異世界はスマートフォンとともに。
第一章 異世界に立つ (1)
第一章 異世界に立つ
目覚めると空が見えた。
雲がゆっくりと流れ、どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。
起き上がる。痛みはない。立ち上がり周りを見渡すと、山々や草原が広がり、どこか田舎の風景といった感じだった。
ここが異世界か。
大きな木が遠くに見える。その近くに見えるのは道だろうか。
「とりあえず道なりに進めば人に会えるかな?」
そう判断し、目の前の大きな木を目指して歩き出す。やがて道が見えてきた。これは確かに道だ。
「さて、どっちに向かうか、だけど……」
大きな木の根元で右手に行くか左手に行くか悩む。ううむ、右手に行けば一時間で、左手に行けば八時間で町に着く、とかだと困る……と思案していると、突然内ポケットのスマホが鳴った。
取り出して見ると、「着信 神様」の文字。
「もしもし?」
『おお、繋がった、繋がった。無事着いたようじゃな』
スピーカー部を耳に当てると神様の声が聞こえてきた。さっき別れたばかりなのに、なんか懐かしさを感じる。
『言い忘れとったが君のスマホな、マップとか方位とかもそっちの世界仕様に変えてある。活用してくれ』
「そうなんですか? いやまあ助かりましたけど。ちょうど道に迷っていたもので」
『やっぱりか。君を送る場所を町中にしてもよかったんじゃが、騒ぎになると面倒かと思ってな。人目のないところにしたんじゃが、それはそれでどこに行けばいいか途方に暮れるわな』
「ええ、まあ」
苦笑しながら答える。確かに僕には行く当てがない。故郷も知り合いもないのだから。
『マップで確認しながら進めば問題なく町に着くじゃろう。では頑張ってな』
「はい。では」
電話を切るとスマホの画面を操作し、マップのアプリを起動する。自分を中心にして地図が表示された。傍らに道がのびている。これが足下のこの道だろう。縮尺を変えていくと道の先、西の方に町がある。えっと……リフレット? リフレットの町か。
「よし、じゃあ向かうとしますか」
僕はコンパスアプリで方位を確かめ西へ歩き始めた。
しばらく歩くとけっこうまずい状況じゃないかと思い始めた。
まず、食糧がない。水もない。町に着いたとして、それから? お金がない。財布はあるが、こちらの通貨がはたして使えるか? 普通に考えて使えないだろう。さてどうしたものか……。
と、ぼんやり考えながら歩いていると、なにやら後ろから音がしてきた。振り返ると遠くからこちらに向かってくる何かが見える。あれは……馬車か。馬車なんて初めて見た。おそらく誰かが乗ってはいるのだろうが……。
異世界に来てのファーストコンタクトだが、どうしたものか。馬車を止める? 乗せてください。それもアリかもしれないが、やめることにした。何故か。
馬車が近づくにつれ、その馬車がすごく高級なモノだとわかったからだ。きらびやかな細工と重厚な作り。間違いなくあれは貴族とか金持ちの乗るモノだ。
そんな人を止めて「無礼者! 手打ちにしてくれる!」とでもなったらたまらない。後ろから近づく馬車に道を譲り、端の方へ身を寄せた。
目の前をガラガラと土煙を上げながら馬車が通過していく。面倒なことにならずにすんだと、また道に戻り、歩き始めようとして馬車が停車していることに気がついた。
「君! そこの君!」
バタンと馬車の扉を開けて出て来たのは白髪と立派な髭をたくわえた紳士だった。洒落たスカーフとマントを着込み、胸には薔薇のブローチが輝いている。
「なんでしょう……?」
興奮した様子でこちらに向かってくる紳士を見ながら、心の片隅で「あ、言葉が通じる」と僕は安堵していた。
ガシッと肩を掴まれ、ジロジロと舐め回すように身体を見つめられる。え、なにこれ。ヤバイ状況でしょうか。
「こっ、この服はどこで手に入れたのかね!?」
「は?」
一瞬、なにを言っているのかわからず、ポカンとしてしまったが、そんな僕をお構い無しに、髭の紳士は後ろに回り、横に回り、矯めつ眇めつ僕の着る学校の制服を眺めている。
「見たことのないデザインだ。そしてこの縫製……一体どうやって……。うむむ……」
なんとなくわかってきた。要するにこの制服が珍しいのだ。おそらくこの世界にはこのような服はないのだろう。で、あるならば。
「……よろしければお譲りしましょうか?」
「本当かね!?」
僕の提案に髭の紳士が勢い良く食い付く。
「この服は旅の商人から売ってもらったものですが、よろしければお譲りいたしますよ。ただ、着る物を全部売ってしまうと困るので、次の町で別の服を用意していただけるとありがたいのですが……」
まさか異世界の服ですとは言えないので、思い付いた言い訳を並べ立てる。この服が売れて多少のお金になれば助かる。目立たなくもなるし、一石二鳥かもしれない。
「よかろう! 馬車に乗りたまえ。次の町まで乗せてあげよう。そしてそこで君の新しい服を用意させるから、その後でその服を売ってくれればいい」
「では取り引き成立ということで」
髭の紳士と僕は固い握手を交わす。そのまま馬車に乗せてもらい、次の町リフレットまで三時間ほど揺られた。その間髭の紳士(ザナックさんと言うらしい)は、僕の脱いだ制服の上着を受け取り、手触りや縫い目などを興味深く確認していた。
ザナックさんは服飾関係の仕事をしているそうで、今日もその会合に出た帰りだそうだ。なるほど、服飾に携わっているのならあの反応も頷ける。
僕はといえば、馬車の窓から流れる風景を楽しんでいた。見たことのない世界。これからはここが僕の世界なのだ。
◇ ◇ ◇
ザナックさんと出会ってから三時間。揺られ揺られて、馬車はやがてリフレットの町に着いた。
町の門番らしき兵士に挨拶と軽い質問をされ、早々に入ることを許される。兵士たちの態度からザナックさんはけっこう有名らしい。
ガタゴトと馬車が町中を進んで行く。古めかしい石畳の上を進むたび、ボックス型の車体が小刻みに揺れた。やがて商店が並び、賑わう大通りに入ると一軒の店の前で馬車は止まった。
「さあ、降りてくれ。ここで君の服を揃えよう」
ザナックさんに言われるがままに、僕は馬車を降りる。店には糸と針のロゴマークの看板があったが、その下の文字を見て、ちょっとまずいことに気が付いた。
「読めない……」
看板の文字が読めない。これはかなりまずくないだろうか。話はできるが文字が読めないとは……。まあ、会話はできるのだから誰かに教えてもらうことは可能だろうが……。勉強しないとな。
ザナックさんに連れられ店内に入ると数人の店員たちが僕らを迎える。
「お帰りなさいませ、オーナー」
店員たちの言葉に僕はちょっと驚く。
「オーナー?」
「ここは私の店なんだよ。それよりさあ、服を着替えたまえ。おい、誰か彼に似合う服を見繕ってくれ!」
ザナックさんは急かすように僕を試着室(カーテンで仕切られた部屋ではなく本当の小部屋)へと押し込んだ。そして、何着かの服を持ってくる。着替えるため、ブレザーの上着を脱いでネクタイを外し、ワイシャツを脱ぐ。その下には黒のTシャツを着ていたのだが、それを見てザナックさんの目の色がまた変わった。
「!? き、君、その下の服も売ってくれんかね!」
追い剥ぎか。
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