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ワケあって本日より、住み込みで花嫁修行することになりました

田崎くるみ

ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。 / 婚約者、現れました (1)




ワケあって本日より、住み込みで花嫁修業することになりました。


婚約者、現れました


「なぁ、花嫁修業がどういうことか……お前、ちゃんとわかってる?」

 壁際に追いやられ、ジリジリと距離を縮められていく。

 どうしてこんな状況に陥ってしまっているのか。誰か教えていただけませんか?


* * *


 朝の五時半。目覚まし時計をセットせずとも、必ずこの時間に目が覚めるようになって、どれくらい経つだろうか。

 とんたたみ、顔を洗って着替えをませ、背中まである髪を後ろでひとつに束ねながら台所へと向かう。

 築七十年になる昔ながらの日本家屋は、廊下や縁側を歩くと、ギシギシと音がする。

 小さい頃は、夜に聞くたびに怖かったけれど、今はその音が心地よく感じる。夏でもひんやりする台所に入り、エプロンをつけて早速、朝食の準備に取りかかった。

 私、きり すみれの一日は実に規則正しい。それは一緒に暮らしている、育ての親でもあるおじいちゃんの影響かもしれない。

 冷蔵庫の中を確認し、朝ご飯のメニューを考えること数十秒。今日は玉ねぎとじゃがいも、豆腐のしるに焼鮭、厚焼き玉子に、作っておいた白菜の漬物にしよう。

 まずはを取り、味噌汁を作り始める。その間に鮭を焼き、厚焼き玉子を作っていると、広い台所に次第にしそうな匂いが漂い始めた。

「あ、そろそろかな」

 おじいちゃんお気に入りの、にせのお茶屋さんの茶葉を急須に入れ、ポットのお湯を注ぐ。そしてお盆にのみを乗せて、茶の間へと向かった。

 すると庭で朝のラジオ体操を終えた、今年七十五歳になるおじいちゃんが茶の間にやってきた。

「おはよう、おじいちゃん。朝の体操お疲れさま」

「おう、悪いな」

 私がれたての熱いお茶を出すと、おじいちゃんはそれを美味しそうに飲みながら新聞を読み始めた。

 私は立ち上がって台所に戻り、でき上がった朝食をお盆に乗せて茶の間へと運んでいく。

 物心がついた頃から私は、この広い家におじいちゃんとふたりで暮らしている。

 家族の反対を押し切り、駆け落ち同然で結婚した両親は私が二歳の時、事故で亡くなった。戸籍を辿って警察からおじいちゃんに両親のほうが届き、そこでおじいちゃんは初めて私の存在を知った。

 葬儀などすべておじいちゃんがり行い、ふたり一緒に埋葬してくれた。その間、私は一ヵ月間だけ施設でお世話になり、その後、正式におじいちゃんに引き取られた。

 おじいちゃんは、お母さんが家を出てからずっと行方を捜していたそうだ。早くにおばあちゃんを亡くしていたおじいちゃんは、男手ひとつで私をここまで育ててくれたんだ。

 この家は、明治時代から代々続く華道の家元。おじいちゃんは桐ケ谷流の当主として、メディアにも多く出演しているちょっとした有名人だ。

 私も幼い頃から華道に関する様々な作法や技術を、おじいちゃんから伝授されてきた。花を生けるのは好き。けれど私は、おじいちゃんと同じ道を進む未来を選択しなかった。私には才能がないと思うし、桐ケ谷流の後継者にはさんがいる。

 何より他人と交流するのが苦手だし、うまくコミュニケーションを取ることができないから。

「ところですみれ、やはり今年の誕生日も、じいちゃんと一緒に過ごすことになりそうかの」

 私の様子をうかがいながら朝食中にさりげなく聞かれ、ギクリと身体が反応してしまった。

 そんな私を見て、おじいちゃんは大きなため息をらす。

「そうか……では今年もじいちゃんが、ごちそうとプレゼントを用意して盛大に祝ってやろう」

「うん、ありがとう」

 今日、七月一日は私の二十三回目の誕生日。

 両親が亡くなってから、おじいちゃんが祝ってくれている。それは毎年ずっと。

 片づけを済ませて身支度を整えると、そろそろ家を出ないといけない時間だ。

 通勤バッグを片手に、おじいちゃんが生けたきんばいの香りが漂う玄関へ向かうと、おじいちゃんが見送りに来てくれた。

「それじゃ、いってきます」

「気をつけてな」

 ガラガラと音をたてて引き戸を開けて外に出ると、雲ひとつない澄み切った青空が広がっている。

 カラッと晴れていて気分も晴れやかになるところだけれど、一歩家の外に出ると毎朝のことながら気分は重くなる。

 二歳の時から、ずっとおじいちゃんに育てられてきた私の幼い頃の遊びといえば、おじいちゃんの趣味でもある落語やぎん、百人一首だった。

 それが私にとって当たり前だったけれど、周りの友達は違っていて、私は浮いた存在だった。

 それでも私は、おじいちゃんに教えてもらった遊びが好きだったし、唯一、私の遊びに付き合ってくれるお兄ちゃん――おじいちゃんのお弟子さんのひとり、むろさんのお子さん――がいたから、さほど気にしていなかった。

 周りとは価値観が違う。それに気づいたのは、小学四年生の時だった。この頃になると、女子ははっきりグループができ上がり、男子とはあまり話さなくなっていった。

 そうなると私はますます浮いた存在になり、クラスメイトのひとりに言われたんだ。『すみれちゃんって、変だよね』って。

 その日を境に皆から無視され、悪口を言われるようになった。『家がお金持ちだから、お高くとまっているんだよ』なんて心ないことを言われ、両親がいないことも噂されたりした。だから、学校へ行くのが次第に苦痛になっていった。

 そんな私の変化に気づいたおじいちゃんの勧めで、大学までエスカレーター式で上がれる女子校の小学校へ転入したものの……。

 つらい記憶はトラウマとなり、声をかけられてもなんて答えればいいのかわからず、人と話すのが苦手になってしまった。

 変なことを言ったら、また悪口を言われるかもしれない。そう思うと、クラスメイトと話すことが怖くて、返事をするだけで精いっぱいだった。

 幸い新しい学校ではいじめられることはなかったけれど、大学を卒業するまで私には親しい友人がいたことがない。それは社会人になった今も同じ。

 就職した先は、氷室さんのだんさんが社長を務めている会社。家具・インテリアの輸入販売をしていて、急成長を遂げている会社だ。

 はっきり言ってコネ入社。就職活動は惨敗に終わり、見かねた氷室さんが旦那さんにかけ合ってくれたのだ。

 都内のオフィス街にある、三十五階建ての商業ビル。その二十三階から二十五階が、私の勤めている会社のオフィスになっている。

 私は二十四階にある、総務部経理課に所属している。経理課の社員三十名のうち、大半は女性で、女子大上がりで男性に免疫がない私にとっては少し安心できる職場。

 それに大学時代に、簿記やパソコン関連の資格を取得しておいたおかげで、まだ入社して約三ヵ月だけれど、それなりに仕事はデキるようになってきたと思う。問題なのは昔と変わらずただひとつ。人間関係だった。


「桐ケ谷さん、いつも仕事が早くて助かるわ。どうもありがとう」

「いっ……いいえ」

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