一兵士では終わらない異世界ライフ

矢追 参

動乱する世界

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 どれだけ斬ったか、気付いた時にはギルダブの足下には人の死骸なのかどうか……もはや、判別すら困難なものが転がっている。
 数千人単位を一人で制圧したのだ。一騎当千……王国最強の男の力を目の当たりにした帝国兵は震え上がり、士気を大幅に下げる。
 そのおかげか、当初の予定通り歩兵隊による挟撃に成功し、一気に敵軍を攻め立てる。
 やむなく帝国軍は後退を始め、帝王聖戦の第一戦はイガーラ王国の勝利に終わった。


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 明日から再び進軍を開始する。今度は帝都の近くにまで進軍する予定だ。次が帝国軍の第二防衛戦となるため、今日よりも戦闘は激化するだろうと、戦闘終了後の師長会議で話された。
 ギルダブは会議が終わった後に血や汗を洗い流すために、水で濡らした布で身体を拭く。ここら一帯は荒野であるため、水は貴重だ。大事に使わなくてはならない。
「ふ……」
 サッパリとしたギルダブは、さすがに疲れていたために早めに眠ることにした。明日もまだまだ戦いは続く……。
 ふと、テントに入って休もうとしていたギルダブは何か得体の知れない気配を感じ取り……どこからともなく愛刀の柄に手をやって構えた。
 ゾクリと、背中を舐め回すかのような感覚にギルダブは顔をしかめる。

 パカラッパカラッ

 ギルダブの耳に軽快な馬の蹄の音が聞こえる。音の方向に目を凝らして見ても、あたりは松明の明かりで明るいはずなのに馬の輪郭は見えない。

 ……パカラッ

 だが、それはおかしなことだった。馬の足音は既にギルダブの間合いの中で聞こえていた。ギルダブは首筋に流れる嫌な汗を拭うこともせず、ただ全ての動きを止めた。

 いま、動けば……殺される。

 そのことを瞬時に理解した。
 なおも、馬の足音が……蹄で歩く軽快な音が聞こえる。聞こえているのに見えない。何も視界には映らない。

 パカラッパカラッ

 パカラッパカラッ

 …………パカラッパカラッ


 遠ざかる足音に、ギルダブは安心したのか……その場で崩れ落ちた。
「い、いまのは……一体なんだったんだ……?」
 訳がわからない。ただ、怖い。そこにいるはずのに、気配やその姿さえも捉えることができなかった。
 たしかに、いたのだ。何かが。
 何かは、たしかにいた。そして、ギルダブの横を、すぐ横を、通っていった。

 パカラッパカラッパカラッパカラッ

 真っ黒な馬に乗り、両脚のないあちこち破れたボロマントを羽織った男が……そこにはいたのだ。


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「あなた……いつまでいるつもりよぉー?」
「あぁ〜?そうだなぁ……この戦いがぁ終わるまでかぁねぇ?」
「消えなさい」
「はーん」
 といった具合に、帝王聖戦の初戦で敗戦した国のトップが……その自身の執務室で鼻を押さえ、向かい側のソファで寛いで座っているベルリガウスに手を焼いていた。
 そのベルリガウスの隣では、何故かシオンが酒とグラスをトレイで持って立っていた。
「ベルリガウス様!お酒です!」
「ははん?おぉう……気が利くじゃあねぇかぁ?どっかのババアと違ってぇよぉ」
「誰がババアぁってぇ〜?死にたいのかしらぁ?いますぐここでぇー」
「勘弁」
 全く心の篭ってない言葉にゼフィアンはブチ切れそうになったが、グッと堪えた。どうせ、殺そうにも殺せないのだ。それで使った分の魔力だけ、無駄である。
「シオンちゃん……そんなの相手にしちゃあダ〜メよぉ?」
「…………ベルリガウス様のお世話をするのが生き甲斐よ!」
「それは違うベルリガウスの話でしょう……」
 シオンはとても嬉しそうにベルリガウスの世話をしている。
 まあ……どうでもいいか、とゼフィアンは手元の報告書に目を落とす。
 初戦の戦死者、被害、その他もろもろの報告書である。酷い有様なようで、大敗だった。こんな調子では一ヶ月も保ちそうになかった。
「今、シオンちゃんが手元にいるのよねぇー……後、必要なのは……二人」
「あぁー?シオン以外にも異世界人がいやがんのかぁ?」
「うるさい」
「はい!他に三人います!」
「シオンちゃ〜ん?お口チャックしましょうねぇ〜」
 ゼフィアンは余計なことを喋る前にと、シオンの口を【念動力サイコキネシス】の魔術で塞いだ。
「……っ!」
「三人ねぇ……?」
「うるさい」
 ゼフィアンは考えを纏めるために、顎に手を当てて目を瞑る。
 現状……ミヤコと呼ばれる異世界人の居所は全く分からない。だが、アヤトとヨリトに関しては居所は把握していた。
 だが、厄介なことにアヤトとヨリトはシオンと同じように、既に他国に在籍していた。運良く、アヤトに関しては直ぐに引き入れる方法はある。問題はヨリト……。
(イガーラ王国……ちょっど戦っている国にいるのよねぇー)
 脅しのネタでもあればいいが……はたして?
(もう少し、探す必要があるわねぇ〜?)
 そのままゼフィアンが面倒くさいなぁ、と思いながらため息を吐くと……急にベルリガウスから不穏な気配が漂い始めた。
「……?」
 ゼフィアンが首をかしげると、ベルリガウスは急にソファから立ち上がり身体に電撃を纏い始めた。
 それを見たゼフィアンは身構える。
「あなた……何を」
「ははーん……?」

 パカラッパカラッ

「……なによ……この、音」
 馬の蹄が地面を打つ音が、執務室を出た廊下から聞こえる……なぜ?その理由は分からない。分かるわけがない。
 ゼフィアンはシオンの口の拘束を忘れ、ただ恐怖する。
「えっと……なにが……」
 シオンもただ困惑し、オロオロする。

 やがて、執務室の前で足音が途絶える。そして、キーっと扉が音を立てて開かれ……パカラッパカラッと、真っ黒な馬に乗った……ボロマントを羽織った男が姿を現した。
 ゼフィアンとシオンは瞬時に身構える。
 全く気配がない。姿も微かに揺らいで見え、輪郭がはっきりとしない。まるで、幽鬼でも漂っているかのようだった。
 突然現れた謎の男に対して身構えたゼフィアンとシオンに……ベルリガウスが言った。
「よぉせぇやい……てめぇらじゃあ、勝てぇねぇよ」
 ベルリガウスはそう言って、電撃を迸らせたまま男に言った。
「久しぶりじゃあねぇかぁ……ブラッキー」
 そう……ベルリガウスが言うと、男は白骨化した手を掲げ……、
『久しブルゥだな!ヒヒーンっ!!』
 と、男の乗っていた馬が言った。
(そっちが喋るんだ……)
(そっちが喋るのねぇー……)
 ゼフィアンとシオンは、妙な緊張感の中でもこんなことを考えてしまった。こんなことを考えてしまうくらいには、その馬の声音は陽気だったのだ。
「でぇ〜?なんの用だぁ?やんのかぁ?」
『ご主人は戦いにきたわけではないブルゥ』
「かっ……つまらんなぁ」
 ベルリガウスは電撃を纏うのをやめると、どかっとソファに座り直す。
 ゼフィアンは頬に冷や汗を流しながらも、ベルリガウスに訊ねた。
「ねぇー……そこの男は一体なんなのよぉ……いきなり現れてぇー。知り合いみたいだけれどぉ〜?」
 ゼフィアンが緊張した面持ちで訊くと、ベルリガウスは鼻を鳴らして答えた。
「はんっ……こいつぁ、伝説最強の男だぁ」
「なっ……」
 ゼフィアンはそれを聞いて思わず驚いた。
 今まで、ゼフィアンが長く生きてきた中で伝説最強の情報は全く入らなかった。伝説二位の、こっちにいたベルリガウスですら知らなかった。
 そんな大物が一体どうして……というか、なぜこのベルリガウスは伝説最強のことを知っているのだろうか。というかなんで……。
「うわぁっ!煙出てるよ!頭から!」
 と、シオンが悲鳴にも似た声を上げた。
 考えすぎたせいで、ゼフィアンの頭がパンク寸前だった。今までですら、色んなことを考えなくてはならなかったのに、その上伝説最強なんてものが来てしまえば……心労は増すばかりだった。


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 七人居るうちの伝説の一人……序列一番の男。その男が、どういうわけかゼフィアンの執務室に馬に乗って現れた。
 そして、その男がソファに座るベルリガウスと酒を飲んでいるのだ。言葉を交わしあっているのは、馬とベルリガウスなのに……。
「その……伝説最強さんは一体なにを死にここへきたのかしらねぇー……」
 ゼフィアンは馬も含め、より男臭くなった部屋に若干気分を害しながらも訊ねた。そして、それに答えたのはやはり馬だった。
『ご主人はブルゥ。事の成り行きを見届けにきたんだブルゥ!ヒヒーン!!』
「事の成り行き……?この戦争のかしらぁー?」
『ブルゥ!違うブルゥ。ヒヒーン!!!』
「う、うるさい……」
 これはゼフィアンではなくシオンだった。馬はそれには触れずに続ける。
『この戦い……必ず伝説同士がぶつかり合うことになるブルゥ!』
「ははん?ふぅーふん……シャルラッハとアイスベートかぁ……」
「あぁ……魔術協会と神聖教会のねぇー……」
 もちろん、その件について裏で糸を引いているのは……ゼフィアンだった。
「協会はもともと帝国側だかんなぁ……こりゃあおもしれぇことになりそうだぁ」
『ブルゥ!伝説がぶつかったらブルゥ!大陸一つはドカーンだブルゥ!!』
  ゼフィアンはこの場にいる二人の伝説を見つめながら、ふと思った。
 こんな大物が集まる理由など、考える必要はない。自分は、それだけのことをしようとしている。ただ、それだけのことなのだろう。
『そうだブルゥ!そこのゼフィアンとかいう女。貴様がやろうとしていることは、神話・・も注目しているブルゥ!』
「神話……」
 ゼフィアンは思わず自分の頬がヒクつくのを感じた。
 目の前の伝説最強が現れたことよりも驚いたのだ。こんな達人程度の小娘……いや、一応歳はかなりいってはいるが……実力的に神話と比べれば圧倒的に小娘なゼフィアンが、神話に注目などと……。
 恐れ多いにもほどがある。
 伝説でさえも吹けば散らされるこの身……ましてや神話に目をつけられれば最後だ。為す術もなく、この身は欠片となって海のもずくにでもなるだろう。

 いや、だが当然かもしれない……とゼフィアンは一人で納得した。
 自分がやろうとしていることは、まさに神の御業なのだ。
 各方面で、こうして伝説達が動き出した。そして神話も、今回の成り行きに注目している。

 そんなことは関係ない。

 自らの悲願達成のために、なんだってやってみせると心に決めた日から。
 例え、相手が神話に名を連ねるような強敵であっても……自分がやることは変わらない。



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