最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました

西ナナヲ

きっと大丈夫 (1)


きっと大丈夫


「遅ればせながら、高塚の御曹司について調べてみたわけよ」

「さすが千晴さん、疑り深い」

「出身校……は知ってるわよね。家は旧財閥系に属する名家。父親は財閥解体後にグループ内で最も力を持っている商社の代表取締役社長。まあ御園家の息女との婚姻は、向こうの家もうれしいんじゃないかしら」

「ふうん」

「コンサルとしての実績は確か。経営してるコンサルティング会社の顧客は、中、小規模ながらも経営状況のいい優良企業ばかりよ」

「ふうん」

「性格は、明朗快活という評価とごうがん不遜という評価で真っぷたつ。女癖もあまりよくない。まああの家柄であの容姿なら、女のほうから寄ってくるんでしょうね」

 そのへんは二度目に会って十五分で感じたとおりだ。

 やっぱり、時間をかければ多くを知ることができるわけじゃない。短時間で得たものが核心をついている場合だってある。

「一度若手の女優から結婚を迫られるくらいの関係になっていたのを、素知らぬふりで捨てたとか。すっぱ抜かれはしなかったものの、かいわいでは話題になったらしいわ」

「ふうん……」

「どう?」

 千晴さんが私のマンションの部屋で、手を腰にあてた。

 ここは私のような社会人三年目のぺーぺーが暮らすには贅沢な、広いダイニングキッチンを備えた1DKだ。都心からは少しはずれた場所にあるとはいえ、複数の路線にアクセスがよく、普通に借りたら私の収入ではとうてい手が届かない。

 じゃあなぜ住んでいるのかというと、マンションのオーナーが親族だからだ。格安、というより無料同然で貸してくれた。

 大学時代まで、私は生家で父方の祖父母、つまり千晴さんの実の両親と暮らしていた。社会人になるにあたって、ひとり暮らしをしようと考えたのだけれど、心配性の祖父母が『危ない』の一点張りで納得しなかった。

 最終的に、実家を出ることについてはなんとか説得したものの、自分で部屋を探すことだけは認めてもらえず。駅まで自転車を使うような場所で、家賃七万円くらいで暮らしたいのだなんて言ったが最後、ショックでふたりとも倒れてしまいかねなかったので、そこはあきらめた。

「どうって?」

「私には、生涯ひとりの妻だけを愛し抜くような男には思えないんだけどね」

「成功した男の人は、えてしてそう見られがちだよね」

「一般論化してぼかすんじゃないの。あんたの婚約者さまの話をしているの」

 私はダイニングを片づけながら、「大丈夫だと思う」と伝えた。

 結納はもう目の前だ。千晴さんのゆうりょもピークに達しているに違いない。

「どうしてそう言えるの」

「久人さんの愛情が足りないと思ったら、もっとかわいがってくださいってはっきり言うし、それでもダメなら離婚する」

「あのね」

「でもそんなことにはならないと思うの。あの人は、言えば返してくれる人だと思う。言わない限りは好き放題するっていうだけで」

「なめられたら終わりよ?」

「そんなに心配しなくて平気だったら。結納の席には千晴さんもいるでしょ? そこでお話ししてみて。おもしろい人だよ。あっ、もう出なきゃ」

「行ってらっしゃい。戸締まりしておくわ」

「ありがと」

 千晴さんの住まいはすぐ近くだ。料理上手な彼女は、おかずを持ってきてくれたり外食に誘い出してくれたり、忙しい中でなにくれと私を気にしてくれる。

 見るからに気を揉んでいる様子の千晴さんに見送られ、玄関を出た。

 久人さんとの再会から三カ月あまり。

 春が近づく陽気の中、柔らかな日差しを浴びながら駅まで走った。


「桃、こっち」

 待ち合わせた駅前のカフェで、息を切らしてきょろきょろする私を、奥の席から久人さんが呼んだ。仕事帰りの彼は、日曜日というのにスーツ姿だ。

「ごめんなさい! 忙しいのに、お待たせして……」

「いいよ、電車大丈夫だった?」

「それがもう、三十分近く閉じ込められてしまって」

 乗っていた電車が、信号機の故障で緊急停止して、なかなか復旧しなかったのだ。立ちっぱなしで足も痛いし、車内の空気もどんどん悪くなるしでくたくただ。

 だけど早めに出てきたおかげで、待たせたのは十五分ほどで済んだはず。

 久人さんと会うようになって驚いた。多忙な人というのは、前の予定が押したり急な用事が入ったりして、待ち合わせの時刻に現れることなんてないとばかり思っていたのに、逆だった。

 多忙だからこそ、ひとつがずれたらあとに響く。だから各々の用事を時間厳守でこなしていくのが一番効率がいいらしい。

 私との待ち合わせに、アクシデント以外の理由で彼が遅れたことはない。

「そうだと思って、プランナーさんとの打ち合わせ、一時間ずらしてもらった。ちょっとここでひと息ついてこ。ケーキでも食べなよ」

 ふうふうと息を弾ませて、とうの椅子に腰を下ろした私に、彼がメニューを差し出す。受け取ったとき、目が合った。

「あ、腹いっぱい?」

「いえ、実はぺこぺこで」

「俺も今日は頭を使ったから、糖分補給したい」

「でしたら先に……」

 ひとつしかないメニューを返そうとしたところ、にこっと笑って首を振られる。

「桃と同じのを頼むから、さっさと決めて」

「ええ!」

「早くして」

 優雅に脚を組んでふんぞり返ってらっしゃる。私は気が急いて、どれなら彼も喜ぶだろうと懸命にデザートメニューのページをった。

 ケーキ、パフェ、アイス……と目で追いながら、ふふっと笑ってしまう。

 ねえ千晴さん。

 幸せな予感しかないと思わない?


「お式のあと、披露宴会場まではタクシーでご移動となります。列席者のみなさまにスムーズに乗車いただくために、各車にお乗りになる方をお決めいただけますか?」

「なるほど、はい」

 プランナーさんの差し出した配車のための表を見て、久人さんはすぐ胸ポケットからペンを出し、私に渡した。

「桃、この場で全部決められる?」

「はい」

「俺はちょっとデリケートなところがあるから、持ち帰りたい。先に決めて」

 私はほどよく持ち重りのする、けれどびっくりするほど書きやすい彼のペンを借りて、参列者を最大三名のグループに分けはじめた。

 しきたりというほどでもないのだけれど、代々続く慣習から、結婚式は迷う余地なく神前式だ。むしろ悩ましかったのは、御園家と高塚家、双方にそれぞれこんの神社があり、どちらで挙げるかということだった。

 これはもう私たちが決めることではない。叔父に仲介してもらい、両家で話し合って、より直近に挙式のなかった御園家側の神社で挙げることになった。

 神前だと、式場と提携したブライダルプランニング会社がない。多忙な久人さんとすべてを準備するのは難しく、けれどなにもかもを親族任せにするのもつまらない。

 というわけで久人さんの人脈を伝って、フリーのプランナーさんにこうしてお願いしている。

 彼女はオフィスを持っていないので、打ち合わせには毎回どこかの喫茶店やフリーのオフィススペースを使う。これが気分が変わって楽しい。

 今日の会場は、静かでレトロな喫茶店の片隅だ。

「あの、ひとりだけという車があってもいいですか?」

「もちろんです」

「〝千晴さん〟? お祖父さまたちと一緒にしてあげないの」

 私の手元をのぞき込んで、久人さんが不思議そうに言う。

「千晴さん、きっと泣いちゃうと思うから。ゆっくりメイクもお直ししたいだろうし、ひとりになりたいタイミングだと思うんです」

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