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美しき放蕩貴族の悩ましき純愛

泉野ジュール

プロローグ / 第1章「君を探していたんだ」 (1)




  プロローグ




 昔々あるところに、それはそれは見目うるわしい青年がおりました。

 青い瞳。獅子ししのたてがみのような濃い金髪。優れたたい

 誰もがこの青年の美貌に見惚みとれました。

 この青年の家族には、尊敬する父親、美しくたおやかな母親、そして可愛かわいらしい妹がありました。青年は真面目で思慮深い性格で、人目を引く派手な外見にもかかわらず、社交界に出るより父親の領地で本を読んだり、馬に乗って駆け回ったり、家族と過ごしたりするのを好みました。

 そんな青年にとって、彼を慕う年の離れた妹は、特に愛着のある存在でした。

 しかし、そんな青年も年頃になると、大陸で見聞を広める旅へ出る時が来ました。

「早く帰ってきてね。そしてたくさんお話を聞かせて」

 そう涙ぐみながらも明るく青年を送り出そうとする妹に、青年は約束しました。

 必ず帰ってくるよ。

 大陸の珍しい話をたくさんしてあげよう。

 わたしが帰ってくる頃、きっと君は年頃の娘だから、君にふさわしい結婚相手はわたしが見つけてあげよう。約束だ。


 そして数年の歳月が過ぎ、青年の見聞を広める旅も終わりを告げる時が来ました。

 いくつもの思い出と、愛する家族への土産品みやげひんを荷物いっぱいにつめ終えた青年のもとに、ある知らせが届きました。

 残酷な知らせが。

『妹君が急なお病気です。ご両親はたいそう動転なさっております。一刻も早くご帰国なさるよう……』

 青年は荷物さえ持たずに馬を駆り、その日最後の客船に乗り込むと、帰路を急ぎました。

 しかし、運命は青年と彼の家族に優しくはありませんでした。

 五日かかった帰路の間に、妹の命ははかなく散ってしまったのです。

 青年はなんとか妹の葬儀に間に合いましたが、それは心を慰めるものではありませんでした。母親はとめどなく涙を流しながら、妹は青年に会いたがっていたと伝えました。

 ──約束だ。必ず帰ってくるよ。

 青年は涙を流すことさえできませんでした。あまりに悲しみが深く、心と一緒に、涙さえ乾いてしまったかのようでした。

 悲劇はそれだけでは終わらず、最愛の娘を失った悲しみに沈んだ母親は、まもなく心をんで亡くなってしまいました。


 これほどまでに。

 これほどまでに、愛する者を失うことが苦しいなら……もう、いっそのこと。

 青年は誓いました。

 ──わたしは誰も愛さない。もう、愛など欲しくない。





   第1章 「君を探していたんだ」




 磨き抜かれたクリスタルのシャンデリア上に、幾千ものロウソクがこうこうと輝き、宵の口にもかかわらず、豪奢な邸宅の窓からまばゆいばかりの明かりが漏れ広がっていた。まるで夏の虫のように、その明かりに向かって色とりどりに着飾った紳士淑女が正面玄関に吸い込まれていく。

 アマリアは息を呑み、畏怖と期待と不安の混ざったはやる鼓動を、なんとか落ち着かせようと努力した。

 そう──この舞踏会はただの舞踏会ではないのだから。

 今シーズンの目玉とされる大きな催しのひとつで、参加者こそ最大数ではないものの、豪華さにかけては今年一番になるだろうと噂されている。

 明日になればどこの新聞もこぞってこの舞踏会での出来事を書き立て、誰がどれだけ美しかったか、誰がどんなことを言ったか、そして一番恐ろしいことに、誰がどんな醜聞を振りまいたかを書き散らかす。そして国中の人間がそれを読むのだ。

 アマリアは馬車から降り、自分の垢抜けないドレスを不安げに見下ろした。

 仕立ててもらった時はとても美しく見えた水色のドレスなのに、こうして最先端の流行を取り入れた贅沢な衣服に身を包んだ貴族たちを前にすると、とたんにひどくくすんで見えてしまう。

「顔を上げなさいな、アマリア。これはあなたの社交界デビューの夜なのよ。誰もがこんな素敵な舞踏会でデビューできるわけじゃないんですからね」

 お目付け役の叔母が、励ますようにアマリアの背中を押した。

「わたしはもっと地味な集まりの方がいいって言ったのに……」

「今さら文句を言ってもどうにもなりませんよ。あなたのご両親がどれだけこのデビューのために尽力したか、考えてもみなさい。あなたはハートランド家のひとり娘なのだから」

「それは、そうですけど」

 口の中でもごもごと文句を言い続けながら、ドレスの裾を正す。しかし、叔母の言葉にはうなずくしかなかった。

 実際、このドレスの仕立ての費用だって、先祖代々ハートランド家に受け継がれてきた高祖父のそのまた祖父の肖像画を売り払って、なんとか捻出したものだった。

 叔母と姪は貸し馬車を後にして、人波に流されるようにしてゆっくりと邸宅へ向かった。

 アマリア・ハートランド、十八歳。郊外の男爵家のひとり娘。

 社交界デビューの宵がはじまろうとしていた。


 邸宅の内装は素晴らしかった。見たこともないようなたんな芸術品が壁を飾り、そこかしこに夢から切り抜いてきたような彫刻、彫り飾りやきん鍍金めっきを施された調度品が並んでいる。

 しかし、アマリアを最も圧倒したのは、そこに集まる人々の熱気だった。

 まだはじまったばかりだというのに、数え切れないほどの来客がひしめいている。その間を縫うようにたくさんの使用人たちが忙しく歩き回り、食欲をそそる香りの肉料理や、軽食、酒類で満たされたクリスタルのグラスを給仕している。

 中には、個人的な使用人をはべらせている貴族もいて、会場はむっとするほどの熱気に包まれていた。

「まあ。じゃあ、あなたはランスローの出身なのね。たしかあの辺はロンデル伯爵の領地だったんじゃないかしら?」

「そうだったわね! もしかして彼をご存知? 独身の貴族の中で、彼は二番目の人気なのよね!」

 べバリーとベリンダという名前の姉妹が、自己紹介をしたアマリアに対し矢継ぎ早に質問を投げかける。知らない人ばかりの中、アマリアは持ち前の明るさですぐにこのふたりの話し相手を見つけることができたが、会話を続けるのは想像よりも難しかった。

 一にゴシップ、二にゴシップ。彼女たちの話題はそればかりだったからだ。

「ええ、もちろん。実を言うと、ロンデル伯爵邸はうちのすぐ近くなんです」

 アマリアはにっこりと微笑ほほえんで、誇らしげに答えた。

 ベリンダとべバリーから悲鳴のような黄色い声が上がる。姉妹のドレスには少なくともアマリアのドレスの三倍量のレースが使われていて、胸元にも髪にも宝石が輝いていた。同年代のはずなのに、彼女たちの方がアマリアよりずっと大人びて見える。

 アマリアの髪にあしらわれているのは、庭から摘んできた薔薇ばらだ。可愛らしいけれど、豪華ではない。卑屈にならないように心がけたものの、こうした娘たちに囲まれると、つい気が小さくなってしまうのも事実だった。

「聞いたところによると、ロンデル伯爵は郊外の大きなお屋敷に都会のタウンハウス、それから二台の四輪馬車を持っているんですって」

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