過保護な御曹司とスイートライフ
「ひどくしてください」 (2)
『いいって――』と呟く成宮さんの言葉に、被せるようにして言う。
『困らせてしまっているようですし、ほかを当たります。本当にすみませんでした』
『ほかって?』
『逆ナンします』
ハッキリと答えたのに。成宮さんは数秒黙ったあと、ははっと笑いだした。
『ナンパされてあんなに腰が引けてたヤツが、逆ナンなんかできるわけないだろ』
おかしそうに言われ、事実なだけに私は眉を寄せる。
『できます。ただ、ああいう風にガツガツ来られるのが苦手なだけで、私だって逆ナンくらい華麗に――』
『いや、できないって。見てたらわかる』
キッパリ言われて驚く。そこまでそういう行為に慣れてなさそうなんだろうか……まぁ、そうかもしれないなと自問自答する。だって、何を隠そう、逆ナンなんてこれが初めてなのだから。
かれこれ一時間、立ったまま逆ナンするタイミングを見計らっていたけれど、結局誰にも声をかけられずにいた。そこをナンパされて、困っていたところを成宮さんに助けられたのだから、〝無理だ〟と断言されてしまうのも当たり前だった。
『慣れないことをしてるってことは、なんかワケありか?』
『……はい』
『それって、今日じゃなきゃダメなのか?』
低く柔らかい声に問われ、『はい』と頷いた声は、思いの外重苦しいトーンになってしまった。それをフォローするでもなく、うつむいて唇を噛む。
そう、今日じゃなきゃダメだ。私は今日、覚悟を決めて、自分の人生をかけてここに立ったんだから。
家を出てひとり暮らしを始めて、明日で四年。せっかく自由を手に入れたはずなのに、私は家にいた頃と何ひとつ変われていないと、肩を落とすと同時に何かやらなくちゃと焦った。
どうにか変わりたくて、違う世界が見たくて飛び出したんだから――。
『今日じゃなきゃ、ダメなんです』と呟くように言うと……少ししてから、ため息が聞こえた。そして、頭にポスッと大きな手が乗る。
『相手は誰でもいいんだな?』
『……はい』
コクリと頷くと、成宮さんは『んー』と少し悩んでいるような声でうなってから、私の頭をグリグリと撫でた。
髪がくしゃくしゃになることなんて、全く気にもかけていないような撫で方は、私の知っているものと違い、瞬間的に声を失ってしまう。
そんな私に、成宮さんは笑ったように見えた。
『じゃあ俺が持ち帰る。お前、なんか危なっかしいし、ここに立たせてたら変な酔っ払いにでも拾われそうだし』
『え……いいんですか?』
驚いて顔を上げると、私の頭に手を置いたまま、成宮さんが聞く。
『ただ、俺だって危ないヤツかもしれないけど。それでも、本当にいいのか?』
多分合っている視線。
真面目な顔をしているんだろうな、っていうのが声でわかった。確認してくれる、厳しくも優しい声に、私は笑みを浮かべながら『はい』と答えた。
――そして。
『でも、ひとつだけお願いがあります』
『お願い?』
『はい。……ひどくしてください』
見つめる先。成宮さんの顔に驚きが広がっていくのが、ぼんやりとわかった。
朝日が昇る中、ホテルを出て迷うことなく東に延びている道を歩きだす。
昨日、成宮さんの車に揺られながら、どういう道順でここに来たのかは、きちんと覚えていた。酔っていたわけでもないし、最初から朝こっそり抜け出すつもりだったから、ひとりでも帰れるように。
スマホの液晶画面は朝の六時十分を教えていた。三月の空には、霞がかった青空が広がっている。
暦のうえでは春というけれど、朝の空気はまだまだ冷え切っていて、ピュッと吹く風に思わず縮こまってしまう。
人通りのほとんどない道を歩きながら見上げると、薄い雲のかかったキレイな空に高いビルがいくつも伸びている。
そんなビルの中で、ひと際目立っているのが私が今までいた高級ホテルなんだから、『すごいなぁ……』と、ちらりと後ろを振り返って再確認する。
さっきまでそこの最上階で寝ていたなんて、信じられない。この先、あんなホテルに泊まれることなんてまずないだろうなぁと思いながら、成宮さんってどういう仕事をしている人なんだろうと考える。普通の人が一夜限りの相手に使うような部屋じゃなかったし、お金持ちなことは確かだ。
昨日、お持ち帰りが無事決定してから乗せられた車には、運転手さんがいた。
自分で運転しなくていいなんて、かなりの立場がある人なのかもしれない。
まだ二十代後半、いってても三十歳だと思ったけれど、多分私の思い違いだ。
裸眼じゃ顔のシワまで見えないし、実際はもっと上だったんだろう。……いろいろと慣れていたし。物腰や雰囲気も落ち着いていて〝大人の男〟って感じがした。
……とても、素敵な人だった。
ホテルの最上階部分を見つめてから、そっと目を逸らし、駅へ向かって歩きだす。
口には出せないような場所に、わずかに感じる痛み。
昨日の夜、私は多分、そこそこ大事なものを手離したっていうのに、世界はちっとも変わらない。それでも……昨夜の出来事が、私の人生の分岐点になったことだけは確かだった。
弱い視力にわずかな不便さを感じながら着いた三階建てのアパートは、オフィス街から駅で六駅ほど離れた場所にある。最寄り駅からは徒歩二十分。四年前に見つけた時には新築を謳っていて、キレイなところが決め手だった。
全体的に白い外観。そこにシンプルな窓がはめ込まれていて、外階段を覆う屋根と風よけの部分は、落ち着いたオリーブ色。
それぞれの部屋についているベランダは、ウッドデッキのような木の素材でできている。落ち着いた色合いと温かみのあるベランダも気に入ったポイントのひとつだったかもしれない。
そんな素朴で可愛らしいアパートの二階、一番奥が私がひとり暮らしする部屋だ。入居してほぼ四年が経つけれど、住み心地は気に入っている。
玄関を開けて中に入ると、右にキッチン、左にバス・トイレへと続く扉が一枚。そして前面に広がるのが、十畳弱のワンルーム。
フローリングの上に置いてある家具は、白いベッドと、同じく白のローテーブル、そしてオリーブ色のふたり掛けのソファ。ローテーブルの下には、薄いグレーのラグマットが敷かれている。
一見、片づいて見えるのは、部屋の右部分が大容量のクローゼットになっているからで、収納性に富んでいるところもとても気に入っている。
コンタクトをしていない目を凝らして置時計を確認すると、七時十分。
土曜の朝なのにこんなに早起きしているのが不思議で、昨夜から今までのことが、どれだけ非日常的だったかを実感する。
あんな冒険は、きっとあの一度きりだ。もう許されないし……そもそも、勝手なことをした私を、あの人はどう思うだろう。
後悔はしていない。それでも、自分がしでかしたことの大きさをじわじわと思い知り、奥歯をギリッと噛みしめる。重たい気持ちを吐き捨てるようにふーっと長い息を吐き、持っていたバッグをベッドに放り投げて、そのままそこにダイブする。
そういえば、あのホテルのベッドサイズはどれくらいだったんだろう。ずいぶん大きかったけれど、あれが噂に聞くクイーンとかキングサイズというものだろうか。
ポフンとスプリングが沈んだベッドにうつ伏せになったまま、ただぼんやりとしていると、インターホンが鳴った。
ピンポーン……という音に耳を疑ってから、もう一度睨むようにして時計を確認するけど、時間は七時十三分。人の家を訪ねていい時間じゃない。
「部屋を間違えてる……とか?」
でも、私の部屋は一番奥だ。間違えるだろうか。それとも……。
首を傾げているうちに、もう一度鳴るから、慌てて玄関に走り寄る。そして、覗き穴から外を見て目を疑った。
だって、ドアの向こうには、いるはずのない人が立っていたから。裸眼だからハッキリとは言い切れないけれど……背格好や髪型からすれば多分、そうだ。
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