一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

氷の王都

 ☆☆☆


「……」

 時間が凍結した空間の中で、たった一人だけ時が流れているセルルカ・アイスベートは一瞬だけ頬を撫でた風に顔をしかめた。

「あの男め……」

 セルルカはそれだけでベルリガウスが高みの見物二話来ているのを察知した。この空間で時間に縛られることのないのはセルルカのみのはずだが、例外としてベルリガウスは別だ。
 ベルリガウスは通常生物が時間の中で生きているのに反し、そういった理の外に生きる超生物だ。時間の概念自体がベルリガウスには無意味である。異次元を超え、帰ったきた本物のベルリガウスは以前こちらに居たベルリガウスとは別格だ。伝説最強と謳われる男と互角がそれ以上の覇気すら感じる。
 とはいえ、こちらから仕掛けなければ向こうもしかけることはないのだから構える必要はないとセルルカは考えた。
 暫くの間、セルルカは時が止まった静かな空間の中で魔術と錬成術で生成した紅茶を自前で作った氷のテーブルと椅子に座って優雅に一口……一仕事終えたセルルカの束の間の休息といったところだった。
 まだ、この後にいくつかの国へ飛んで同様に凍り付けにしなければならない。

「ふむ……」

 セルルカはそろそろ王都を発とうと思い立ち……ふと、空間が震え出したのを感じて眉根を顰めた。
 微かにだが地面が揺れている。まるで忘れていた鼓動を思い出したかのような律動だ。
  
 と、

「っ!?」

 セルルカの目の前に突如として一本の矢が飛んできた。
 大気を割くことなく静かな空間の中を、静寂を保ったままに突き進んだ矢がセルルカを射抜こうと眼前に迫っていた。
 矢はセルルカの額に直撃するが、セルルカを射抜くことは叶わない。しかし、到底矢の持つ質量とは思えないほど重い一撃にセルルカの身体は首から引っこ抜かれるように氷の地面から浮き上がり、後方に吹き飛んだ。
 幾らかの建物を突き抜け、王城の方に飛んだセルルカの身体は王城の外壁に減り込むようにしてようやく止まる。

「……」

 セルルカの身体に傷はない上に、やはり服もどういうわけか汚れていなかったが……今のはセルルカの高いプライドを傷つけるのに十分だった。
 減り込んだ外壁を凍り付かせ、粉々に粉砕して脱出したセルルカはそのまま宙に浮遊して自分に矢を放った愚か者の姿を、こめかみに青筋を立てて探す。

「姿を見せたらどうぞ?」

 飽くまでも冷静に……しかし、身の内に宿る激情はそのままにセルルカは言葉を発する。
 そして、それに答えるように……セルルカの視線上の遥か遠方……王都の入り口から普通に誰かが歩いて入ってきた。

「貴様だな……?貴様が妾に矢を向けた愚か者ぞ?」

 セルルカは視線の先に立つ人物に向かって言った。
 王都へ入ったその人物もまた、眉間に皺をよせ、こめかみに青筋を浮かばせている。怒髪天を突くようにして蠢く髪、殺気を身に纏ったその人物は完全にキレて・・・いた。

「てめぇがこれ、やりやがったんだな……?」
「そうぞ」

 かなりの距離があるにも関わらず互いの声が聞こえるのは、二人が人智を超えているからではない。自然という神が生み出したとされる万物を凌駕しているからだろう。
 セルルカは元々獣人族猫耳ネコミミ種という種族がら、耳はよかった。それを魔術で強化している。
 一方、王都へ入った何者かは空気の振動を感知してセルルカが何を喋っているのかを予測している。

「……てめぇは殺す」
「それは妾の台詞ぞ」

 セルルカ・アイスベートと、グレーシュ・エフォンスによる戦いの幕が開かれようとしていた。


 〈グレーシュ・エフォンス〉


 コルドー隊に合流し、かなりハイペースで行軍していたためかさすがに俺が連れていた兵達の表情に披露が浮かび上がっていた。
 だが、ここは耐えて欲しい。王都が襲撃されているとなれば……やはり、ソニア姉やラエラ母さんが心配だ。クロロあたりは大丈夫だろうが、セリーは戦闘に向かないから無茶しないか心配だ。それに俺は兵士だ。王族の安否も確かめなければならない。
 だからこそ、足を緩めることなくそのまま行軍を続け……王都に近づいてきた折、肌をヒンヤリとした空気が撫でた。

「気温が……」

 コルドー隊や俺の隊の連中、冒険者達も寒いのか身体を震わせて肩を両手で抱いている。
 俺の隣を歩いていたシルーシアは平然としていたが、ポツリと呟いた。

「……寒い」

 だが、まさか足を止めることも出来ないので行軍を続け……そして、ついに見えた王都が氷に覆われているのを見て背筋が凍った。

「な、なんだこれは……」

 コルドーは目を見開き、その他の兵士たちもその場で立ち止まって氷に包まれた王都を呆然と眺める。その中で、シルーシアだけは激怒するように声を荒げた。

「これは……っ!何なんだよ!」
「……っシルーシア!」

 シルーシアは吐き捨てるように叫んで、その場から駆け出した。呆然とする兵士たちの中でそれに反応して、尚且つ追ったのは俺だけだ。
 幸いにしてシルーシアはそこまで足が速くなかったので、追いついて右手で肩を掴んで止めて振り向かせる。それから腰に手を回して逃げられないように密着した。
 こんな時に場違いだが、以外にも細い腰だった。

「離せっ!オレは……ディーナとベールをっ」
「一人で突っ走んな!」
「っ!?」

 声を荒げるとシルーシアの肩がピクリと震えた。少し熱くなり過ぎた。腕にも力を入れ過ぎていたためにシルーシアの綺麗な顔が直ぐ目の前にあった。だから俺は直ぐに力を緩め、パッと離れた。

「ご、ごめん……頭に血が上ってた」
「……いや、オレも悪かった。集団行動を乱した……」
「いや……いえ」

 途中で素だったのを思い出して、言い直したがシルーシアが吹いた。

 この野郎。

「とにかく、一度……」

 戻ろうと提案するところで、ふと王都から感じる気配が一つしかないことに俺は気が付いた。王都が凍り付くなどという異常事態のために気がつかなかったが……その感じる一つの気配以外に何も感じない。
 クロロの気配も、セリーも、ノーラも、エリリーも、ベールちゃんや、ディーナ、他のみんな……ラエラ母さん、ソニア姉の気配も感じない。

 つまり、それはどういうことだろう。

 突然、頭痛のような痛みが全身に走る。俺は思わず額に手を当て、呼吸を荒げた。

「ど、どうした?」
「……っ」

 つまり、どういうことだ。

 死んだ……?

 答えの見つからない疑問が思考をグチャグチャにする。思い浮かぶのは八年前、死んだアルファードの後ろ姿……それから、ソニア姉やラエラ母さんの笑顔が脳裏を埋め尽くす。

 ブチリ

 と、頭の中で何かが弾け飛び、はち切れる。

「お前……本当にどうしっ!?」

 もう何も聞こえない。
 もう何も見えない。

 感じるのは明確の敵の気配、
 視界に映るのは敵の姿、
 射抜くべき敵、
 斬るべき敵、
 殴るべき敵、

 殺すべき敵……。

 俺は意識を戦闘モードに移行すると、直ぐ様弓矢を錬成して矢を放った。
 王都を覆う氷をすり抜けるように入り込み、そしてその矢は目視するまでもなく目標に直撃……だが、目標の気配は吹き飛んだだけで生きている。

「……殺す」

 何故だか分からないが、自然と口角がつり上がった。





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