クールな王太子の新妻への溺愛誓約

紅カオル

クールな王太子の新妻への溺愛誓約 / 華麗なる氷の王太子 (1)




クールな王太子の新妻への溺愛誓約


華麗なる氷の王太子


 それは息を呑むフレスコ画だった。

 聖人を囲み、たくさんの人々が光を求めて手を伸ばしている。五人の大人が両腕を目一杯伸ばしてもまだ足りないほど大きな絵は、金色に光り輝く王座の後ろでひときわ洗練された存在感を放っていた。

 見上げてみれば、そこには天国を描いたと思われる天井画。何人もの天使が、天国へ召された人を光の中で祝福している。

 マリアンヌはそれらを見て、大国のえっけんとはこれほどまでに神々しいものなのかときょうがくした。マリアンヌの自国・ピエトーネの王宮の比ではない。

 あまりにもっけにとられた顔をしていたせいだろう。隣に控えていた両親から、「マリアンヌ」と彼女を制する声が控えめに掛けられた。

 そこで我に返った彼女は、慌てて表情を引き締める。

「ピエトーネより参りました、マリアンヌ・アルバーニ・ファロンです。国王陛下におかれましては、はいえつの機会を賜りましてきょうえつごくに存じます」

 わずかに声を上ずらせながら、マリアンヌはドレスをつまんで静かに膝を曲げた。腰まであるブロンドの美しい髪が肩先で揺れる。色白の頬は、緊張のため気色ばんでいた。猫のように大きく愛くるしい目をまたたかせ、マリアンヌは艶のある薄紅色の唇を引き締める。

「堅苦しい挨拶はそこまでにしようじゃないか。婚礼の儀はまだ少し先だが、そなたは我が息子レオンの妻、つまり私の娘となるのだから」

 フィアーコ王国の国王ジャンピエトロが王座でおうような笑みを浮かべる。

 マリアンヌは「ぼうがいの喜びに存じます」ともう一度膝を折り曲げ、愛らしく目線を下げた。そして再び顔を上げ、王座から左右へ視線を振る。マリアンヌが嫁ぐことになっている王太子レオンの姿がどこにもないようだった。ジャンピエトロと、その妻である王妃マティルダのほかには侍従や侍女しか見えない。

 マリアンヌの視線に気づいたのか、ジャンピエトロは側仕えに「レオンはまだか」と尋ねる。

「申し訳ございません。間もなくこちらへ……」

 側仕えが恐縮しながら答えるものの、レオンが現れる気配はなかった。

 ここフィアーコは周りを山と森で囲まれ、河の恩恵により広大な土地はよく。そのため農業が盛んであるばかりでなく、領地には優良な金鉱山も持っている。食糧に困ることがなければ、金の貿易収入により財政的にも豊かな国だ。

 だが、今でこそ大陸で一、二を争う大国フィアーコは、八年前まで動乱の最中にあった。領土の奪い合いによって大陸は荒れ、とくに金鉱を持つフィアーコは格好の的で、諸国が手を組んで軍を結成し、フィアーコに攻め入った。

 ところが、ジャンピエトロは戦に関して並ならぬ才覚を持ち、軍政を三つの大きな部隊に分けてそれぞれに歩兵と騎兵を配備。先に陣形を整えたフィアーコ軍に対して、諸国の連合軍は統率の取れた戦いができずに敗れることとなった。

 当時まだ十代だったレオンもひとつの騎馬隊を率いて参戦し、幼い頃より培われてきた類まれなる剣さばきで敵を圧倒。連合軍の激しい攻撃にも隊列は崩れることなく耐え続けた。

 そうして付け入る隙のないフィアーコを前に、諸国は白旗を掲げるしかなかった。

 フィアーコの平定により、現在の大陸は平穏を保っている。

 マリアンヌはその王太子であるレオンとの婚礼のため、隣国のピエトーネよりやってきていた。

 ピエトーネは湖のほとりにあり、農業を主体としている緑豊かな小国だ。自国で採れた作物を近隣の国に売ることで得た金銭で、細々と成り立っている。そんな小国の王女でありながら大国の王太子との縁談がまとまった背景には、ピエトーネで近年発見された鉱山の存在があった。

 その山から鉄が発掘されたのは二年前のこと。武器はもちろんのこと農耕器具の材料となる鉄は、非常に貴重なものであり、それにより近隣諸国が浮足立ったのは言うまでもない。

 多くの国がその鉱山目当てにピエトーネと友好関係を築こうとやっになった。また、鉱山が注目されたことにより、王女マリアンヌのれんな美しさが知れ渡ると、各国間で彼女の争奪戦が始まった。それにはピエトーネよりも小さな国はもちろん、海を隔てた別大陸の国も手を挙げるほどだった。

 歳の離れた兄を持つマリアンヌの美しさは、自国では知らぬ者はいないほど有名な話。彼女のすいいろに輝く瞳は人々を魅了してやまない。

 マリアンヌの父であるピエトーネの国王アンニバーレは、二年近くもの長きにわたって婿選びに思案していたが、多くの財を持つ安定したフィアーコがいいだろうと決断したのだ。娘を手離す寂しさから結婚適齢期の終盤にさしかかる十九歳までマリアンヌを手元に置いていたアンニバーレも、相手がフィアーコならば願ったり叶ったり。

 そこからは話がトントン拍子に進み、婚儀を二ヶ月後に控えた今日、こうして三人はフィアーコの王宮に招かれていた。それは、この間にフィアーコのしきたりや文化を学び、王宮での生活に慣れるようにというジャンピエトロの配慮だった。

 ほどなくして謁見の間に続くかいろうから、カツカツとゆっくりした足音が聞こえてくる。その音からは慌てた様子はじんも感じられない。

 そちらへ目を向けたマリアンヌは、王太子の登場を今か今かと待ちながら胸を高鳴らせた。

(早くお会いしたいわ……)

 結婚が決まってからというもの、マリアンヌはこの日を心待ちにしていた。

 それというのも、レオンの肖像画を見た瞬間、なんとも言えない思いにかられたからだ。額の中の王太子が端整な顔立ちをしているというのもある。が、それだけではなく、その肖像画を見れば見るほどに、胸の奥を激しく掻き立てられるものがあった。

 その彼と、ようやく会える。

 マリアンヌの鼓動は、それ以上速く打ちつけられないほどになった。

 足音がさらに大きくなる。

 マリアンヌは、かたを呑んで扉を見遣った。そして、王太子レオンが堂々とした様子でその場に姿を現した瞬間、マリアンヌはいかずちにでも打たれたかのような衝撃を受けた。

(……嘘、でしょう?)

 肖像画以上に美麗な姿だったのだ。

 目の覚めるようなインディゴブルーのジェストコールには繊細な金糸のしゅうが施され、ベージュのジレもまた同様にきらめいている。見上げるほど高い身長にすらりと伸びた手足。漆黒の髪は艶めき、眉間からすっと伸びた意志の強そうな眉、コバルトブルー色の瞳は静かな水をたたえた湖面のよう。通ったりょうに薄い唇。全体的にシャープな印象の顔立ちは、マリアンヌの心を掻き乱した。

(こんなに美しい王太子がいるなんて……)

 マリアンヌは呆けたようにれてしまった。

「レオン、ピエトーネの国王陛下を待たせるとは失礼であるぞ」

 ジャンピエトロに注意され、「申し訳ございません」とレオンが謝罪する。その目がマリアンヌへ向けられ、彼女は急いでドレスの裾を引き上げた。

「ピエトーネより参りました、マリアンヌ・アルバーニ・ファロンです。お会いできて、光栄です」

 国王への挨拶同様に膝を折り曲げる。足が震えているのは自分でもわかった。

 ところがレオンはわずかに目を見張ったあと、ニコリともせずに冷めた目を彼女に向ける。

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