話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

陛下、そこはいけません!~愛しの花嫁はやわぷに令嬢~

斉河燈

プロローグ (2)

 そのままなんとなく後ろを歩きながら耳をすませていると、次に令嬢のひとりが「シャルロットさまって」とだか声をひそめた。

「お家柄もいいし、おおらかでお優しくて、以前慈善バザーに貢献したとして表彰までされているでしょ。貴族令嬢のかがみなのに、まだ独身でいらっしゃるなんてねえ」

「すこしおせになられたら殿方から引く手あまになりそうなのに……もったいないわ」

 賛辞であるはずの言葉は、ことごとくあわれみの響きを持っている。

「あら。それを言ってはだめよ」

 と言ったのは、集団の中心にいる財務大臣の娘だった。

「シャルロットさまのいいところは、誰に対しても毒にならないところよ。あのままでいてくださらなければ、わたくしたちにとって脅威だわ」

 ね、と同意を求める声には、そそのかすような気配があった。

「そうね。シャルロットさま、特別着飾ったりはなさらないけれど、お肌もつやつやで素地はとてもいいんですもの。お瘦せになって恋のライバルにでもなられては困るわ」

「それはごもっともだわ! ねえ、今日もみんなでそうしんマッサージに行かない? 今度の舞踏会こそ、うるわしの陛下の目に留まるように」

「賛成っ。行きましょ、行きましょ」

 去っていく派手な集団を見送り、シャルロットは人ごみの中で短くため息をつく。

(瘦せたら、ね。やはりみんな、そう思うのね)

 こんな事態は初めてではない。

 ルルのように見た目など気にしない友人もいるが、シャルロットをただ太めというだけで見くだす者たちもそれなりにいる。素地はいいと褒めながらも、瘦せなければ恋のライバルにはならないと考えている彼女たちはまだ毒が少ないほうだ。

 プライドの高い貴族令息たちは、もっとひどい。舞踏会の席で罰ゲームと称してシャルロットをダンスに誘い、踊る姿を見ては「子豚のワルツだ」などとするのだから。

 もちろん当初は傷ついたし泣きもしたが、父に言いつける気にはならなかった。

 父の権力を笠に着て、彼らを罰しても気分が晴れないのはわかりきっている。罰せられた彼らを見てスッキリしたいと思うほど、シャルロットはひねくれてはいない。

 それに、娘が笑い者にされていると知ったら父は心を痛めるにちがいない。

 それで黙って笑われているうちになんだかあきれてしまって、暇なのね、と今では彼らをびんにさえ思っている。

 そう、気にしないことだ。誰になにを言われようと。

「はあ、もうお腹ぺこぺこ」

 ずっしり重いランチの包みを抱え、シャルロットは丘の上のかしの木を目指す。

 大木の根もとに、おあつらえ向きの白い木製のベンチが置かれていた。

 さわさわと涼しげに枝葉が揺れる中、膝の上でチェック地の包みを広げると、本日のランチはバゲット一本分のサンドイッチだった。新鮮なレタスとジューシーな鴨のロースト、そしてチーズとパプリカを挟んだ見た目も鮮やかな一品だ。

「農家のみなさまと調理室のみなさまに心から感謝して、ありがたくいただきます」

 周囲に人の目がないことを確認し、シャルロットは三等分にされたバゲットの真ん中部分に早速大口でかぶりついた。

「ん、んん、美味しい……」

 シャルロットは食べるのが好きだ。

 食べている間は、どんなに悲しいことでも忘れていられる。

 はじまりは、母の過保護だった。シャルロットの前に生まれた娘を乳児の頃に亡くした母は、すこしでも娘の食が細れば「病気なの!?」と大騒ぎする。だから物心ついた頃には、しっかり食べる生活だった。

 そこへきてローヴェルニュ家の料理長の腕は王国一、食事のみならずおやつも美味なもののオンパレードだったから、思春期以降もシャルロットのライフスタイルは変わらぬまま。

 流行りのドレスは着られないが、せっかく食べるなら美味しく食べたい。食べ物にかかわる人の気持ちはジャム作りを通してよく知っているし、彼らに感謝すればこそ残さず平らげずにはいられない。

 それがシャルロットという人間なのだった。

「これ、コケモモジャムを添えたらもっと美味しくなるんじゃないかしら」

 思いついてジャムの試食瓶を取ってきて、サンドイッチにとろりと挟む。予想は的中、よりジューシーさを増した鴨の感触にシャルロットはもぐもぐと満悦の笑みを浮かべる。

「最高……」

 丸い頰がじわぁっと、喜びに染まった。

(サンドイッチが美味しいから、今日はいい日よ)

 単純だが、自分にとっての毎日はこれでいい。

 多くは望まない。

 すてきな恋のロマンスには、手が届かないとわかっている。だが衣食住に困らず、両親にも兄にも大切にされて、ジャム作りで王国に貢献するという使命もある。

 それで充分ではないか。

「……ふぅ、ごちそうさまでした」

 昼食をきれいに完食し、テントに戻ると黒い政務服姿の男性がいた。きっちりと整えられたくちひげに、白いものの混じった頭髪、乱れのないえりもと……父のジョルジュだ。

「お父さま! 来てくださったのですかっ」

 駆け寄ると、頭をぽんぽんとでられる。

「ああ。シャルロット、おまえの頑張りを見に来たぞ。いいか、国家に尽くすのは立派だが、くれぐれも無理はするな。おまえに倒れられたら、わしは正気ではいられなくなる。あの心配性の母さんも倒れてしまうからな」

「ええ、わかっておりますわ、お父さま」

 父はシャルロットにすこぶる甘い。というより、母と同じく心配性でもあるのだろう。頑張りを見に来たと言いながら、実際、無理をしていないかを確かめに来た顔をしている。

 多少無理をしたところでシャルロットは簡単に倒れるような人間ではないのだが、ひとまず、木箱を運んでいるさまを見られなくてよかった。あんなに重いものを運んでいると知られたら、使用人の数を増やして対応されかねない。

「これは差し入れだ。おまえの好物のマドレーヌだぞ。ジャム販売の仕事は使用人に任せて、おまえはおやつ休憩にでもしなさい」

「ありがとうございます、お父さま」

「儂は政務に戻る。いいか、もう一度言うが無理は禁物だぞ」

 山盛りの焼き菓子を置いてジョルジュが去ると、リダがジャム販売の手を止めて言う。

「お嬢さま、昼食の直後ですがおやつの時間になさいますか?」

 シャルロットは首を左右に振った。

 昼食の直後でお腹はいっぱいだ。それに、もう、日も傾きはじめている。

 ジャムの在庫は残りわずかだし、そろそろ撤収の準備を始めなければ。バザーの終了直後は道が馬車で混み合うから、早めに撤収するのがいいだろう。

からの木箱を荷車に積みはじめましょう。食事が済んでいない者がいればすぐに食べて、それ以外で手がいている者は木箱を運んでちょうだい」

「陛下、そこはいけません!~愛しの花嫁はやわぷに令嬢~」を読んでいる人はこの作品も読んでいます