元帥閣下は勲章よりも男装花嫁を所望する

真彩-mahya-

男装の私と元帥閣下 (1)




男装の私と元帥閣下



 ある朝、私は父上と共に、訪問先の海軍元帥の屋敷の門をくぐった。

 陸軍元帥である父上にお供としてついてきた私は、黒地に赤い腕章のある軍服を着て、玄関へ歩みを進める。長い後ろ髪はまとめて軍用帽の中に入れていた。

 内面はそうでなくとも、外面は男らしく見えるよう、歩き方にも気を使う。女性っぽく低くなりがちな重心を、おへその辺りに移動させるよう集中し、大股で歩いた。

 がっしりとした体つきの父上は、くちひげを蓄え、白いものが交じってきた頭髪もまだまだ頭皮から離れず元気に生育している。年季の入った軍服はその体にんでおり、いかにも軍人といった姿だ。

 きちんと整備されているけれど、花の一輪も咲いていない面白みのない庭を通ると、同じく無駄な装飾が一切ない、機能だけを目的としたような住居が目の前に現れた。

 父上が玄関の扉をノックすると、使用人と思われる少年がそれを開けた。まだ十代前半に見える彼は、私たちを玄関ホールから主人のいる応接室へと案内してくれる。

 たどり着いた応接室は、接客用のソファとテーブル以外は余分なものがない。同じような階級の軍人の屋敷にお邪魔したときは、屋敷の主が今まで獲得してきた勲章の数々や、高そうな美術品が自慢げに飾られていたものだ。

「やあ、ヴェルナー。元気そうだな」

 先に挨拶をした父上の後ろから、私はちらりと顔を出す。すると、窓際に立っていた屋敷の主人がこちらに近づいてきていた。

「わざわざおいでくださり、ありがとうございます。閣下」

 まだ二十代後半のその海軍元帥は、歓迎のほほみを浮かべて父上に手を差し出し、握手を交わした。

 彼の髪は黒く、襟足は短い。アンバーの瞳がきらめく切れ長の目。長すぎるほどの四肢。その姿は軍人というより、よくできた彫刻のようだった。

 纏っているのは軍服ではなく、シンプルなシャツとジャケットだった。それも、私の父上が来るから仕方なく羽織ったといったぜい

 やっぱり。一年前に会ったあの人だ。

 久しぶりに間近で見るヴェルナー元帥の姿に、不覚にも胸がときめく。

 彼はレオンハルト・ヴェルナー。若干二十八歳で海軍元帥の座に就いている。


* * *


 一年前。

「ねえ、ばあや。なにか間違ってないか?」

 朝の光が射し込む自室で、着替えの手伝いのために入ってきたばあやが持ってきた服を見て、私は首をかしげるしかできなかった。

「いいえ、なにも間違っておりません」

 首を横に振るばあやが手にしているのは、女性用のコルセットと、爽やかなミントグリーンのドレス。

「これは姉上のドレスだろ。ほら、私はルカだよ。ばあや、ボケるにはまだ早いはず……」

 鼻先に近い位置に老眼鏡をしているばあやに、ぐっと顔を近づける。ばあやが、私とそっくりと言われるひとつ年上の姉と間違えているのではないかと思ったから。

「わかっております!」

 ばあやが牙をむく。鼻先をかじられそうな勢いに、私は思わずのけぞった。

「なら、どうして。こんなものを着たら、父上が烈火のごとく怒りそうじゃないか」

 ところどころにいろのアクセントがついた、陸軍の黒い制服。朝に着る私の服といえば、それしかないはず。

 本来なら軍に入る資格のない私を立派な軍人に育てようと、生まれたときから必死に教育してきた父上だ。私が女装した姿を見たら、それはもう、頭髪が九割抜け落ちるくらい怒り散らすだろう。

「そのご主人様のご命令なのです」

「父上の?」

 いったいどういうことだろう。

 さらに首を傾げると、コンコンと扉をノックされた。返事をすると、のっそりと父上が部屋に入ってきた。

 陸軍元帥であり、部下に厳しく、いつもきびきびとしている父上が、なぜか今朝は水を与えられなかった花のようにしょんぼりしている。

「ルカ、申し訳ない。今日だけはそれを着てくれ」

「どういうことでしょう?」

 私に女装をしろだなんて。思わず眉をひそめてしまう。

「エルザが風邪をひいてしまったんだ。今日の式典には行けそうにない。ルカ、お前にエルザを装って式典に参加してほしい」

「ええっ?」

 エルザというのは、私のひとつ年上の姉のこと。その他に五人も年上の姉がいるが、エルザ以外はみんな結婚して家を出ている。

 亜麻色の髪にヘイゼルの瞳を持った美しい姉・エルザは、私とうりふたつと言われている。いや、私が姉に似ているのか。

「皇帝陛下がエルザのうわさを聞いたらしく、『お前の美しい娘に会いたい』と直々に言われてしまったのだ。陛下の期待を裏切るわけにはいかん」

 額を押さえて、深いため息をつく父上。

「風邪なら仕方ないでしょう。真実をお話しになればいい」

 そんなくだらない事情に付き合っていられるか。

 私は、ばあやが押しつけてきたコルセットをベッドの上に放り投げた。

 皇帝陛下は私と同じ二十二歳。そろそろ結婚相手を決めろと言われる年頃だ。だから国中の美しい娘を集めて、品定めしようというわけか。

 私は皇帝陛下を尊敬してはいない。ただ先帝の次男だったというだけで皇位に就いた青二才で、これといった才能もない。周辺を固める貴族たちの言いなりになっているだけ。

 他に三人も兄弟がいるのに、なぜ才能のない次男が帝位に就いたかというと、長男は皇室に生まれたにもかかわらず歴史学にのめり込んだ変人で、権力に興味がない。そして三男は戦死し、四男は先天性の病気で亡くなったからだ。ちなみに先帝が亡くなったのも病が原因だった。

 我が帝国の皇室、なにかに呪われているんじゃないか?

 もちろん、こんな考えを公言するほどバカじゃない。思っているだけ。

「そういうわけにはいかないのだ。お前も大人になればわかる」

「わかりたくありませんね。私は今さらこんなもの、絶対に着ません」

「ルカよ、頼む……」

 とうとう情けない声で私に懇願し始める父上。怒りが私の腹の中で煮えたぎる。

「そもそも、父上が私にこんなことを頼む権利はないはずです。どうして今さら私が女装など。女に生まれた私を、無理やり男として育てたのは父上じゃありませんか!」

 怒鳴った私を止めるように、ばあやがぎゅっと抱きついてきた。

 大海に面した帝国アルバトゥス。私はそこで、貴族階級の軍人である父上のもと、産声をあげた。

 それまで六人の娘がいた父上は、生まれた私がまた女子だったので、この上なく落胆した。そして、思いついたのだ。私を男性として育てることを。

 男性のものである『ルカ』という名を私に授け、物心つく前から男子として育ててきた。着替えや入浴の手伝いは母上とばあやにしか許さず、他の使用人は私のことを本当の男だと思っている。

 しかし現実は厳しい。外面だけ男らしく取り繕うことはできても、私の内面はいまだに、すっかり男らしくなることができずにいる。

 大人になるにつれ、自分の体が女に変わっていく。それを実感しながら男として生きることに、なんの障害も抵抗もなかったとは、とても言えない。

 ひとつ年上の優しい姉上がれんな花のように気飾り、ピアノやダンスを練習する姿を、どうしようもなく羨ましく思ったものだ。代わりに私に与えられたのは、剣と銃と、帝国が運営する幼年学校の制服だった。

「お前の怒りはもっともだ」

 父上はしょんぼりとうなだれた。しかし深呼吸をすると、ビシッと背を伸ばして威圧的な声で言い放った。

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