過保護な御曹司とスイートライフ
「ひどくしてください」 (3)
ひとりで混乱している間に三度目のインターホンが鳴り、迷ったあとでサムターンを回してドアを開けた。
こんな時間にインターホンを何度も鳴らされてしまったら、お隣さんに迷惑だ。
恐る恐る顔を出すと、私に気づいたその人が「あ」と声を漏らしてから、ため息を落とす。
「お前、急にいなくなるなよ。心配するだろ」
やれやれって感じのトーンで言われても、すぐに返事が出てこなかった。
だって……なんでここがわかったの?
昨日、成宮さんは勝手に『成宮だ』って自己紹介していたけれど、私は名前も住所も言っていない。『匿名希望です』を通した。成宮さんにはなんの迷惑もかけたくなかったから。
――なのに、どうして。
そんな疑問を頭の中でグルグル巡らせていると、成宮さんは玄関ドアの横にある表札を見て聞く。
「女のひとり暮らしなのに、表札出してて大丈夫か? まぁ、そのおかげで俺はこの部屋だって確信が持てたから助かったけど」
「……確信?」
〝鈴村〟の表札を見てこの部屋だと確信したなんて、もとから私の名前を知っていたような口ぶりだ。
そこが引っかかって聞き返すと、成宮さんは当たり前のように答えた。
「〝鈴村彩月〟っていうんだろ?」
――やっぱり怪しいかもしれない。
フルネームがバレていることに動揺して、持ったままだったドアノブを思い切り引いた。
でも、ドアは閉まり切ることなく〝ガ……ッ〟と鈍い音をたてて途中で止まる。
見れば、成宮さんの革靴が間に入り込んでいて……視線を上げると、細い隙間から「いってぇ……っ」と、彼の痛がる様子が見えた。
こういうの、刑事ドラマで見たことあるかもしれない。
「すみません。動揺のあまり、つい咄嗟にドアを引いちゃって」
ググッとドアを引く力は弱めずに謝ると、成宮さんはドアを手で開けようとしながら言う。
「咄嗟っていうのは、瞬間的な判断を言うんだろ。お前のコレは咄嗟じゃねぇし、その前に動揺ってどこがだよ」
それぞれ自分の方向に引こうとする私と成宮さんで、ドアの引っ張り合いみたいになる。こんなに何かを全力で引っ張ったのは、小学校の運動会で行われた綱引き以来かもしれない。
成宮さんの力に負けそうになりながらも、手は緩めずに言う。
「顔に出ないだけです。よく言われますけど、内心、相当焦ってます。心臓バクバクです」
本当にその通りだ。成宮さんが悪い人でないのはわかっていても、教えていないはずの家や名前を突き止められたら気味が悪い。110番と119番、どちらが警察だっけ……と混乱する頭で考える。
「本当に顔に出ないな……。とりあえず、手、離せ。いい加減、足いてぇ」
そんなことを言われても……と、ドアを引く力はそのままに眉を寄せた。
「だって、ここは私がひとり暮らししている部屋です。そこに、私の名前も住所も知らないはずの人が、こんな朝早く訪ねてきて、『はい、どうぞ』って通せるわけがないじゃないですか」
言いながら、なんでここがわかったのかを考える。それに、わざわざここに来た理由もわからない。昨日のことはあれっきりで終わりだと、再三伝えたはずだ。
もう一度思い出してみるけど、確かに名乗ってはいない。もちろん、住所も電話番号も。社員証や保険証を落としてきたわけでもない。
そもそも、万が一、何かしらの事情で名前がバレたところで、住所を調べようがないはずだ。名前から調べられる職種の人なんて、警察だとかそれくらい……。
頭の中をフル回転させていると、成宮さんは足の痛みに耐えながら言う。苦笑いを浮かべているみたいだった。
「そりゃ、いい判断だな。昨日の夜、あんな危なっかしいことをしてたヤツと同一人物とは思えない」
「……どうしてここが?」
『まさか、つけられた?』と疑いながら聞く私に、成宮さんは「なんでって……」と、わずかに不思議そうな声を出す。そして、「調べれば、そんなもんすぐわかるだろ」と答えた。
「お前が頑なに名前を言わないから、一応、昨日のうちに調べといたんだよ」
「昨日のうちに……?」
「ああ。お前がシャワー浴びてる間に会社に電話して、残ってたヤツに調べさせた」
「会社……」
呟いてから、ハッとした。そんな一般市民の個人情報をすぐに調べられるのなんて、警察くらいだ。〝会社〟なんて言い方してるけど、つまり〝署〟ってこと――。
「鈴村。とりあえず、部屋に入れてくれると助かるんだけど。お前が嫌がるようなことはしないから。あと、足。いい加減、解放してくれ。感覚がなくなってきた」
お願いされて、慌ててドアを引く手を離した。
公務執行妨害なんて言われて、捕まえられちゃったら……と不安になったから。足だって思い切りドアに挟んでしまったし、傷害罪だとかにもなってしまうのだろうかと、血の気が引いていく。
警察は、自分の職業を言い触らしちゃいけないって聞いたことがある。だから、〝会社〟って言い方をしたんだろう。それに、あんな慣れた感じでドアの隙間に足だって挟んできたし……多分、そうだ。
だとしたら、警察官である成宮さんがどうしてここに来たんだろう。私、知らないうちに何か法に触れるようなことをしてしまったのだろうか……。
ドアを開けると、私がまだ抵抗を試みると思っているのか、成宮さんはドアを片手で押さえたまま、私を見下ろす。
私よりも、二十センチ近く高い身長。ガッシリとした体格。確かに警官とかやってそうな体格だな……と思った。
なんの話をされるにしても、こんな朝早くから玄関前で騒ぐのは近所迷惑だ。
だから迷った挙句、「散らかってますが、どうぞ」と一歩下がると、成宮さんが「おう。悪いな」と笑うように言った。
電気ケトルで沸かしたお湯を、インスタントコーヒーの入ったマグカップに注ぐ。いい香りがふわっと部屋に広がるのを感じながら、それを持ち、ローテーブルの上に置いた。
「よろしかったらどうぞ」
ソファに座った成宮さんは「ああ、もらう」と笑顔を浮かべて、マグカップに手を伸ばす。
ボタンひとつ開けたYシャツに、スーツ姿の成宮さんがマグカップを口に運ぶのを眺め、私もコーヒーをひと口飲む。
さっきコーヒーを淹れながら交わした会話の中で、私の勤務先までも把握されていることを知り、もう成宮さんが警察関係者だということは、私の中で疑う余地もなくなっていた。
早起きの人たちの生活音がアパート内外からわずかに聞こえる中、マグカップを置いた成宮さんが「これ」と胸ポケットから封筒を取り出した。
見覚えのある茶封筒は、私が朝、ホテルの部屋に残した物だ。
「……足りなかったですか?」
事前に封入したお金は三万円。
それでも、あんな部屋に連れていかれちゃったからと、朝二万を足して部屋を出たけれど、不足していたのかもしれない。
そう思い「おいくらですか?」と聞くと、成宮さんは真顔のまま「いや、いらない」とハッキリ断った。
「いえ。そういうわけにはいきません。私がお願いしたことですし」
「俺は、金を提示されて応じたわけじゃないし、もとからもらうつもりなんかないから受け取れない」
言い切られ、ハッとする。もしかしたら、お金を渡したのはマズかったかもしれない。法に触れたりするだろうか……と不安になりながらも、でも、と考え直す。私が渡したお金は、行為への代金じゃない。
「……行為についてはそうだとしても、部屋代は別ですから」
昨日のことを思い出し、なんとなく気恥ずかしくなりながら言う。
成宮さんは私をじっと見たあと、やっぱり首を振った。
「だったら、なおさらいらねーよ。俺、あの部屋に半分住んでるようなもんだし。昨日、特別に取ったとかじゃないから」
「……ホテル住まいなんですか?」
しかも、あんな高級ホテルで? 一泊の宿泊費で、この部屋一ヵ月分の家賃が払えそうだ。
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