異世界はスマートフォンとともに。

冬原パトラ

第一章 異世界に立つ (2)

 結局、ザナックさんには身ぐるみ全部売る羽目になってしまった。くつしたから靴まで全てだ。トランクスまで売ってくれと言われた時は正直げんなりした。気持ちはわからないでもないけど、僕の気持ちもわかってしい……。

 代わりに用意してもらった服や靴は、動きやすくじようそうで、自分的には文句はなかった。黒のズボンに白のシャツ、そして黒いジャケットと、派手でもなくシックな感じでなかなかである。これなら目立つこともないだろう。

「それでいくらで君の服を売ってもらえるかね。むろん、金に糸目はつけんが、希望額はあるかい?」

「と言われましても……。相場がわからないのでなんとも言えません。そりゃ高い方がいいですが……実は僕、一文無しなんですよ」

「そうかね……そりゃあ気の毒に……。よし、じゃあ金貨十枚ということでどうだろう」

 金貨十枚がどれだけの価値なのかさっぱりわからない僕としては頷くしかない。

「では、それで」

「そうかね! ではこれを」

 ジャラッと金貨十枚をわたされる。大きさは五百円玉ぐらいでなにかライオンのようなレリーフがってあった。これが自分の全財産なわけだ。大切に使うとしよう。

「ところでこの町に宿屋のようなところはありませんかね。が暮れる前にしよを確保しておきたいのですが」

「宿屋なら前の道を右手に真っぐ行けば一軒あるよ。『銀月』って看板が出てるからすぐわかる」

 看板があっても読めないんですけどね……。まあ人に聞いて進めばわかるだろう。言葉は通じるんだから。

「わかりました。ではこれで」

「ああ。また珍しい服を手に入れたら持ってきてくれたまえ」

 ザナックさんに別れの挨拶をして、外に出る。陽はまだ高い。内ポケットからスマホを取り出し、電源を入れると午後二時前だった。

「馬車の中でも思ったけど……これって時間合ってるのかな……?」

 まあ、太陽の位置からしてそんなに大きくズレてはいないと思うが。

 ふと、思い立ってマップアプリを起動する。すると町中の地図が表示され、現在地や店などの名前まで表示されていた。これなら迷うことはない。宿屋「銀月」もちゃんと表示されている。それにしても……。

 ザナックさんの店を振り返る。

「この看板……『ファッションキングザナック』って書いてあったのか……」

 ちょっとザナックさんのネーミングセンスを残念に感じながら、僕は宿屋へと歩き始めた。



     ◇ ◇ ◇



 しばらく歩くと宿屋「銀月」の看板が見えてきた。三日月のロゴマークが見える。わかりやすい。見た目は三階建ての建物だ。れんと木でできた、けっこうがっしりとした造りに見える。

 両開きの扉をくぐると、一階は酒場というか食堂らしき感じになっていて右手にカウンター、左手に階段が見えた。

「いらっしゃーい。食事ですか。それともおまりで?」

 カウンターにいたお姉さんが声をかけてくる。赤毛のポニーテールがよく似合う、はつらつとした感じの人だ。ねんれい前後というところか。

「えっと、宿しゆくはくをお願いしたいんですが、一泊いくらになりますか?」

「ウチは朝昼晩食事付きで銅貨二枚だよ。あ、まえばらいでね」

 銅貨二枚……高いのか安いのか判断できない。まあ、金貨よりは安いと思うが、銅貨何枚で金貨一枚なのか見当もつかないからなあ。

とりあえず財布から金貨一枚を出してカウンターに置く。

「これでなんぱくできますかね?」

「何泊って……五十泊でしょ?」

「五十!?

 計算できないの? というお姉さんの目が痛い。えっと金貨一枚=銅貨百枚ということか。金貨十枚あるから五百日、一年半近くなにもしないで暮らせるのか。ひょっとしてけっこうな大金なんじゃないだろうか。

「で、どうするの?」

「えーっと、じゃあひと月分お願いします」

「はいよー。ひと月ね。最近お客さんが少なかったから助かるわ。ありがとうございます。ちょっと今、銀貨切らしてるから銅貨でおりね」

 金貨一枚を受け取ると、お姉さんはお釣りに銅貨で四十枚返してきた。銅貨六十枚引かれたってことは、なるほど、ひと月はこっちでも三十日か。あまり変わらないな。

 お姉さんはカウンターのおくから宿帳らしきものを取り出して、僕の前に開き、インクのついた羽ペンを差し出してきた。

「じゃあここにサインをお願いしますね」

「あー……すいません。僕、字が書けないんで、代筆お願いできますか?」

「そうなの? わかったわ。で、お名前は?」

もちづきです。望月とう

「モチヅキ? 珍しい名前ね」

「いや、名前が冬夜。望月はみよう……家の名前です」

「ああ、名前と家名が逆なのね。イーシェンの生まれ?」

「あー……まあ、そんなとこです」

 イーシェンとやらがどこかわからないが、面倒なのでそういうことにしておく。後でマップ確認しておこう。

「じゃあこれが部屋のかぎね。無くさないように。場所は三階の一番奥。陽当たりが一番いい部屋よ。トイレと浴場は一階、食事はここでね。あ、どうする? お昼食べる?」

「あ、お願いします。朝からなにも食べてないもんで……」

「じゃあなにか軽いものを作るから待ってて。今のうちに部屋を確認してひと休みしてきたらいいわ」

「わかりました」

 鍵を受け取ると階段を上り、三階の一番奥の部屋の扉を開ける。六畳くらいの部屋で、ベッドと机、とクローゼットが置いてあった。正面の窓を開けると、宿の前の通りが見える。なかなかいい眺めだ。子供たちがはしゃぎながら道をけていく。

 気を良くして部屋に鍵をけ、階段を下りるといいにおいがしてきた。

「はいよー。お待たせ」

 食堂の席に着くと、サンドイッチらしき物とスープ、そしてサラダが運ばれてきた。パンが少し固かったけど、初めて食べる異世界の味は充分満足できる味で、美味かった。完食。さて、これからどうするか。

 これからしばらくここに住むわけだし、町の様子を見てみたいな。

「散歩に行ってきます」

「はいよー。言ってらっしゃい」

 宿屋のお姉さん(ミカさんと言うらしい)に見送られて、町を散策に出る。

 なにせ異世界の町である。見る物全てが珍しく、興味を引く。キョロキョロと視線を彷徨さまよわせ、しんに思った人たちの冷たい目にハッとして気持ちを正すも、またキョロキョロと不審者になってしまう。無限ループだ。いかんいかん。

 町を歩く人を見ていて気が付いたのだが、武器をけいたいしている人が多い。けんおの、ナイフからむちまで様々だ。ぶつそうではあるが、これがこの世界の常識なのかもしれない。僕もなにか武器を買った方がいいのだろうか。

「まずはなんとかかせぐ方法を見つけないとなあ。この世界で生きていく以上、お金は必要だし」

 まさかこんなに早く就活する羽目になるとは思わなかったな。それでもなにか得意なことがあれば良かったんだが……。学校の授業で一番得意な科目は歴史だしな……。別世界の歴史にくわしくったってなんの役にも立ちゃしない。

 あとは少し楽器がけるくらいか。この世界にピアノとかがあればいいんだが。まあ、そんなにくはないけどさ。

「ん?」

 なんだろう。騒がしい。大通りの外れ、裏路地の方だ。なにか言い争うような声がれ途切れに聞こえてくる。

「……行ってみるか」

 そうして僕は裏路地へと足をみ入れた。



     ◇ ◇ ◇



 裏路地に入り、せまく細い道を進んでいくと、き当たりで四人の男女が言い争っていた。

「異世界はスマートフォンとともに。」を読んでいる人はこの作品も読んでいます