一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

ヒューヒュー

 –––グレーシュ・エフォンス–––


 ヒュドラに遭遇してから……俺たちは陣形を作ってヒュドラを囲うようにして戦っていた。
「とりぁあ!!」
「せぇいっ!!」
 ノーラとエリリーの刃がヒュドラの外皮に当たるが、硬い鱗に守られた外皮は切ることも、減り込むこともなく二人の剣を弾き飛ばしてしまった。
 間髪入れずにクロロが抜刀した刀を両手で握りしめて振るうが、それも通らず仕舞い……あぁ、こりゃあ硬いはぁ……と、ヒュドラの正面で弓を構えていた俺は思った。
「硬いものだ」
 ギルダブ先輩は賞賛するように呟く。どうしよう……。
『貴様らの攻撃など、効かん!我はヒューズ!人間風情が、塵となれ!』
 ヒュドラはそう叫んだ。遭遇した時にも喋ったので、もうみんな驚かなかったが……最初人間喋った時には驚いた。
 と、ヒュドラのヒューズの首の三本のうち外二本が息を大きく吸い込む……ブレス攻撃か。
 俺はヒューズの肺……火炎を吐き出す器官があるであろう胴体部分人間向けて矢を放つ。放った矢は衝撃をヒューズの中に貫通させるだけで貫くことはできなかったが、それでもブレス攻撃は防ぐことが出来た。
 器官に走った衝撃で空気を口から咳き込むように吐き出すヒュドラに、空かさずギルダブ先輩が剣を両手で振るう。
「【地走り】!!」
 叫んで、ギルダブ先輩は手に持った長刀を地面に叩きつける。衝撃が地面を割って、斬撃が大気を裂きながら地面を走る。
 鈍重なヒュドラは逃れられず、その攻撃を喰らうものの……ギルダブ先輩の飛ばした斬撃はヒュドラのヒューズに傷一つ付けることご出来なかった。
「むぅ……もう少しか」
 瞳を細め、ギルダブ先輩は難しそうな顔をして呟く。それがどういった意味合いが含まれているのか分かって、俺も全く同感だなと肩を竦める。
 もう少し……もう少し。
 と、ヒューズが動いた!
 バサッと翼を広げて宙に飛ぶ。どうやって飛んでるんだろうなぁ……と考えていると再びブレス攻撃をしてくる気配を感じた。が、今度は溜めが少なかった。
『【フレイムブレス】【アイスブレス】!』
 両端の首からそれぞれ放たれたブレス……ノーラが【フレイムブレス】に対して、【ガイアシールドン】で対抗……【アイスブレス】をエリリーが剣技で防いだ。そして、それに対してクロロが合わせるように炎と氷の間を縫って、真ん中の首目掛けて剣を振るう。
『グルアっ!!』
「っ!」
 だが、宙を飛ぶクロロに真ん中の首が口を開いて噛みつこうとする。クロロは空中で身を翻し、クルクルと回転……ヒューズの側頭部に刃を当ててそのままの勢いでヒューズの首を転がるように移動して回避した。
 クロロは勢いにのって、ヒューズの背後別に飛び出す。そして黒い刀身を闇色に光らせて、剣技を放つ。
「熟練級……闇属性剣技【カオスエッジ】!」
 クロロの渾身の乱舞……【カオスエッジ】がヒューズの背後に直撃。だが、やはり傷はない。
「む、無念です……」
 クロロは着地すると、眉根を寄せて言った。『月光化』(俺命名)すれば、刃は通りそうだが……やっぱり、クロロは『月光化』(俺命名!)する相手を選んでいるのか?二刀流を使わない理由が……あるのか?
 いや、そんなことは後回しだ。
「あっつういぃ……」
 ノーラは【フレイムブレス】を防ぎ終わって、そう呟いた。本当に暑そうで、汗を額にダラダラと流している。それに対して、エリリーはというと……、
「さ、さぶい」
 カッチコッチに固まった地面の上で寒そうにしていた。こいつら、なんか楽しそうだな。
「ちょ、全然楽しくないからっ!」
 ナチュラルに思考を読むなよ、ノーラちゃん……。
 バッサバッサと飛んでいるヒューズは、再びブレス攻撃をしようと息を吸う。だが、今度はさせなかった。 ギルダブ先輩がロケットのように垂直に跳躍して、ヒューズの上を取ると、地面に叩きつけるように長刀を振るう。青く輝く長刀に魔力を漲らせ、ギルダブ先輩は叫んだ。
「【落雷】!」
 電撃のような稲光が走り、ギルダブ先輩の直下切りがヒューズに炸裂する。
 ズンっと重たい空気の振動が地面をも揺らし、あまりの衝撃にヒューズが地面に落下……ズガガガっと地面が陥没して地割れが起こる。
 あぁ……もう街道がめちゃくちゃだぁ。まっ、使われてないからいいよね!
「まだか……ふむ」
 ギルダブ先輩は何か思案するように顎に手をやる。多分、俺と同じこと考えてんだろうなぁ……と、ギルダブ先輩に叩き落されたヒューズが怒り狂って天上に向かって吼える。
「ぎゃー耳痛いっ!何よ!いきなり叫ばないでくんない!?」
「ノーラ、悲鳴に気をつけなって」
 俺が指摘してやると、ノーラは暫く真顔になって……取り繕うように可愛らしい悲鳴を上げた。
「きゃー」
「いや、遅いから……」
「遊んでる暇ではありませんよ!」
「そ、そうだよ!ノーラっ!」
 クロロとエリリーに注意され、俺たちは互いに肩を竦める。そんな光景にヒューズは怒ったように言った。
『ぐぅ……この我との戦いの最中でお喋りなどと……舐めおってぇ』
 先に喧嘩を吹っかけてきておいて、何という言われよう……。
「おい。グレーシュ……そろそろ感覚掴めたか?」
 というギルダブ先輩の言葉に俺は頷く。鱗の硬さは大体把握……どの程度力を抑えれば・・・・いいのかは理解できた。
「あ、殺すのは無しで……」
「む?そうか」
 俺は先にギルダブ先輩に言っておく。俺が魔物を殺さないのも理由だが、もう一つは生態系の問題……第一級が消えるのは生態系にとってあまり宜しくない。俺の時もそうだった……いや、本当に反省してます。マジで。
 俺は全員に指示を出すために大きく息を吸う。
「ヒューズの弱点はあの真ん中の首だよ!あとの首はただの触手みたいなものだから、切っちゃっていいですよ」
「うん!」
「任せて!」
「分かりました!」
「了解だ」
 おぉ……みんなバラバラ!協調性の欠片もない!と、ヒューズが言った。
『首を切る?クックック……貴様らの攻撃が効いていないことを忘れていなっ』
 ヒューズが言いかけたところで、ギルダブが再び飛び出して……ヒューズの右端の首を意図も簡単に切り落とした。
『なっ……?』
 ヒューズは一瞬何が起こったかわからなかったようだが、状況を理解して吼えた。
『ば、バカな!どうして……』
 慌てたヒューズだが、グチャグチャどう音を立てて切られた首が再生する。超速再生か……。
『ふんっ……何が起こったかは知らないが、我は例え首が落とされてもこのようっ』
 今度はノーラとエリリーが飛び出して、同時に右と左の首を……それぞれ切り落とした。
『はっ?』
 と、ヒューズは間抜けな声を上げる。それに対して、血の付いた刃を振り払ったギルダブ先輩が諭すように……ヒューズが疑問に思っているであろうことを答えてやる。
「いやなに。実はこのあとに大戦が控えていてな……できるだけ力を温存しておこうと思い、どれだけ力を抑えればお前を無力化できるか、ということをやっていたんだ。時間は掛かったが、これで仕舞いだ」
 グチャグチャ……っと、再びヒューズの首が再生する。
『ば、バカな……』
 ヒューズはポツリと呟いた。
「それじゃあ、さっさとここから消えてください。じゃないと、僕の弓が貴方の本体を貫くことになりますよ?」
 本体だと思われる真ん中の首……その頭部に照準を合わせた俺はそう言った。


 –––☆–––


「ヒュドラっていっても、あんなもんなんだー」
 と、御者台の隣で手のひらに顎を乗せて座るノーラが言った。結局、逃げ帰ったヒュドラに対して俺たちは何もせずに夕暮れ時の街道を馬車でパッカパッカと走っている。
「ヒュドラも初めての経験だっただろうね。あの鱗を切ることもそうだけど、超速再生のカラクリもバレてるんだから」
「超速再生のカラクリ?」
「うん」
 俺はこういったことが好きなので、ちょっと得意げにノーラに教えた。
「ヒュドラって頭が三つあるのに、身体は一つでしょ?それっておかしくない?頭が三つ、身体は一つ……じゃあ、身体を動かしているのは?」
「え?クイズ?えっとー……頭三つで動かしてるんじゃないの?」
「ハズレ」
 俺が馬鹿にしたようにして言うと、ノーラが俺が手綱を握っているのにも関わらず掴みかかってきた。
「ちょ、ごめんごめん……答えは頭が三つじゃなくて一つだから」
「意味分かんないんですけど」
「だから……真ん中の頭以外は飾り、触手みたいなもんなんだよ」
 大体、脳みたいな複雑な器官を短時間で……という再生なんて出来るわけないしなと付け加えておく。
「なるほどね。じゃあ、ヒュドラがSSランクなのって……」
「あーそれは、好戦的で……自分の手下の魔物を嗾けてくるから。それに外皮も硬いし、ブレスも何かと強力だから……その危険度からSSランクなんだけど、このメンツなら大したことなかったね」
 ちょっとビビッて損した気分だ。とはいえ、時間を取られたのは確かだった。
 俺はすっかり焼けた空を見上げてつぶやく。
「今日は野宿かな」
「野宿かー。グレイは学生時代に野営の授業で習ったんでしょ?」
「んーまあね」
「どんな感じなの?」
「どんなって……まあ、適当に野営知識を」
「えーなにそれー」
 と、そんな感じにノーラと昔話なんかした。


 –––☆–––


 近くの川辺で野宿をすることにし、現在少し離れたところで女性陣が水浴びをしに行っている。男性陣……俺とギルダブ先輩は薪になりそうなものを探して、暗くなる前に火元を準備する。
 と、その時にギルダブ先輩が川辺の大きな石に座り込みながら火を付けようとしている時に……川辺で木の枝を拾っていた俺に話しかけてきた。
「グレーシュ。火を頼めないか」
「え?あ、はい」
 俺は詠唱も必要ない魔術で、ライター程度の火を指先に付けて薪を燃やす。パチパチと音を立てて燃え出し……ギルダブ先輩が少しだけ笑った。
 俺がそれを不思議そうに眺めているのが気になったのか、ギルダブ先輩が苦笑しつつ俺に向かって言った。
「ふっ……こう明るく光るものを見ていると、アリスが思い浮かんでな。あいつは、いつも明るく前向きでな……怒ると可愛いのだ」
 可愛い……ちょっと手を挙げて訂正したいところだった。怖いの間違いではないでしょうかぁー。
「俺は怒らせるつもりはないのだが、アリスはいつも怒る。なあ、グレーシュ?お前は一体、俺のどんなところでアリスが怒っていると思う」
 その問いかけに、作業に戻っていた俺は手を動かしてながら簡潔に答える。
「怒ってる時に可愛いとか思っちゃうあたりじゃないですか?」
「む」
 ギルダブは何か思案するようにして顎に手をやり……そして、深く頷いた。
「それだな」
 じゃあ、反省しろよ……。
「しかしだな……こればかりは、どうしようもないな」
「確かに、ギルダブ先輩の度胸というか、物怖じしないというか……そういう部分をアリステリア様は好きなのかもしれないですけど」
 後は男前とか、男らしい、とか……おい、どこに怒る要素があるんだ?
 自分で言っていて疑問が出てきたが……ま、まあいいや。
「でも、叱ってる時に可愛いとか言われたら……真面目に聞いてるのか怪しくなりますよ」
「馬鹿な。俺はアリスの言葉を一言一句聞き逃したことはないぞ」
 惚気かよ。結局、惚気なのか!?ちょっと怒りたくなった俺だが、冷静に木の枝を拾い集める。
「あぁ、そういえば……グレーシュには誰かいないのか?」
 バキッ……と、俺は拾った枝を折った。くそっ、こういう時に足りない言葉を脳内補完できてしまう自分の優秀さに腹が立つ。俺、優秀!
「いないです」
「本当か?」
「いないです」
「本当の本当か?」
「いないですです」
「いま、動揺したな?」
「してないです」
 ちょっと噛んだだけです。動揺してないです。そんな相手いないんです。
「ぼ、僕は今の生活をしているだけで手一杯ですからね。恋人とチュッチュしている暇があったら、僕は家族のために働いて金を稼ぎます。ほら、時は金なりとかなんとか」
「それは一理あるな。とはいえ、俺にとって家族はアリスだからな……」
 おや?ギルダブ先輩の中で、既に二人は結婚しているようだぞ!?
 ふと、脳裏にピクリと何か黒いものが走る。こんな風に気を紛らわせないと、きっとその黒いものに呑まれてしまうから、俺も……そして、もしかするとギルダブ先輩もこんな話をしているのかもしれない。
 俺は脳裏に走ったものを振り払うように、頭を振った。
「そうか……まあ、そうか。俺はクーロン殿とお前ならお似合いだと思ったがな」
「それ、どういうことですか」
「そのままの意味だが……家族を養うために忙しいお前に、背中を預けて手を貸せる相手といったら、クーロン殿だろうと思ったのだ」
「俺は……」
 咄嗟に何か答えようとして開いた口を、クロロ達が帰ってきた気配を感じ取って直ぐに閉じた。


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