一兵士では終わらない異世界ライフ
魔術協会
俺はパッと弓を練成術で作り、矢を番える。
「なにを……」
と、俺を見つめるソニア姉が呟く。セリーはマーターの言葉にショックを受けすぎて、未だに再起していなかった。
俺はただただ無感情に弦を引き絞る。視点が一人称から三人称へ……戦闘モードに意識が移行する。
あぁ……黙っていれば殺さなかったのに。お前たちが、殺そうとするからいけないんだ。そうしなければ、俺はなにもしなかった。売られた喧嘩は買うが、売られない喧嘩は買わない……ただ純粋に。
俺を、そして俺の家族を手にかけようと行動するお前たちがいけない……殺そうとするのなら、精々殺される覚悟は持っておけ。
死ねよ。
俺は、部屋の窓を開け放ち、矢を放つ。一本、二本、三本……そして四本。その全てが、感じ取ってから追い続けていた気配を貫く。そして、索敵スキルにより全員死亡したのを確認した。もちろん、道端で死骸が残っていれば騒ぎになるため、亡骸は灰にして……。
雷の元素特性の、活性化以外の特性……分解の特性の力で灰に変えた。
「グレイ……」
その声に従い振り返ると、ソニア姉が痛ましいような表情をしている。
「あたしには、その……今起こっていることはよく分からない。漠然と、そういう勢力同士のいざこざが目の前で起きているんだなって……そう他人事のように思うあたしがいるの」
ソニア姉はそっと俺に寄り添う。俺の胸にポスッと額を押し付け、そして続ける。
「グレイは……そんなあたしのために、今みたいに戦っているんだよね……ごめん……ごめんね」
「…………」
違う。それは違う。
これは他の誰でもない、自分のため。自分の自己満足のために他ならない。誰かを守りたいだとか、大切にしたいなど、そんなものは思いやりだとか、優しさとか……そういうものではない。もっと押し付けがましいもので、もっと愚かなもの。それこそが自己満足。
俺がソニア姉やラエラ母さんのためと言って行動することは、何もかも自己満足。そこに二人の意思は何もないのだから。
と、ようやく痛みが引いたのかマーターがモゾモゾと動き出す。それに合わせ、セリーがハッと顔を上げる。
「マーター!」
「フォセリオ様……ご覚悟を」
マーターが懐から果物ナイフのような刃物を取り出す。そのナイフには、フォセリオの纏う神気を切り裂く付与魔術が掛けられているように見えた。
付与魔術とは、所謂エンチャント……武器などの物に魔術的な効果を与えることができる。
俺は僅かコンマ数秒の間隙の内に、ソニア姉を胸に抱き留めたまま矢を番えて今にもナイフを突き出そうとするマーターに放つ。
キンッ
と、金属音が部屋に響くと同時にマーターの手が……手首から上が俺の放った矢によって消え去り、床にボトリッベチャッと音を立てて落ちる。
俺が放った矢は、壁に二本突き刺さっている。俺は、今の一瞬で矢を二本放っていた。一つはナイフを、そしてもう一つは手首から上だ。ナイフを弾いても、まだ何か隠している可能性があったからだ。それを見越し、俺は手首を飛ばした。念押しとばかりに、俺は矢を数本マーターに放つ。
鏃の刃がマーターの腿を切り裂き、血飛沫が舞う。マーターの靭帯を削いだ。もう立てはしまい。
セリーは何がなんだか分からず、ただ俺を見つめている。唖然とした目で。
ソニア姉はその間、俺から離れることはなかった。
「お姉ちゃん」
俺が声をかけると、その顔をゆっくりとした動作で上げる。凛とした眼差しが俺を射抜く。俺は下から見上げるように見つめられたまま、微動だにしなかった。
そうして、少しを目を合わせ……数秒。
「ごめん……」
何も出来ないお姉ちゃんで……と。
「…………」
違う。何もしなくていい。見返りを求めいるわけじゃない。謝罪が欲しいわけじゃない。今みたいに、悲しい表情をして欲しいわけじゃない。なのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。俺は、ただ笑っていて欲しいだけなのに。
笑って欲しい。喜んで欲しい。悲しんでほしくない。笑って?笑って、笑顔で、俺を見てくれ……。
俺は一度だけ目を伏せてから、ソニア姉を離す。
「グレイ……」
俺は取り合わず、真っ直ぐにマーターへ足先を向ける。
手首からダラダラと血を流していたマーターだったが、セリーが咄嗟に治療に入っていたようで出血多量で死ぬようなことはなかった。
治療を続けるセリーは、ふと俺に目を向けると口を尖らせる。
「ちょっと……いくらなんでもやり過ぎじゃないかしら……」
「やり過ぎ……?」
「そうよ……というか、さっき外に向かって矢を放っていたけれど何をしていたの?」
「魔術協会の間者を始末した……それだけだ」
俺が冷たく言い放つと、ピクリとマーターが肩を震わせる。そして、何かに思い当たったかのようにワナワナと震えるような目で俺を見る。
「そんな馬鹿な……上級の魔術師をいとも簡単に……伝説を二人も倒したという実力というのは、それほどのものなのですか……」
「…………」
今でこそ、国に知られ始めた俺だが……こいつらなら俺がそうする前から知っていそうだった。それにちょくちょく、教会には顔を出していた。マーターは俺を警戒していたのだろうか……なら、俺が始末した四人は最初からここにいたわけじゃなかったということになるのだろうか。
「セリー」
俺は今なお、俺を睨むセリーに問いかけた。
「お前、ここに最近で四人くらい教会職員がここで増えなかったか」
そう訊ねれば、セリーは訝しげに思いながらも俺の質問に答えた。
「えぇ……マーターが他の教会からの移転と言って……っ!!」
どうやら、セリーも勘付いたらしい。
「グレイが始末したのは……その?」
「多分な……」
「…………」
セリーは目を見開き、口元を覆う。マーターの治療が終わったのか、セリーは魔術を解いて目尻に涙を溜めた。
「そんな……そんなことにも気が付かずに私は……ごめんなさい。ごめん、なさい……」
誰に向かっての謝罪かなど、訊かなくともすぐに分かる。その謝罪の言葉に、すっかり萎えた俺は……徐々に理性の枷が戻ってくるのを感じた。
あぁ……最悪な気分だ。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「…………いえ、その気にしないでください」
セリーは俺やソニア姉を巻き込んだこと、そして俺を責めたこと、俺に殺しをさせたことに謝っている……と思う。
「人を殺すのなんて、兵士なんてやってれば日常茶飯事ですから……それに他の協会関係者に伝わる前に阻止できたんですから!それでよしとしましょう!」
「で、でも……」
それでも、セリーは涙を流しながら俺やソニア姉に謝る。
「これくらいしか、してあげられないのよ……私は。本当に何もできない……役立たず。だから、教会に間者がいることだって気がつかなったのよ! 」
俺みたいに、殺すとか……そんなことにしか使えない武力をもっているよりも、人を癒せる力をもったセリーの方がずっと人の役に立っているように思う。ただ、俺とは持ち場が違うだけなのだ。
俺は一度咳払いしてから、切り出した。
「そ、そんなことはいいんですよ……本当に。今はとにかく、マーターさんですよ」
俺が言うと、セリーはコクリと頷いてマーターに目を向けた。
俺もマーターに視線を下ろすと、同時にソニア姉が俺の隣に立つ。
「もう……大丈夫?」
「うん……ありがとう。ごめん……」
「…………うん」
それっきり、ソニア姉との会話はなくなった。また、心配させちゃったなぁ……。
「マーター。教えて……何が目的で貴方達は教会に潜っていたの?何をしに?」
セリーが訊くが、マーターは答えない。目を伏せて、ジッと座っている。同じ目線でマーターを見つめ続けるセリーは、何度も訊いた。
「教えて……マーター」
「…………私からお教えすることは、何もございません」
「マーター……」
どうあっても、口を割る気はないらしい。素晴らしい間者魂である。それを称賛し、是非とも賞状を贈りたいレベル。
とりあえず、思考力の戻った頭を回転させてみる。色々と情報が揃っているが、本人から聞き出せないことには結局憶測の域は出ないが……教会に潜入した目的は、やはり教会内部の情報が目的なのだろう。定番だし……うん。
まあ、もしもそうだとしたら……情報を得てどうするつもりだった?教会の動きを把握してすること……。
「セリーさん。神父っていうのは、教会内だとどれくらい偉いんですか?」
俺が訊ねると、セリーは俺に目を向け、少し困惑気味に答える。
「そう、ね……神父は各地教会のトップにいる神官の下……ね」
となると、マーターがその地位に登るまで時間がかかったのは目に見える。つまり、かなり前から準備されていた何か……目的があるはずだ。
その目的を知るには、現状の魔術協会を知る必要がある。
「こういう時のエキドナだな」
あいつ、色んなところに潜入していたんだし……ぶっちゃけ俺よりも情報通だから奴に頼るのが一番だよね!
完全に他力本願じゃねぇか。
ま、まあ……いいや。
魔術協会の動きを見れば目的は自ずと分かるはずだ。教会勢力を潰すつもりなら、魔術協会が欲しい情報は恐らくシャルラッハ・マクス・ウェルの情報のはずだ。
シャルラッハ・マクス・ウェルは、神聖教会の最大戦力……スーリアント大陸やアスカ大陸において、もっともシェアされている宗教は神聖教なわけだが、その理由は神聖教の勢力がもっとも強いからだ。
言っている意味が分からないだろうが……とにかく、他の宗教を寄せ付けない圧倒的な勢力が神聖教のシェア率の基礎だ。その中核を担うのがシャルラッハという人物。シャルラッハは七人いた伝説の一人なのだ。そんな奴がいたら、他の宗教が手を出せるわけもなく……そのため、神聖教会が勢力を伸ばす邪魔が出来ず、勢力分布は神聖教会が圧倒的だ。
で、魔術協会だが……魔術は宗教とは相対する存在だ。宗教的に、魔術とは神が人間に与えた力だと言っているが、魔術的には人間の進化によるものだと言われる。そんなこんなで、魔術協会は宗教排斥派と呼ばれている。宗教側は魔術を肯定はしているので、この場合は魔術協会排斥派と呼ぶのがいいだろう。
話は戻るが……魔術協会が宗教全般を本気で潰そうと考えているのなら、シャルラッハの動向が一番気になる筈だ。神聖教は多神教だ。他の宗教には寛容で、実は他宗教の殆どが神聖教の庇護下にいる。
魔術協会は、神聖教会を潰さなければ他の宗教も潰せないのだ。しかも、その神聖教には抑止力となるシャルラッハがいる。魔術協会にも伝説の一人がいるが、伝説同士をぶつけるのは得策ではない。しかも、二人とも実力伯仲という。
魔術協会の伝説……『暴食』セルルカ・アイスベートは伝説の中では三番目の実力者だ。そして、神聖教会の伝説……『神聖』シャルラッハ・マクス・ウェルは四番目だ。
となると、魔術協会としては二人をぶつけたくはないはずだ。なら、魔術協会はシャルラッハの動向をチェックするために間者を各地に送っている可能性がある。まあ、これは飽くまで魔術協会が神聖教会と全面戦争をする気があることが前提だけど。
そうでないなら、他に考えられることはなんだろうか。
魔術協会が神聖教会と全面戦争する気なら、まずは神聖教会を信仰している民衆を味方につけると必要がある。不信感を抱かせるスキャンダルを探しているとか……。って、これも結局同じか。
他には何か目的になりそうなことはないか……。カマかけしてみるしかないだろうか。
「全面戦争……」
と、呟いてみると面白いようにマーターが肩をビクッとさせる。
ニヤリ。
「なるほど……」
そうなると、教会の目的は民衆を煽るスキャンダルとシャルラッハの動向の把握。そのつもりで、教会に潜入していたのだろう。この教会以外の各地教会にも間者は紛れているはずだ。それはもう大規模な……なら、マーター達間者には必ず連絡が取れるような手段がある。
これほど大規模な作戦、連絡をとり合わなくてはそう成功はしない。それも逐一連絡……方法として一番考えられるのは、マーター達を統括しているリーダー役に報告されていくパターン。そのリーダーが報告を受け、逐一命令を下していることが多い。もちろん、俺の知っている限りってことになるけれども……。
俺が思考を巡らせていると、セリーが俺に問いかけた。
「全面戦争って……どういうことよ」
俺を見上げるようにして、セリーが言う。俺はマーターを一瞥してから、それに答えた。
「僕の憶測でしかないんですけど……魔術協会は神聖教会を潰すために、教会内部に潜っていると思うんですよ。まずは民衆の不信感を煽るためのスキャンダル……そして神聖教会の持つ最大戦力であるシャルラッハの動向の把握……」
チラリとマーターを確認すると、面白いように震えているのが分かった。オモロイ。
「そんなことを……そんなことをしてどうというの?」
「さぁ……そこまでは分かりませんね。何にしても、下らないです」
下らない勢力争いの理由なぞ、知らん。そんなことに、俺たちを巻き込んだのだ。到底、許せることではない。ソニア姉やラエラ母さんに危害を加えるというなら、それら全てを俺が取り除く。
俺が言うと、マーターがガバッと顔を上げた。
「く、下らない……ですと?これは聖戦ですぞ……」
「聖戦……?」
と、俺は訊き返す。言っている意味が分からないんけではなかった。聖戦というのは、正義を持って悪を断罪する戦に用いられる呼称であり、例えば今回の帝国進軍なども聖戦に該当するようだ。
「なにをもって正義なんですか?」
俺が問いかけると、マーターは答える。
「我々こそが正義……魔術は我々が努力を重ねて築き上げた産物です。それを神がどうと……我々が正しく正義のはずなのに、民衆は教会を信じたのです。我々は遠巻きにされた……我々が正しいのにも関わらず!」
たしかに、マーターの言う通り……それ事実だ。まだ、魔術協会が発足したばかりのころに、教会が魔術協会の考えを否定したことで民衆が魔術協会を弾圧したことがあった。
今では各国で魔術協会の必要性が認められ、弾圧を禁じられているが……。
信仰者にとっては、神を冒涜する魔術協会が許せないのだろう。まあ、つまるところ……恨みが回り回っているわけだ。そんなことに巻き込まないでほしい。面倒くさい。
「なにを……」
と、俺を見つめるソニア姉が呟く。セリーはマーターの言葉にショックを受けすぎて、未だに再起していなかった。
俺はただただ無感情に弦を引き絞る。視点が一人称から三人称へ……戦闘モードに意識が移行する。
あぁ……黙っていれば殺さなかったのに。お前たちが、殺そうとするからいけないんだ。そうしなければ、俺はなにもしなかった。売られた喧嘩は買うが、売られない喧嘩は買わない……ただ純粋に。
俺を、そして俺の家族を手にかけようと行動するお前たちがいけない……殺そうとするのなら、精々殺される覚悟は持っておけ。
死ねよ。
俺は、部屋の窓を開け放ち、矢を放つ。一本、二本、三本……そして四本。その全てが、感じ取ってから追い続けていた気配を貫く。そして、索敵スキルにより全員死亡したのを確認した。もちろん、道端で死骸が残っていれば騒ぎになるため、亡骸は灰にして……。
雷の元素特性の、活性化以外の特性……分解の特性の力で灰に変えた。
「グレイ……」
その声に従い振り返ると、ソニア姉が痛ましいような表情をしている。
「あたしには、その……今起こっていることはよく分からない。漠然と、そういう勢力同士のいざこざが目の前で起きているんだなって……そう他人事のように思うあたしがいるの」
ソニア姉はそっと俺に寄り添う。俺の胸にポスッと額を押し付け、そして続ける。
「グレイは……そんなあたしのために、今みたいに戦っているんだよね……ごめん……ごめんね」
「…………」
違う。それは違う。
これは他の誰でもない、自分のため。自分の自己満足のために他ならない。誰かを守りたいだとか、大切にしたいなど、そんなものは思いやりだとか、優しさとか……そういうものではない。もっと押し付けがましいもので、もっと愚かなもの。それこそが自己満足。
俺がソニア姉やラエラ母さんのためと言って行動することは、何もかも自己満足。そこに二人の意思は何もないのだから。
と、ようやく痛みが引いたのかマーターがモゾモゾと動き出す。それに合わせ、セリーがハッと顔を上げる。
「マーター!」
「フォセリオ様……ご覚悟を」
マーターが懐から果物ナイフのような刃物を取り出す。そのナイフには、フォセリオの纏う神気を切り裂く付与魔術が掛けられているように見えた。
付与魔術とは、所謂エンチャント……武器などの物に魔術的な効果を与えることができる。
俺は僅かコンマ数秒の間隙の内に、ソニア姉を胸に抱き留めたまま矢を番えて今にもナイフを突き出そうとするマーターに放つ。
キンッ
と、金属音が部屋に響くと同時にマーターの手が……手首から上が俺の放った矢によって消え去り、床にボトリッベチャッと音を立てて落ちる。
俺が放った矢は、壁に二本突き刺さっている。俺は、今の一瞬で矢を二本放っていた。一つはナイフを、そしてもう一つは手首から上だ。ナイフを弾いても、まだ何か隠している可能性があったからだ。それを見越し、俺は手首を飛ばした。念押しとばかりに、俺は矢を数本マーターに放つ。
鏃の刃がマーターの腿を切り裂き、血飛沫が舞う。マーターの靭帯を削いだ。もう立てはしまい。
セリーは何がなんだか分からず、ただ俺を見つめている。唖然とした目で。
ソニア姉はその間、俺から離れることはなかった。
「お姉ちゃん」
俺が声をかけると、その顔をゆっくりとした動作で上げる。凛とした眼差しが俺を射抜く。俺は下から見上げるように見つめられたまま、微動だにしなかった。
そうして、少しを目を合わせ……数秒。
「ごめん……」
何も出来ないお姉ちゃんで……と。
「…………」
違う。何もしなくていい。見返りを求めいるわけじゃない。謝罪が欲しいわけじゃない。今みたいに、悲しい表情をして欲しいわけじゃない。なのに、どうしてそんな顔をするのだろうか。俺は、ただ笑っていて欲しいだけなのに。
笑って欲しい。喜んで欲しい。悲しんでほしくない。笑って?笑って、笑顔で、俺を見てくれ……。
俺は一度だけ目を伏せてから、ソニア姉を離す。
「グレイ……」
俺は取り合わず、真っ直ぐにマーターへ足先を向ける。
手首からダラダラと血を流していたマーターだったが、セリーが咄嗟に治療に入っていたようで出血多量で死ぬようなことはなかった。
治療を続けるセリーは、ふと俺に目を向けると口を尖らせる。
「ちょっと……いくらなんでもやり過ぎじゃないかしら……」
「やり過ぎ……?」
「そうよ……というか、さっき外に向かって矢を放っていたけれど何をしていたの?」
「魔術協会の間者を始末した……それだけだ」
俺が冷たく言い放つと、ピクリとマーターが肩を震わせる。そして、何かに思い当たったかのようにワナワナと震えるような目で俺を見る。
「そんな馬鹿な……上級の魔術師をいとも簡単に……伝説を二人も倒したという実力というのは、それほどのものなのですか……」
「…………」
今でこそ、国に知られ始めた俺だが……こいつらなら俺がそうする前から知っていそうだった。それにちょくちょく、教会には顔を出していた。マーターは俺を警戒していたのだろうか……なら、俺が始末した四人は最初からここにいたわけじゃなかったということになるのだろうか。
「セリー」
俺は今なお、俺を睨むセリーに問いかけた。
「お前、ここに最近で四人くらい教会職員がここで増えなかったか」
そう訊ねれば、セリーは訝しげに思いながらも俺の質問に答えた。
「えぇ……マーターが他の教会からの移転と言って……っ!!」
どうやら、セリーも勘付いたらしい。
「グレイが始末したのは……その?」
「多分な……」
「…………」
セリーは目を見開き、口元を覆う。マーターの治療が終わったのか、セリーは魔術を解いて目尻に涙を溜めた。
「そんな……そんなことにも気が付かずに私は……ごめんなさい。ごめん、なさい……」
誰に向かっての謝罪かなど、訊かなくともすぐに分かる。その謝罪の言葉に、すっかり萎えた俺は……徐々に理性の枷が戻ってくるのを感じた。
あぁ……最悪な気分だ。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「…………いえ、その気にしないでください」
セリーは俺やソニア姉を巻き込んだこと、そして俺を責めたこと、俺に殺しをさせたことに謝っている……と思う。
「人を殺すのなんて、兵士なんてやってれば日常茶飯事ですから……それに他の協会関係者に伝わる前に阻止できたんですから!それでよしとしましょう!」
「で、でも……」
それでも、セリーは涙を流しながら俺やソニア姉に謝る。
「これくらいしか、してあげられないのよ……私は。本当に何もできない……役立たず。だから、教会に間者がいることだって気がつかなったのよ! 」
俺みたいに、殺すとか……そんなことにしか使えない武力をもっているよりも、人を癒せる力をもったセリーの方がずっと人の役に立っているように思う。ただ、俺とは持ち場が違うだけなのだ。
俺は一度咳払いしてから、切り出した。
「そ、そんなことはいいんですよ……本当に。今はとにかく、マーターさんですよ」
俺が言うと、セリーはコクリと頷いてマーターに目を向けた。
俺もマーターに視線を下ろすと、同時にソニア姉が俺の隣に立つ。
「もう……大丈夫?」
「うん……ありがとう。ごめん……」
「…………うん」
それっきり、ソニア姉との会話はなくなった。また、心配させちゃったなぁ……。
「マーター。教えて……何が目的で貴方達は教会に潜っていたの?何をしに?」
セリーが訊くが、マーターは答えない。目を伏せて、ジッと座っている。同じ目線でマーターを見つめ続けるセリーは、何度も訊いた。
「教えて……マーター」
「…………私からお教えすることは、何もございません」
「マーター……」
どうあっても、口を割る気はないらしい。素晴らしい間者魂である。それを称賛し、是非とも賞状を贈りたいレベル。
とりあえず、思考力の戻った頭を回転させてみる。色々と情報が揃っているが、本人から聞き出せないことには結局憶測の域は出ないが……教会に潜入した目的は、やはり教会内部の情報が目的なのだろう。定番だし……うん。
まあ、もしもそうだとしたら……情報を得てどうするつもりだった?教会の動きを把握してすること……。
「セリーさん。神父っていうのは、教会内だとどれくらい偉いんですか?」
俺が訊ねると、セリーは俺に目を向け、少し困惑気味に答える。
「そう、ね……神父は各地教会のトップにいる神官の下……ね」
となると、マーターがその地位に登るまで時間がかかったのは目に見える。つまり、かなり前から準備されていた何か……目的があるはずだ。
その目的を知るには、現状の魔術協会を知る必要がある。
「こういう時のエキドナだな」
あいつ、色んなところに潜入していたんだし……ぶっちゃけ俺よりも情報通だから奴に頼るのが一番だよね!
完全に他力本願じゃねぇか。
ま、まあ……いいや。
魔術協会の動きを見れば目的は自ずと分かるはずだ。教会勢力を潰すつもりなら、魔術協会が欲しい情報は恐らくシャルラッハ・マクス・ウェルの情報のはずだ。
シャルラッハ・マクス・ウェルは、神聖教会の最大戦力……スーリアント大陸やアスカ大陸において、もっともシェアされている宗教は神聖教なわけだが、その理由は神聖教の勢力がもっとも強いからだ。
言っている意味が分からないだろうが……とにかく、他の宗教を寄せ付けない圧倒的な勢力が神聖教のシェア率の基礎だ。その中核を担うのがシャルラッハという人物。シャルラッハは七人いた伝説の一人なのだ。そんな奴がいたら、他の宗教が手を出せるわけもなく……そのため、神聖教会が勢力を伸ばす邪魔が出来ず、勢力分布は神聖教会が圧倒的だ。
で、魔術協会だが……魔術は宗教とは相対する存在だ。宗教的に、魔術とは神が人間に与えた力だと言っているが、魔術的には人間の進化によるものだと言われる。そんなこんなで、魔術協会は宗教排斥派と呼ばれている。宗教側は魔術を肯定はしているので、この場合は魔術協会排斥派と呼ぶのがいいだろう。
話は戻るが……魔術協会が宗教全般を本気で潰そうと考えているのなら、シャルラッハの動向が一番気になる筈だ。神聖教は多神教だ。他の宗教には寛容で、実は他宗教の殆どが神聖教の庇護下にいる。
魔術協会は、神聖教会を潰さなければ他の宗教も潰せないのだ。しかも、その神聖教には抑止力となるシャルラッハがいる。魔術協会にも伝説の一人がいるが、伝説同士をぶつけるのは得策ではない。しかも、二人とも実力伯仲という。
魔術協会の伝説……『暴食』セルルカ・アイスベートは伝説の中では三番目の実力者だ。そして、神聖教会の伝説……『神聖』シャルラッハ・マクス・ウェルは四番目だ。
となると、魔術協会としては二人をぶつけたくはないはずだ。なら、魔術協会はシャルラッハの動向をチェックするために間者を各地に送っている可能性がある。まあ、これは飽くまで魔術協会が神聖教会と全面戦争をする気があることが前提だけど。
そうでないなら、他に考えられることはなんだろうか。
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他には何か目的になりそうなことはないか……。カマかけしてみるしかないだろうか。
「全面戦争……」
と、呟いてみると面白いようにマーターが肩をビクッとさせる。
ニヤリ。
「なるほど……」
そうなると、教会の目的は民衆を煽るスキャンダルとシャルラッハの動向の把握。そのつもりで、教会に潜入していたのだろう。この教会以外の各地教会にも間者は紛れているはずだ。それはもう大規模な……なら、マーター達間者には必ず連絡が取れるような手段がある。
これほど大規模な作戦、連絡をとり合わなくてはそう成功はしない。それも逐一連絡……方法として一番考えられるのは、マーター達を統括しているリーダー役に報告されていくパターン。そのリーダーが報告を受け、逐一命令を下していることが多い。もちろん、俺の知っている限りってことになるけれども……。
俺が思考を巡らせていると、セリーが俺に問いかけた。
「全面戦争って……どういうことよ」
俺を見上げるようにして、セリーが言う。俺はマーターを一瞥してから、それに答えた。
「僕の憶測でしかないんですけど……魔術協会は神聖教会を潰すために、教会内部に潜っていると思うんですよ。まずは民衆の不信感を煽るためのスキャンダル……そして神聖教会の持つ最大戦力であるシャルラッハの動向の把握……」
チラリとマーターを確認すると、面白いように震えているのが分かった。オモロイ。
「そんなことを……そんなことをしてどうというの?」
「さぁ……そこまでは分かりませんね。何にしても、下らないです」
下らない勢力争いの理由なぞ、知らん。そんなことに、俺たちを巻き込んだのだ。到底、許せることではない。ソニア姉やラエラ母さんに危害を加えるというなら、それら全てを俺が取り除く。
俺が言うと、マーターがガバッと顔を上げた。
「く、下らない……ですと?これは聖戦ですぞ……」
「聖戦……?」
と、俺は訊き返す。言っている意味が分からないんけではなかった。聖戦というのは、正義を持って悪を断罪する戦に用いられる呼称であり、例えば今回の帝国進軍なども聖戦に該当するようだ。
「なにをもって正義なんですか?」
俺が問いかけると、マーターは答える。
「我々こそが正義……魔術は我々が努力を重ねて築き上げた産物です。それを神がどうと……我々が正しく正義のはずなのに、民衆は教会を信じたのです。我々は遠巻きにされた……我々が正しいのにも関わらず!」
たしかに、マーターの言う通り……それ事実だ。まだ、魔術協会が発足したばかりのころに、教会が魔術協会の考えを否定したことで民衆が魔術協会を弾圧したことがあった。
今では各国で魔術協会の必要性が認められ、弾圧を禁じられているが……。
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