クールな御曹司は新妻に溺れる~嘘から始まった恋で身ごもりました~
1 出会い (3)
「ねえ、成田さん来てたよね」
「来てた来てた。超カッコよくない? 超ハイスペックで独身、私頑張っちゃおうかな」
「ずる〜い。私だって今日は成田さん狙いなんだから」
パーティーに参加している女性たちだろうか。成田さんという人がよほどかっこいいのか、狙うとか頑張ろうとか……。
やっぱり自分に自信があるからこその発言なのだろう。女子力のある人たちってすごい。
私は彼女たちのように積極的に行動できない。
遠くから眺めて終わるタイプなのだ。
でも今はそんな事を考えている余裕はない。
今みたいな女子力の高い人や、彼女たちが話していたような超がつくハイスペックな人の前でピアノを弾かなきゃいけない。
教室では大好きな子供たちと一緒だから緊張しないけど……どうしよう、気持ち悪くなってきた。
その時だった。
「明日香」
ひそひそ声で名前を呼ばれ。ゆっくりとドアを開けると茜が立っていた。
「明日香、そろそろお願い」
だが頭の中でいろんなことを考えていた私は、心の準備がまだ整っていなかった。
「ごめん……吐きそう」
「え? なんで?」
茜が慌てて、下を向いている私を覗き込んだ。
「緊張してきたよ。だってみんな別世界の人たちなんだもん」
「何言ってんの。いい、今から明日香は私になるの。堂々としていればいいし、全員芋だと思えばいいんだから」
だったら茜がピアノを弾けばいいのに、と思ったけれど。
「芋?」
「そう芋」
「……わかった」
ここは素直に納得し、頷いた。
「じゃあ〜終わったら電話して」
背中をポンと叩かれた。
「え?」
「私ちょっとコンビニに行ってるから」
「う、うん」
茜は自由で羨ましいと思いながらも、心の中で私は茜、私は茜と繰り返した。
そして、一度大きく深呼吸をしてから恐る恐るお手洗いを出た。
会場に入ると、見知らぬ男性にいきなり「茜」と肩を軽く叩かれ、ビクッと肩を上げてしまった。
「おい、どうしたんだよ。らしくないな〜」
茜ならどう答える?
「ごめ〜ん。ちょっと緊張して」
教えられたように語尾を伸ばしてみたけど、バレてないかな?
「ああ、今からピアノ弾くんだったな。頑張れよ」
「は……う、うん。頑張る」
男性は軽く手を振って別の友達の所へ行った。
バレなかったことに安堵しつつ、これ以上誰にも話しかけられたくなくて、私はピアノの前に立った。
するとみんなの視線が一斉に私に向けられた。
その途端、緊張で言葉が出なくなる。
どうしよう……。
さっきまで覚えていたセリフも吹っ飛んで頭の中が真っ白。
やっぱり無理。そう思ったときだった。
「茜〜! 待ってました」
一人の男性が声をかけた。恐らく彼が主役の直樹さんだろう。
すると他の人たちも「茜〜」と名前を呼ぶ。
私は心の中で再度「私は茜」と念ずるように言い聞かせた。すると徐々に落ち着いてきた。
そうよ、今の私は茜なんだから。
私は声をかけた男性の方を見ると、茜になり切ってとびきりの笑顔で手を振った。
「直樹さん、お誕生日おめでとうございます。私から一曲プレゼントします。ラヴェルの『水の戯れ』です」
椅子に座り大きく深呼吸をする。そして流れるように鍵盤に指を走らせる。
指の動きの速い曲だが、高校の時に出場したコンクールの練習で何度も弾いたこの曲は、身体が覚えているかのように、指が勝手に動いてしまうのだ。
太陽の光に照らされながら流れる水のような旋律。かと思えばポンポンと弾く音はまるで滴やシャボン玉のようだ。五分程度の曲だが、その中で音符になった水がいろんな形に変化して音を奏でる。
だから私はこの曲がとても好き。女性的で可愛らしさもあって……。
でもこの曲はすごく難しくて、初めて譜面を見たとき目が点になった記憶がある。
私の場合、一度弾き始めるとピアノに集中してしまうところがあって、あんなに緊張していたのにギャラリーの目も気にならなくなっていた。
そして曲が終わり、鍵盤から指を離す。
それまで曲の世界に引き込まれていた私は我に返る。すると会場はシーンと静まり返っていた。
今になって会場にいる人たちの視線が私に向けられていたことに気づき緊張する。だが、次の瞬間大きな拍手に包まれた。
人前でラヴェルなんて発表会以来。なんだか急に恥ずかしくなる。
「茜! すごい」
「茜、素敵だった」
「まじでピアノ弾けるんだな」
みんなが褒めてくれる。
でもそれは私本人ではない。茜に対してだ。そう思うとほんの少しだが罪悪感を感じる。
「当たり前じゃない」
それでも茜になりきって返事をしている時点で私は大嘘つきだ。
すると茜の友人だろうか、若い女性が私にワインを差し出してきた。
でもすぐに交代してこの場からいなくなりたかった。
「ごめん、ほっとしたらお手洗いに行きたくなっちゃった」
「そっか〜。行っておいで、待ってる」
「ありがとう」
本当にみんな、私が茜じゃないってことわかってないんだ。
双子の存在を知らないのだから、私と茜の見分けがつかないのもわかる。
だけど自分の存在が消されてしまったような感覚に襲われる。
そう思うのはわがままなのだろう……。
私がもっと社交的で、茜のようにいろんな人とのつながりを持っていたら、私も茜のようになれただろうし『茜すごい』じゃなくて『明日香すごい』って言ってもらえたかもしれない。
そう思うとやっぱり茜を羨ましいと思う。
でもいつまでもここにはいられない。
早く茜と交代しなくちゃ。
そう思いながら出口の方へ向かおうとした時だった。
「木内さん」
男性の声に呼ばれ、振り向いた私は、まるで魔法にでもかかったかのように彼のオーラに身動きが取れなくなった。
歳は三十前後だろうか。
シャープな輪郭とシュッとした鼻筋。凛々しい眉とくっきりとした二重瞼。程よく厚みのある唇。
身長は百八十センチ以上あるだろう。モデルのようにスタイルがよく、ダークカラーのスーツがとても似合っている。
まさに眉目秀麗とは彼のような人のことを言うのだろう。
私の……いや、茜の名前を呼んだと言うことは、知り合いなのだろうか。
だけど、なんと言葉を返したらいいのか。
その時、ふとひらめいた。
もしかして、さっき茜を待っているときに女性たちが話していた『成田さん』というのは彼のことでは?
確かに、失礼ながら彼ほどかっこいい人は見当たらない。
私は一か八かで「成田さん」と呼んでみた。
彼は軽く頷き、微笑んだ。
「さっきのピアノ、本当に素晴らしかった」
否定しないということは、成田さんで当たっていたようだ。
内心ほっとしたけれど、私の中の彼の情報は名前だけ。下手なことを言って困るのは私だ。
「ありがとうございます。それでは──」
失礼しますと言いかけたが、突然腕を掴まれ、私は、言葉を忘れてしまったように固まった。
「ごめん、びっくりさせたかな。ただ……普段の君とのギャップが大きくて、なんだか気になってしまったんだ」
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