一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

フォセリオと……

 –––☆–––


『場所を移しましょう』

 というセリーの提案に頷いた俺は、懺悔室の個室を出てセリーの執務室へと再びやってきた。

 対面するソファに腰を落ち着かせ、自ら淹れた紅茶を飲むセリーの姿を見ながら、俺もセリーが淹れた紅茶を口に含む。

「ふぅ……美味しいですね」
「うふふ。ありがとう」

 暖かな紅茶が鼻腔を通り抜け、香りが身体に染み渡る感覚……。俺はその余韻に浸りながら、セリーに言った。

「それでなんですが……セリーさんの話を聞いて一つ、確信めいたことがあるんです」
「……?ゼフィアンのことかしら?」
「そうです……今回の一連のことは、もしかしたら、ゼフィアンが関わってるんじゃないかと……」
「ストップ」

 と、俺が結論まで言おうとしたらゼフィアンがそれを手で制した。

「その前に一つ……ゼフィアンのことよりも、今は最優先事項なのだけれどね。エキドナから聞いていてはいて、まさかとは思った……けれど、事実のようね」
「なにが」
「グレイが纏っている、それ・・よ」

 俺が纏っているもの……そう指摘されて俺はなるほど、と肩を竦めた。

「なにか問題が?」
「……正直、大アリってところね。神官のみが振るえる神の業……治療魔術を神官の儀を行っていない貴方……使えるようになってしまった。教会から特例で、神官ではなく治療魔術師としての資格を得た者以外であるグレイが、治療魔術を使えるのは、教会としては好ましい状況ではないでしょうね」
「なるほど……とはいえ、セリーさん以外は知らないのでしょう?」
「楽観的すぎるわよ。まあ、グレイが治療魔術を悪用することはないと……そう信じているから、特に何も言わないけれどね」

 治療魔術を……悪用?
 その言葉に、俺は引っかかりを覚えた。

「治療魔術って……どうやって悪用するんですか?いえ、できるんですか?」
「傷を治す……それだけでも、十分に色々できるとは思わない?」
「まあ……たしかに」
「そういうことよ」

 セリーはそう言って、紅茶を含んだ。ここが話の落とし所なのだろうと判断し、俺は咳払いしてから、話し始めた。

「で、続きですが……」
「ええ」
「ゼフィアンが一連のことに関わっているとして……一体、目的はなんなのだろうと」
「そうね。そうなるわね……彼女は昔から意図的に戦争を起こそうとしているわけだけれど、その理由は未だに把握できていない状況ね」
「どこも?」
「ええ。どこのどんな勢力も……神話人エンシェンターなら、把握しているかもしれないわね」

 ミスタッチとか……か。

「教会と魔術協会の、この小競り合いも……ゼフィアンが仕組んでいたとしたら、やはり目的は全面戦争になるのでしょうね」
「おそらくは……でも、それをわかっていても教会側が矛を収めることはできないわ。元々、長年の間敵対関係だったんですもの。今更、止められはしないわね」

 その通り……もはや、魔術協会と教会勢力の全面戦争は不可避に近い。どちらも殺気立っているからだ。

「全面戦争をしたとして、どちらが勝つのかしらね……」

 と、セリーは少し不安そうに瞳を伏せてポツリと呟く。俺はそれに対し、肩を竦めた。

「『神聖』シャルラッハと……『暴食』セルルカのどちらが勝つか……これが、両勢力の勝敗を分ける一つの要因となるのは、言うまでもないかと……」
  
 勢力分布でいえば、教会が圧倒的だ。教会に付く国は多くいるだろう。国としても、教会の権力が強い方が民衆を束ね安い。
 もしも、教会が政治にでも干渉するような存在ならば魔術協会側に付く国の方が多かったかもしれないが……。基本的に、教会は不干渉だ。
 つまり、そう言った勢力的な意味では教会が一枚上ではあるが……それを踏まえて、魔術協会は教会に吹っかけたのだ。その勢力差を埋める、大きなカードがあるのかもしれない。

「シャルラッハ様は温厚な方よ……正直、『暴食』相手に勝てるか……」
「へぇ……温厚な」

 と、俺が意外そうにしているとセリーが首を傾げた。

「なにかしら?」
「え?あぁ、いえ。伝説って、ベルリガウスとかバートゥみたいのしかいないのかと……」
「とんだ偏見ね……シャルラッハ様は違うわよ。それに、『暴食』も結構変わり者だけれど、さきの二人みたいに過激な性格でもないわ」
「会ったことが?」
「ええ。ある宴席でね……とても綺麗な女の人よ?宴席で食事をする彼女の姿は……なるほど、美食家だわって思ったものよ」

 セリーは困ったように言って、ついに空となったカップに紅茶を淹れ直す。

「そういえば、他の伝説ってどうしてるのかしらね」
「他の?」
「そう……これだけ世の中動いているのだし、何か動きがあっても不思議じゃないわ」

 たしかに……とは思うものの、はたしてどうかは分からない。
 伝説七番のバートゥと二番のベルリガウスは死んだ。六番と五番は、残念ながら俺は知らない。
 四番はシャルラッハ、そして三番がセルルカ……そして、空白の伝説最強の一番……。

「まあ、でも。どこでなにがどうな風に動いていたとしても、まずは目の前のことですかね」

 俺が言うと、セリーが頬に手を当てて疲れたようにため息を吐いた。

「そうなのよねー……。正直、参るわ。間者が露見したことで、各国教会に忍び込んでいた間者が次々に国外に脱しているみたい」
「……早いですね」
「ええ。魔術か……なにか連絡手段があるようね。厄介極まりないわよ……本当に」
「それは……忙しい時に訪ねてきてしまったようで」

 少しだけ意地悪くいえば、セリーは若干、頬を朱色に染めた。

「…………知っているでしょう?私、友達少ないの……だから、グレイが来るたびにとても嬉しいのよ……」

 恥ずかしいのか、表情を隠すように紅茶の淹れられたカップを口元へと運んだ。そんなセリーを見つめながら、内心で俺はドキリとしていた。

 い、いや……別に。なんでもないだろ、俺。

 俺は動揺が悟られまいと、セリー同じようにカップを口元へ運ぶと、それを一気に飲み干した。

「あぁ……でも」
  
 と、セリーは嬉しそうに、そして子供のように無邪気な表情で両手でカップを弄び、言った。

「貴方に会ってからになるのかしら……ソニーや、ラエラ、『月光』にノーラ、エリリー……エキドナ……沢山の人と繋がれたわ」
「別に……僕に会ったからってわけでも」
「運命……」
「冗談」

 俺がそう切り返すと、なにが不服なのかセリーがむくれたように頬を膨らませた。子供か。

「私は運命を信じるわ」
「神の信徒ですからね……」
「貴方は?」
「そこまで熱心では……ありませんね。神様は、いるんでしょうけど」

 実際、会ってるし。
 単に信仰していないだけだ。

「むしろ、存在を信じていなかったら罰が当たっていたわね」
「たしかに……セリーの眼の前で言っていたなら」

  俺は拳を握るセリーを手で制しながら、そう言った。すると、何が楽しいのかセリーが笑って口を開いた。

「うふふ。なんだか、楽しいわ」
「そうですか。良い息抜きになったのなら、良かったです」
「ええ。グレイは……もう行くの?」
「そうですね……そうします。有益なことも聞けましたし」

 俺が言いながら、ソファから立ち上がるとセリーは少しだけ寂しそうに笑った。

「そうね……私も、色々と考えないといけないわね」
「そうですか。では……僕はもう行きますよ」
「ええ。また……明日」

 控えめに手を胸の前で振ったセリーに対し、俺は何食わぬ顔で言った。

「明日は来ません」
「…………」

 セリーが手近にあったものを投げ飛ばしてきた。


 –––☆–––


 全く酷いと思う。危うく怪我をするところだった。
 とりあえず俺は飛んできた物を避け、教会を後にしたわけだが……日を見るとまだ高い位置にあった。

「買い物でも……しようかな」

 そう考えた俺は市場でも見て回るかと、テレテレと移動を始める。
 なんだろう……日中こんなことをしていると本当に仕事してるのか心配になるのだが……いや、ちゃんと仕事をしていると思う。多分……うん。
 今度、時間があったらアイクに色々と聞いてみた方がいいのかもしれない。
 と、そんなことをツラツラと考えている間に市場までやってきた俺は辺りを見回した。
 王都中心街のさらに真ん中に位置する中央市場地では、とにかく沢山の物が出回っている。それこそ、大通りの商店街も比べ物にならないくらいのものだ。
 大通りの商店街に比べ、中央市場地の方が行商人の往来が激しい。そのため、外からの珍しいものが集まることがある。そういった掘り出し物目当てに、人が集まるのだから、賑わっていないはずなかった。
 そんな中央市場地の人混みの中で、ふと……俺はラエラ母さんとエキドナ、それにツクヨミちゃんの気配を感じ取った。夕食の買い出しか何かだろうか。
 俺は気配を頼りに、人混みを掻き分けていくと……視界に奇妙な光景が映った。

「ぅぅ……」
「大丈夫……大丈夫だからね、ツクヨミちゃん」

 泣いているツクヨミちゃんを抱いて慰めるラエラ母さん……。

「別にいいだろーが。な?ちょっと、見せてくれるだけでいんだよ」
「だから……見せ物ではないと言っているじゃない。エキドナ、バカな男は嫌いよ」
「んだとこのアマぁ……」
「へぇー?エキドナとやる?いい度胸ね……」

 見知らぬ男と睨み合うエキドナ。往来の激しい中央市場地では、人集りができることはなかったが……それでも数名の通行人たちからは好奇の視線を向けられていた。
 とりあえず、俺はエキドナのところまで歩いて行って、その頭にチョップを落とした。その際に、エキドナから「ぎゃ」などという可愛らしからぬ悲鳴が上がったのは……まあ、聞かなかったことにしておこう。

「ご、ご主人様……なにを」
「なにをって……お前、売り言葉に買い言葉で返すな」
「なにも売られていませんが……」
「同じことだろうよ。お前が本気出したら……死んじまう」

 俺が言うと、エキドナは少しバツが悪そうな顔をして俺に頭を下げた。

「申し訳ございません……そこの男のヤワさを考慮できていませんでしたぁー以後、気をつけますぅ」

 反省する気はないらしい。
 俺はため息を吐いて、男に目を向けた。

「なんだ、てめぇ……」

 男を見ると、どうやらその後ろには取り巻きらしいのが三人立っているようだった。

「そちらこそ……三人とも、僕の身内でしてね。何か問題が?」
「身内だぁ?別に、それをちょいと見せてもらおうとな」
「嘘です。その男、ツクヨミちゃんを連れ去ろうとしたのです。大方……喋る人形が珍しいから高く売れると思ったのでしょう」
「あぁ!?とんだ言いがかりだ!」

 男が怒鳴るが、残念ながら俺はエキドナのを方を信じる。ツクヨミちゃんが泣いている状況を考えれば、冤罪だとも思えない。なによりも、男の態度も気に食わない。

「なるほど……では、これで手を打ってください」

 俺はそう言って、男の手に銀貨を五枚ほど握らせる。すると、男は一瞬だけ驚いたように目を見開き……続いて、ニヤリと笑った。

「はー?こんなんじゃ……」

 男が何か言うまいに、調子に乗る前に俺は一歩前に踏み出して男の耳元で囁いた。

「僕はこれで……と言ったはずです。次は、ありません」

 そう告げると、男は暫く身体を膠着させた後……額に脂汗を浮かばせながら、その場を脱兎のごとく駆け出した。

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