イジワル御曹司と花嫁契約
イジワル御曹司と花嫁契約/プロローグ / 始まりの鐘が鳴る (1)

イジワル御曹司と花嫁契約
プロローグ
「今日からお前は、俺のシンデレラだ」
東郷財閥の御曹司、東郷彰貴は、そう言って私と偽の婚約の契約を交わした。
彼はひざまずき、私の左足のスニーカーを脱がせると、ハイヒールを爪先からゆっくりと私の足に履かせた。
満足げに微笑み見上げる彼の瞳が優しくて、思わず胸がドキリと高鳴った。
「ふ、ふりでしょ!」
なぜか照れてしまって、彼の顔から目を背けた。
意識していないからつい忘れてしまうけれど、こいつの顔はとびきりかっこいいのだ。端正で、瞳が艶っぽくその目力に惹きつけられる。直視したら、私の中で眠っている女の本能が胸をドキドキさせてしまう。
「そうだ。ふりだが、対外的には俺の婚約者だ。よろしくな」
「よ、よろしく……」
なかなか火照りが取れない顔を上げることができず、左足に履いたハイヒールに目を落とす。
パーティーで片足だけ落としてきてしまったのを、彰貴が拾って届けてくれた。
これは母のもので、私の足には少し大きい。ぴったりとはまったシンデレラのガラスの靴とは違う。
そのことが、私と彼の間柄を物語っている気がした。
……婚約者のふり。
私は本当のシンデレラではない。
どうしてだろう。胸が少しチクリと痛んだ。
始まりの鐘が鳴る
「おめでとうございまーす!」
半被を着たおじさんの野太い声と共に、鐘の音が商店街に響き渡った。
回すと玉が出てくる木製の抽選機の受け皿には、金色の玉がひとつ転がっている。
「あ、当たっちゃった……」
野菜がたくさん入ったレジ袋を肘に提げながら、私、冴木胡桃は呆然と呟いた。
二十三歳の私は、高校卒業後、母が営む小さな弁当屋で働いている。
馴染みのお客さんに商店街の福引券をもらって、夕食の買い物のついでに寄った抽選会場で、まさか一等を当てるとは……。
夕刻だというのに、商店街には人はまばらで、還暦をとっくに過ぎたおじいちゃんやおばあちゃんがほとんどだ。数人が物珍しさに足を止め、笑顔で拍手を送ってくれている。
「あの、一等の景品って……」
じわじわと喜びが湧いてきて、高揚する気持ちを抑えながら身を乗り出して聞く。
商店街の片隅にある一畳ほどのスペースで抽選会を行っていた五十代半ばのおじさんが、威勢よく言い放った。
「一等はなんと、豪華客船のパーティー券だよ!」
どうだと言わんばかりの顔で言われ、私はポカンと口を開けて固まった。
パーティー券って……。
期待外れの内容に、がっくりと肩を落としてしまう。
「私、それならこの洗剤の詰め合わせセットの方がいい……」
長テーブルの上には、抽選機のほかに景品であるティッシュやお菓子、そして洗剤の詰め合わせセットが置かれていた。
「なに言ってんだよ、このパーティーはお金を払ったって一般人は参加できない、セレブが集まる豪華パーティーだ。お嬢ちゃんくらいの年齢の女の子なら泣いて欲しがるプレミアムチケットだよ!」
「私、セレブの集まりとか興味ないんだけどなあ」
セレブなんて私とは住む世界が違う。このパーティーに参加するのはきっと、私が売っている一個四百八十円の弁当なんて食べないような人たち。私とは価値観も違うし、一生かかっても分かり合えない人種だろう。
「まあ、そう言わずに。ほっぺたが落ちそうになるくらい美味しい料理が出てくるよ」
おじさんはそう言って、のし袋に入った豪華客船のパーティー券を手渡した。
美味しい料理かあ……。今まで食べたこともないような料理が出てくるのかな。キャビアとかフォアグラとか!? どんな味がするんだろう……。
想像するだけでよだれが出てくる。
でも、やっぱりパーティーには行けない。私はそんなものに時間を割いている暇はないのだ。
お腹から間抜けな低い音を響かせながら、急いで目的の場所に向かった。
白を基調とした大きな団地のような佇まいの病院に入る。ここは病床数六百を超える総合病院だ。
ナースステーションの面会受付のノートに名前を記入して、母が入院している大部屋へと急ぐ。すっかり顔馴染みとなり仲よくなった同室の五人の患者さんたちに明るく挨拶をして、窓際のベッドで寝ている母のもとに行った。
「遅くなってごめんね」
カーテンを開けて中に入ると、母が口元に笑みを浮かべてゆっくりと上半身を起こした。
「起きなくていいよ、寝てて」
母の背中に手を当て、再び横にさせると、母は弱々しく「ごめんね」と言った。
私は顔を大きく横に振り、ベッドの脇にあった丸椅子に座る。
母が入院してから、もう三カ月になる。
最初は『腰が痛い』としか言ってなかったから、ただの疲労だろうと思っていた。母もそうだっただろう。お医者さんが『念のためにMRI検査をしましょう』と言った時も、『そんな大袈裟な』と言っていたから。
渋る母を説得してMRI検査を受けたら、悪性腫瘍が見つかった。いわゆる脊椎がんだ。それから化学療法による治療のためにこの総合病院に入院した。
年齢より若く見えて、明るく朗らかだった母の姿は、治療の副作用により、この三カ月で激変してしまった。痩せ衰え、髪の毛は薄くなり、今では年齢より五歳は老けて見える。
十八年前に、父が交通事故で亡くなってから、母は私を女手ひとつで育ててくれた。頼る親戚もいなくて、残ったのは開店したばかりの小さな弁当屋だけ。父が残した弁当屋で、母は私を育てるために必死に働いた。
高校卒業後は私も母を手伝って、ふたりで店を切り盛りしてきた。ようやく売上も伸びてきて、母と『これからだね』って言い合っていた矢先だったのに……。
どうして神様は、悲しい思いをしながらも真面目に一生懸命生きてきた母に、試練ばかりを与えるのだろう。
「あのねお母さん、今日商店街の福引きで一等を当てたんだよ」
暗くなってしまう考えを打ち消し、努めて笑顔を投げかけた。すると、母の顔もぱっと桃色の花が咲いたように明るくなった。
「あら、すごいじゃない! なにが当たったの?」
母の顔に笑顔が戻る。私にとって、これが一番の景品だったかもしれない。一等が当たってよかったと初めて嬉しく思った。
「それが……豪華客船でのパーティー券だったの! いらなあーい!」
もったいをつけてから、オチのように明るく言った。『とんだ一等の景品ね』と母も笑ってくれるかと期待していたのに、母はきょとんとした顔で私を見た。
「……どうしていらないの?」
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