極上社長と結婚恋愛

きたみまゆ

極上社長と結婚恋愛 / 甘く柔らかなラムズイヤー (1)




極上社長と結婚恋愛




 ――薄い赤土色のテラコッタの階段に、白壁のチャペル。三角屋根のてっぺんにある十字架を見上げると、視界いっぱいに青い空が映った。

 よそ行きのかわいらしいワンピースを着せてもらってご機嫌だった幼い私は、右手は母の手を、左手は父の手を握り、空を見上げながらぴょんぴょんと飛び跳ねていた。雲ひとつない快晴の空を白い鳥が一羽横切っていくのが見え、思わず鳥を目で追う。

 そのとき、わっと歓声が上がると同時に、青い空に色とりどりの花びらが舞った。

 チャペルから出てきた新郎新婦に、拍手と一緒にフラワーシャワーが降り注ぐ。

 見上げた視界に入る参列者はみな、幸せそうな笑顔を浮かべていた。

 折り重なるレースや繊細なしゅうを施された美しいロングトレーンのウエディングドレスを着た新婦が、こちらに背を向けて階段の上に立つ。

 柔らかなオーガンジーのグローブをはめた花嫁の手から、ブーケが空へと投げられる。

 青い空に浮かんだ白い花のブーケ。

 花嫁のドレスのフリルのように折り重なって開いた、きのれんで美しい純白の花。

 その美しい光景は、私の憧れになった――。

 幼かったその日から二十年以上が過ぎた今も、白いブーケは私の中で幸せの象徴で憧れだった。


甘く柔らかなラムズイヤー


 ビジネス街の一角にある雑居ビル。その一階で営業している小さな花屋『Gardeniaガーデニア』。

 店舗部分が五坪ほどしかない店は、以前はカウンターのみの小さなカフェだったらしい。

 アーチを描く古い木のドアに、アンティークなちゅうてつせいのドアベル。通りに面したしろしっくいの外壁には大きな窓。その窓ガラスは、狭い店内いっぱいに並ぶ色とりどりの花が美しく見えるように、少しの曇りもなく磨き上げられている。

 私、ふくはらあずさが幼い頃からの夢だった花屋をオープンさせたのは、二十五歳のとき。それから二年半、毎日必死に働いてきた。

 小さいとはいえ、花屋をひとりで経営していくのは決して楽じゃない。朝八時過ぎには店に入り、仕入れた花の水揚げや掃除などの開店準備をして、営業時間の九時から十九時まで店に立つ。その間、配達の注文があれば【配達中】というプレートをドアに引っかけて急いで向かう。

 配達を受け付けている範囲は広くはないから、そんなに時間をかけずに済むけれど、店に戻ってお客様が外で待っていたりすると大慌てだ。

 そうやって慌ただしく営業時間を終えると、今度は事務作業。売り上げを計算し、花束用のリボンや包装紙の在庫をチェックして、次の花の仕入れを考える。

 すべての作業を終え家に帰れば、もう夜の二十一時を過ぎている。

 息つく暇もなく動き回っているわりに、もうかっているとは言いがたい。だけど、開店したばかりの、なかなかお客さんが増えずに赤字続きだった頃に比べれば、三年目に入った今ではこの店も周囲の人たちに認知され、売り上げも安定してきた。

 小さくていい。儲からなくてもいい。誰かを幸せな気持ちにできるような、素敵な花を贈る店を開きたい。

 そう思いながら作り上げたこの店が、私の仕事で生きがいで、そして宝物だ。

 ピンクのガーベラに、同系色のスプレーマム、小さく可憐なカスミ草。春らしいかわいい色合いの花を選びつつ、最後のアクセントにラムズイヤーに手を伸ばす。

 全体に白く柔らかい毛が密生したラムズイヤーの銀色の葉は、鮮やかな花と合わせると全体のトーンを落ち着かせ、どこか眠たげでメロウな雰囲気になる。

 店でひとり、店頭に並べるためのミニブーケを作っていると、レジカウンターの奥に置いてある電話がった。手を止め、受話器を持ち上げる。

「ありがとうございます。フラワーショップ ガーデニアです」

 店名を口にすると、電話の向こうから落ち着いた声が聞こえてきた。

《観葉植物の配達をお願いしたいんですが》

 ざらつきのない滑らかな男の人の声。だけどクセがないわけではなく、耳に吹き込まれると思わず身をすくめたくなるような、甘い声。

 ちょうど今作っていたミニブーケのラムズイヤーの葉みたいな、柔らかな声だなと思う。手触りがよくて心地いいのに、少しだけくすぐったい。

 私より少し年上の人かな、なんて電話の相手を想像しながらうなずいた。

「観葉植物ですね。どういったものがよろしいですか?」

 小さな店だから、場所を取らない切り花がメインで、置いてある鉢物は多くない。今すぐ出せるのはユッカかサンスベリアか……なんて考えながら、身に着けたダークグリーンのエプロンのポケットからボールペンとメモを取り出す。

《植物のことはあんまり詳しくないんだけど……》

 その人はそうつぶやいた後、少し思案するように黙り込んだ。

《そういえば、店名のガーデニアって花の名前なんですか?》

 思いつきのような彼の質問に、うなずきながら答える。

「はい。八重咲きのクチナシの名前です」

《その鉢植えは置いてるんですか?》

「あるにはありますが、もともと庭木で室内用の観葉植物ではないので……」

 戸惑いながら伝えると、《それをお願いします》と、穏やかだけどしっかりした口調で言われる。

 電話を切ってから、ふむ、と腕組みをして、棚の上に置かれたガーデニアの鉢植えに向かい合う。

 艶やかな濃い緑色の葉をもつ鉢。今は花もつぼみもついていないけれど、初夏になると可憐な純白の花を咲かせる。

 ガーデニアを店名にしたのは、この花が、私が花屋に憧れるきっかけだったから。幼い頃出席した結婚式で見た、花嫁のブーケ。それに使われていた白い花が八重咲きのクチナシ、ガーデニアだったのだ。

 あまり出ない花だから、店の商品というよりも半分自分で楽しむために育てていたもので、売れるとは思っていなかった。とはいえ、お客様に欲しいと言われて断る理由もないので、霧吹きで軽く水をあげ鉢をれいに拭いていく。

 宅配先の住所を見れば、店のすぐそばのようだ。

 一応配達用の三輪バイクもあるけど、ビジネス街の真ん中じゃ停める場所にも気を使いそうだし、ここなら歩きでもいいかな。

 そう思い、鉢植えを抱える。

 鍵を閉め、ドアに【配達中 すぐに戻ります】というプレートをかけると、まだ少し冷たい春風に肩をすぼめながら歩き出した。


 たどり着いたビルのエントランスで、思わず足が止まった。

 ここ、だよね……?

 鉢植えを片腕と胸で支え、電話で聞いた宅配先の住所と会社名が書かれたメモをポケットから引っ張り出し確認する。

【株式会社 ティーケークリエイション】

 ビルの入り口の案内にも、そして手にしたメモにも間違いなくそう書いてある。

 十階建てのビルの上半分、五階から十階がこの会社の本社らしい。

 こんなに綺麗で新しいビルの五階分ものフロアを占めているなんて、いったいなんの会社なんだろう。

 吹き抜けの二階の天井までガラス張りになった近代的なイメージの入り口に、美しい木目をVの字に組み合わせたヘリンボーンの床。訪れた人がくつろげるようにと置かれた北欧風のソファとローテーブルは、シンプルだけど上品なデザインだ。

 一階のエントランス部分から、一般企業とは違う、まるで美術館のように洗練されたモダンな雰囲気に少し気後れしてしまう。

「極上社長と結婚恋愛」を読んでいる人はこの作品も読んでいます