イジワル御曹司と花嫁契約
偽りの婚約は船上で (1)
偽りの婚約は船上で
暗い夜の海に悠然と浮かぶ巨大な客船。その圧倒的な存在感に尻込みしてしまう。
慣れないハイヒールを履いたせいで、出航時間ぎりぎりの到着になってしまった。
飛行機の荷物検査ばりの厳重なチェックを受け、SPのようなスーツ姿の屈強な男たちが立ち並ぶ搭乗口でチケットを改札機に通した。それから空港のゲートのようなガラス張りの長い通路を進んでいくと、船のドアに繋がっていてようやく乗り込むことができた。
なんとか間に合ったと安堵したのも束の間、豪華客船の中はまるで夢の国のようだった。
モデルのようにスタイルのいい美男美女のスタッフが、弾ける笑顔で接客をしている。目が眩むような照明と軽やかな音楽。まるで映画で観たラスベガスのカジノみたいだ。
口をポカンと開け、呆然としながら船内を歩くと、招待客の服装にさらに驚かされた。女性はロングドレスやイヴニングドレスがほとんどで、髪も美容院でセットしているのか、お洒落で華やかだ。男性もタキシードや燕尾服を着用していて、普通のスーツを着ている人はどこにもいない。
ただのワンピースにカーディガンを羽織っている私は、みすぼらしく見えて、悪い意味で目立っていた。
かといってもう乗り込んでしまったし、船は出港したので早々に引き上げることもできない。場違いなバツの悪さを覚えながら、パーティーが終わるまで耐えなければいけないのかと思うと気が重くなった。
仕方ない、たらふく食べるか!
気持ちを切り替えて、食べることだけに専念することにする。
メイン会場である大ホールに入ると、高級感溢れる造りに圧倒された。
天井には煌めく巨大なシャンデリア。螺旋階段があり、二階からもホールを見下ろせる。
五百人ほどが大ホールに集まっているのに、密集感はまったくない。ピアノやバイオリンなど十人ほどの演者が生演奏をしているので、心地いい音色が響き渡っていた。
中央には大小様々なテーブルに立食形式のオードブルが置かれ、飲み物は左脇のバーカウンターから提供しているらしい。左右の脇には椅子が並べられているが、ほとんどの人が立ちながら談笑し、この場の雰囲気を楽しんでいた。
二階はVIP席になっているのか、テーブルと椅子があり、スタッフが食べ物を運んできてくれるので、ゆっくり下の様子を眺めながら食事ができるようだ。
まるで別世界にいるようだと思った。絨毯や椅子などの調度品、食器やグラスなども細部に至るまで繊細な高級品で埋め尽くされ、なにより来ている人々が華やかだ。服装が煌びやかなだけでなく、風格やオーラがまるで違う。同じ人間なのにこうも差があるのかと、胸やけがする思いだった。
すれ違う人々は私を見ると、まるでゴミでも入ってきたかのような視線を投げる。すべてにおいてこだわり抜かれたこの豪華客船で、私は明らかに雰囲気を損ねる邪魔者だった。
冷たい視線に気付きながらも、まったく気にしていないふりを装い、堂々とした素振りで、ホール中央に置かれているオードブルに手を伸ばす。目についたものを片っ端から取っていって、山盛りになった皿を抱えながら、一番目立たなそうな奥の椅子に座る。
態度はでかく、無遠慮に次々と取っていたものの、心は萎縮していたので、綺麗な盛りつけをじっくり眺める時間はなかった。なにがどの食べ物なのか分からないほど大皿によそったので、せっかくの豪華な料理が台無しだ。
大ホールの片隅で、人知れず大きなため息をついて、オードブルを口に運ぶ。
うまっ!
今まで食べたこともない食材や味つけに感動して、思わず目を見開いてしまう。
居心地の悪さはつらいけど、一生口にすることもないようなものを食べられたのだからよしとするか。
ひとり寂しく頬張りながら、華やかなパーティーを見つめていた。
山盛りの皿をあっという間に平らげ、再びオードブルを取りに行く。
多少お腹は満たされて気持ちも大きくなってきたので、今度は食べ物を選ぶ余裕もできた。
わー、美味しそう。それに綺麗な盛りつけ。新作のお弁当に活かせないかな。
そんなことを考えながら歩き回っていると、取り巻きができている集団が目に入った。華やかな招待客の中でもさらに美人揃いが誰かを中心にして集まっている。
なんだかよく分からないけれど、美人がこれだけ揃うと威圧的で怖い感じがするな。触らぬ神に祟りなし。さ、それより食べ物食べ物……。
オードブルを物色していると、向こう側のテーブルに、輝くブラックパールが目についた。
あ! あの黒い粒々はもしやキャビア!?
目を輝かせながら近寄っていく。
先ほどの美人の集団に近づいてしまったけれど、今はキャビアの方が先決だった。さっさと取って退散すれば問題ないと思っていた。
美人たちの輪をかいくぐってキャビアに手を伸ばす。お目当てのものをお皿に盛って、さて戻ろうとしたその時だった。
興奮した様子の美人集団のひとりが、私の背中にドンッと当たってきた。よろめいて体勢を崩す。
「ああ!」
私の声に驚いた取り巻きたちがサッと身をかわすと、たくさんの食べ物を盛ったお皿が輪の中心にいた人物に当たり、私も前のめりに床に転んだ。
ガシャーンという大きな音が大ホールに響き渡る。
……やってしまった。
床に膝と手をつき、散乱した食べ物を見つめながら、全身から血の気が引いていった。
見上げると、漆黒に輝く細身のタキシードを着こなした背の高い男が、眉間に皺を寄せて私を見下ろしている。
海外の高級ブランドの広告に起用されそうなほど日本人離れした整った顔立ちとスタイル。圧倒的なオーラを発するその男に、一瞬で目を奪われた。
彼は特別な磁場を放ち、体の内側から光を照らしているように見えた。近寄り難い雰囲気がさらに彼の希少性を高めている。
人がたくさんいるはずの大ホールの中で、彼と私だけがその場にいるような錯覚になり、まるで時が止まったかのように美しすぎる男を見上げていた。
けれど、その男性の胸元の白いシャツに、食べ物が飛んだ時についたのであろうバジルの緑の染みが目について、慌ててハンカチを取り出し立ち上がった。
「すみません! 私っ……」
汚れを拭こうと手を伸ばすと、闘牛士のように華麗に身をかわされた。
「余計なことはするな」
彼の口から出た声色は、その場にいる全員が萎縮してしまうほど冷たいものだった。
取り出したハンカチを所在なく握りしめる。今日一番の惨めな気持ちだった。
なにやってるんだろ、私……。できることなら今すぐこの場からいなくなりたい。私はこんなところにいていい人間じゃない。
彼を取り巻いていた美女たちから蔑むような視線を浴びながら、やっぱり来なきゃよかったと唇を噛みしめ俯いていると、彼が急に私の手をぎゅっと掴んだ。
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