一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

月光→月狐

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 何が……起こった?

 俺は振り下ろした剣がクロロを……切り裂く確かな感触を感じた。感じたのだが……それと同時に身体が吹き飛ばされた。完全に無防備なところをやられた……鞘の突きが腹部に、刀身が脇腹に刺さってしまった。
 ダメージ大きい……。
「ぐっ」
 俺は吹き飛ばされて転がった地面の上で腹這いになって悶えていた。いてぇ……くそ。まだ生きてんのか、あのアマぁ……。
 顔を上げると、さっきの衝撃で舞い上がった土埃の中からクロロが、その姿を徐々に現す。晴れていく土埃……クリアになりつつある視界……俺は首を傾げた。
 なんだ?この違和感……さっきまでと気配が違う。
 暫くして、完全に姿を現したクロロ……その姿が先程までとは異なっていた。
「な、なんだ?」
 それは思わず声が出るような姿で、まずクロロの髪が……夜色の綺麗な髪が真っ白・・・になっていた。加えて、頭頂部からは何やら三角耳が生えていて、ピクピクと動いて愛らしい……のは今は置いておく。お尻からも白い尻尾が生えており、耳もだが先端が少し赤い。いや、紅い。
 爪も伸びて鋭くなっており、頬には紅い紋様のようなものが伸びている。目元も少し紅く、不思議な姿だ。ついでに、若干全身が青白く光っているのも気になる……なんだこれ?
 なんでもいいが……殺しきれなかった・・・・・・・・。確かに斬ったはずなのに、服にも身体にも……クロロのどこを見ても傷がない。
 どうなってる……?
 と、俺が呆然とクロロを見つめているとクロロが動く。自分の周囲に点々と青白く輝く炎を顕現させる。すると、クロロの額にまるで角のような二つの炎が燃え盛り、尻尾の周りなどにも点々とした炎が現れる。
 狐火……。
 俺がそう思ったところで、クロロがその青白い炎を纏った刀身と鞘を……振るった。
「っ!?」
 ガンガンっと鳴り響く脳内のアラーム音に従い、クロロの高速移動で大きく右に飛び退く。と、俺がいたところがクロロを起点に扇情に……何もなくなっていた。否、灰が積もってはいたが、その他には何もなかった。
「…………は?」
 呆気にとられた。なんだこれ?燃えた……にしては速い。触れるだけで、ああなるってことか?
 チートじゃねぇか。
 クロロは相変わらず赤く光る瞳を俺に向けると、横薙ぎに斬り払うように左に握る鞘を振るう。俺は全力で逃げに徹し、跳躍……下の方では炎が燃え盛り、全てを灰に変えた。
 と……、
「っ!」
 クロロが……クロロが俺の目の前に居た。気がつかなかった。気配を感じなかった。
 まずいっ!
 そう思った時には遅かった。
 クロロの蹴りが叩き込まれ、俺の身体が吹き飛ぶ。山に激突した俺は衝撃を半分以上受け流してはみたが、全てを受け流せず……山の横っ腹に巨大なクレーターが出来た。
「かっ」
 肺から空気が抜け、開いた口から血が飛び出す。内臓がやられた。骨もいくつ折れたか分からない。ダメージが大きすぎる。全身の筋肉が動かない……断裂した。
「あ……あぁ」
 痛みに絶叫したくなるが、声も掠れて出ない。極度の緊張で汗が吹き出て、脱水症状になっている。頭が回らない……糖分も足りていない。筋肉が痙攣している……塩分や水分が足りない。

 足りない。

 生きるために必要なものが足りない。ただの一撃で、俺の生命活動の維持が困難になった。だが、クロロは止まらない。
 クロロの姿はまるで獣人……だが炎を纏う姿は異形だ。魔物とか……そんな風に感じた。とはいえ、そこに恐怖はない。どちらかというと、俺はクロロのその姿を見て……美しい……そう思った。これから殺されるというのに、かなり余裕だと自分でも思う。
 まあ……最後に好きな女に殺されるというのなら本望だ。これで俺の人生が……二度目の人生が終わる。そう思うと、あまり前世の償いは出来ていないかもしれない。なんだか、頭がまわらねぇや……えっと、なんだっけ?
 ボンヤリとする視界の中、刀身に青白い炎を纏ったクロロが……それを真っ直ぐに俺へ振り下ろす。
 刀身から炎が伸び俺を山ごと呑み込み、燃やす。山が一瞬にして消え……そして俺は、
「…………あ?」
 そんな間抜けな声が自分から漏れた。突拍子もないことがあったためだ。確かに、俺はクロロの炎に包まれた。にも関わらず、俺は燃えていない。灰になっていない……理由は簡単だった。
 俺が炎に包まれる直前で両腕を開いて高速回転……気流を作って竜巻を起こし、炎を巻き込んだからだ。
 竜巻の中心に炎は入り込めず、俺の回転に合わせて炎が渦巻く。その間に山は灰になったが……俺は生きている・・・・・。たしかに、俺は、生きている。ここに、生きている。
 やがて回転を止めて竜巻を吹き飛ばすと、炎もそれを合わせて霧散する。全く無傷の俺を見て、クロロが顔を顰めた。
 いや、俺もよく分からないが……だがさっきまで俺は死に損ないな感じだった。それが自分でもわけがわからないまま息を吹き返した。
 …………いや、ちげぇな。わけが分からないことはない。間違いなく、俺がやったことだ。身体を錬成術で復活させ、体術で竜巻を起こす……俺がやったことだ。俺が、出来ることだ。ただ、今回そこに俺の意思が介入されておらず、身体が自動的に動いたに過ぎない。
 そうだよな……。
「そう……だよな」
 そうだ……そうなのだ。霊峰で鍛え続けてきたこの身体が、簡単に死を認めるわけがない。知識を詰め込みまくったこの頭が、簡単に死を認めるわけがない。
 頭が勝手に回転し、最適な防御を瞬時に身体へ伝達……それを忠実に俺の身体は答えてくれた。
 そうだよな……お前たちが頑張ってるのに、意思が諦めちゃダメだよな……ごめんな……ブレイン!ボディ!(←命名)
 クロロ……俺は宙で浮遊し、俺を見下ろしているクロロを見上げる。やはり、あの姿は……魔人化……なのだろう。どうして魔人化したか分からないが……とにかくあれはヤバイ。姿からして妖狐の魔人か。
 どうする……?まずは弓で牽制するか。クロロはクロスレンジで無類の戦闘力を誇っていたが、さっき俺にトドメを刺そうとしたときは炎を伸ばしてだった。
 ロングレンジに対応できるかはともかく、少なくともミドルレンジでの攻撃手段が増えたわけだ。たださえ、距離を取っても神速のような速さで間合いを詰められるというのに……厄介な女だ。
 まあ、クロロだしな……うん。
 よぉし……もう少し頑張るか。錬成術で身体を維持出来るのは後七分だ。その間に蹴りを着けなければ、俺の負け確だ。
 少し……いや、かなり強引にだが決着を付ける。
 俺の持つウルトラ必殺技……【アブソリュータス】だ。これで決着を着けてやる……。
 俺が弓を構えると、クロロが動き出した。炎を纏い、赤い稲光を走らせ、俺に向かって急降下……索敵スキルでは、やはり感知出来ない。あの炎が、俺のスキル五感を狂わせているようだ。
 スキルに頼って位置を把握していたらやられる!位置も、予測しないとダメだ!
 目で追うことの出来ない速度で迫るクロロの位置を予測……どこだ?どこにいる?目で追うな、思考で追え。感じるな、考えろ!
 俺は頭をフル回転させ、クロロの位置を把握……。
 右っ!
 俺は自分の右方向に向かって矢を放つ。
「【必殺バリス】!」
【アサシン】を組み込んだ光速域に到達した【バリス】……これで決まればよし!決まらなければ、これで相手の現在の力を把握だ!
 クロロは光の速度に迫る【バリス】に対し、反応できなかった。クロロが反応したところで、【バリス】はクロロの身体を貫こうとする……が、その手前で青白い炎に触れた瞬間、燃えカスになった。
「っ!」
 触れただけで灰に……?光速でもダメなのか!デタラメすぎる!
 クロロは防御することなく、そのまま直進……刀身を俺に向かって振るう。見えない……けど、軌道も予測出来た。俺は予測した軌道に対してタイミングを合わせて躱す。 
 こうしているとベルリガウス戦を思い出す。あのときも予測予測で躱していた……結局、俺にはこの力しかない。本当に強い奴と渡り合うには知らなきゃならない、次の手を……。
 俺はクロロと距離を取るために後退しながら矢を放つ。クロロは俺を追って前進……矢は炎で燃えカスになるので、俺は意味がないと攻撃を止めた。
 これは……【アブソリュータス】が通用するだろうか……。あれは結局のところ【必殺バリス】を【マルチー】で増産、【ロケイティング】でそれをいい感じに並べているだけである。
【必殺バリス】が通用しないとなると、【アブソリュータス】も燃えカスになるかもしれない。あの炎が物量で押し切れるならいいが、そんな感じもしない。情報不足……やってらんないぜぇ……。
 幾度となくクロロの攻撃を躱しては距離を取り……ということを繰り返し、そしてクロロが痺れを切らすように刀身に炎を纏い、それを伸ばしてきた。
「っ!」
 俺は身体を高速回転させ、炎を巻き取り霧散させる。よし……まだやれる。とはいえ、制限時間まで残り少ない。何か、手を考えなければ。


 –––宿場町エルカナフ–––


 エキドナ、フォセリオ、エリリーの三名はエルカナフ周辺で激しい戦いが始まったことによる大きな被害がこちらへ及ぼさないようにと、エルカナフに防御結界を張っていた。
 セリーの強力な結界をエキドナが支える形となっている。
 チラリ……と、エキドナは後ろで放心状態のエリリーに目を向ける。
「完全にダメ……ね」
「仕方ないわ。エリリーにとって、ノーラント・アークエイは大切な友達……それが目の前で殺されたのよ」
「しかも、その友達が魔人化……笑えない話というのは分かるわ」
 冷たく思われるかもしれないが、エキドナからしてみれば大して時を共にしていなかったノーラの死はそれほど心を締め付けられる出来事ではなかった。とはいえ、ノーラの死をエキドナのご主人が知ればどうなるかは分からない……。
 と、エキドナが考えていると遠くの方でドーンっという爆音が響くと衝撃がエルカナフを襲った。
 エキドナとセリーは、なんとかその衝撃に耐える。
「くっ……全く、デタラメな奴らね。ギルダブ、ベルリガウス……それにノーラントかしら」
「恐らくは……ね。こうしているのも、どれだけ保つかしらね……」
 セリーは額に汗を滲ませて言う。張っている結界はこれらの衝撃に耐えられる達人級のものだ。本来ならこうやって制御をしなくてもいいのが結界系の魔術の長所であるが、一定のダメージが入れば消えるのが短所……とりわけ、今回は相手が相手だ。セリー一人だけではエルカナフ全域を守る結界を維持し切れないのだ。だからこそ、エキドナがそれに手を貸していた。
「ご主人様の方も厳しそうね」
「……グレイが?」
 言外にグレーシュが苦戦するようなイメージが思い浮かばないとセリーが言うと、エキドナは鼻で笑った。
「千里眼の魔術で確認しているけれど、どうやらバートゥにクーロンが精神支配されたようね」
「そんな……私の【メンタルバリア】が効かなかった……」
「そういうわけではないわ。何かしらの方法でバートゥがクロロの精神を乱したのよ……とにかく、ご主人様はかなり押されているわねぇ……」
 エキドナはセリーに言わなかったが、クロロの異様な姿は……ノーラと同じく魔人化しているとエキドナは考えていた。
 グレーシュの攻撃も青白い炎によって全て防がれている。分が悪すぎる。
 だが、エキドナはそこまでご主人の心配はしていない。この分だと【アブソリュータス】は効かないだろうが、グレーシュには必殺技が【アブソリュータス】を合わせて三つ存在していることを、エキドナは聞いているからだ。
(矢は効いていないけれど……恐らくアレなら効くはず……。クーロンの纏っている炎は触れれば燃えカスに変える……にも関わらず、炎が触れている大気・・は灰になっていない。ご主人様はそれに気付いているはずだわ)
 クロロの炎は分子のような小さすぎる物質を燃えカスに出来ない。液体や個体など、ある程度固まった物質でなければならない。そもそも大気が燃えれば、炎が燃える燃料である酸素も燃えカスになることになる。例え、魔力で狐火を作ったとしても……炎は炎の性質を持っている。
(ご主人様がまだ名前を決めていらっしゃらないから、このエキドナが名付けた一撃必殺の技……【トップガン】。ふふふ……我ながらいい仕事をしたわ!こんなにも早くご主人様がその名前を呼んでくれるなんて……ふふふふふふふふふ)
 若干私情はあるが……ともかく、エキドナはグレーシュの勝利を信じて疑っていない。ただ、
(……ご主人様はクーロンを殺すつもりなのかしら……)
 その疑問だけが、エキドナの中で残っていた。


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