最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました / 幸せになります (1)

最愛婚―私、すてきな旦那さまに出会いました
幸せになります
「先日お会いした方を覚えているかな。ぜひこの縁談を進めたいそうなんだよ」
「えっ?」
とある小春日和、母方の叔父が持ってきたそんな話に、私は驚いた。
「でも叔父さま、あれは形ばかりのお見合いだって」
「そのつもりだったんだが、先方が乗り気なのを無下に断るわけにもね」
都銀の副頭取をしている叔父は顔が広く、二十五歳という適齢期に入った私に、『会うだけでいいから』とお見合い話をいくつも持ってくるようになった。妻である叔母に『ごめんね、桃子ちゃん。今、仲人が彼の中でブームみたいなのよ』と手を合わせられてしまうと、つきあってあげるのも姪の役目のような気がして、この半年で十二名の男性と会った。
最後にお会いしたのは……。
「ごめんなさい、私、緊張していて相手の方のこと、よく……」
「そうだろうと思って持ってきたよ、これを見ればどう?」
コーヒーショップの片隅で、叔父がきれいな白い台紙を開いた。身上書だ。
もちろん、お会いする前に私も見ている。けれどあまりに立て続けだったので、正直どれが誰の情報か混乱している。
「肝心の写真が……」
「最初からついていなかったんだよね。背の高い、朗らかな好青年だったよ。思い出せないかい?」
「みなさんそんな感じだったから」
私は必死に記憶を探った。
どのお見合いも『形だけ』と聞かされていたので、失礼のないよう、楽しくやり過ごせばいいのだと、あまり相手に関心を持つこともなかった。それは向こうも同じで、やむなく私と会っているのだとばかり思っていたのに。
「先方からは、もう一度会いたいと話が来ている」
「それをお受けしたら、こちらも前向きだという意思表示になりますよね?」
「そりゃ、お断りするなら今が一番失礼がないね」
判断材料が少なすぎるよう。
「いつ頃までにお返事をしたら……」
「あんまりお待たせするのもあれだから、二、三日中には決めようか」
短い!
進展しそうなお見合いに、当人よりわくわくしている叔父から身上書を受け取り、私は「がんばります」と控えめに伝えた。
* * *
「反対!」
千晴さんがマグカップをテーブルに叩きつけた。
昨日の叔父との話を聞きつけて、私の住むマンションに飛んできたのだ。
「断固反対! どうして顔も覚えてないのに、結婚なんてする気になれるの」
「好青年っていう叔父さまのお墨つきだし」
「そりゃ仲人ならそう言うわよ!」
「でも、うわあって思うほど嫌な人だったら、そのことを覚えてると思わない? 記憶にないってことは、いい印象だったんだと思うの」
「あのね……」
短い髪をくしゃくしゃとかき回して唸っている彼女は、父方の伯母だ。私は両親とも他界しているので、こうして叔父や伯母がよく面倒を見てくれる。
「桃子、まだ二十五でしょ? あせる歳でもないじゃない」
「じゃあ〝あせる歳〟っていくつ? 二十八歳くらい? 考えてみて千晴さん。あと三年で、結婚しようと思える相手に出会う可能性なんてどのくらいある? どのくらいの人がその可能性に賭けて、負けてる?」
「ほんわかした口調できっついこと言うわねー」
「私は自慢じゃないけど恋愛もしたことないし、そもそも男の人にあんまり興味もない。だけど人並みに結婚はしたいと思ってるの」
ひと晩考えた結果、叔父に見せたためらいはどこへやら、私は〝背の高い、朗らかな好青年〟に会ってみる気になっていた。
千晴さんが受け入れがたそうに、渋い顔をする。
「仲睦まじい両親を見て育ったんだものね、わかるわよ」
「千晴さんと旦那さんも仲よくて、憧れだったよ」
「ありがと」
彼女の旦那さんは、結婚十周年を迎える直前に病気で亡くなってしまったのだ。
私は千晴さんのカップが空になっているのを見て取り、キッチンに立った。彼女の好きな茶葉をポットに入れ、お湯を沸かす。
「もちろん、会ってみてやっぱり無理だと思ったら、そのときはきちんとお断りしようと思うんだけどね」
「そりゃそうよ。向こうの叔父さんが言えないようなら私が言ってやるわ」
その剣幕に笑ってしまう。子供のいない千晴さんにとって、私は愛弟の忘れ形見であり、実の娘みたいなものだ。
父を思い出させるきりっとした顔立ちの千晴さんに対し、私は丸顔に、幼く見られがちな目鼻立ち。彼女の中では、まだまだ世話の焼ける小さな子に違いない。
「でも、前向きに考えてみようと思うの。お見合いだからとか、おつきあいが浅いからとか、そういうのって実は問題じゃない気がするんだよね」
「まあ、世の中にはひと目惚れってものもあるくらいだからね」
「そう。時間をかければその人がわかるってものでもない。相性がよくなるわけでもない。自分の見る目が確かだなんて確信もない。だったら人のお墨つきを信じるのもひとつの手かなって」
「ペシミストと楽観主義者が紙一重ってことはわかったわ」
「まじめに聞いてよ。一応相談してるんだから」
「聞いてる聞いてる。あんたは慎吾にそっくりよ。言い出したら聞かないし、結局その信じるパワーで、物事をいい方向に転がすのよね」
慎吾というのは亡き父の名だ。彼に似ていると言われるたび、私は力が湧いてくる気がする。
千晴さんがキッチンへやってきて、私の頭をぽんぽんと叩き、髪をなでた。丸顔をカバーする、肩の上までのボブだ。
「好きにしなさいよ。私が祈るのは、桃子の幸せだけよ」
私も笑い返した。
「ありがとう」
好青年は高塚久人さんといった。
二度目はふたりだけで、ということで待ち合わせをした、都内の老舗ホテルのラウンジ。先方の顔がわからなかった私は、かなり早めに行って、見つけてくれるのを待つことにした。
約束の時刻よりほんの少し前に、「御園桃子さん?」と礼儀正しく声をかけてきたのは、人を引きつける容姿の男性だった。彼を見上げ、呆然としてしまった。
叔父さま、この方はとても〝好青年〟でおさまるレベルでは……。
「急な話でごめんね。びっくりしたでしょ」
「はい」
高塚さんは対面のソファに座り、「正直だね」と笑い声をたてる。
背が高いのは叔父の言っていたとおりだ。スポーツをやっていたと想像させるたくましい肩、余裕のある身のこなし。濃いグレーの三つ揃いを無理なく着こなしつつ、落ち着きすぎている印象もない。すっきりした顔立ちの中、きれいな目は楽しそうに笑っていて、黒いミディアムヘアをラフにセットしている。
身上書には経営コンサルティング会社の名前があった。いわゆるサラリーマンと比べると、ヘアスタイルや着こなしにこなれた印象があるのはそのせいだろうか。
こんな見とれるほどの男の人をよく忘れていたものだと自分に感心してしまう。
「高塚さんも、形だけとお聞きだったんじゃないですか?」
「うん、そうなんだけどね。会ったあとで事情が変わって、早急に結婚する必要が出てきたんだ」
……おや?
愛想のいい笑顔から繰り出されるにしては、引っかかる言葉じゃない?
「誰でもよかったってことですか?」
「え、まさか自分が選ばれたと思ってた?」
ん……。
思わずまじまじ見てしまった彼の顔には、相変わらず感じのいい微笑しか浮かんでおらず、空耳だったかな、と疑いたくなる。
高塚さんは、軽く開いた長い脚に肘をつき、こちらをのぞき込んだ。
「誰でもよかったんだよ。そりゃ最低限の条件はあったけど。嫁として不足がなければ、そう、誰でもよかった」
「ずいぶん率直なんですね」
「ここで取り繕ったところで、あとあと苦労するのは自分だからね」
にこっと笑われると、責める気も失せる。この人、くせ者だ。
そこに彼のぶんの紅茶が運ばれてきた。彼はそれに儀礼的に口をつけると、来たばかりなのに立ち上がった。
「出よう。今日は歩くつもりで来たんだ」
「歩く、とは?」
「昼食まだでしょ? 一緒に店を探そう」
「えっ、今からですか?」
こういうときって、予約とかしてあるものなんじゃないの?
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