極上社長と結婚恋愛

きたみまゆ

甘く柔らかなラムズイヤー (2)

 こんな立派なオフィスに鉢植えのお届けなんて珍しい。大手の生花店がオフィス全体の観葉植物を一括して管理することはあるけれど、私の店のような小さなところにひとつだけぽつんと注文が入るなんて。

 とはいえ、いつまでもここに立ち尽くしているわけにもいかない。私は鉢を抱え直し、エントランスの奥にある総合案内へと向かう。

「フラワーショップ ガーデニアです。TKクリエイションのくら様宛てに、鉢植えのお届けに上がりました」

 鉢を抱えてそう言った私に、受付に座るふたりの女性が顔を見合わせた。

「都倉、ですか?」

 少し戸惑ったように聞き返され、うなずきながらハッとする。

 電話を受けたときに届け先の会社名と名前しか確認しなかったけれど、こんなに大きな会社なら、きちんと部署名も聞くべきだった。たくさんの社員が働く中で、名字だけでその人を探し出すのは大変だろうし、もしかしたら同じ名前の人もいるかもしれない。

 自分のうかつさを後悔しているうちに、受付の女性は受話器を持ち上げどこかに電話をする。短く数度やりとりした後、優雅な仕草で奥のエレベーターを指した。

「あちらから十階にお進みください」

「あ、ありがとうございます」

 よかった。名前だけでどこの部署かわかったんだ。

 ホッとしながら会釈をしてエレベーターへと進む。

 一番下にある一階のボタンから順番に視線を上に向け、行き先のボタンを押す。目的の十階は一番上にある。

 ボタンを押すと音もなくのぼっていく最新式のエレベーター。すぐに目的の階に到着しドアが左右に開くと、目の前に広がった空間に私は思わず息をのんだ。

 オフィスだから、たくさんの社員さんが行き交う活気のある場所を想像していたのに、そこは高級ホテルのロビーのような落ち着いた雰囲気だった。広いエレベーターホールのダークブラウンの壁を、天井に埋め込まれた暖色系のダウンライトが上品に照らしている。

 もしかして、ここは一般社員が働くオフィスではなく、重役たちが仕事をする役員フロアなんじゃ……。

 戸惑いながら一歩踏み出した足が、毛足の長いじゅうたんにわずかに沈む。思わず驚いて足元に視線を落とす私に、誰かが近づいてきた。

「鉢植えの配達ですね。お待ちしていました」

 慌てて顔を上げると、シンプルなスーツを身に着けた長身の美女がいた。

 歳は私と同じくらいか、少し上。意志の強そうなはっきりとした顔立ちに、美しく施されたメイク。セミロングのワンレングスの黒髪を片方だけ耳にかけ、露わになった耳たぶには上品なダイヤのピアスが光っていた。

 もともと百七十センチはありそうな長身に、さらにヒールの高いパンプスを履いた彼女が私を見下ろして微笑む。

 きっと役員の秘書さん、かな……。

 スタイリッシュな大人の女性にじっと見つめられて、自分が少し恥ずかしくなる。

 化粧っ気のない顔に、無造作に後ろでひとつに結んだだけのロングヘア。服装は、白いシャツと黒い細身のパンツ。制服代わりのホルターネック型の厚手のエプロンに、まだ寒いからと羽織ったカーディガン。足元はヒールどころか、すっかり履き込んだスニーカーだ。

 いかにも花屋といった格好だけど、こんな立派なオフィスでは場違いに思える。

「こちらにどうぞ」

 そう言って歩き出した彼女の後ろをついていき、たどり着いた部屋の扉を見ると【社長室】と書かれていた。

 社長さんが、わざわざうちの花屋で注文を?

 背後で驚く私を無視して彼女が扉をノックすると、中から「はい」と低い声が聞こえてきた。電話でも聞いた、柔らかなトーン。

「社長、フラワーショップの方がいらっしゃいました」

「あぁ、ありがとう。どうぞ入ってもらって」

 電話を通しても優しい声だと思ったけど、直接聞くとさらに甘い。

 ドキドキしてしまうようないい声だな、なんてのんきに思っていた私は、開かれた扉の中にいたその声の持ち主に目を見開いた。

 ダークカラーのデスクに上品な応接セット。そして壁に取り付けられた大きなモニター。機能的でモダンな社長室にいたのは、端正な美貌という言葉がぴったりくるような男の人。

 社長の椅子に座り、上質なスーツを自然に着こなした三十代半ばと思われるその人は、鉢植えを抱えて立ち尽くす私に向かって小さく笑う。

 染めているのではなく生まれつきのような自然な明るい髪に、穏やかな視線。綺麗な鼻筋と、普通にしていても微笑んでいるように見えるわずかに口角の上がった口元が色っぽい。

 イケメン、なんて軽い言葉は似合わない、気品のある洗練された大人の男の人だった。

 こんなにかっこいい人が、社長さん? 経営者よりも、俳優さんと言われたほうが信じてしまいそうだ。

 思わずれている私の横で、秘書らしき女性が頭を下げ部屋を出る。

 パタン、と背後で扉の閉まる音を聞いた途端、ふたりきりの空間を意識して少し緊張してしまう。そんな私に、彼が立ち上がり近づいてきた。

「ありがとう。重かったでしょう」

「いえ。このくらいの大きさの鉢なら、いつも運んでいますので」

 首を横に振りながら微笑む。

「ご注文のガーデニアです。どちらに置きますか?」

「どこにしよう。窓際がいいのかな」

 私の問いかけに、彼が口元に手をやりながら考え込んだ。

 こんな大きな会社の経営者なのに、花屋の私に偉ぶったりしない自然な態度に好感を持ってしまう。

「この季節なら、日当たりのいい場所がいいと思います」

「そうですか。じゃあ、この棚の上にしようかな」

 そう言いながら彼が私の方へ歩いてくる。

 ヒールを履いた秘書の女性も背が高いと思っていたけれど、彼はさらに背が高い。百八十センチ近くありそうだ。

 端正な顔立ちに、モデルさながらの長身。そしてこの柔らかなラムズイヤーのような甘く包み込む声。魅力的すぎる男性を目の前に、思わず息をのむ。

 そんな私に彼は小さく笑いかけながら、私の抱える鉢植えに手を伸ばした。

 長い指が触れ、ハッと我に返る。反射的に体がびくりと震えた。

「どうかしましたか?」

 一瞬指が触れただけなのに、過剰な反応をしてしまった。けれど彼は嫌な顔はせず、優しく首をかしげながら私の手から鉢植えを持ち上げる。

「いえ……」

 熱くなった顔を手の甲でさりげなく隠しながら、深呼吸をする。

 ……落ち着け、自分。

 動揺をごまかすために、コホンと小さくせきばらいをしてから話し出した。

「ガーデニアは乾燥に弱いので、夏場は直射日光に気をつけてあげてください」

「じゃあ、水やりも気をつけなきゃダメですね」

 特に不審がる様子もなくうなずいてくれる。

 ……よかった、変に思われてないみたいだ。

 ホッとして、私は深呼吸をしてから背筋を伸ばし口角を上げうなずく。

「エアコンの乾いた風も、なるべく直接当たらないようにしたほうがいいです」

「花は咲くんですか?」

 彼は鉢植えを窓際の棚の上に置き、長い指で緑の艶々した葉をなでながら聞いてきた。

「今はまだつぼみもついていませんが、初夏から夏にかけて白い綺麗な花が咲くんですよ。ひとつひとつの花は短期間で枯れてしまうんですが、香りもいいですし、次々につぼみが開いてくれるので楽しめると思います」

「へぇ。綺麗に咲くといいな」

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