冷酷王の深愛~かりそめ王妃は甘く囚われて~
花祭りの日 (2)
「それは……まあ、ご縁があれば、ということで」
「あるといいわね。なにを着ていくか、今夜のうちに決めちゃおうっと!」
そう言って、サーザはすごい勢いでシチューを平らげた。その様子に声をあげて笑ったミルザは、自分も器へと視線を戻す。
修道院に入る話はサーザの頭から消えてしまったようで、ミルザは安堵の息を小さく吐いた。
婚約破棄をされたことやミルザの傷のことなど、ミルザ以上にサーザは気にしているらしい。余計な心配をさせるつもりはなかった。
ちらりとサーザを見れば、やはりそんなことは忘れたように、スカートはあれでブラウスはこれで、と嬉しそうにはしゃいでいる。この後サーザのおしゃれの用意に付き合わされることを予想して、ミルザは苦笑した。
サーザほどではないにしても、気分が浮き立つのはミルザも同じだ。長い冬が終わり、春がやってくる。草木の芽吹く季節は、いつだってわくわくするものだ。
早く休まなければ、というミルザの思いとは裏腹に、その夜はいつまでも部屋の明かりは消えなかった。
レギストリア王国の首都パレは、新春の花祭りにわいていた。
雪が解け新しい命が芽吹くこの季節に、国のあちこちで、この世界を安寧へと導き豊穣をもたらすとされている癒やしの聖女『セイクレッド・フォリストリア』に感謝を捧げる祭りが開催される。中でもパレで行われる春祭りは、別名〝パレの花祭り〟とも呼ばれ、国中で一番華やかに行われるのだ。この祭りを見るために国内外から人が集まり、新春のパレの都はいつにもまして賑やかだった。
そのパレの都を、ミルザとサーザは大きな花の束を担いで歩いていた。サーザは、きょろきょろともの珍しそうにあたりを見回している。
「サーザ、ちゃんと前を向いていないとぶつかるわよ」
「だって、一年ぶりのお祭りですもの。見て見て、あの花かご! あんなにたくさんのお花をそろえて、すっごくきれい!」
都は、色とりどりの花で埋め尽くされていた。
都の中心にある広場には、この祭りのために癒やしの聖女をまつる祭壇がつくられている。そこに祈りを捧げる人々が思い思いの花を手向けて、今年一年の作物の豊穣と心身の健康を祈るのだ。そのためにこの時期は、都の中のどの店でも、多くの種類の花を売っている。〝花祭り〟といわれる所以である。
普段は毛織物や縫い物で生計を立てているミルザも、この時期には花祭りのための花をつくって毎年納品していた。
「サーザ、行くわよ」
「待って、ねえ、ちょっとだけあれ……」
賑わう街の装いに目を奪われ、サーザの足はなかなか進まない。めったに街に出てくることのないサーザの気持ちもわかるミルザは、先にひとりで行くことにした。目的の店はもうすぐそこだ。サーザも幼い頃から世話になっていて迷わずたどり着けるだろうし、パレは治安も悪くないのでひとりにしても心配はない。
ある一軒の雑貨屋の前で、ミルザは足を止めた。店の名前は『ウェール』。親の代からのなじみの店だ。
「おはようございます」
「おや。おはよう、ミルザ!」
奥から出てきた恰幅のいい年配の女性は、挨拶を返すとミルザの顔をまじまじと覗き込んだ。ミルザは、肩から荷物を下ろして彼女に挨拶を返す。
「またお世話になるわね、セルマ。……私の顔、なにかついてる?」
「今日はやけにめかし込んでいるじゃないか。どこのお嬢様かと思ったよ」
結局ミルザも、盛り上がるサーザのおしゃれに付き合わされたのだ。いつも化粧っけのないミルザのほんのりと赤く染められた唇や結い上げられた髪に、セルマは嬉しそうな顔になる。ミルザは、居心地悪そうにもじもじとしながら視線を逸らした。
「サーザに無理やり化粧させられたのよ。おかしくないかしら?」
「おかしくなんかないよ! どうだい、今年こそ『セイクレッド・フォリストリア』に申し込んじゃ? あんたほどの器量なら、絶対聖女様になれるよ」
セルマが言っているのは、一週間ほど続く祭りの中でも最大の見せ場、パレードにおいて花形となる少女のことだ。毎年国中の未婚の娘の中から、その年の聖女役がひとり選ばれる。
聖女に選ばれた少女はきれいに着飾り、明日行われるパレードで花神輿に乗せられパレの都を練り歩く。最後に広場へ到着すると、少女は『セイクレッド・フォリストリア』として国の安寧と豊穣を宣言する。レギストリアどころか、ブリア=バート地方五カ国すべての少女が夢見る一番の大役だ。
「今年の『セイクレッド・フォリストリア』なんてとっくに決まってるわよ。冗談はやめて」
「冗談なもんか。レギの少女なら誰だって一度は憧れるもんなのに、あんたときたらちっとも関心がないんだからねえ」
『セイクレッド・フォリストリア』を選ぶ際には、家柄や出自などはまったく問われない。そして一度『セイクリッド・フォリストリア』に選ばれた少女は、現在の身分に関係なくどこへ行っても聖女として優遇される。
また、美しい姿で街中を練り歩くことで多くの人の目に触れることとなり、そこで貴族に見初められることもある。そうして実際に裕福な家に嫁ぐことになった少女も多いことから、みんなその聖女役に憧れるのだ。
「もったいないねえ。選ばれれば後の幸せは約束されたようなものなのに。なにも王妃を狙えとは言わないけどさ、ここで顔を売っておけばそれなりにいいところへお嫁に」
言いかけて、セルマは言葉を切った。触れてはならない話題になってしまったことに気づいたのだ。そのことに気づかないふりをして、ミルザは話を逸らした。
「それより、今日は少し多めに持ってきてしまったけれど、買い取ってくれるかしら?」
「もちろんだよ! あんたのつくる花は、評判がいいんだ。とびきりきれいに咲いているし長持ちするからね。丁寧につくっているのが、よくわかるよ。多く売ってくれる分には、こっちが大助かりさ」
「そう言ってもらえると嬉しいわ。あと、ミモザでサシェを作ってみたの。それと、香油が五本。お願いできる?」
「あいよ。ところで、サーザちゃんは? 今日は彼女も一緒に泊まっていくんだろ?」
「ええ。あちこち見ていて遅いの。そろそろ来るんじゃないかしら」
「ああ、サーザちゃんがパレに出てくるのは久しぶりだしね。……そういやさ」
声をひそめて、セルマはミルザに顔を近づけた。
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