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過保護な御曹司とスイートライフ

pinori

過保護な御曹司とスイートライフ / 「ひどくしてください」 (1)




過保護な御曹司とスイートライフ


「ひどくしてください」


 カーテンのすきから見える空がわずかに明るくなり、日の出が近いことを知らせる。ベッドのヘッドボードの照明だけが淡く灯る暗い部屋。

 上半身を起こして、隣で眠る人に視線を落とした。

 コンタクトをしていないせいで、ぼんやりとしか顔が見えないその男の人は、名前を〝なるみや〟というらしい。黒髪は、男の人にしては長めだろうか。おそらく美形に分類されるだろう。身体つきはガッシリしていて、キスはうまいと思う。……多分、それ以外も。

 私にジロジロ見られているとも知らずにのんに眠る成宮さんとは、昨日の夜が初対面で……しょうしんしょうめい、私が逆ナンした相手だった。

「……おはようございます」

 そうつぶやいて大きなベッドから抜け出し、床に落ちている服を拾って着る。衣ずれの音で成宮さんが目を覚まさないかドキドキしたけれど、そんな心配は無用だったらしい。面倒臭がって立ったままストッキングをはいたせいで、よろけて棚にぶつかってしまったのに、成宮さんはその音にも気づかずスヤスヤ寝たままだった。

 よほど疲れているんだろうか。

 一応、呼吸していることを寝息で確認してから、バスルームのほうに向かう。脱衣所に入り、木製の高級感あふれるドアを静かに閉めてから、洗面台の前に立った。

 顔を寄せた鏡の中には、昨日となんら変わらない自分が映り……ホッとしているのか、ガッカリしているのか、どっちつかずの感情がき上がった。

 ふたの大きい瞳に、小さな鼻と薄いくちびる。夜道を歩いていると気味悪がられるほどに白い肌。肌同様、色素が薄いボブカットの茶色い髪。以前は下ろしていた前髪は、運気が上がるという記事を信じて左に流してみたけれど……実際、幸運が舞い込んできたかはわからないまま一年が経った。

「経験しても、変わらないものなんだなぁ……」

 ようやく〝大人〟になったはずなのに。私自身は何ひとつ変わっていない。……変われていない。

 でも、そんな変化が目に見えたらちょっと問題だし、そりゃそうか……と納得してから寝室に戻り、バッグを持つ。忘れ物がないかを確認したあと、そのままドアに向かい……そして、一度だけ振り返った。

 大きなベッド。十人近く座れるんじゃないかってくらい大きい、コの字型のソファ。窓際にある丸いテーブルと、二脚の椅子。何十インチあるのかわからないほど大きな壁かけ液晶テレビ。きっと高いであろう、よくわからない絵画。

 この広い部屋代は、ベッドサイドのテーブルに置いたお金で足りるんだろうか……と少し不安になる。

 しかも、ここはホテルの最上階だ。

 昨日連れてきてもらった時、成宮さんの指が〝36〟の数字を押すのを見ていたから覚えている。それ以上の数字は操作盤になかった。

 こんな部屋で〝初体験〟をますことができた私は、幸運なんだろうなぁと思い、左に流した前髪を思い出す。こんなところで効果を発揮してくれたらしい。前髪の間からのぞくおでこに触りながら、ふっとひとり笑い、ベッドに視線を移す。

 弱い視力でぼやけている視界。……夢の世界。

 まだスヤスヤと寝ている成宮さんに「さよなら」と呟くように告げてから部屋をあとにした。


 成宮さんと出会ったのは、昨日。

 職場近くの駅は、金曜日の二十一時という時間帯も手伝ってなのか、とても賑わっていた。アルコールの臭いがするサラリーマンもたくさん通りかかる中、逆ナンを試みている時に出会ったのが彼だった。

 男性に声をかけようと意気込みながらも尻込みして、そのうちに知らない男性にナンパされて困っていた。

『テニスサークルで部長やってるんだよね』と自己紹介してくれたから、大学生なんだろう。視力が悪いせいでぼんやりとしか見えないけれど、おそらく年下だろうなってことと、吹いたら飛ぶような雰囲気の軽さは感じ取れていた。

 逆ナンしようとしていたのだから、男性のほうから来てくれるなんて願ったり叶ったりのはずなのに、あまりにグイグイ来られて怖くなってしまって、気づけば首を横に振っていた。

『あの、私みたいな地味な女で遊んでも、つまらないと思います』

『えー? 確かに地味は地味だけど、肌とかすげー白いし、素朴で可愛いじゃん。俺、全然いけるから大丈夫』

『そうですか。でも遠慮します』

 内心あせりながらそんな押し問答をしていた時、男性の向こう側からやってきて、助け船を出してくれたのが成宮さんだった。

 スーツ姿の成宮さんは、近くに停めた黒い高級車から降りてきた。そしてグイグイ来るその男の人を『強引なのはよくないんじゃないか?』と紳士的に撃退してくれた。

『別に強引ってわけじゃ……』と何かを言いかけた男の人だったけれど、成宮さんがあまりに堂々としていたからか、そのうちにあきらめ、背中を向ける。

 去っていく男の人の後ろ姿をなんとなく眺めていると、腰を折った成宮さんが私の顔を覗き込むようにして聞いた。

『大丈夫か? 金曜の夜なんて浮かれたヤツが多いし、ぼーっとしてて持ち帰られても文句言えないからな。自分で気をつけたほうがいい』

 腰を折ってくれても見上げなければ合わない視線に、背が高いんだなと思った。そして、心配してくれる声のトーンや雰囲気に、『ああ、この人がいいな』と思った。直感だった。

『ぼーっとして見えたなら、あなたが持って帰ってくれませんか?』

『は?』

 見上げる先で、成宮さんは多分、キョトンとした顔をしていた。

『私、どうしても今日、誰かにお持ち帰りされたいんです。だから、迷惑じゃなければ……』

 さっきまではどうしても踏み出せなかった一歩が、こんなにも簡単に出てしまい、自分でもびっくりするほどだった。しかも、こんなお願いをこんな冷静なまま口にできるなんて思ってもみなかった。

 成宮さんを前にしたら、まるで誘い出されるように言葉がこぼれて……とても不思議だった。それだけ成宮さんが話しやすいおおらかなオーラを持っていたのかもしれない。

 結構な大胆発言だっていうのはわかっていたし、きっと驚かれるだろうなっていうのも想定済みだったから、なかなか返事が来なくても黙って待つ。成宮さんが私の想像通り驚いているのは、雰囲気からわかった。

『……それ、本気で言ってんのか? 〝持ち帰り〟って意味、わかってる?』

『もう二十二なので、さすがに知ってます。それに、本気です』

 目をらさずに言った私を、成宮さんは少し困ったような顔で見ているようだった。

『電話番号もアドレスも交換しませんし、名前も知らないままでかまいません。ひと晩一緒に過ごしてくれたら、それでおしまい。もう、二度と会いません。後腐れゼロです。私、目が悪いんですけど、今はコンタクトを外しているので、あなたの顔もぼんやりとしか見えてませんし』

 だから、今後どこかですれ違ったとしても、私は成宮さんには気づかない。会社を出る時にコンタクトを外したのは、ただ単に自分の都合だった。勇気を出すためにお酒を飲むようなもので、周りがよく見えなければ逆ナンできると思ったから。

 でも、もしかしたらそれは相手にとっても都合がいいかもしれない。その可能性に気づき、まるで売り込みのように淡々とメリットを説明すると、成宮さんは『二度と会わないって言ったってなぁ……』と、後ろ頭をかく。

 成宮さんがどんな顔をしているのかとか細かいことは、ぼんやりとしかわからない。それでも、困っているのかなっていうのは、声のトーンやぐさで充分伝わってきた。

 だから、成宮さんが戸惑い続けて数十秒経ったところで、『やっぱりいいです。突然すみませんでした』と頭を下げた。いくら直感があったからって、こんなにためらっているのに持って帰ってもらうのは申し訳ない。

 私が絶世の美女だったら、あとひと押しどころか、ふた押しでも三押しでもできるんだろうけれど、残念ながらそうではない。

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