陛下、そこはいけません!~愛しの花嫁はやわぷに令嬢~

斉河燈

プロローグ (1)



プロローグ



 春らしいやわらかな日差しのもと、王城の庭園にはテントが並ぶ。

 通路に沿って生成色の帆布を広げたさまは、さながら乳の川といったところ。

 連なるテントの店先に置かれているのは新鮮な農作物、保存食、花、本にちょっとした家具。すべてが貧民院への支援を目的とした、慈善バザーの品物だ。

 普段ひと気のない噴水周辺では、国立楽団が優雅なワルツを奏で、買い物好きの貴族令嬢たちは気ままにおしゃべりや散策を楽しんでいた。

「よいしょ、っと」

 ジャム瓶のぎっしり詰まった重い木箱を持って、シャルロットは人ごみを行く。

 透明の瓶の中、色とりどりの液にたゆたう果物たちは、どれも形がゆるく柔らかで、まるで水中で心地よくまどろんでいるかのよう。

 だから慎重な足取りは、ますます丁寧になる。

 ぎゅっと詰まったおだやかな夢を壊さないため。

 瓶の中の優しい眠りをさまたげないためにも、いっそう大切に運ばなければ……と。

「ふぅ、おまたせ。これで在庫は全部よ。今日も売りきっちゃいましょ」

 息を弾ませテントに戻れば、髪を高くくくったメイド服の女性が駆け寄ってくる。

「お疲れさまです、シャルロットお嬢さま。重かったでしょう。あとは私が運びます」

 リダだ。シャルロット付きの侍女として長い彼女は、さつそうと木箱を受け取ろうとした。

「大丈夫よ。もうそこに置くだけだし、わたしが運ぶって言ったのだし」

「ですが、お嬢さまに任せきりでは侍女失格ですわ。旦那さまにも叱られてしまいます」

 しかし木箱を持ち上げたリダは、重さに耐えかねて大きくよろけた。尻もちをつきそうになったところで、シャルロットが支えたが。

「大丈夫?」

「もっ、申し訳ありません、お嬢さまっ」

「ふふ、そんなにあわてないで。わたし、安定感だけは抜群なの。ほら、この体型でしょ?」

 丸い肩をすくめると、シャルロットは厚みのある体を揺らして小さく笑った。

 淡い栗色の巻き髪に縁取られた丸い頰に、はちきれそうな胸。紺のドレスで覆い隠した、大きめのヒップ。シャルロット・ローヴェルニュは十九の誕生日を過ぎて、未だにおさなのようにふくふくしている。

 流行りのドレスを身につけるのは、もうあきらめた。

 何度か特注で流行のデザインを大きめに作ってもらったりもしたのだが、形が同じであるぶん、細身の体できっちりと着こなした令嬢と並ぶと明らかに「ちがう」のだ。

 ジュエリーもあまり身につけない。

 指輪もブレスレットもネックレスも、もれなく食い込んで痛いからだ。銀の産出で栄えたこの王国において、銀の宝飾品を身につけない貴族令嬢はシャルロットくらいだろう。

「いらっしゃいませ、ジャムはいかがかしら?」

 だからシャルロットは今日も、飾りっ気のない素朴な笑顔を存分にふりまく。

「試食もありますわ。さ、よろしければぜひ」

 このジャム──シャルロットが手がけた色とりどりのジャムは、慈善バザーの名物だ。

 ローヴェルニュ伯爵家の領地で栽培した果物や花をふんだんに使い、美食家のシャルロットが味にも色にもこだわって仕上げている。宝石のような見た目もさることながら、味わいも天下一品となれば、行列が途切れたことはない。

「シャルロット!」

 そこに桃色のドレスを身につけた令嬢が駆けてくる。シャルロットは振り返り、その途端、正面から抱きつかれて「わ」と思わず声を上げた。

「シャルロット、会いたかったっ」

「ル、ルル!」

 濃いめのブロンドの髪に、鹿のように長い手足。同い年のルル・レニエはシャルロットと同じく伯爵家の令嬢で、幼い頃から親交の深かった妹のような存在だ。

 成長するにつれてぐんぐん縦に伸びすぎたルルと、縦に伸びきれずふくよかになったシャルロットとでは、外見上はでこぼこ感があるものの、唯一無二の大親友なのだった。

「ルル、今日はひとりなの? 宮廷伯……おじさまは?」

「父は兄と一緒に狩猟へ行ったわ。シャルロットのお兄さまも一緒だって聞いたわよ。はあ、やっぱりシャルロットの抱き心地は最高……。あったかくてふわふわもちもちで、ジャムの甘い匂いがかすかに香って……焼きたてのパンみたい……パン好き……」

「ありがと。わたしもパン、大好きよ」

「もう、毎日シャルロットと一緒にいられる宰相さまがうらやましいったらないわ。『娘と一緒にいると癒される』って、事あるごとにおっしゃっているって父から聞いているわよ」

「ふふ」

 シャルロットの父なら言いそうな台詞だ。

 父ジョルジュは先王の時代から二十年以上にわたり王国で宰相を務める切れ者だが、娘にはとびきり甘い。それこそ、はちみつよりもずっとだ。シャルロットがもう年頃だというのに縁談のひとつも持ってこないのは、すこしでも長く娘を手元に置いておきたいからだろうとうわさになるほど。

 ちなみに、その父の部下として政務官を務めるのがルルの父であり、さらにその下で忙しなく働いているのがルルの兄とシャルロットの兄、という関係なのだった。

「会えてよかったわ、シャルロット。忙しそうだからまたあとで寄るわね。私、ほかにお使い物もあるのよ。母から、しゆうに使う糸を頼まれていて……じゃ、頑張ってね」

「ええ。ありがとう、ルル」

 去っていく親友を見送り、行列の客を引き続きさばく。そうして一段落すると、シャルロットは遅い昼食を取ることにした。

 開店したらすぐに食べようと思っていたのに、活気あるバザーの雰囲気が楽しくてすっかり後回しにしてしまっていた。使用人たちには早く食べるよう促しながら、自らの休憩をおろそかにするなんて褒められたことじゃない。

 木箱から昼食の包みを取り出し、テントを出ようとする。

 と、レースの日傘をさした令嬢の集団が歩いていくところに出くわした。

「みなさん、レディ・シャルロットのジャムはもうお買い上げになりまして?」

「ええ、もちろん! 慈善バザーの名物ですもの。わたし、ブルーベリーとローズジャムを買いましたわ」

「私はイチゴをひと瓶と、カスタード風味というのも買ってみましたの。焼き菓子にも紅茶にも合いますし、シャルロットさまは本当にお料理のセンスがおありね」

 後方にシャルロットがいることに気づいていないのだろう。流行最先端のドレスに身を包み、銀細工のイヤリングを揺らしながらジャムを絶賛している。

(お褒めの言葉をいただけるとは、ありがたいことだわ)

 シャルロットはほくほくしてしまう。

 ジャム作りは趣味の「食べること」から始まった特技だが、それで誰かに喜んでもらえるうえ、慈善活動にもなるとはうれしい限りだ。

 飛び出していってありがとうと握手したいのはやまやまだったが、彼女たちも本人に聞かれているとは予想していないだろうし、驚かせてしまっては申し訳ない。

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