クールな王太子の新妻への溺愛誓約

紅カオル

華麗なる氷の王太子 (2)

(……どうしたのかしら。どこか具合でも悪いのかしら)

 困ったマリアンヌがその体勢のままでいると、再びジャンピエトロから「レオン」と声が掛かる。先ほどよりも低い声だ。

 それに促されるように「レオン・タンディ・ミケランジェリです」と、彼は顔色も変えずにようやく名乗った。ヒヤリとするほどに淡々とした口調で、まるで面でも着けているのか、表情は一ミリも変わらない。

 高鳴っていたマリアンヌの鼓動は、レオンの思いがけない態度を見て不安へと切り替わる。

「挨拶もろくにできない不肖者で申し訳ない」

 ジャンピエトロが困ったように言うと、マリアンヌの両親であるアンニバーレとヴァネッサは「とんでもないことにございます」と恐れ多いといった様子で返した。

 新たに発見された鉱山採掘の権利を共有させてもらえるという弱い立場でありながら、やはりそこは大国。フィアーコがピエトーネよりも優勢に立つのは仕方のないことだった。


 その夜、宮殿でもっとも大きな離宮で婚約披露を兼ねたばんさんかいが催された。

 高い天井に羽衣の大絵画が描かれたホールへは、深紅のじゅうたんが敷かれた緩やかな大階段を下りていく。オーケストラボックスも正面中二階に設けられており、中央には豪奢なシャンデリアがぶら下がっていた。

 その晩餐会には自国のみならず他国の国王や大臣、多くの貴族たちも招かれている。

 やっとレオンと話せると思ったマリアンヌだったが、あまりにも広い宮殿内でその姿を見失ってしまった。

 フィアーコの王宮のけんらんさは、マリアンヌが先ほどいた謁見の間やこのホールだけではない。

 ピエトーネから半日かけて馬車で到着した王宮の入口には見上げるほどの巨大な門がそびえ立ち、そこから中へ進むと人工の泉が点在する庭園が広がる。宮殿までの道のりには大小さまざまな彫刻が等間隔で配置され、整備された遊歩道は一枚の葉すら落ちていないかった。

 四階建ての宮殿は翼のように左右へと広がり、中央の建物はドーム型になっている。そうして馬車を下りて一歩中へ入った瞬間、マリアンヌ一行の口からは深いため息が漏れた。

 ロビーを照らすいくつものランプは一つひとつに芸術的な細工が施され、白く輝く大理石の華やかな内装は豪華絢爛という言葉がぴったりだった。

「セトギル王国より参りました国王のニコラスでございます」

「同じく大臣のアンラケレと申します」

 かっぷくの良いふたりの男がマリアンヌの前に現れ頭を下げる。

 セトギル王国はフィアーコに次ぐ大国のひとつで、近年では製塩業で大陸に名を馳せている。マリアンヌの争奪戦にも参加していた国だ。

「ピエトーネより参りました、マリアンヌと申します」

 ドレスの裾を引き上げ、膝を折った。

「噂に違わぬ、いやそれ以上にお麗しいお方でございますな」

「本当に。各国がこぞってぜひ王妃にと考えたのも無理はない」

 頬を紅潮させたふたりが口を揃える。

「恐縮でございます」

 彼女の元へ訪れる者たちは一様にみなそう言うが、大国に嫁ぐ王女に対する外交辞令のひとつだろうとマリアンヌは考えていた。

(みんな、お世辞が上手だわ)

 誰かと比較されることなく伸びやかに育てられた彼女は、自身の美貌にはまったく気づいていないのだ。

「ぜひともうちの王太子妃にと思っておりましたので、誠に残念でなりません。もしもレオン殿下とのお話が破談になりました際には、ぜひともセトギル王国へおいでくださいませ」

 なにやら含ませたようにふたりが笑う。

(それはどういうことなのかしら?)

 意味を取りかねたマリアンヌは、「……はぁ」という言葉しか返せなかった。だがしかし、ピエトーネの鉱山の権利を手に入れられなかった嫌味のひとつだろうとすぐに思い至る。

 それにしてもレオンはどこにいるのか。ホール内を再び見渡し、マリアンヌがため息を漏らす。あまりにも人が多く、探すことも困難だ。

(外の風にでもあたってこようかしら)

 次々に訪れる要人への対応で少し疲れたマリアンヌは、両親に「少しだけ休んできます」と告げ、ふたりから離れた。

 そして、バルコニーへ続くガラスの扉を開け放とうとしたときだった。「今回はどのくらいで破談になるでしょうね」という思いもよらぬ会話をしているふたりの伯爵の影があったものだから、マリアンヌは慌てて身をひそめて耳を澄ませる。

 セトギルの国王と大臣に続き、二度も〝破談〟という言葉を耳にしたため、いったいどういうことなのだろうと心臓が嫌な音を立てていく。

「なんせ今回のご婚約で三度目ですからね。マリアンヌ様もいつまで耐えられるか」

「そうですな。レオン殿下は政治や軍事に関する才覚はおありだが、どうもあの調子では……」

 マリアンヌはふたりの会話を聞いてがくぜんとした。

 婚約が三度目だとは知らなかった。『いつまで耐えられるか』と話しているところを察するに、〝あの調子〟というのは性格的なことを言っているのだろう。確かに謁見の間で会ったときに冷たい印象を持ったが、それ以外になにがあるというのか。

 ふたりがマリアンヌに気づき、「こ、これはマリアンヌ様、この度はおめでとうございます」と取ってつけたようにお祝いを述べる。焦っている様子が見え見えだった。

「……ありがとうございます」

 なんとかそう返すと、ふたりは逃げるようにそそくさとマリアンヌの前から立ち去っていった。

(婚約が私で三度目だなんて……)

 その後ろ姿を判然としないまま見送っていると、視界の隅にレオンの姿を捕らえる。侍従と連れ立ってホールの大階段を上っていくところだった。ドレスの裾を引き上げ、彼の元へと急ぐ。

「レオン様、お待ちくださいませ」

 マリアンヌの声に振り返ったレオンが一瞬目をすがめ、彼女をじっと見下ろす。その目はどこか憂いのあるものだった。

 マリアンヌがその眼差しにどぎまぎしながら「少しお話をしたいのですが……」と控えめに言うと、侍従は会釈をしてふたりから遠ざかった。

 階段を上り切ると、煌びやかな回廊へレオンがゆっくりと足を進め、マリアンヌがそのあとを追う。静かな空間にふたりの足音が響いた。

「あの、レオン様」

 いつまでも立ち止まらないレオンの背中に声を掛ける。するとようやくピタリと足を止め、レオンはマリアンヌへと振り返った。

 謁見の間で見たとき同様、マリアンヌはその美しい顔立ちに目を奪われる。コバルトブルーの瞳に今にも吸い込まれてしまいそうだった。

「王太子という立場上、国のために結婚はするが、私がマリアンヌを愛することはないだろう」

「えっ……」

 思いがけないレオンの突然のひと言に、マリアンヌの全身は凍りついてしまった。それはついさっきのうわさばなしを裏づける、なによりの言葉だった。

 レオンはこれまでにも同じ言葉を婚約者へ投げかけ、それが原因で破談になってきたのか。頭の中が混乱に揺れる。

 レオンの強烈なひと言は、マリアンヌをそこから動けなくするのには十分すぎるほどだった。

 そしてレオンは冷たい目で彼女をいちべつすると、身をひるがえしてマリアンヌの前から立ち去ってしまった。

(どういうこと……? 私を愛することは……ない?)

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