クールな社長の溺甘プロポーズ
プロポーズはふたりきりで (2)
……けれど。そんな仕事ばかりの毎日は忙しく慌ただしい。
朝から晩まで働き、残業もある。基本的には土日休みだけれど、店舗からのヘルプで休日出勤もあれば、休めても疲れから寝て終わってしまうこともたびたびある。
時期によっては各地にある店舗を巡回するため出張もある。
そんな日々の合間に、恋人に割ける時間は少ない。ましてやお互い仕事をしていればなおさらだ。
忙しさを理由に会えなかったり、連絡がおろそかになってしまったり、デートの約束もドタキャンしてしまったり。それらを繰り返してしまい、私は恋人ができても長く続かないのだ。
半年前まで付き合っていた彼氏はそんな私を受け入れてくれていた。かと思いきや、ほかに女をつくっていた。
浮気現場を目撃してしまい、一番聞きたくなかったあのひと言をもらった末にフラれたのだ。
『星乃は仕事だけあればいいんだろ』
社会人になってから、これまで付き合った相手皆に言われた言葉。けれど、彼に言われたその言葉が一番深く胸に突き刺さった。
もう二度とあんな苦しい思い、したくない。
「……はぁ」
オフィスを出てやって来たトイレで、私はひとり深いため息をこぼす。
先ほどの柳原チーフとの会話のせいで、嫌な思い出がどんどんよみがえってくる……。
目の前の鏡に映るのは、春物のライトピンクのロングカーディガンにグレーの丸首ブラウス、白いワイドパンツと自社ブランドの服で固めた自分。
今の自分の充実ぶりをわかってほしくて、背伸びをして高級ブランドのパンプスを履き、まぶしいぐらいに輝く一粒ダイヤのネックレスを身につけ、と精いっぱい自身を飾るけれど、それも幸せそうに家族や恋人のことを語る友人たちの前ではかすんでしまう気がした。
半年前の彼との別れをきっかけに、自分には結婚など縁がないのだとあきらめた。
仕事と恋愛、どちらが大切かと迫られると、時折大切な仕事も嫌いになってしまいそうだ。恋愛したってどうせ続かない。どうせ終わる。どうせ、傷つく。
そんな気持ちを繰り返すなら、ひとりのほうがいい。
いざというときのために保険には入っているし、ある程度お金が貯まったらマンションでも買ってしまおうかとも思っている。あとは老後のために貯金をしておいて……。
そんなことを考えながら、トイレを出ようとしたところ、ポケットに入れておいたスマートフォンがブーッと震えた。
取り出して見れば、画面には【着信 お父さん】の文字が表示されていた。
お父さんから電話……? なんだろう、わからないけど嫌な予感がする。
けど無視するのもどうかと思い、私は通話ボタンをタップして電話に出た。
「もしもし?」
『おぉ、星乃! 今大丈夫か?』
「うん、少しならいいけど」
電話越しに聞こえる父の大きな声に、思わずスマートフォンを少し耳から離しながら答える。
『それが、沙羅ちゃんが結婚するらしくてな! まだ先の話だが、結婚式出られるだろう?』
「あー、うん。大丈夫……って待って、沙羅ちゃんっていとこの? たしかまだ二十歳じゃなかった!?」
『そうなんだが、恋人が海外転勤になったとかでな。結婚して一緒についてきてほしいとプロポーズされたんだと!』
二十歳にして、プロポーズされて結婚……。それはまたおめでたい話だと思うと同時に、父の次の言葉が想像できてしまう。
「言っておくけど、私はまだ予定ないから」
その言葉を防ぐように自ら先に言うと、電話の向こうからは『うっ』と図星を指されたというような声がした。
やっぱり。どうせ沙羅ちゃんの話から、私の結婚話に持っていくつもりだったのだろう。
『まだ、っていつまでそんなこと言ってるつもりだ!』
「心配しないで。貯金もしてるし保険も入ってるし、一生独身の準備はできてるから」
『そんな準備いらん!』
勢いよく、余計大きくなるお父さんの声に耳がキーンと痛くなる。
『そもそも父さんの会社はどうするつもりだ!? じいちゃんと父さんが二代にわたって経営してきたこの会社を終わらせるつもりか!?』
出た、跡継ぎの話。
子供の頃から何度も、そしてここ数年は会うたびに聞かされている話に、うんざりしてしまう。
父方の家系は【澤口製作所】という、祖父の代から続く自動車部品工場を経営している。身内と十数人の従業員で経営しており規模は大きくないけれど、緻密で精巧な技術が業界内でも高く評価されているらしく、国内でも有名な自動車メーカーを得意先に持つほど。
自身が高齢になってきたことから、父としてはそろそろ次期後継者として社長候補を育てたいところ……が。うちは私と妹のふたり姉妹。妹は二十代初めにお嫁にいってしまい、現在旦那さんの実家のある北海道で暮らしている。
そうなると期待がかかるのは私の結婚相手ということで、たびたびこうして結婚だ、婿だと急かしてくるのだ。
「従業員の誰かに継いでもらえばいいでしょ。それに会社を継がせるために誰かと結婚するなんて嫌」
そう。今どき身内経営にこだわらなくてもいいと思うし、ただでさえ結婚できる気配がないというのに、恋人ができたところで『婿に入ってうちの会社を継いでほしい』なんて言ったら逃げられてしまいそうな気もする。
そんな気持ちもあり、きっぱりと拒否の姿勢を示す。
「そもそも私は今仕事で手いっぱいだし、結婚なんて考えてないから。だからほっといて!」
ここが会社のトイレだということも忘れて大声で言うと、電話の向こうは一瞬静かになる。
『……そうか、ならしかたがないな』
そして聞こえたのはしおらしい声。
よし、やっとあきらめてくれた。どうせまたいつものように、少し経ったらこうして電話してくるのだろうけど。
そう思ったけれど、父が続けた言葉はいつもと違った。
『それならあの手を使わせてもらう。父さんは本気だからな、待ってろ!』
「へ? あの手って……」
お父さんはそう言い捨てると、私の話も聞かずに電話を切った。
一方的に話して、一方的に切って……相変わらずその場の勢いで動く人だ。
しかも『あの手』ってなんだろう。
まぁ、お父さんのことだから、無理やりお見合いでもさせようって魂胆かもしれない。絶対しないけど。
当分お父さんからの電話には出ないほうがいいかも。
電話一本になんだか疲れてしまい、はぁと深いため息をつくと、私はオフィスへ戻るべくトイレを出た。
お父さんの気持ちも、わかる。会社の跡継ぎもそうだし、孫だって見たいだろう。
私だって、本当にあきらめたわけじゃない。
だけど、誰かと付き合って、結婚を考えたところでどうせまたうまくいかないだろうという気持ちが湧いてきてしまうんだ。
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