話題のラノベや投稿小説を無料で読むならノベルバ

ワケあって本日より、住み込みで花嫁修行することになりました

田崎くるみ

婚約者、現れました (3)

 そんなうわさ話が飛び交っている。

 私の知っている限り、彼と一年以上付き合った相手はいないと思う。

 それなのに、私は一度も彼の恋愛対象になったことはない。今もずっと幼馴染みで、妹のような存在だと思う。

「今日で二十三歳になったんだけど、な」

 ポツリと漏れた本音。

 私はこの先いくつ歳を取っても、彼の恋愛対象にはなれないのかもしれない。だからこそ、そばにいられるのかもしれないけれど、切なくなるばかりだった。


「お先に失礼します」

「お疲れさま」

 新人の私には残業するほど任されている作業はなく、いつも定時で仕事を終え、オフィスをあとにする。

 外に出ると、歩道はたくさんの人であふれていた。

 三ヵ月も経てば、朝や帰りの満員電車にも慣れてきたけれど、やっぱりゆううつになる。それでも頑張ってギュウギュウ詰めの満員電車に乗り、家に着いた。

「おじいちゃん、ただいま」

「お帰り、すみれ」

 昔からずっと、おじいちゃんは私が帰宅すると玄関で出迎えてくれる。

 学校でつらいことがあっても、おじいちゃんの笑顔を見るとホッとしちゃうのは今も同じ。

「今日はじいちゃんがご飯の用意をするからな。すみれはゆっくりしていなさい」

「ありがとう、おじいちゃん」

 いつも朝と夜の食事は私が用意しているけれど、平日のおじいちゃんの昼食と家の掃除は、お手伝いさんにお願いしている。

 だけど、誕生日の夕食だけは、毎年おじいちゃんが作ってくれる。

 今日はどんな料理を作ってくれるのか楽しみにしながら、部屋で着替えを済ませ、向かった先は仏間。仏壇の前で両親に手を合わせた。

 両親の記憶は私にはなく、残っている写真の中のふたりしか知らない。でも、どの写真もふたりは笑っていて、私を囲んで幸せそうに写っている。

 きっと私は、ふたりにすごく愛されていたんだと思う。

「お父さん、お母さん……私、二十三歳になったよ」

 誕生日を迎えるたびに、いつも想像してきた。『生きていたら、ふたりはどんな言葉をかけてくれたかな?』『喜んでくれたかな?』って。

 けれど今の私を見たら、ふたりは悲しむよね。この歳になっても、人と関わるのが苦手で友達もいないのだから。

 仏壇に飾られているふたりの写真を眺めていると、茶の間から私を呼ぶおじいちゃんの声が聞こえてきた。

「すみれ~、できたぞ」

「はーい、今行く」

 せっかく、おじいちゃんがお祝いしてくれるんだもの。しんみりするのは、もう終わり。

 気持ちを入れ替えて茶の間に向かうと、テーブルの上にはケーキをはじめ、私の大好きなおじいちゃんお手製のちらし寿や、魚の煮つけ、煮物、茶碗蒸しが並べられていた。

「うわぁ、すごい」

「そうだろう? 昼間から仕込んでおいたからな」

「でも、この量はふたりではちょっと多くない?」

 お腹はペコペコだけど、さすがにこの量はちょっと……。

 するとなぜか、おじいちゃんはニッコリ笑った。

「当たり前だ。ふたりで食べるんじゃないんじゃから」

「……え、誰か来るの?」

 キョトンとする私に、おじいちゃんは驚いた様子で首をかしげた。

「何を言っておるんじゃ? こんなめでたい日に。それに、今日はすみれと一緒に来るものだとばかり思っておったのに。……どうやら遅くなるようじゃから、冷めないうちに先に食べよう」

「う、うん……」

 はしを渡され、おじいちゃんに「誕生日おめでとう」と祝福されたものの、さっきのことが気になる。

「どうしたんじゃ、早く食べよう」

「うん、いただきます」

 完全に聞くタイミングを失い、手を合わせておじいちゃんが作った美味しい料理を食べ進めていく。

 でも、本当に誰が来るんだろう。もしかして叔父さんとか? プレゼントは毎年、誕生日の前後に持ってきてくれるけれど、叔父さんはいつも『せっかくの家族水入らずを邪魔しちゃ悪いから』と気遣って、誕生日当日には来たことがない。

 毎年私の誕生日は、おじいちゃんとふたりっきりだった。

 それなのに、どうして今年は誰かを招待したんだろう。

 その理由は相手が来ればわかるはず。なのに、その人物は一向に来る気配がなく、おじいちゃんが作ってくれた料理で私のお腹はもうパンパンになった。

「おじいちゃん、ごちそうさまでした。どれもすごく美味しかった」

「それはよかった」

 私の話を聞いて、あんするおじいちゃん。

「残りはラップしておくか。そのうち来るとは思うが……」

 ボソッとつぶやきながら立ち上がると、おじいちゃんは台所へラップを取りに行ってしまった。

「あ……っ」

 今、聞けばよかった。『誰が来るの?』って。食事中はずっとおじいちゃんが話していて、聞ける雰囲気じゃなかったから。

 でも、さっき私と一緒に来ると思っていたって言ってたよね? そんな人、謙信くんしか思い当たらないんだけど……。

「いやいや! 謙信くんには今日、プレゼントもらったし」

 それなのに、わざわざ家にまでお祝いに来てくれるとは考えられない。それじゃ、本当に一体誰なんだろう。

 考え込んでいると、ラップを手にしたおじいちゃんが戻ってきた。

「これでよし……と」

 手早くあまった料理にラップをかけると、なぜかおじいちゃんは再び立ち上がった。

「すみれ、ちょっと来なさい」

「え?」

 いつになく真剣な面持ちで言うと、茶の間から出ていくおじいちゃん。

「あ、待って」

 私も立ち上がってあとを追うものの、まどいを隠せない。

 どうしたんだろう、急に。それに、様子もいつもと違う。

 おじいちゃんが向かった先はき部屋で、今は荷物の置き場所となっているところ。

「ここに何かあるの?」

 普段、滅多に足を踏み入れない部屋だからか、少しだけ埃っぽい。換気しようと思い、窓を開けている間に、おじいちゃんはちゃだんの中から古い小さな箱を取り出した。

「すみれ、座りなさい」

 表情が硬く、いつもと声色が違うおじいちゃんに緊張が走る。

「……う、ん」

 ただならぬ雰囲気に息を呑み、言われるがままおじいちゃんと向かい合うかたちで座る。

 すると、おじいちゃんはその小さな箱を私に渡した。

「これは……?」

 首を傾げると、おじいちゃんは懐かしむように箱を見つめながら言った。

「これはな……すみれの母さんが結婚する時に、ばあさんが渡そうと思っていた物なんだ」

「え……おばあちゃんがお母さんに?」

 おばあちゃんは、お母さんとお父さんが結婚する前に亡くなったと聞いている。だから私は、おじいちゃんに見せてもらった写真の中のおばあちゃんしか知らない。

「開けてもいい?」

「もちろん」

 渡された箱を開けると、中には真珠のイヤリングが入っていた。

「ばあさんも母親からゆずり受けた物なんだ。それを結婚式につけておった」

 そう、だったんだ。そんな大切な物だもの、おばあちゃん、お母さんにプレゼントするのを楽しみにしてたよね?

「わしが結婚に反対しなければ、お前の両親は今も生きておったかもしれん。……このイヤリングをつけて、幸せな結婚式を挙げておっただろう」

「ワケあって本日より、住み込みで花嫁修行することになりました」を読んでいる人はこの作品も読んでいます