん状況じゃ」
バートゥ……バートゥ・リベリエイジ。伝説の死霊術師であり、死を超越した伝説を持つ怪物だ。だが、そいつはエルカナフという場所で、たしかに倒したはずだった。だから俺は驚き、自分の耳を疑った。
シャルラッハさんから嘘の気配は感じない。それが真実だとして、バートゥ・リベリエイジはあの状況で生きて……ふと、そこで俺の前提が間違っていることにようやく気付いた。
俺たちが相対していた敵が、バートゥ・リベリエイジ本人ではないとしたら?
666の死霊を操る死を纏い、死を死で制する死の王にして死の超越者。セルルカと同じ伝説が、全力で戦わずして勝てる相手であるはずがない。
「バートゥ・リベリエイジは生きて……いた」
「その通りじゃよ。死を超越する無限の輪で生きる彼を殺せるはずがない……伝説というのは人が決して成し得ないことをするから伝説なのではないのじゃ。伝説が伝説たる所以は、世界の理から外れ、神の創造なさった世界の法則をぶち壊す……それこそが伝説じゃ」
〈冥府〉
常闇の続くアスカ大陸最北端の地、死の都と呼ばれる死者の集う墓場の街"冥府"……その街の中心にある巨大な墓石はまるで玉座のようになっており、そこにガリガリに痩せ細った男が座っていた。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒ〜!私の手駒が存分に働いてくれているようですねぇー」
どこか独り言じみているが、彼はたしかに誰かに話しかけていた。
「ゼフィアンも本格的に動き出すころでしょうしぃー?私もそろそろぉ……動きましょうかねぇ?」
不気味な冥府の墓の下から、肉の塊がワサワサとバートゥの言葉に呼応するように地面から這い出る。それだけではない、骨すらも動き出す。一般的に、人間が死んでできる最も弱い魔人……ゾンビとスケルトンと呼ばれる存在だ。だが、弱いとはいえ魔人だ。生身の人間がならば上級に相当する強さをしている。
バートゥに呼応したのはそれだけではない。
「バートゥさまぁ〜」
「おやおや、来ましたかぁ。マイン」
「ウヒャヒャヒャァ?うんうん〜魔術協会に混じって二つくらい国を乗っ取ってきましたぁ〜。褒めてぇ褒めてぇ〜?偉いぃ?偉いぃー?」
マインと呼ばれた少女は玉座の近くでゴロゴロと寝転びながら愛くるしい感じで言っている。しかし、その姿はバートゥ同様にガリガリに痩せ細っており、目の当たりは窪んでいて瞳は虚ろである。
バートゥはニィッと不気味に微笑み、マインのところまで歩いていくとそのボサボサな頭を撫でた。
「ええ、偉いですよぉ。マイン。残念ながら、イガーラに向かったのは予期せぬ事態により連絡が途絶えましたがぁ……マインが無事でなによりですよぉ〜本当にぃねぇ」
「うわーい。ホメテもらったぁ〜嬉しい?嬉しいー!」
バートゥ・リベリエイジの目的は至極簡単である。ただ、この世界のの覇権を握るの……それだけのことだ。それを成す上で、今回の魔術協会の「機械化計画」が利用できたというだけの話だった。
バートゥの支配下に置いた国は大小あれど、既に十は超えている。イガーラ王国もその一つである。
バートゥがこれを行う上でやはり障害となるのは他の伝説の動向だ。特に魔術協会のセルルカ・アイスベート……今はその力の波動を感じることができないため、バートゥはセルルカに関しては気にしないことにした。
もう一つ、バートゥにとって気掛かりなことはゼフィアンの動向だった。ゼフィアンの元には伝説の中でも群を抜いて強大な力を持つベルリガウス・ペンタギュラスと、そして伝説最強の男がどういうわけが居座っている。それに他にも未知な力も集まっているようだと、バートゥはニヒル笑みを浮かべた。
ゼフィアンが本格的に動くならば、自分も動かなければ置いていかれてしまう。
つまり、ここから先の戦いはバートゥとゼフィアンの二大勢力による勢力戦といったことになる。魔術協会はセルルカ無き今、バートゥの敵ではない。いくつかの国を掌握できているバートゥの方に現在は分配があがるであろうが、ゼフィアンのバックには得体の知れないものが付いている。
「やはり、問題はゼフィアンですねぇー。どう思われますかぁ?ハンコックさんー?」
 そこで初めて、バートゥは先ほどから話を振っていた者の名を呼んだ。
バートゥの座る玉座の真後ろに背を預ける様に立つ黒い甲冑に身を包む騎士のような男……男というが頭がないためにその判断はつきにくい。大きな体格をしているがもしかしたら女なのかもしれないが……そこを言及する必要性はなかった。
ハンコックと呼ばれた黒騎士……魔族首無族の男は、ヘルムに包まれた頭を腕に抱えている。そして、バートゥの声に反応するようにヘルムの隙間から真紅の瞳を煌めかせて目を開く。
「……我の覇道に立ち塞がる者は、誰であろうと斬りふせるまでだ」
重圧を感じる野太い声。ハンコック・デュラン……伝説級の剣士であり、序列は第6位とされている……伝説の一人だ。
ゼフィアンのバックに二人いるように、バートゥの勢力にも二人伝説がいるのだ。
「そうですねぇ……私たち伝説がこうして正面切って対立するのは過去に例がありませんよねぇ?」
「元々、馴れ合いをする間柄でもあるまい」
「そうですねぇー本当にぃねぇ」
ゼフィアン・ザ・アスモデウスの悲願、バートゥ・リベリエイジの思惑、魔術協会の革命、世界は様々な人の言葉と行動で揺れに揺れ動く。
だが、すべてのことは最終的に渦の中心に集まり混ざり合う未来が決まっている。最後に生き残るのが誰かは、まだ誰も知らない。
不気味な静けさをも感じさせる廊下……俺が眠っていたのは王城にある一室だったようだ。今は王宮内に移動し、謁見の間に向けて穂先を向けている。だが、どういうわけかその道中で王宮務めの管理職や使用人に一切会っていない。
王都の状況を考えれば多少外の方がドタバタしていてもおかしくはないが、王宮内部がこれほど静かなのもおかしい。
俺はシャルラッハさんの肩を借りながら、俺が尋ねようとして敢えて口にしなかったことをここでようやく尋ねた。
「シャルラッハ様……私はどれくらいの間眠っていたのでしょう」
その問いに対してシャルラッハさんは唸るように鼻を鳴らして答える。
「一週間……といったところじゃよ」
頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みが全身を駆け巡る。それが巡り巡って、己の認識の浅はかさを嘲笑するように高いところから見下ろしている。
「一週間……」
長すぎた。そう、長すぎる。
王都での魔術協会との戦から一週間以上、それに付随してもセルルカの時間凍結の時間差があるはずだ。シャルラッハさんがいつここに駆け付けてきて、俺を助けて王都を再生させたのか……俺が目を覚ますまで一週間。俺だけが時間の波に取り残されたかのような錯覚に陥る。
シャルラッハさんは俺を混乱させないように配慮して、情報を小出しにしているのだろう。俺が訊いた以上のことは口に出すことはない。シャルラッハさんとここまで会話して把握した彼の内面は、どこまでも誠実であり、どこまでも慈悲に満ちた人間だ。
それは言うなれば民衆が神へ求める人物像に近いものだ。民衆の無意識内面は欲求の集合体、民衆が求める許しを、赦しを、肯しを、全て与えるような存在。
だが、俺が欲しいのは明確な答えと事実だ。心安らぐ言葉や、俺の道を方向づけるような信仰的教えなど求めていない。
「この国の現状をお教え下さい」
俺がはっきりと言うと、シャルラッハさんは眉尻を下げた。
「先ほど……答えたと思うのじゃが」
「違うな……俺は答えを求めているわけではないよ。シャルラッハ」
「……っ」
シャルラッハから息を呑む音が聞こえた。俺に貸している肩に力が入っているのが分かる。臨戦態勢……そのような態度を取らせてしまうような誤解を早々に解くように俺は首を横は振った。
「あぁ……申し訳ございません。少々、焦りました」
俺が無意識に放っていた殺気を沈めて言うと、シャルラッハさんは肩から力を抜き、ホッと一安心するように息を吐く。
「グレーシュ・エフォンスくん……正直、驚いた。儂も長く生きておるし、伝説という立場じゃ。色々な強者に会ってきたが、君のようなのは初めてじゃよ」
さすがにセルルカと正面からやりあった男じゃ、とシャルラッハさんは心のこもっていない賞賛を浴びせかけてくる。どこか皮肉めいた言葉だったが、それを追及する必要性はなかった。
「君が知りたいことは分かっておるよ。時間凍結から解放されて一週間じゃ。察しの良い神ならば気付いておるじゃろうが、現在国王陛下は行方不明じゃ」
やはり、思った通りだ。この状況で此度の責任を負って退位したとしても早すぎる。まずは復興のため、最前線で国王陛下が指揮を執るはずだ。それにも関わらず、俺に招集命令をかけてきたのは第一王子だ。彼の独断であったとしても、そんな命令が罷り通るはずがない。まず、大臣達がそんな場合ではないと王子を止めるはずなのだ。
加えて、今回の件に関しては俺の貢献が大きいことは自覚している。ここで謙遜などしても正確な計算には邪魔な感情だ。謙遜が美徳なのは平和な前線の日本だけだ。ここでは、そんなものに何の意味のないことだ。
とにかく、俺を呼び出すような判断を下し、それが罷り通った。
命令系統が複雑化していることは明らかとして、俺を呼び出したのは何故かという問題に行きつく。それをシャルラッハさんが知っているようには見えないが、憶測でなら周囲の状況やシャルラッハさんの態度で分かる。
「また、どこかから横槍でも入りましたか」
俺が不機嫌さを隠そうともしていない態度でボソリと呟くように言うと、シャルラッハさんは驚いたりように目を開いたまま数瞬の間俺を凝視し、そして意識が戻ったように咳払いして言った。
「いやぁ……その答えに行きつくとは驚きじゃ。儂は何も言っとらんのじゃが……」
「状況と、シャルラッハさんの態度から大方予測出来ました。……この国はもう」
「終わりじゃ。首都がこのような有様では、各諸侯も王国に仕えようとすまい。各々がこの一週間で独立しておる有様じゃよ」
「酷いですね」
「そうじゃな……儂と信徒と君の母君、それに友達もみんな儂が保護した。今は教会に匿っておるが、君は厳しかったのじゃ。いくら崩壊間際とはいえ、まだ国の力は確かにある。信徒に危険が及ぶ真似はできんのじゃ」
シャルラッハさんの強い眼差しが至近距離で俺を射抜く。それを受け止めるようにシャルラッハさんに視線を送り、口を利かせる。
「家族が……無事なら何も。ありがとうございます」
俺が素直に礼を述べたのが意外だったのか、少し戯けるようにして俺を見たシャルラッハさんは表情を和らげ、はにかむように笑った。
「うむ……儂からももう一度礼を言おう。儂の、儂らの大事な信徒達を助けてくれてありがとのぉ」
「セルルカと戦ったことが結果的にそうなっただけです。別に……そんな」
「いや、受け取っておくれ。礼を受け取るだけならば、タダじゃよ」
「それは……そうですね」
それに、礼を受け取る受け取らないなどといった不毛な言い合いをしていても生産的ではない。身のある話なら、もっと別のことがあるはずだ。
「それで、横槍を入れてきたのはどこの国ですか?」
組織と言っていいかもしれないが、俺は大きな括りとして国と訊ねる。すると、シャルラッハさんは渋い顔をした。まるで、国よりももっと大きな組織からの横槍だと言いたげだった。
はて、国よりも大きな組織とはなんだろうと考えを巡らせ……それは違うのだと気が付いた。何も組織に囚われる必要はない。この世界には国などよりも強大な力を持った伝説という"個人"が存在しているのだ。ならば、伝説の誰かが何かの目的を持ってこの国の主導権を持っていると見た方がいい。
「本当に頭の良い……」
シャルラッハさんは俺の考えを見透かしたように言った。
「伝説の誰が」
俺が簡潔に訊ねると、シャルラッハさんはスッと答えた。
「国を丸ごと操ろうとするような者は、伝説の中でも一人しかおらんよ……伝説の序列第7位」
「……っ。バートゥ?そんなまさか……」
「そのまさかじゃよ。儂も驚いたわい……この国上層部の大半は既にバートゥの支配下じゃよ。儂も下手に動けん状況じゃ」
バートゥ……バートゥ・リベリエイジ。伝説の死霊術師であり、死を超越した伝説を持つ怪物だ。だが、そいつはエルカナフという場所で、たしかに倒したはずだった。だから俺は驚き、自分の耳を疑った。
シャルラッハさんから嘘の気配は感じない。それが真実だとして、バートゥ・リベリエイジはあの状況で生きて……ふと、そこで俺の前提が間違っていることにようやく気付いた。
俺たちが相対していた敵が、バートゥ・リベリエイジ本人ではないとしたら?
666の死霊を操る死を纏い、死を死で制する死の王にして死の超越者。セルルカと同じ伝説が、全力で戦わずして勝てる相手であるはずがない。
「バートゥ・リベリエイジは生きて……いた」
「その通りじゃよ。死を超越する無限の輪で生きる彼を殺せるはずがない……伝説というのは人が決して成し得ないことをするから伝説なのではないのじゃ。伝説が伝説たる所以は、世界の理から外れ、神の創造なさった世界の法則をぶち壊す……それこそが伝説じゃ」
〈冥府〉
常闇の続くアスカ大陸最北端の地、死の都と呼ばれる死者の集う墓場の街"冥府"……その街の中心にある巨大な墓石はまるで玉座のようになっており、そこにガリガリに痩せ細った男が座っていた。
「キヒヒヒヒヒヒヒヒ〜!私の手駒が存分に働いてくれているようですねぇー」
どこか独り言じみているが、彼はたしかに誰かに話しかけていた。
「ゼフィアンも本格的に動き出すころでしょうしぃー?私もそろそろぉ……動きましょうかねぇ?」
不気味な冥府の墓の下から、肉の塊がワサワサとバートゥの言葉に呼応するように地面から這い出る。それだけではない、骨すらも動き出す。一般的に、人間が死んでできる最も弱い魔人……ゾンビとスケルトンと呼ばれる存在だ。だが、弱いとはいえ魔人だ。生身の人間がならば上級に相当する強さをしている。
バートゥに呼応したのはそれだけではない。
「バートゥさまぁ〜」
「おやおや、来ましたかぁ。マイン」
「ウヒャヒャヒャァ?うんうん〜魔術協会に混じって二つくらい国を乗っ取ってきましたぁ〜。褒めてぇ褒めてぇ〜?偉いぃ?偉いぃー?」
マインと呼ばれた少女は玉座の近くでゴロゴロと寝転びながら愛くるしい感じで言っている。しかし、その姿はバートゥ同様にガリガリに痩せ細っており、目の当たりは窪んでいて瞳は虚ろである。
バートゥはニィッと不気味に微笑み、マインのところまで歩いていくとそのボサボサな頭を撫でた。
「ええ、偉いですよぉ。マイン。残念ながら、イガーラに向かったのは予期せぬ事態により連絡が途絶えましたがぁ……マインが無事でなによりですよぉ〜本当にぃねぇ」
「うわーい。ホメテもらったぁ〜嬉しい?嬉しいー!」
バートゥ・リベリエイジの目的は至極簡単である。ただ、この世界のの覇権を握るの……それだけのことだ。それを成す上で、今回の魔術協会の「機械化計画」が利用できたというだけの話だった。
バートゥの支配下に置いた国は大小あれど、既に十は超えている。イガーラ王国もその一つである。
バートゥがこれを行う上でやはり障害となるのは他の伝説の動向だ。特に魔術協会のセルルカ・アイスベート……今はその力の波動を感じることができないため、バートゥはセルルカに関しては気にしないことにした。
もう一つ、バートゥにとって気掛かりなことはゼフィアンの動向だった。ゼフィアンの元には伝説の中でも群を抜いて強大な力を持つベルリガウス・ペンタギュラスと、そして伝説最強の男がどういうわけが居座っている。それに他にも未知な力も集まっているようだと、バートゥはニヒル笑みを浮かべた。
ゼフィアンが本格的に動くならば、自分も動かなければ置いていかれてしまう。
つまり、ここから先の戦いはバートゥとゼフィアンの二大勢力による勢力戦といったことになる。魔術協会はセルルカ無き今、バートゥの敵ではない。いくつかの国を掌握できているバートゥの方に現在は分配があがるであろうが、ゼフィアンのバックには得体の知れないものが付いている。
「やはり、問題はゼフィアンですねぇー。どう思われますかぁ?ハンコックさんー?」
 そこで初めて、バートゥは先ほどから話を振っていた者の名を呼んだ。
バートゥの座る玉座の真後ろに背を預ける様に立つ黒い甲冑に身を包む騎士のような男……男というが頭がないためにその判断はつきにくい。大きな体格をしているがもしかしたら女なのかもしれないが……そこを言及する必要性はなかった。
ハンコックと呼ばれた黒騎士……魔族首無族の男は、ヘルムに包まれた頭を腕に抱えている。そして、バートゥの声に反応するようにヘルムの隙間から真紅の瞳を煌めかせて目を開く。
「……我の覇道に立ち塞がる者は、誰であろうと斬りふせるまでだ」
重圧を感じる野太い声。ハンコック・デュラン……伝説級の剣士であり、序列は第6位とされている……伝説の一人だ。
ゼフィアンのバックに二人いるように、バートゥの勢力にも二人伝説がいるのだ。
「そうですねぇ……私たち伝説がこうして正面切って対立するのは過去に例がありませんよねぇ?」
「元々、馴れ合いをする間柄でもあるまい」
「そうですねぇー本当にぃねぇ」
ゼフィアン・ザ・アスモデウスの悲願、バートゥ・リベリエイジの思惑、魔術協会の革命、世界は様々な人の言葉と行動で揺れに揺れ動く。
だが、すべてのことは最終的に渦の中心に集まり混ざり合う未来が決まっている。最後に生き残るのが誰かは、まだ誰も知らない。
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