一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

アヤト・ヨシモリ

 –––☆–––


 もう耐えられない。我慢出来ない。許せない……てめぇの都合でソニア姉を連れ去ろうとし、誰かのためだとか程のいい理由を付けて自分を正当化する。

 ふざけるな。

 みんなのため?じゃあ、ソニア姉はどうするだ?ソニア姉にはやりたいことがあるんだ。誰かを救う……例え、こいつらがソニア姉の誰かを救うという手助けをしてくれるとしても、俺はそれがソニア姉の意思ではない限り、認めない。許さない。
 何よりも……何よりも、ソニア姉を物のように扱うこいつらを俺は許せない。
 気付いたときには地面を蹴って、メリアに接近していた。
「っ……!」
 アヤトは瞬時に【テレーポート】でメリアを移動させる。
 俺は索敵スキルで移動先を察知し、止まった足で再び地面を蹴る。すると、今度はアヤトが俺と対峙する形でメリアの前に立って、鋭い剣幕で魔術を発動……詠唱もなければ、魔力の練り上げる速度も尋常じゃない。なんの魔術がくるか予測不能……俺の頭の中にアラームが鳴り響き、俺は前進しながらアヤトの正中線がずれた。
 それから遅れて、アヤトの【ファイア】の火の粉が頬を掠めていく。速度、威力ともに先ほどの比ではない……爆発が耳に轟くと同時にアヤトに肉迫した俺は、右手に握っていた剣を振るい、アヤトの杖を持つ右腕を切り落としにかかる。
「っ……」
 だが、アヤトは俺の思考を読み……直ぐさま防御魔術を展開する。達人級光属性魔術【シールドン】……範囲は自分のみ、とても強固な防御力を誇る魔術だ。
 とはいえ……この魔術は正面にしか効果がない。
 俺はすかさず背後に回って剣を振るう。しかし、その剣もアヤトが同時に・・・に張った二枚の【シールドン】によって弾かれた。
 また思考をっ!
 俺は思考を読まれたままでは拉致が贖いと悟り、アヤトから距離を取る。
「はぁはぁ……」
 アヤトの呼吸は上がり、表情は緊張している。アヤトも余裕ではない。戦い慣れしていないみたいだ。
 それもそうだろう。その魔力量があれば、初級でもあれほど強力なものが放てるのだ。どんな相手でも一撃必殺……でもな、世界は広いもんだ。アヤト、相手が悪いよ。お前たちが狙ってるのは、俺のこの世界でたった一人のお姉ちゃんなんだ。
 そんな、ソニア姉を、ソニアを、奪おうとするこいつらを俺は殺す・・
 俺から命よりも大事な家族のソニア姉を奪うというのなら、てめぇの命を奪われる覚悟くらい……できてるだろ?なぁ、アヤト……聞こえてるよな?
「くっ……」
 アヤトは顔を顰め、直ぐに魔術を行使する。中級雷属性魔術【サンダーゲイル】……速度、範囲ともに優れた汎用性の高い魔術だ。
 選択のチョイスはいいが、焦ったな……俺はまずアヤトに思考が読まれないように次の行動を何通りも同時に考え、そこから派生してさらに枝葉を広げていく……。
「な、なんだこれ!?」
 アヤトは混乱したように叫び上がる。俺はその空きに【サンダーゲイル】を全て躱す。
「どうしたアヤト!」
 キーエルが痛みを堪えながらも、アヤトを心配してそんな声をあげる。それが届いたのか、アヤトは頭痛がするかのように手のひらを額に当てて答えた。
「こ、この人……ヤバイよ。やばすぎる……最初は七つのことを同時に考えて、そこからどんどん樹形図みたいに……いまも、まだっ。くっ……百、せ……千っ!?あぁぁぁっ!!!!」
「「アヤト(様!?」」
 メリアとキーエルが同時に叫ぶ。アヤトは頭が痛いのか、頭を抱えて悶え始める。
 人の思考を読む……一見卑怯で強力に見える魔術だが、人の思考を読む……なんてのは出来やしない。
 だから、人は言葉で少しずつ分かり合おうとする。それを魔術でズルして読もうしているのだ。本来、少しずつ知っていくべき情報が一気に流れ込み、結果……パンクする。
「っ!!!!あぁぁぁああぁぁぁあ!!!!」
 悶える。苦しむ。暴れる。
「やめて……くれっ……ぐぅっ」
「やめろ?なら、帰るか?」
「そ、それはっ……」
「もっと、増やすぞ」
「ぐっ!?」
 アヤトがさらに苦しそうに叫んだのを聞いて、メリアが慌てて駆け寄ってその肩を抱き、キーエルは両肩の関節を外されながらも寄り添う。
 そして、さきに限界が来たのはメリアとキーエルだった。
「もう……もうやめてください!帰ります……帰りますから!もうアヤト様を……」
「アタシが謝るから!アヤトを……アヤトを!!」
「あ、いいですよ。はい」
 と、俺はあっさり思考を停止した。
「かっ……はぁはぁ」
「「アヤト(様!」」
 荒い呼吸を繰り返すアヤトを心配して、二人が寄り添う。アヤトはフードの下から俺を見上げると、苦しそうにしながらも何とか言葉を振り絞るように言った。
「分かった……帰るよ」
「アヤト様……」
「仕方がない。国王陛下は……もう」
「そんな……お父様」
 メリアが今にも泣き出しそうにしている。
 国王陛下……お父様……ソニア姉……はっ、結局のところ多くの人を救うなんて上部だけだったんじゃないか。助けたいのは、ただ一人……下らない。下らない下らない。
「く、下らない……だって?」
 性懲りもなく俺の思考を読んでいるようだ。本当にこいつらは揃いも揃って学習しない。才能だけ余っているだけの、脳味噌の足りない連中か。気持ち悪い。
「く……誰かを救いたいって思うのが下らないって言うのか!?」
 と、ここで初めてアヤトが声を荒げた。だから、俺は一瞬だけ目を見開いて……その言葉を切って捨てた。
「下らないですね」
「このっ」
 アヤトは怒りに任せて、魔術を使う。無詠唱だし、魔力を練り上げる速度が相変わらず早かったが、もう大体アヤトの思考は掌握できた。
 使うのは、【ファイア】……怒りに任せた今、無意識によく使う魔術を力任せに使うはずだ。キーエルがさっき、「アヤトの【ファイア】……」とかなんとか言っていたので、よく使うのだろうことは予想出来た。
 そして、案の定アヤトから飛び出してきたのは【ファイア】だった。それが二発三発と放たれ、俺はさっき【ファイア】を受け流した要領で身体を回転させ、一番最初に着弾した【ファイア】を、円を描くようにして二発目に直撃させる。
 それで起きた爆風で三発目が弾かれ、アヤトに向かって飛んでいった。
「っ!」
 アヤトは【シールドン】でそれを受けてから、次の一手を……俺はそれを遮るためにザッと踏み込んでアヤトの背後に回る。だが、思考を読まれてアヤトが【テレーポート】で距離をとる。それから直ぐに、アヤトは【ファイア】、【ウォーター】、【ロックボール】、【ウィンド】と凶悪な威力の初級魔術を連発してくる。
 俺はそれを全て、己の剣でもって斬り伏せる。そして、俺は再び踏み込んでクロロ直伝の【斬鉄剣】を叩き込む。
 アヤトの展開していた【シールドン】の上から叩きつけ、アヤトを吹き飛ばした。
「うっ……かはっ」
 直接剣は受けていないが、【斬鉄剣】とともに俺が使った体術技術【鎧通し】によって衝撃がアヤトの身体を駆け巡り、アヤトは後方にぶっ飛びながら血を吐いた。

 終わったな。

 そう思い、最後の機会を自ら捨てた愚か者に止めを刺せそうとアヤトに歩み寄ったところで、肩を負傷しているキーエルと非力そうなメリアが俺の目の前に現れて立ちはだかる。
 邪魔くさいなぁ……本当に。
「どうして……下らない……なんてっ」
 と、女の子二人に守られている中でアヤトが俺に訊ねてきた。
「いや、下らないでしょうよ……誰かを救うために誰かを連れ去ろうとしていたんですから」
「あ」
 ここで初めて、どれだけ愚かで矛盾していたのか気付いたのだろう。本当に愚かだよ、知らずにやっていたんだからな。
 俺は知っている……誰かを守るために誰かを殺してることを知っている。その覚悟もないのに、誰かを救うだなんて夢を掲げるなんて身の丈を知らないのだろうか。
 そんな夢、夢物語を掲げて本当にそれを果たそうとしているソニア姉を見習って欲しい。夢を追いかけるその姿を守るために、俺はなんだってやってやる。

 消えろ、邪魔をするな。

 ソニア姉の道に立ちはだかる邪魔な障害は、俺が全て戦って斬り伏せる。斬り伏せて、撃ち抜いて、グチャグチャに……。
 ソニア姉にはこんな汚い現実はいらない。夢を追いかけてほしい。ただ、ただだだ綺麗な世界を……綺麗な世界を、それだけを、見て、欲し……、
「グレイ?」
「っ!?」
 索敵範囲に俺のよく知る気配を感知した。チラッと声のした方に目を向ければ……そこには不思議そうに首を傾げて立っているソニア姉が……いた。いた、いた。
「お姉ちゃん……?」
「ん?え?何?どうしたの……って、うわ!そこの人、怪我してるじゃん!直ぐに治療を……」
 と、ソニア姉は俺の横を通り過ぎてアヤトやキーエルの治療する。その力は凄まじく、脱臼ですらも瞬時に元に戻してしまう。
 だが、そんなことよりも俺の中で巡った思考は……何故?これに限る。
 たしか、アヤトが人払いの魔術を……あぁ、そうか。そうだった。失念していた。
 ソニア姉はとても強力な光属性の力を持ち、それはソニア姉が無意識に纏う神気にも適応されている。つまり、光の元素の特性である拒絶の力がアヤトの人払いの魔術を無効化してしまったのだ。
 ソニア姉は治療を終えると、俺の方を向いて口を開く。
「これは……どういう状況なの?なんだか、こっちの方に来てた人達、みんなここだけ避けて通っていくから不思議で……そしたらグレイがいたんだけど?」
「そ、それは……」
 む……相手がソニア姉だと嘘をつき難いぞぉ。俺が答え難そうにしていると、ソニア姉は首傾げて頭上に疑問符を浮かべる。
 と、ここで思わぬ助け舟がきた。
「いえ……そこの方に助けていただいて」
「…………」
 アヤトだ。アヤトが助け舟を出した。
「あ、そうなんですか」
「はい。本当に助かりました。このご恩は……一生、忘れません」
 溜めてから、吐き出すように言ったそれに、ソニア姉がさらに不思議そうにするがあまり気にしないことにしたのか、そのまま笑顔で頷く。
「では、いつか必ずお礼に……」
「そんな、あたしは別に……」
「いえ、させて……ください。必ず、いつかします」
「え?あ、はい?」
 アヤトは力強く言ってから、二人を連れて歩き出す。もう、来んな……と言ってやりたかったが、ソニア姉がいる手前言う訳にも行かず、俺は黙ってアヤト達の背中を見送った。


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