極上社長と結婚恋愛

きたみまゆ

甘く柔らかなラムズイヤー (3)

 ガーデニアの鉢を見下ろしながら、楽しげな声でつぶやく。その横顔が色っぽくて、再び見惚れそうになってしまう。

「もし元気がなくなったときはお電話いただければ、土を入れ替えたり肥料をあげたり、ご相談にのりますので」

 私はそう言ってからハッとした。

 こんな立派な会社の社長が鉢植えのお世話を自らするわけがない。なにを長々といらない説明をしてるんだろう。

「すみません。こういうことは秘書の方にお伝えしたほうがいいですよね」

 失礼しました、と頭を下げた私に、彼はクスクスと笑いながら首を横に振る。

「いや。自分で育てたいと思っていたから、親切に教えてもらえてうれしいです。ありがとう」

 柔らかい視線がガーデニアからこちらに流れてくる。笑みを含んだ甘い声でお礼を言われ、思わずドキッとしてしまう。

「いえ」とかぶりを振りながら、少しでも自分の心を落ち着かせようと視線を逸らすと、壁に設置された四十インチはありそうなモニターが目に入る。

 社長室にこんなに大きなモニターなんて、なんのためなんだろうと思っていると、頭上でクスリと笑い声がした。

「なにか気になるものでもありました?」

 そう問われなんの気なしに顔を上げると、窓辺にいたはずの彼がいつの間にか私の横にいてこちらを見下ろしていた。

「……っ」

 思いがけず近い距離で視線が絡み、動揺する。

 近くで見ても彼の端正さに変わりはなかった。滑らかな肌の上にまつげの影が落ちるさまが色っぽくて、思わず目を奪われ言葉をなくした。彼に見られている頬や耳たぶがじわりと熱くなっていく。

 そんな私の挙動を不思議に思ったのか、彼が小首をかしげて微笑んだ。

 ……人の顔を凝視して黙り込んでるなんて、絶対変だと思われた。見惚れてたことがバレないように、なにか話さなきゃ。

「あの、大きなモニターだなと思って……」

 取り繕うようにそう言うと、彼が柔らかく笑う。

「あぁ、打ち合わせで使ったりするんで」

「打ち合わせ、ですか。な、なんのお仕事をされている会社なんですか?」

「CGとかVRを使ったイベントやプロモーションを企画するのがメインだったけど、最近はインターネットの広告事業やアプリ開発にも力を入れてるから、平たく言えばIT系、かな」

 上気した頬をごまかしたくてどうでもいいことを話し続ける私に、彼は嫌な顔ひとつせずに優しく答えてくれる。

「すごいですね……。私、ネットとかパソコンは本当に苦手なので、なんだか別の世界のお話を聞いているみたいです」

「苦手なんですね。なにか困っていることがあるなら相談にのりましょうか?」

「あ、とんでもないです! 困っているといっても、ネットで部屋探しをしているうちに、気になった物件のページがわからなくなってしまったりとか、そんなくだらないことなので」

 まっすぐに顔をのぞき込まれ、慌てて首を横に振った。

 こんな立派な会社の社長さんに、相談にのってもらうなんて恐れ多すぎる。

「へぇ、引っ越しをする予定なんですか?」

 私がなにげなく口走った言葉を流さず、向き合って会話をしてくれる。社長さんなのに少しもごうまんなところがない、聞き上手で紳士的な人だなと感心しながらうなずいた。

「はい。できればお店のそばに住みたいなと思って、賃貸の部屋を探している最中なんです」

「そっか。いい部屋が見つかるといいですね」

 穏やかに微笑まれ、体温が上がる。今自分が赤面しているのを実感する。

 とっに視線を逸らしたとき、社長室の扉がノックもなしに開かれた。

なお、ちょっといいか?」

 そう言いながら入ってきたのは、シンプルなニットに細身のデニムというカジュアルな格好をした男の人。少しウエーブのかかった黒髪に、整った彫りの深い顔立ちが男らしい。

 低い声やそっけない口調が少し怖い印象で思わず小さく飛び上がると、その人は私の存在に気づいて足を止めた。

「あ、悪い。来客中だと思わなかった。邪魔したか?」

「少しね」

 社長が小さく肩を揺らして笑う。

「じゃあ出直すわ」

 そうきびすを返そうとした黒髪の彼に慌てて声をかけた。

「いえ、もう失礼しますので! すみません、お仕事中に長居をしてしまって」

 私が頭を下げると、「こちらこそ」と優しい社長の声が降ってきた。

「引き留めてしまってすみません。お話ができて楽しかったです。ありがとう」

 顔を上げれば綺麗な微笑みを向けられ、つい胸が高鳴った。


「あー、もう! すごくすごく緊張したぁ……」

 店に戻り、作業台につっぷしてひとりつぶやいた。お届け先の社長室での自分の言動を思い返すと、自己嫌悪と恥ずかしさで泣きたくなる。

 ただ鉢植えを届けに行っただけなのに、無駄なことを話してお仕事の邪魔をしてしまった。男の人に見つめられただけで緊張して、どうでもいいことを口走って。挙動不審な自分が情けない。普段はここまで動揺することなく、もうちょっと上手に立ち回れるのに。

「変だと思われたかな……」

 優しい笑顔を思い出しながらつぶやいて、ぶんぶんと頭を横に振る。

 過ぎたことを思い返して後悔しても仕方ない。気持ちを切り替えよう。

 そう自分に言い聞かせていると、カランと入り口のドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ」

 顔を上げると、店に入ってきたのはショートカットの活発そうな女性。友人のいしざわなつだ。

「あずさ、久しぶりー」

 変わらない明るい笑顔につられて、自然と顔がほころぶ。

「久しぶり。今日はお休み?」

「うん。せいは仕事で暇だから遊びに来た」

 夏美は、私が店を開く前に勤めていた大きな生花店の同僚だった。私は高校卒業と同時に就職し、夏美は大学を卒業してから花屋に入ったから、私のほうが勤務歴は長いけれど、気軽になんでも話せる同い年の友達だ。

「花屋に勤めてると、なかなか土日は休めないもんね」

 夏美の彼の誠吾さんはサラリーマンで土日と祝日がお休みだけど、お客様相手の花屋では、店員がたくさんいる大きなお店でも週末のお休みは取りづらい。

「接客業だから仕方ないけど、彼氏とめったに休みがかぶらないのはキツイよね。そろそろお店辞めようかなぁ」

 夏美の言葉に思わず身を乗り出す。

「……もしかして、結婚?」

「んー、具体的にいつって決めたわけじゃないけど、そろそろしたいねって話をしてる」

 はにかむように笑った夏美に、こちらまでうれしくなってしまう。

「やっぱり私、花が好きだし、結婚しても平日だけ働けるお店でパートできたらいいなって思ってるんだ」

「そっかぁ。結婚式には呼んでね」

「まだ正式なプロポーズもされてないけどね。あ、このミニブーケかわいいね」

 夏美は照れ隠しのように早口に言って、店頭に飾ってある作ったばかりのブーケを手に取った。ピンクのガーベラとカスミ草とラムズイヤーのミニブーケ。

「あずさの作るブーケはセンスあるよね。甘くて明るい雰囲気なのに、どこか上品で。あずさの人柄が出てる気がする」

 そうやって褒められると、今度は私が照れくさくなってしまう。

「ありがとう。気に入ったんならひとつ持っていっていいよ」

「ちゃんとお金払うよ」

 友人同士だけどきっちり財布を出してくれた夏美に、「ありがとうございます」と微笑んで頭を下げた。

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