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お試し結婚はじめました。イケメン従兄にめちゃくちゃ甘やかされています

葉嶋ナノハ

お試し結婚はじめました。 イケメン従兄にめちゃくちゃ甘やかされています (3)

「だから、香菜美が僕と結婚することが、仕事と住む場所を提供する条件。見返りもなしに、そんなにいい条件を出すわけがないでしょ」

「はあっ?」

 思わずソファから立ち上がって慧を見下ろす。

「わたっ、私とけっ? 慧く、慧くんが、けっ、結婚?」

「そうだよ」

 慧はすまし顔でコーヒーを飲んだ。まるで驚いている香菜美のほうがどうかしているとでもいうように。

「だって私たち……いとこだよ?」

「いとこは結婚できるでしょ」

「それは、そうだけど。でもなんで急に結婚なんて──」

「香菜美のことが好きだから」

 告白のような慧の言葉に香菜美の心臓がきゅんっとした。だが、本気にしてはいけない。

「……そんなの、嘘」

「嘘じゃないよ」

「でも私を好きっていうのは嘘だよ。いままでだって、ううん、いまも私になんて全然興味ないでしょ?」

「そんなことないよ。僕は香菜美にずっと興味があって、ずーっと香菜美のことが大好きだったよ」

 軽い口調のせいで愛の告白にはとうてい思えず、香菜美は腹が立つどころか、泣きそうな気持ちになってしまった。

「さらっとそんなこと言って、そんな……告白のしかたないよ。本気で言っているようには見えない……!」

「信じられない?」

「うん」

「それなら香菜美に信じてもらえるようにするから」

「ど、どうやって?」

「それは僕の家にきてからのお楽しみ」

 慧が優しくほほんだ。この笑顔にはどうしても弱い。

「まぁ、いきなり結婚っていっても実感ないだろうから、最初は気楽に東京においでよ。おじさんもおばさんも安心するだろうし、香菜美もいいわけしなくてすむじゃない」

「……それはそうかも、だけど」

 確かに、父母によけいなことを言わなくてすむのは助かる。

 何よりあこがれていた東京での生活だ。──それも、初恋の相手である、慧と。

 香菜美はコーヒーを飲みほす慧をチラリと見た。

 慧の兄ふたりも、それぞれ優しいイケメンだと思う。だが慧はあまりふたりには似ておらず、一番端整な顔立ちをしている。さらに末っ子独特の奔放さと、気難しさと優しさを合わせもち、どこか兄たちとは違う危うい雰囲気が漂っていた。だからなのだろう、昔から女性にとてもモテるのである。

 ゆえに、香菜美はまだ慧の気持ちが信じられない。東京にいて若き社長として会社を経営し、この容姿だ。女性の影がないわけがない。

「いきなり結婚しようって言うんじゃないよ。まずは新婚生活のシミュレーションをしよう。それで香菜美がどうしても無理っていうなら結婚はあきらめる」

「新婚、生活……?」

 つぶやきながら、あらぬことを考えてしまう。

 新婚といえばラブラブの、熱々の、恋人同士から昇格したばかりの最高潮のときではないのか。べたべた、いちゃいちゃしているカップルの様子しか想像できない。それを自分と慧がシミュレーション? 想像しただけで顔から火が出る。

「大丈夫。香菜美が僕の気持ちを信用してくれるまで、絶対に手は出さないよ」

 ──手は出さない。

 慧が自分のために放った紳士的な言葉だ。なのに、香菜美は元カレの仕打ちのせいで、それを素直な意味に取ることができなかった。

「それならいいだろ?」

 香菜美が貞操を気にしていると思ったのだろう。釈然としないながらもうなずいた。

「……うん」

「じゃあ決まりだね。早速、来週にでもおいで」

「ら、来週?」

「何も用意する必要はないから大丈夫でしょ。家電はもちろんだが、香菜美が使える家具もベッドもある。足りないものはなんでも買ってあげるから、着の身着のままでいい」

 と、満面の笑みをたたえた。

 提案されたことに納得がいったわけではない。慧が自分を好きで結婚したいなどと、いまだに信じられない。しかし東京で働いて生活したいという思いは否めなかった。とはいえ、それだけが決め手ではない。

 慧は、両親ですら言ってくれなかった「おかえり」の言葉を、香菜美にまっさきにかけてくれた。ささいなことかもしれないが、香菜美にはそれがとても……嬉しかった。だから、その慧がどうしてこんなことを言い出すのか、彼のそばにいて知りたくなったのだ。

 両親を介しているのだから、慧だって香菜美に無理強いはしないだろう。何かあれば、すぐに帰ればいい。


 オートロックを開けた香菜美は、マンション内に入った。

「十五階、ね」

 エントランスにコンシェルジュの女性がふたりいる。

「おかえりなさいませ」

 にこやかなあいさつを向けられた。

「あ、ただいま、です」

 社員寮にいた管理人のようなものだろうが、コンシェルジュたちが美しすぎてこちらが恐縮してしまう。

 エレベーターで上階へ。慧の部屋のドアを開けた。カード式のオートロックだ。まるでホテルのようである。

「お邪魔します」

 玄関を一歩入って思う。

「人のおうちのにおいだ……」

 というか「慧のにおい」だ。

 彼がつけているフレグランスか、ボディーソープか、柔軟剤かはわからないが、それらの人工的な香りと、幼いころから知っている彼のにおいが混ざった、心地のいいものだ。

 香菜美は深呼吸する。初めて訪れたのに、まるで自分の家に帰ってきたように安心した。

 慧に結婚の条件を提案されてから十日後。昼前に慧のマンションへ到着した。

 香菜美は前もって慧に渡されていた鍵を使い、彼のマンションへやってきた。香菜美の荷物はすでに届いているはずだ。

 靴を脱いであがった香菜美は、そばの洗面所に入ってみる。間取り図を送ってもらっていたので、場所はすぐにわかった。

 慧は几帳面きちょうめんらしく、大きな鏡はぴかぴかに磨かれ、よけいなものはいっさい置いていない。タオルも清潔だ。

 手を洗い終わった香菜美は奥のリビングへ進んだ。ドアを開けた香菜美の視界が、ぱっと広がる。

「すごくいい眺め!」

 目に飛びこんできた大きな窓に近づく。ここは角部屋なので、東と南の二面に窓がある。

 少し離れた場所にビル群が立ち並び、下のほうには桜のピンクがちらほら見えた。ビルの間をせわしなく行きかう車はおもちゃのようだ。

 ここは東京の二十三区内、おもてさんどうの駅からあおやま方面に十分ほど歩いた場所のマンションだ。慧の会社が徒歩圏内にある。

「都会だぁ……!」

 都内に遊びにくることはあったが、住むのはもちろん初めてである。

 興奮気味の気持ちでリビングをふりかえった。ベージュのソファが中央に置かれ、その前には木製のダークブラウンのコーヒーテーブルがある。そこに紙がのっていた。

『香菜美へ。届いた段ボールは、玄関を入って手前から二番目の右側の部屋にある。香菜美はその部屋を使って。ソファやデスク、クローゼットも自由にしていいからね。ダイニングテーブルにおにぎりを作っておいてある。昼に食べるといい。夕飯は買って帰るから何も作らなくていいよ 慧』

「おにぎり?」

 リビングから続く対面式のキッチンに目を向ける。コーヒーテーブルとおそろいのダイニングテーブルが置かれていた。

 テーブルの上には三角形に握られたおにぎりが並び、ラップがかけてある。ラップにつけられた付箋メモは、梅おかか、焼きたらこ、鮭バターと書かれていた。冷蔵庫にコールスローが入っている、とも。

「慧くんのおにぎり、私が作るおにぎりより上手だよ……」

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