一兵士では終わらない異世界ライフ
傷跡
–––グレーシュ・エフォンス–––
社交界……所謂、貴族のパーティーだ。舞踏会はダンスパーティー……ダンスというのも貴族のお上品な奴だ。
社交界パーティーは、舞踏会とは違い、貴族同士の繋がりを作る場所である。これを有効に使えなければ、貴族界では生きていくことが出来ないという……(従者曰く)
「大丈夫、かい?一応、君が今回の主役のようなもの、だ。緊張していないで話してきたらどう、だい?」
ソニア姉の先輩であるエリオットが、グラスを片手に心配そうに俺の肩に触れる。その瞬間、ビクッと寒気が走り、鳥肌が立つ。
「きゃあ!?」
「え?きゃ、きゃあ?」
思わず飛び上がると、エリオットが不審そうに俺を見つめる。その瞳に俺の頬が紅葉……直ぐに目を逸らす。
「い、いえ……大丈夫です」
「いやしかし……」
「大丈夫です」
「しかし」
「大丈夫です」
エリオットは納得したが、眉根を寄せる。
「まあ、大丈夫ならいい、さ。しかし、忘れないように、ね?社交パーティーを舐めてはいけない、よ?下手をすれば、君の家族にも被害が及ぶのだか、ら」
「わ、分かってます分かってます……」
それからエリオットは俺に付いていたがっていたが、どこぞの令嬢に呼ばれて愛想笑いを浮かべながら俺から離れる。
はぁ……やっと離れてくれた。
男と二人っきりって緊張するからいかん……。正直、早く帰りたい。と、俺がげんなりしていると……タンッタンッと軽快な音を立て……アイクの手を借りてパーティー会場へとアリステリア様が姿を現した。
みんなの羨望を集めながら、アリステリア様は優雅に歩き……俺の前で立ち止まる。
マジか……。
「ご機嫌よう。グレーシュ様」
「ごごごご機嫌よう……」
「うふふ、緊張していらっしゃるようですわね?もっと肩の力を抜くといいですわ。ほら、わたくしと繋がりがあると見て皆様がみていらっしゃいますわよ?」
「分かっててやってますよね……?」
「当然ですわ」
満面よ笑みで言い切りやがった。
「これもグレーシュ様のためですわよ?爵位を受けとり、貴族となったのですから、貴族のコネを作るには良い機会ですわ。こういうのは最初が肝心ですのよ?最初に失敗したら無能のレッテルがその後、尾を引くことになりますわ」
アリステリア様からそんなアドバイスをいただいた俺は、まずアイクに目を向ける。
「む……な、なんだ?」
「え、いえ……あの……とても素晴らしい殿方だと思いまして……」
「は?」
アイクは思わずといった風に声を漏らした。やばい……なんか顔が熱い。
「アリステリア様にはギルダブ先輩が付いていますが、それを知っていても傍からみてとてもお似合いに見えます。アリステリア様の隣に立てるなんて、とても素敵な殿方だなと」
「ちょ、ちょっとまてグレーシュ……んんっ、グレーシュ殿」
ここを社交の場だと思い出したのか、アイクが口調を変える。
「な、なんだか様子がおかし」
「そんなことはありません。私は至って普通です。それよりアイク様?宜しければ、私とこれから二人でお話しでも……」
「た、確かにコネを作れとは申し上げましたが……なるほど、まずは知り合いの知り合いからということですのね」
「いえ、お嬢様……グレーシュ殿の目がそこらのご令嬢にも似たような目付きなのですがっ!?」
アイクが焦り出す。だが、俺はそんなことお構いなしにアイクに特攻を仕掛ける。
「さあ、アイク様。参りましょう」
「いや、待て。待ってくれ」
俺は今、アイクを見て興奮している。性的な意味ではない。恋愛的な意味でだ。そう……俺は今男に恋をするようになってしまった。
いえ、ノンケですから……なんて言いながらホモアピールしてきたネット友人。それを斬り捨てていた俺がいた。あんなのはクソだ。今思えば、なぜそんなことをしていたのか自分の頭が正常なのか疑いたくなる。
俺は声を大にして言える。
男が好きだっ!
まあ、こうなった理由は勿論ある。俺が突然男色癖を持った理由が……。
–––クーロン・ブラッカス–––
私が目覚めてから一週間……私は怪我の療養などのために屋敷で過ごしている。ワードンマさんやアルメイサさんは、三日前に冒険者の依頼で遠出している。そのため、屋敷には今日のところはラエラさんとシェーレちゃん……そして、ユーリだけだ。
グレイくんは、なんでも雷帝の戦とエルカナフ内騒動の功績にはより爵位が与えられ、今は社交パーティーに出席している。新しく貴族になったため、その挨拶が主な目的ですが……アリステリアさんが出席されるので荒れそうですね……。
あぁ……アリステリアさん。あの流れる金髪に、美しい容姿。透き通るような声……久しぶりに会ってお話したいですね。
と、そこでトントントンっと私の部屋の扉を叩く音が聞こえたので私は、愛刀の手入れをしていた視線を扉へ向ける。
ガチャッと入ってきたのはラエラさんだ。
「調子はどうですか?」
「はい。お陰さまで、すっかり治りました」
「それはよかった……あ、でもまだ安静にしてくださいね?」
「はい……ん?ラエラさん、頭に葉っぱが……」
「え?あーさっき井戸に水を汲みに行ったときかな……」
「私がとりますよ」
そう言って、私は葉っぱを取って窓から放る。とりあえず、ラエラさんと話すのに刀の刃が出ていると危ないので鞘へ仕舞った。
「ありがとうございます」
「っ……いえいえ」
ラエラさんがニッコリと私にお礼を述べた。それと同時に、私の鼓動が跳ね上がる。なんて美しい笑顔……グレイくんのお母さんですが、魅力的過ぎて我慢するのが難しいです……。
「それじゃあ、ちょっと診察しますねー」
ラエラさんは私の服を脱がせ、肌着だけにすると胸に手を置いて魔力を集中させる。
「〈我が問いに答え・汝の真の姿を晒せ〉【アナライズ】」
【アナライズ】……初歩的な光属性の診察魔術。
ラエラの手から熱が私に伝わり、暖かい光が私を覆う。
あぁ……なんて優しい暖かさなのでしょう。私は思わず、ラエラの手に触れてから己の手を滑れせ……ラエラを抱きしめる。
「え……?あれ?クーロンさんっ!?」
「あぁ、ごめんなさい。私、我慢できそうにも……」
「えぇ!?ま、またですか!」
また……確かに、これは今回が初めてではない。つい二日前も我慢できず抱きしめたのだ。何故か?簡単なことだ。
私が……女の人が好きだからだ。声を大にして言える。
女の人が大好きです!
今まで私は普通に男の人が好きで、そのような趣味はありませんでした。しかし、別に女の人でもいいではありませんか!別に禁止されているわけでもない。重婚が認められているなら、同性でもいいではないか。
そういう……簡単な話。
「いただきます」
「え?あ、クーロンさん!やめっ」
「ニャ!」
「へ?うわっ!?」
私がラエラを食べてしまおうとした時……ユーリが現れた。
私をラエラさんから引き剥がすと、ユーリが私とラエラの間に割って入る。
私は椅子に座ったままユーリと対峙し、無理やり引き剥がされたラエラさんは尻餅を付いて動揺していた。
くっ……あとちょっとだったのに!
しかし、ちょっと冷静になった。無理矢理襲うのはよくない……うん。
それにしても、どうして私はこんな風になってしまったのか……その理由と思われるのは、遡ること私が目覚める一週間前の話になります。
–––グレーシュ・エフォンス–––
「クロロ……」
俺はベッドに横たわる夜髪の女性に呼びかける。反応はなく、ただ彼女は眠り続ける。心臓は鼓動し、肺はたしかに呼吸しているというのに……寝返りを打つことはない。
なるほど……それほど良いポジションで眠れてるんだな!
寝返りをうつのは寝てる体勢が悪いのだという。つまり、今彼女は完璧なポジショニングで眠れているというわけだね。それはよかった。
ベッドに横たわる美しい眠れる大和撫子……クーロン・ブラッカス。先日の戦いで、俺がその手にかけようとした。
起きたら土下座しようと思っていたのだが、一向に起き上がる気配がない。
俺の所為……だよな。
みんなは自分を責める必要はないって言うけれど、これは間違いなく俺の失敗だ。ギルダブ先輩の言うとおりだった。
俺は眠るクロロの前髪を分ける。何かを意図してのことではなく、ただ純粋にそうしたいと思ったからだ。
ふと、俺がクロロを見つめていると……部屋の扉がノックされたので声をかけた。
「どうぞ」
言うと、入ってきたのはエキドナだ。
「ご主人様。来客でございます」
「来客……?」
「はい。ノーラントとエリリーでございますぅ」
「ノーラとエリリーが……」
「はぁい」
「お前もう敬語やめたら?突っ込まないよ?」
「単なる癖でございますぅ」
「言われたら直ぐ直せよ……」
言った直後に語尾を伸ばすな。完全に確信犯だろ、お前……。
「お通ししましょうか?」
「あぁ、頼む。じゃあ、リビングにでも通してくれ」
「畏まりました」
エキドナは言って、部屋から出る。俺も出るか……。
「じゃあ……また来るわ」
俺もクロロに言ってから、部屋を出た。
–––☆–––
一階の両扉となっている玄関まで行くと……エキドナの言うとおり、エリリーとノーラが来ていた。
ただ、様子が変だった。様子……見た目だ。ノーラが左脚を包帯でグルグル巻きにして、左脇に松葉杖を挟み込んで立っている。見れば、左腕も包帯で覆われている。
ノーラもエルカナフ内騒動の後、気を失い……こっちに来て目が覚めたと聞く。その脚や腕が戦いの傷跡だとして……治療魔術で治せなかったのか……?
治療魔術でも治せないものは、確かにある。払うお金がなかったり、犯罪者でなければ治療院で治療を受けられるが……治せない傷というのが、呪い……呪術で受けた傷や、強力な汚染を受けた傷は治せない。治療魔術師の腕に左右されるが……。
「ノーラ……その怪我はどうしたの?」
あって早々……挨拶もせずに俺は訊ねた。そうせざるを得なかった。
ノーラはエリリーに支えられながらも、ニッコリと笑って言った。
「ただの怪我だよ!それより……目が覚めたんだ。元気そうでよかったよ」
「え……?あ、うん……俺は全然……それより」
「パーティーしたんでしょ?ごめんね……行けなくて。エリリーにウチの代わりに行ってって言ったんだけどさー」
「何言ってるの?それよりもノーラの方が大事に決まってるじゃん」
「でも、本当はグレイの生還パーティー行きたかったでしょ?」
「な、何言って……」
俺はポツリと呟く。
生還パーティーなんてどうでもいいじゃないか。そんなもん、ノーラ達だって同じじゃないか。なんで、そんな……。
エリリーの言うとおりだ。そんなことよりも、ノーラだ。確かに祝ってもらって嬉しかったけど、そんなこと……。
「そんなことないよ。ほら、それよりもノーラ?グレイに渡す物があるんでしょ?」
「ん、そうだね!渡そう渡そう!」
そう言って、ノーラがどこから出したのか……箱を俺に差し出した。
これは……?
「これお弁当!生還祝いにウチとエリリーで作ったんだかんね?マジ傑作だから!ちゃんと食べてよ?」
「え、うん……あ、ありがとう」
弁当……そんな怪我してんのになんでそんなもん作ってんだよ。馬鹿じゃねぇか……。
「あと、こっちは……クーロンさん!」
と、ノーラがクロロにもお見舞いの品を持ってきてくれていた。病魔退散のお守り……だからズレてるんだって……。
「ノーラ。折角だし、グレイに食べさせてあげたら?」
クスクスとエリリーが笑いながら言う。ノーラは顔を真っ赤にした。
「い、いいもん!もう用事も終わったし帰る!」
「あーノーラ」
エリリーを振り解き、ノーラは松葉杖をつきながら踵を返す。そんなノーラを俺は呆然と見つめる。
残ったエリリーは、少し険しそうな顔で言った。
「ノーラの脚……あれ怪我じゃないんだよ……」
「え?」
「理由は分からないんだけど……魔力汚染の影響か何かで部分変異してるの」
部分変異……それは魔人化における小規模な変身のことを指す。例えば、腕だけが魔人化したり……など。
「ノーラが……どうして……」
「聞いてないんだね?」
「何を?」
「ノーラ……あの戦いで魔人化してるの……その影響だろうって、フォセリオさんが診察して言ってた」
フォセリオが診察して治せなかったのか。
「でも、あまり触れないであげてね?あと三日もすれば治るそうだし……」
「そ、そっか……あのままじゃないんだ」
「うん。フォセリオさんじゃなかったら、治らなかったかもしれないけどね」
運が良かった……。
何があったのかは深く訊くなとエリリーの目が言っている。
「本人は知らないのか?」
「知らない……覚えてなかった。でも、きっと思い出したらショックを受けると思うの」
「ショック?」
「だから……絶対に何も訊かないであげて」
「わ、わかった」
しかし、何があったというのだろう。俺の方も大概だったが、エリリーの方も大概だったようだ。
とりあえず、あの状態のノーラをこのまま帰すのは忍びない。
俺はノーラの背中を見つめるエリリーから視線を外し……それからノーラに声を投げた。
「ノーラ。折角だし、入らない?お茶出すよ」
クルリと首だけこちらへ向けたノーラは、実に嬉しそうだ。
社交界……所謂、貴族のパーティーだ。舞踏会はダンスパーティー……ダンスというのも貴族のお上品な奴だ。
社交界パーティーは、舞踏会とは違い、貴族同士の繋がりを作る場所である。これを有効に使えなければ、貴族界では生きていくことが出来ないという……(従者曰く)
「大丈夫、かい?一応、君が今回の主役のようなもの、だ。緊張していないで話してきたらどう、だい?」
ソニア姉の先輩であるエリオットが、グラスを片手に心配そうに俺の肩に触れる。その瞬間、ビクッと寒気が走り、鳥肌が立つ。
「きゃあ!?」
「え?きゃ、きゃあ?」
思わず飛び上がると、エリオットが不審そうに俺を見つめる。その瞳に俺の頬が紅葉……直ぐに目を逸らす。
「い、いえ……大丈夫です」
「いやしかし……」
「大丈夫です」
「しかし」
「大丈夫です」
エリオットは納得したが、眉根を寄せる。
「まあ、大丈夫ならいい、さ。しかし、忘れないように、ね?社交パーティーを舐めてはいけない、よ?下手をすれば、君の家族にも被害が及ぶのだか、ら」
「わ、分かってます分かってます……」
それからエリオットは俺に付いていたがっていたが、どこぞの令嬢に呼ばれて愛想笑いを浮かべながら俺から離れる。
はぁ……やっと離れてくれた。
男と二人っきりって緊張するからいかん……。正直、早く帰りたい。と、俺がげんなりしていると……タンッタンッと軽快な音を立て……アイクの手を借りてパーティー会場へとアリステリア様が姿を現した。
みんなの羨望を集めながら、アリステリア様は優雅に歩き……俺の前で立ち止まる。
マジか……。
「ご機嫌よう。グレーシュ様」
「ごごごご機嫌よう……」
「うふふ、緊張していらっしゃるようですわね?もっと肩の力を抜くといいですわ。ほら、わたくしと繋がりがあると見て皆様がみていらっしゃいますわよ?」
「分かっててやってますよね……?」
「当然ですわ」
満面よ笑みで言い切りやがった。
「これもグレーシュ様のためですわよ?爵位を受けとり、貴族となったのですから、貴族のコネを作るには良い機会ですわ。こういうのは最初が肝心ですのよ?最初に失敗したら無能のレッテルがその後、尾を引くことになりますわ」
アリステリア様からそんなアドバイスをいただいた俺は、まずアイクに目を向ける。
「む……な、なんだ?」
「え、いえ……あの……とても素晴らしい殿方だと思いまして……」
「は?」
アイクは思わずといった風に声を漏らした。やばい……なんか顔が熱い。
「アリステリア様にはギルダブ先輩が付いていますが、それを知っていても傍からみてとてもお似合いに見えます。アリステリア様の隣に立てるなんて、とても素敵な殿方だなと」
「ちょ、ちょっとまてグレーシュ……んんっ、グレーシュ殿」
ここを社交の場だと思い出したのか、アイクが口調を変える。
「な、なんだか様子がおかし」
「そんなことはありません。私は至って普通です。それよりアイク様?宜しければ、私とこれから二人でお話しでも……」
「た、確かにコネを作れとは申し上げましたが……なるほど、まずは知り合いの知り合いからということですのね」
「いえ、お嬢様……グレーシュ殿の目がそこらのご令嬢にも似たような目付きなのですがっ!?」
アイクが焦り出す。だが、俺はそんなことお構いなしにアイクに特攻を仕掛ける。
「さあ、アイク様。参りましょう」
「いや、待て。待ってくれ」
俺は今、アイクを見て興奮している。性的な意味ではない。恋愛的な意味でだ。そう……俺は今男に恋をするようになってしまった。
いえ、ノンケですから……なんて言いながらホモアピールしてきたネット友人。それを斬り捨てていた俺がいた。あんなのはクソだ。今思えば、なぜそんなことをしていたのか自分の頭が正常なのか疑いたくなる。
俺は声を大にして言える。
男が好きだっ!
まあ、こうなった理由は勿論ある。俺が突然男色癖を持った理由が……。
–––クーロン・ブラッカス–––
私が目覚めてから一週間……私は怪我の療養などのために屋敷で過ごしている。ワードンマさんやアルメイサさんは、三日前に冒険者の依頼で遠出している。そのため、屋敷には今日のところはラエラさんとシェーレちゃん……そして、ユーリだけだ。
グレイくんは、なんでも雷帝の戦とエルカナフ内騒動の功績にはより爵位が与えられ、今は社交パーティーに出席している。新しく貴族になったため、その挨拶が主な目的ですが……アリステリアさんが出席されるので荒れそうですね……。
あぁ……アリステリアさん。あの流れる金髪に、美しい容姿。透き通るような声……久しぶりに会ってお話したいですね。
と、そこでトントントンっと私の部屋の扉を叩く音が聞こえたので私は、愛刀の手入れをしていた視線を扉へ向ける。
ガチャッと入ってきたのはラエラさんだ。
「調子はどうですか?」
「はい。お陰さまで、すっかり治りました」
「それはよかった……あ、でもまだ安静にしてくださいね?」
「はい……ん?ラエラさん、頭に葉っぱが……」
「え?あーさっき井戸に水を汲みに行ったときかな……」
「私がとりますよ」
そう言って、私は葉っぱを取って窓から放る。とりあえず、ラエラさんと話すのに刀の刃が出ていると危ないので鞘へ仕舞った。
「ありがとうございます」
「っ……いえいえ」
ラエラさんがニッコリと私にお礼を述べた。それと同時に、私の鼓動が跳ね上がる。なんて美しい笑顔……グレイくんのお母さんですが、魅力的過ぎて我慢するのが難しいです……。
「それじゃあ、ちょっと診察しますねー」
ラエラさんは私の服を脱がせ、肌着だけにすると胸に手を置いて魔力を集中させる。
「〈我が問いに答え・汝の真の姿を晒せ〉【アナライズ】」
【アナライズ】……初歩的な光属性の診察魔術。
ラエラの手から熱が私に伝わり、暖かい光が私を覆う。
あぁ……なんて優しい暖かさなのでしょう。私は思わず、ラエラの手に触れてから己の手を滑れせ……ラエラを抱きしめる。
「え……?あれ?クーロンさんっ!?」
「あぁ、ごめんなさい。私、我慢できそうにも……」
「えぇ!?ま、またですか!」
また……確かに、これは今回が初めてではない。つい二日前も我慢できず抱きしめたのだ。何故か?簡単なことだ。
私が……女の人が好きだからだ。声を大にして言える。
女の人が大好きです!
今まで私は普通に男の人が好きで、そのような趣味はありませんでした。しかし、別に女の人でもいいではありませんか!別に禁止されているわけでもない。重婚が認められているなら、同性でもいいではないか。
そういう……簡単な話。
「いただきます」
「え?あ、クーロンさん!やめっ」
「ニャ!」
「へ?うわっ!?」
私がラエラを食べてしまおうとした時……ユーリが現れた。
私をラエラさんから引き剥がすと、ユーリが私とラエラの間に割って入る。
私は椅子に座ったままユーリと対峙し、無理やり引き剥がされたラエラさんは尻餅を付いて動揺していた。
くっ……あとちょっとだったのに!
しかし、ちょっと冷静になった。無理矢理襲うのはよくない……うん。
それにしても、どうして私はこんな風になってしまったのか……その理由と思われるのは、遡ること私が目覚める一週間前の話になります。
–––グレーシュ・エフォンス–––
「クロロ……」
俺はベッドに横たわる夜髪の女性に呼びかける。反応はなく、ただ彼女は眠り続ける。心臓は鼓動し、肺はたしかに呼吸しているというのに……寝返りを打つことはない。
なるほど……それほど良いポジションで眠れてるんだな!
寝返りをうつのは寝てる体勢が悪いのだという。つまり、今彼女は完璧なポジショニングで眠れているというわけだね。それはよかった。
ベッドに横たわる美しい眠れる大和撫子……クーロン・ブラッカス。先日の戦いで、俺がその手にかけようとした。
起きたら土下座しようと思っていたのだが、一向に起き上がる気配がない。
俺の所為……だよな。
みんなは自分を責める必要はないって言うけれど、これは間違いなく俺の失敗だ。ギルダブ先輩の言うとおりだった。
俺は眠るクロロの前髪を分ける。何かを意図してのことではなく、ただ純粋にそうしたいと思ったからだ。
ふと、俺がクロロを見つめていると……部屋の扉がノックされたので声をかけた。
「どうぞ」
言うと、入ってきたのはエキドナだ。
「ご主人様。来客でございます」
「来客……?」
「はい。ノーラントとエリリーでございますぅ」
「ノーラとエリリーが……」
「はぁい」
「お前もう敬語やめたら?突っ込まないよ?」
「単なる癖でございますぅ」
「言われたら直ぐ直せよ……」
言った直後に語尾を伸ばすな。完全に確信犯だろ、お前……。
「お通ししましょうか?」
「あぁ、頼む。じゃあ、リビングにでも通してくれ」
「畏まりました」
エキドナは言って、部屋から出る。俺も出るか……。
「じゃあ……また来るわ」
俺もクロロに言ってから、部屋を出た。
–––☆–––
一階の両扉となっている玄関まで行くと……エキドナの言うとおり、エリリーとノーラが来ていた。
ただ、様子が変だった。様子……見た目だ。ノーラが左脚を包帯でグルグル巻きにして、左脇に松葉杖を挟み込んで立っている。見れば、左腕も包帯で覆われている。
ノーラもエルカナフ内騒動の後、気を失い……こっちに来て目が覚めたと聞く。その脚や腕が戦いの傷跡だとして……治療魔術で治せなかったのか……?
治療魔術でも治せないものは、確かにある。払うお金がなかったり、犯罪者でなければ治療院で治療を受けられるが……治せない傷というのが、呪い……呪術で受けた傷や、強力な汚染を受けた傷は治せない。治療魔術師の腕に左右されるが……。
「ノーラ……その怪我はどうしたの?」
あって早々……挨拶もせずに俺は訊ねた。そうせざるを得なかった。
ノーラはエリリーに支えられながらも、ニッコリと笑って言った。
「ただの怪我だよ!それより……目が覚めたんだ。元気そうでよかったよ」
「え……?あ、うん……俺は全然……それより」
「パーティーしたんでしょ?ごめんね……行けなくて。エリリーにウチの代わりに行ってって言ったんだけどさー」
「何言ってるの?それよりもノーラの方が大事に決まってるじゃん」
「でも、本当はグレイの生還パーティー行きたかったでしょ?」
「な、何言って……」
俺はポツリと呟く。
生還パーティーなんてどうでもいいじゃないか。そんなもん、ノーラ達だって同じじゃないか。なんで、そんな……。
エリリーの言うとおりだ。そんなことよりも、ノーラだ。確かに祝ってもらって嬉しかったけど、そんなこと……。
「そんなことないよ。ほら、それよりもノーラ?グレイに渡す物があるんでしょ?」
「ん、そうだね!渡そう渡そう!」
そう言って、ノーラがどこから出したのか……箱を俺に差し出した。
これは……?
「これお弁当!生還祝いにウチとエリリーで作ったんだかんね?マジ傑作だから!ちゃんと食べてよ?」
「え、うん……あ、ありがとう」
弁当……そんな怪我してんのになんでそんなもん作ってんだよ。馬鹿じゃねぇか……。
「あと、こっちは……クーロンさん!」
と、ノーラがクロロにもお見舞いの品を持ってきてくれていた。病魔退散のお守り……だからズレてるんだって……。
「ノーラ。折角だし、グレイに食べさせてあげたら?」
クスクスとエリリーが笑いながら言う。ノーラは顔を真っ赤にした。
「い、いいもん!もう用事も終わったし帰る!」
「あーノーラ」
エリリーを振り解き、ノーラは松葉杖をつきながら踵を返す。そんなノーラを俺は呆然と見つめる。
残ったエリリーは、少し険しそうな顔で言った。
「ノーラの脚……あれ怪我じゃないんだよ……」
「え?」
「理由は分からないんだけど……魔力汚染の影響か何かで部分変異してるの」
部分変異……それは魔人化における小規模な変身のことを指す。例えば、腕だけが魔人化したり……など。
「ノーラが……どうして……」
「聞いてないんだね?」
「何を?」
「ノーラ……あの戦いで魔人化してるの……その影響だろうって、フォセリオさんが診察して言ってた」
フォセリオが診察して治せなかったのか。
「でも、あまり触れないであげてね?あと三日もすれば治るそうだし……」
「そ、そっか……あのままじゃないんだ」
「うん。フォセリオさんじゃなかったら、治らなかったかもしれないけどね」
運が良かった……。
何があったのかは深く訊くなとエリリーの目が言っている。
「本人は知らないのか?」
「知らない……覚えてなかった。でも、きっと思い出したらショックを受けると思うの」
「ショック?」
「だから……絶対に何も訊かないであげて」
「わ、わかった」
しかし、何があったというのだろう。俺の方も大概だったが、エリリーの方も大概だったようだ。
とりあえず、あの状態のノーラをこのまま帰すのは忍びない。
俺はノーラの背中を見つめるエリリーから視線を外し……それからノーラに声を投げた。
「ノーラ。折角だし、入らない?お茶出すよ」
クルリと首だけこちらへ向けたノーラは、実に嬉しそうだ。
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