ぼくには孤独に死ぬ権利がある――世界の果ての咎人の星
A_001「世界の果てのはじまりの星」
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A[THE PREFACE OF REMINISCENCES(回想録の序文)]
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■001「世界の果てのはじまりの星」
[THE BEGINNING STAR AT THE END OF THE WORLD]
【補記①——〈独立衛星通信社〉通信記者〈アーマ・ギー〉】
辺境方面から〈世界の中心の大きな星〉に戻ってきた同僚は、下位情報網から拾い上げた映像を〈独立衛星通信社〉の壁へ映し出した。
それは、たった独りで〈連盟〉を敵に回して戦っている革命家の少年が発信した、最新の「報道映像」だった。
「なんつうかね、愁いを帯びた銀髪の美少年、というやつでなァ……あいつを男優としてスカウトすりゃ、女の視聴者が増えて親会社の経営不振も改善するぞ?」
「その意見には、賛同しかねるな」
平々凡々の記者でしかない〈私〉は、同僚——ヒョウドの「経営改善案」に難色を示した。
付け加えると、〈私〉が勤めている〈独立衛星通信社〉は〈金剛石映像〉という娯楽用映像制作会社の子会社で、低俗な扇情的報道機関を生業としているが、ヒョウドの前職は親会社の専属男優だった。
何の男優かはあえて記さないが、女優は絶頂時にホラ貝を吹き鳴らしたりする。
閑話休題——ここしばらく巷の話題になっている、この革命家の少年は、いくつかの非合法破壊活動に伴う犯行声明文に〈フォーカ/烽火〉という組織名を記していた。
しかし、犯行声明文に記されていた主張は、かつての革命家たちとは少々異なっている。
それは、社会変革を謳うというより、個人単位での変革を促すものであり——考えようによっては、通俗的な流行歌の歌詞と大差がない。
犯行声明文の表現形態も、非合法破壊活動の報道映像を入手し、少年自身による犯行声明文の朗読や歌を追加するなど、極めて娯楽性の強い演出を施した複製情報——〈二次創作物〉を、大衆向けの下位情報網へ流布していた。
まるで、元の報道映像とすり替えるように。
ところが、若い世代の視聴者たちは、この〈二次創作物〉を面白がって、更に自分の歌や朗読に差し替えた〈三次創作物〉を作り出し、〈歌ってみた〉〈語ってみた〉と題して再流布していた。
そのため、現在の下位情報網には〈フォーカ〉と無数の模倣犯が作り出した加工映像が大量に流通している。
もっとも、治安維持のために〈連盟〉が派遣した辺境方面軍との戦闘行為——暴力を除けば、〈フォーカ〉の活動はいたって地味で、かつて〈スパルタクス・レッド〉の革命家たちが行った惑星単位の無差別大量虐殺などに比べれば、子供の遊びのようなものだ。
そんなものが、此処に至って問題化しているのは、銀髪の少年〈フォーカ〉の暴力に影響を受けた女たちが次々と母親を殺し始めたからだ。
殺人者は少女と呼べる年代から、老境にさしかかった者まで、さまざまである。
ささやかな反社会的暴力が、女たちの個人的な尊属殺人へと転化されていく経緯は、〈私〉にはまったく分からないが、今のところはあくまで散発的な社会現象に過ぎず、大規模な組織暴力へと発展しているわけではない。
対応策として、公的な報道機関では改変後の映像を流すことが禁止された。
報道機関の方が下位情報網での浮薄的流行に便乗し、当社も含めて扇情的な演出を競い合う兆候があったからだが、今のところ、それ以上の圧力はかかっていない。
むしろ、若者の大衆文化に於ける泡沫的な負の社会現象——という世論操作で流行の鎮静化を狙っていた。
これは妥当な判断だろう。
間接的な世論誘導ならまだしも、直接的な言論介入は火に油を注ぐことになりかねない。
「ところで……〈フォーカ〉の影響を受けた殺人者の中に、男はいないのか?」
壁に映し出された改変後の報道映像と、手元の端末に映し出した元の映像を見比べた〈私〉は、首を捻りつつ、呟いた。
「現時点では……いねえな。なんで、そんなことを訊く?」
「だって、奇妙じゃないか? 〈フォーカ〉は銀髪の美少年なのだから、彼の容貌に惹かれた女性たちだけでなく、同じ世代の少年たちも影響を受けるのではないのか? 〈若い我らの代弁者〉とかなんとか叫びながら……」
もう若くない〈私〉は、最近の若者たち——現在進行形の青春を上手く把握できない。
同年代のヒョウドに訊くのも間違っているが、この零細なる通信社に若者はいないのだから、仕方がない。
「影響を受けるわけがねえわな、アーマ・ギー。若者ってのは本来、性欲と自意識が互いの頭を喰らいながらぐるぐる駆動していく生物だが、今の若い男たちは〈フォーカ〉が愁いを帯びた美少女であったとしても……駆動しねえだろうよ。ガキの頃から丁寧にすり込まれた恐怖によって、その恐怖を無意識のうちに忘却し、それどころか、正反対の甘美な感情へすり替えることで生き延びている連中だぞ? 支配を支配として認識すらしていないやつらに春の目覚めが訪れるか? 答えは否だ。すでに〈去勢〉は完了している」
ヒョウドは忌々しげに吐き捨てた。
まるで、かつて殺し損ねた不完全な自分自身を呪うかのように。
〈私〉個人の事情としてみれば、〈フォーカ〉の主張は解らなくもないが──殺人へ至ることはないだろう。
それは、殺人対象となるべき人物がとうの昔に亡くなっていて、当時の切実さを忘れているからだが、自分にそこまでの心理的足枷があらかじめ施されていたとも思えない。
「元〈連盟〉辺境方面軍作戦指揮官……ベルフィスのほら吹き野郎め。結局、太郎字と〈最凶最悪ノ魔銃〉の事件は解決してなかったんじゃねえか。しかし、こいつを記事に仕立て上げたら、あの事件を使ってボロ儲けしたベルフィスはどう責任を取るんだろうな?」
ヒョウドはせせら笑いを浮かべた。〈私〉が手に入れた、かつての革命家……大量殺人鬼の処刑に関わった異星人の女性の〈手記〉を読みながら。
†††
【補記②——〈独立衛星通信社〉通信記者〈アーマ・ギー〉】
同僚が読んでいる〈手記〉は、無謀にも〈連盟〉直轄の上位情報網——ベルフィスが作った怪しげな財団の研究所へ潜り込んだ〈泥棒〉が売り込んできた凍結資料だ。
期待していた政治的機密文書は役立たずな代物だったが、まったく無関係に、この〈手記〉が紛れ込んでいたのだ。
だいたい、仮に〈手記〉と呼んではいるが、これはひどく奇妙な代物だった。
前半は件の女性が直に記していたが、後半の記述は断片的で欠損が多かったらしい。
そのため、ベルフィスとその妻が〈エピファニー式残留思念検出器〉なる道具を用いて、亡骸から抽出した思考記録で補記されている。
なので、後半の記述はベルフィスの都合で取捨選択されているはずだが、それでも随所で整合性が取れていない。
それ以前に〈世界の果てにもっとも近い門〉よりも更に遠い、辺境の不可侵宙域に存在する〈蛮族〉の文化風俗には、理解し難いものも多い。
あの辺境は〈生物多様性条約〉や〈絶滅保護種指定〉で渡航すること自体、厳しく制限されているから、生物学や文化民俗学の観点で読めば面白いのかも知れない。
だが、〈私〉が所属する通信社は、そのような高邁な思想とはまるで無縁だ。
所詮、ポータラカ系〈盟族〉の大衆向け扇情的報道機関なのだ。
せいぜい政治的な問題に発展すれば、儲けもの——というところか。
「問題はこの〈手記〉の信憑性だな、アーマ・ギー。上手く行けば、ベルフィスの嘘を暴くことができるが、本物だと証明できなければ、こっちが潰されちまう」
ヒョウドは興味を示しているが、それでも慎重さを欠くことはない。
「確かに、儲け話としてはリスクが高すぎるな。だいたい、出元の〈世界の果てのはじまりの星〉とやらも、何処にあるのかすら判然としない」
「名前の通り、〈連盟〉の存在すら知らねえ、辺境の田舎星だからな」
同僚の言う通りだ。
星の位置が判明しても、〈連盟〉の許可を受けない限り、辺境星域への渡航は禁止されている。許可なく〈空間移動器官〉を密航するには、ホラ貝を吹き鳴らすほどの卓越した技術が必要で、直接の裏取りは難しい。
「まずは、〈手記〉の内容を精査していくしかないか……」
〈世界の果ての●●●星〉という題名の、奇妙な〈手記〉を——。
†††
[……HE THAT IS BORN A FOOL IS NEVER CURED!]
(わからんひと放っときますよ。いちいち説明しませんよ。義務教育やないんやからね)
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