クールな御曹司は新妻に溺れる~嘘から始まった恋で身ごもりました~

望月沙菜

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「一生のお願いだから」

 姉のこの言葉を何度聞いたことか。

 だが今回に限っては、あまりに難易度の高いお願いに、私は首をたてに振ることを躊躇ちゅうちょした。


 私、木内明日香きうちあすかは、ヤマシタ音楽教室に勤める二十六歳。

 ピアノ講師として主に小学校の低学年を対象とした初級コースを担当している。

 初めてのピアノにドキドキワクワクしている子供達の姿が可愛かわいく、上手に弾けたときの達成感や、うれしそうな顔をみることが楽しくて、とてもやりがいのある仕事だ。

 そんな私にはあかねというおない年の姉がいる。

 そう、私たちは双子ふたごなのだ。

 一卵性双生児いちらんせいそうせいじとして生まれた姉と私は見分けがつかないほどそっくり。

 そんな私たちの唯一の見分けかたは右耳の下にある小さなホクロだ。ホクロがあるのが私、明日香の方。

 でも普段は、髪を下ろしているので、ホクロは髪に隠れて正直見分けがつかない。両親でも時々間違えるほどだ見出し。

 私たちは、都内の2LDKのマンションで二人暮らしをしている。

 実家は愛知あいち県。父は自動車関連会社に勤めているが、現在は海外赴任中で母と一緒いっしょにアメリカで生活中だ。

 姉の茜は後越ごこしデパートの化粧品売り場でBA(ビューティーアドバイザー)として働いている。

 姉は社交性があり、明るくてメイクも上手でかなりモテる。彼氏がいないことなんてほとんどない。

 私はというと、姉とは正反対で内向的な性格。

 友達と楽しく過ごすのは好きだけど、にぎやかすぎる場所はあまり好きじゃない。目立つことも苦手だ。

 メイクもBAの茜とは対照的に身嗜みだしなみを整える程度のナチュラルメイク。

 おまけに普段仕事では、子供やその保護者と接することがほとんどだ。

 なので男性と話す機会もあまりなく、いざ話をしようとすると緊張のあまり無言になってしまう。

 だから彼氏もなかなかできなくて、正直にいえば恋人と呼べる人がいたことは一度もない。

 そんな真逆な性格の二人だから、行動範囲も全く違う。

 姉の茜はみんなでワイワイするのが大好き。

 流行にも敏感びんかんで服装もおしゃれ。

 友達も大勢いて休前日になると飲みに行ったり、彼氏とデートしたりと東京での生活を満喫まんきつしている。

 私のほうは友達と呼べる人は地元の友達と音楽教室で働く同世代の講師ぐらい。休日は家でのんびり映画をたり、ヘッドフォンをつけてピアノを弾いたりと、一人の時間を楽しむことが多い。

 もちろん姉がうらやましくなることもあるけど、それでも私はこんな自分を気に入っている。


 そんな、顔はそっくりだけど性格もライフスタイルも違う茜から、とんでもないお願いをされたのは二日前。

 茜は金曜の夜、友人の誕生日パーティーに行くことになっている。

 主役は都内にセレクトショップを数店舗てんぽ持つ、若手の経営者で男性。

 肩書きがおしゃれなだけに誕生日パーティーもオシャレな人たちが大勢集まりそうだ。

 今回、茜たちが中心になって誕生日パーティーを開くことになったのだが、その会場に大きなピアノがあった。

 それをなんとか活用できないかという話になった時に……。

「私、ピアノが弾けるって言っちゃったのよ」

 そう、茜はピアノが弾けないのだ。

 さかのぼること二十年余り、幼稚園の年中ねんちゅうの時、母が私たちにピアノを習わせたくて一緒に教室に入ったもののきっぽい茜は一ヶ月でをあげた。

 今、茜が弾けるものと言えば『ねこ踏んじゃった』ぐらいだろう。

「なんで?」

冗談じょうだんのつもりで言ったんだけど、みんなに『茜がピアノを弾いたら絶対ぜったいに盛り上がるよ』って言われて……」

「それで?」

 茜はくちびる上目遣うわめづかいで私を見た。

 こういう仕草をする時の茜には要注意なのだ。

 困ったことがあると必ず見せる仕草だからだ。

「『じゃあ、弾きま〜す』て言っちゃったのよ。だってみんながすごく持ち上げるんだもん、断れないじゃない?」

 持ち上げるとかの問題じゃなくて、うそが問題なのでは?

 ってことは……。

「まさかとは思うけど、私にピアノを弾けって?」

 すると上目遣いのままパチパチっと大きく瞬きをした。

「そのまさか。さすが明日香よくわかってる〜。お願い、私の代わりに誕生日パーティーに出てピアノを弾いて!」

 手を合わせて私の反応を見る茜。

 今までこの流れでいくつものお願いをされた。

 特に多かったのは高校の時、茜に告白した男子への返事を私が茜になり切って「ごめんなさい」と断ったことや、デートの約束があるからと茜になりすまし委員会に出たり……。

 だけど今回は、いくら茜の頼みでも無理。

「嫌」

 即行で断った。

「えー? そんなこと言わないでさ〜。姉のピンチよ」

「ピンチって自分がいた種でしょ。そもそも私がにぎやかなところが苦手だってこと知ってるよね?」

「そうだけど、こんなこと頼めるの明日香しかいないじゃない」

「だったら正直に弾けないって言えばいいじゃない」

 だが茜は首を横に振った。

「言えないからこうしてお願いしてるんじゃない」

 逆ギレ気味ぎみに返してくるが、流石さすがに今回ばかりは首を縦に振れない。

「無理」

 そもそも人がたくさん集まるところが苦手だし、賑やかな場所っていうの? そういう人たちが集まるところなんてもってのほか。

 だけど茜もあきらめが悪い。

「別に一緒にパーティーで騒げって言ってるわけじゃ──」

 今度は私が首を横に振った。

「そういう問題じゃなくて。私と茜は、顔はそっくりでも性格が真逆じゃない。だから、茜の代わりは務まらないって言ってるの。悪いけど──」

「な〜んだ、そんなこと? だったら大丈夫」

 茜は口角こうかくを上げ、自信ありげに腰に手を当てた。

「え?」

「私たちの違いはホクロがあるかないかだけよ。これだけ似ていればちょっと見ただけじゃ性格の違いなんてわからないって。それに明日香はいつも私を見てるんだから、演技で似せられるでしょ」

 ドヤ顔で言われたが、どんなに外見をつくろっても中身は別人。

「それでも私にはできないよ」

 すると茜が再び手を合わせた。

「そんなこと言わないで。ね? 一生のお願いだから」

「今までその一生って言葉、何回使ったと思ってるの?」

 とはいえ今までの経験上出来できないで済んだことはなく、私は諦めの大きなため息をついた。茜にお願いされると断れない。なんといっても私たちは同じ日に生まれた姉妹なのだから。

「ちなみに私がパーティーに行った場合、茜は留守番──」

「決まってるじゃない。私が双子だなんてみんな知らないんだから」

 そう、茜は社会人になってから、自分が双子だということを伏せていた。

 興味本位きょうみほんいで私を見たいという人から私を守りたいという茜の優しさからだ。

「だよね」

 一人で行って誰も知らない人たちの前でピアノを弾いて一人で帰る。これってかなりハードルが高いミッションだ。

 他になにかいいアイデアは……。

「そうだ。茜、途中で入れ替わるっていうのはどうかな」

 それなら、ピアノだけ弾けば私のミッションはほぼ終わったも同然。最後まで茜になりすます必要はない。

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