クールな社長の甘く危険な独占愛
クールな社長の甘く危険な独占愛 / オフィスの冷徹社長

クールな社長の甘く危険な独占愛
オフィスの冷徹社長
メープル材のデスクの上に肘をつき、癖のない黒髪をかき上げる。白い袖から覗く細い手首に、大きな手のひらと長い指。書類に目を落とすと、男性とは思えない長いまつげが頬に影をつくった。
形の整った眉にくっきりとした二重の目、まっすぐな鼻筋。
――綺麗な人。
私は不本意ながらも、つい見とれてしまった。
社長は銀縁のメガネのフレームを人さし指で持ち上げて、ちらっとこちらを見る。私はその眼差しの鋭さと冷たさに体がこわばり、冷や汗が背中を伝った。
「まだなにかあるのか?」
社長の声は低くて、少しかすれている。その男性的な声に、私はいつも動揺してしまう。形の整った美しい唇からは想像もできないような、威圧感のある鋭い声音が聞こえるのだから。
「いえ、ございません。失礼いたしました」
私は頭を下げると、早々に社長室から退出した。
扉を閉めると、肩の力が抜ける。思わず手のひらで額をぬぐった。
「今日はまた一段と、まずい感じですね」
自席に戻ると、篠山リカちゃんが小声で話しかけてきた。
声を潜めてもなお、なにをしゃべっているのかわかってしまうほど、静かな秘書室。左手にある大きな窓からは、都会のやわらかな日差しが感じられる。
「そうみたい」
私も小声でそう答える。
「気をつけましょう」
「はい」
リカちゃんは大きくうなずいた。
ここは、麻布にある映像制作会社。主にテレビコマーシャル、ミュージックビデオ、映画製作などを手がけている。従業員数は百人を超え、業界では大手なほうだ。
五階建ての近代的なビル全体がオフィスになっていて、最上階にこの秘書室がある。
「さっき上がってきた稟議書のせいでしょうか」
すぐ目の前にある社長室の扉を見ながら、リカちゃんが尋ねる。
「そうだと思うわ」
「竹中課長、絞られなきゃいいけれど」
リカちゃんは心配そうに眉をひそめる。私も、怯える竹中課長を想像して、深いため息をついた。
私、長尾さつきは今年で二十八歳。中途採用で役員秘書となり、二年がたった。二年たった今でも、社長が怖くて仕方がない。
桐田和茂、三十歳。大学卒業と同時にこの会社を立ち上げ、あっという間にここまで大きくしてしまった若き社長。
経営手腕も見事だが、その美しい容姿も業界内では有名だった。まるで映画の中から飛び出してきたような完璧な顔立ちだったからだ。
けれど社員の誰も、社長の笑顔を見たことがなかった。感情の起伏を見せないその表情と、射抜くような視線が、美しい顔と相まって恐ろしさを際立たせている。
頭の回転は誰よりも速く、口を挟む隙を与えない。彼の逆鱗に触れると、背後に青白いオーラが見える気がする。
それほど、有能で厳しい社長だった。
私は黒縁のメガネを取り、デスクにそっと置くと、こめかみを指で強く押した。
社長室の隣にあるこの秘書室で、私はいつも気を張りつめている。そのせいで、頭痛が起きるのは日常茶飯事だった。
リカちゃんが「大丈夫ですか?」と気遣ってくれた。
「ありがとう。薬を飲めばよくなるから」
そう言って笑顔を返し、引き出しから頭痛薬を取り出す。二錠手に取り口に放り込むと、マグカップに入っているお茶でぐいっと流し込んだ。
「この緊張感、最悪です。頭痛にもなりますよね」
リカちゃんが首をすくめて言う。
「たしかにね」
私はメガネをかけなおして、ほっと息をついた。
「最初社長を見たときは、こんなにラッキーな職場はないって思ったのになあ」
リカちゃんは緩くウェーブした毛先を指でもてあそびながら、遠い目をして言う。
「あんなに顔立ちのいい男性、現実社会ではほかに見たことないです」
「そうよね」
リカちゃんの言うことはもっともだった。社長は時々、目の前にいるのに架空の人物のように見える。同じ人間だという現実感がまるでない。
私は、毎朝鏡で見る特徴のない自分の顔を思い出して、少し気が滅入った。出会った人は必ず私を「ああ、メガネの人」と言う、そんな顔なのだ。
社長の魅力的なメガネ姿とは雲泥の差だと思う。
「日広グループの御曹司で、この会社の社長で、なおかつあの綺麗な顔。入社するまでは、社長のそばで仕事ができたなら毎日幸せだろうなって思ってたけれど、今はもう辞めたくて仕方がありません」
リカちゃんは頬をぷーっと膨らませた。
この仕事はストレス以外の何物でもない。
声のトーンの変化、視線の先を敏感に察知して、言われる前に動けるように神経を張り巡らせている。ミスなんかしようものなら、あの冷たい視線を向けられて、息が苦しくなってしまう。とにかく静かに息を潜めてデスクに座っている毎日だ。
社長のせいで冷えきった秘書室を唯一温めてくれるのは、窓からの日差しだけ。
私は陽があたっている首を手で揉みほぐした。
現在、秘書室には四名が勤務していて、私とリカちゃんは社長付き。私たちの席から少し離れた隣に副社長付きの秘書の席がある。
副社長は温和な五十代のオジサンなので、私たちはいつも隣のふたりをうらやましいと思っていた。
私は依然としてズキズキするこめかみをさすりながら、深いため息をついた。
なんで私は副社長付きじゃないんだろう。そうしたらこの悩ましい頭痛も起こらないのに。本当に隣がうらやましい。
「長尾さん、髪をいつもキュッと結わえているから、頭が痛くなるのかもしれませんよ」
リカちゃんが心配そうな顔で言ったので、私は無意識に眉間に皺を寄せていたことに気がついた。
「う……ん。そうかもしれないんだけど。髪が邪魔でどうしても結わえちゃうの。気持ちもピリッとするしね」
「わかる気がします」
リカちゃんはうなずいた。
二十五歳のリカちゃんは、肩までのふわふわの髪に、丸い瞳。小リスのような愛くるしさがある。
私がここに来てから、社長付きの秘書は二回変わった。いずれも、社長にこっぴどく泣かされて辞めていったのだ。
その点、リカちゃんはどんなに社長に泣かされても辞めない。事あるごとに「辞めたい」とは言うが、翌日にはちゃんと出社してくる。かわいらしい印象とは相反して、意外と根性があるのかもしれない。
そんなことを考えていると、目の前の電話が鳴った。ディスプレイには社長からの内線番号が表示されている。
背筋を伸ばし気合を入れて、受話器を上げる。
「はい」
『竹中を呼べ』
「かしこまりました」
内線を切ると、心配そうにこちらを見ていたリカちゃんに向かって言う。
「やっぱり竹中課長を呼べって」
「ああ、やっぱり。竹中課長、ご愁傷様」
リカちゃんは目を伏せて、手を合わせた。
しばらくすると、おどおどした様子の竹中課長がやって来た。四十代半ばの中間管理職。小さい背中をさらに丸めていて、かなり小さく見える。
「社長がお待ちです」
リカちゃんが言うと、竹中課長はごくんと唾をのみ込んだ。そして緊張した面持ちで社長室の扉をノックする。
「入れ」
中から社長の声が聞こえた。この声は、かなりまずい感じだ。
私は思わずリカちゃんと顔を見合わせた。
「失礼します」
竹中課長は静かに社長室へと入っていった。
パタンと閉じた扉の向こう側を想像すると、私は竹中課長がかわいそうでならない。
「あんなに原価率高くしちゃって、竹中課長どうしちゃったんでしょう」
リカちゃんが不思議そうに首をかしげた。
「持ちつ持たれつで、先方と話をつけたんだとは思うんだけど。ちょっとやりすぎよね」
私はうなずいた。
しばらくすると、社長室の扉がゆっくりと開いた。
小さな竹中課長は、またさらに小さくなっている。私たちに軽く会釈をすると、そのままフラフラと秘書室を出ていった。
「大丈夫かしら」
私は思わずそう口に出した。
竹中課長は社長から稟議書を突き返されてしまったので、一度合意を得ただろう先方と再度交渉するのだ。
「かわいそう」
竹中課長が去っていった扉を見つめながら、リカちゃんがつぶやいた。
すると突然、社長室のドアが開いた。私は反射的に背筋を伸ばす。
社長はつかつかとこちらへ歩み寄ると、私を見下ろした。
「杉田に竹中の人事査定書類を持ってこさせろ」
私は思わず「えっ」と声をあげてしまった。リカちゃんの目が大きく見開かれる。秘書室に緊迫した静けさが広がった。
「異論があるなら言え」
社長の低い声が、頭上から降ってきた。
私は恐る恐る社長の顔を見上げる。その瞳はまるで真っ黒なガラス玉だ。冷たいガラス。
「いえ、申し訳ありません」
「なにに対してだ?」
私は社長の威圧感に恐れをなして黙ってしまった。汗が背中を流れる。
「謝罪の理由がないなら、謝罪するな」
「……はい」
私はうつむいた。
竹中課長の人事査定書類を持ってくるということは、部署異動もしくは降格を検討しているということだ。たった一度のミスで、そこまで厳しい処分を課すなんて……。
「竹中に同情する必要はない。人には能力の限界がある」
社長はそう言い放つと、背を向けて社長室へと入っていく。
扉が閉まると、秘書室はしんと静まり返った。副社長付きの秘書も緊張して、顔を見合わせている。
「たしかに、竹中課長は交渉ごとに向いてないけど……きついなあ」
リカちゃんがつぶやくと、私を含めほかの秘書も一様にうなずいたのだった。
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