副社長のイジワルな溺愛
はじめまして、冷徹副社長様 (3)
「もしこちらでの勤務をご希望でしたら、裏手からお入りいただきますが」
「そういうわけではなく……」
初めて来た夜の店の雰囲気に圧倒されて要件を言えずにいる私を、店員が怪訝な顔で見下ろしてくる。
「あの、申し遅れました。私、御門建設の経理を担当している、深里と申します」
「……御門建設様ですか?」
副社長が使っているお店なのだから、社名を知らないはずはない。
「申し訳ありませんが、身分を証明できるものを拝見できますか? なければお話を伺うことはできかねます」
きっと私のOLらしくない服装と、幼く見られがちな前髪のある黒髪のせいだろう。社会人なのかも疑われているかもしれないと思い、リュックサックから常に数枚持ち歩いている名刺を取り出し、店員に渡した。
「名刺でよろしければ、ご確認ください」
相変わらず値踏みするような視線を向けられていたけれど、名刺を見てようやく納得してくれたようだ。
「……まぁ、いいでしょう。それで、ご用件はなんでしょうか」
「実は、先日発行していただいた領収書の差し替えをお願いしたく参りました」
リュックサックからクリアファイルに挟んできた社名入りの封筒を出し、店員に差し出す。
「確認して参りますので、少々お待ちください」
店員は封筒を受け取ると、そのままレセプションの後ろにあるドアの向こうに入っていき、三分ほど経ってから出てきた。
「確かにこの日、御門副社長様にご来店いただいていたようですね」
「はい」
「大変失礼いたしました。ご足労いただいてしまい申し訳ございません。ただいま正式なものをご用意しますのでお待ちください」
店員と話していると、背中が大胆なV開きの白いドレスを着た女性が、甘い匂いの香水を漂わせながらやってきた。
「こんばんは。あなた、入店するの?」
「いえ、私は会社の遣いで参りましたので」
「どちらの方?」
「御門建設です」
私が社名を告げると、その女性はくっきりと化粧を施した双眸を大きく見開き、一歩近づいてくる。
「御門副社長には先日来ていただいたんです。お忙しいみたいであまりお会いできないのが残念で……。お待ちしていますと、ぜひよろしくお伝えくださいね」
「あ……はい、申し伝えます」
領収書を差し替えるために来たはずなのに、またお遣いを頼まれてしまったようで、より気が重くなる。
できるだけ副社長とは関わりたくないのに……。
無事に領収書を手に入れた私は、そそくさと店を出て、急いで社に戻った。
経理室に戻ってこれたのは二十時過ぎ。未だに部長をはじめとした数名の同僚や先輩が残っている。
「お疲れ様。大変だったね、暑い中」
「いえ、これくらいは」
誰にでもフラットに接してくれる先輩社員に労われ、ぺこりと頭を下げた。
「さっき、副社長が来て深里さんを探してたよ」
「え……副社長がですか!?」
戻って早々、さらに仕事が増えたような気分だ。
差し替えが済んだことと、綺麗な女性に伝言を頼まれたことは伝えようと思っていたけれど、できれば会わずにメールか電話で済ませたかったのに……。
どちらにしても、一度連絡を入れておく必要はあると思い、秘書室へ内線をかける。
「――経理室の深里です。御門副社長からご連絡いただいていたので折り返しているのですが、いらっしゃいますか?」
「はい。お繋ぎします」
こんな時間でも秘書が残っているということは、役職者のサポートはそれほど大変なのだろう。あと少しで半期が終わるし、余計に業務が多そうだ。
「――御門です」
「経理室の深里です。お疲れ様です」
「あぁ、昼間の領収書はもらえましたか?」
「はい。正しいものに差し替えていただきました。それから、お店の方から伝言を承りました」
それに、こんな格好で行ったから、入店拒否の洗礼も受けたのだったと思い返す。
「伝言? ……申し訳ないが、私の部屋まで来てください。今すぐに」
一方的に通話を切られて唖然としつつ、焦って席を離れた。
一日に二度も副社長に会うことになるとは……やっぱり今日は厄日だ。
上昇していくエレベーターには、昼間のように乗り合わせる社員はいなかった。この先何度訪れても慣れそうにない高層階のフロアは、つい息を潜めて歩いてしまう。
副社長室の前に着くと、彼の表情や視線、声色を思い出してしまい、ドアをノックしようとする手が緊張で汗ばんできた。
「失礼いたします」
「はい」
ここは内開き、と。昼間の小さなミスを繰り返さないよう、気を付けてドアを開けた。
「経理室の深里です」
「お疲れ様。それで、伝言はなんでしたか?」
念のため持参した領収書を差し出すと、二、三度頷いて確認をしてくれた副社長が尋ねてきた。
「お名前は伺っておりませんが、白いドレスを着た綺麗な女性にお声かけいただきまして……社名を告げたところ、副社長にまたお会いできるのを楽しみにしていると、伝言をお預かりしました」
「……それから?」
「そ、それから……えっと」
言葉を詰まらせてしまうほど、不機嫌を露わにした表情を前に、冷汗がどっと出る。眉間に深い皺が寄り、私を見つめる視線にも副社長の不快を感じた。
「私がこのような服装だったからだとは思いますが、御門建設の者と申してもすぐに信じていただけず、入店を断られてしまいまして……申し訳ありません。今後はもう少し服装にも気を配ります」
――と言ってはみたものの、現実にはそんなすぐに新しい服は買い揃えられないし、他の女子社員のように着飾っても自分らしくない気がして、イメージすら浮かばない。それに、経理室の業務は来客対応があるわけでもないし、今日のようにお遣いで外出することも稀。日々、会社と自宅を往復するだけなのに、着飾る必要をあまり感じていないのが本音だ。
「あとは? 言われたことを洗いざらい報告しなさい」
「開店前の時間にお邪魔してしまったからか、勤務希望なのかと聞かれたくらいです。あとは特にありませんし、とても丁寧に接してくださいました」
「分かった。もう戻っていい」
呼び出したのは副社長なのに、話を聞くだけ聞いてサッサと戻るように言われた。
副社長が冷徹で感情の見えない人だっていうのは知っていたけれど、まさか労いの言葉もかけてもらえないなんて……。
私まで不機嫌が移りそうだ。
「戻りました、って私が最後かぁ……」
この数分の間に誰もいなくなった経理室内で、自席で残っていた作業に取りかかる。
そういえば、副社長が今夜は会食があるって言ってたけど、予定が変わったのかな。それともこれから外出するのかな。どちらにしても役職者は忙しそうだ。
そんなことを思い出しながら、もらってきた領収書とデータを突き合わせ、今日中に終わらせるべき業務をきっちり済ませてから社を出た。
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