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使徒戦記 ことなかれ貴族と薔薇姫の英雄伝(文庫版)

タンバ

第一話 運命的な出会い (3)

 そんなエルトだが、今は食後の運動とばかりに王都を散策中だ。

 すでに露店が出ている大通りからかなり離れている。

「しっかりと協力はする。だから、そんなに不貞腐(ふてくさ)れるな」

不貞腐(ふてくさ)れてない。呆れてるんだよ」

「心外だな。私が何も考えずに歩いていると思ったのか?」

「何か考えがあって歩いていたのか?」

 俺の返しに、エルトは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 どうやら、本当に考えがあったらしい。

「この先に最近、知る人ぞ知る露店がある。そこで販売されてるのは、最近、隣国レグルスで人気のビスケットだ。生地にチョコを練りこんだもので、非常に美味しい」

「なんだ……当てがあったのか……。なら最初からそこに案内してくれよ……」

「そしたら、私が満足できないじゃないか。言っただろ? 私が満足するまで付き合って貰う、と」

 確かにその通りだけど、それにしたって良い性格をしてる。

 おかげで、俺が渡された軍資金はだいぶ減ってしまった。

「はぁ……そういえば、どうしてお金を持ってなかったんだ?」

 唐突に思いついたことを俺は問う。

 エルトはどう考えても普通じゃない。平民と言われるより、お忍びで町を歩くお嬢様と言われたほうがしっくりくる。

 だけど、そうなるとお金を持っていないことが説明できない。

 俺の質問にエルトは顔をしかめる。

 そして短い言葉で答えた。

「……落としたんだ」

「ん?」

「だから、落としたんだ。財布を」

 これ以上、聞くなと言わんばかりにエルトは俺から顔を背ける。

 自分の失敗談を語るのは嫌らしい。

 まぁ、得意げに話すことでもないことは確か。そのせいで、腹を空かせてうずくまっていたのだから。

「なるほど。それで腹減って動けなくなってたのか」

 ずっと一緒にいたせいか、最初は使っていた気を、今は使っていない。

 言葉を選ばず、自然と思いついた言葉を口にした。

 すると、エルトが俺をキッと(にら)む。どうやら気に障ったようだ。

 俺は慌てて謝罪する。

「悪い。気に障ったなら謝る」

「気に障ったんじゃない。気に入らなかっただけだ」

 同じじゃないか、と思いつつ、それを口に出す()は犯さない。

 そんなやりとりを行っていると、細い通りに出た。

 そこには大通りほどではないけれど、露店が出ている。

「なにも、こんな活気のないところで露店を出さなくてもいいだろうに」

「なにを言ってるんだ? 大通りは王都に長くいる人間たちや、力のある商人が取ってしまう。新しく来た者たちは、こういうところで地道にやるしかない」

「なるほど。詳しいな?」

 言われてみればその通りだ。

 日本だってどこにでも店が出せるわけじゃない。

 しかし、それにしても薄暗い。

 同じ王都とは思えない。

 たぶん、日があまり当たらない区画だからだろう。

 そのせいで、俺の気分まで暗くなりそうだ。

「最近、勉強したからな」

「勉強? 何のために?」

「そんなの決まっているだろ。それは」

「それは?」

 そこまで口にして、エルトは口を閉ざす。

 どうやら、理由は話せないらしい。

 何度か口を開いたり閉じたりして、適当な理由を探している。

 まぁ、無理して聞き出すことでもないか。

「知識は武器になるからな。俺も見習うとする」

「そうだ! その通り! 良いことを言った!」

 快活に笑いながら、エルトが同意する。

 その笑顔を見ていると、この暗い道でも気分が明るくなる。

 少し歩くと、エルトは一つの露店で止まった。

 店には若い女性がいる。たぶん、この人が店主なんだろう。

 エルトは親しげな様子で店主へと話しかける。

「やぁ、クルーシェ」

「……」

 しかし、店主のほうはエルトの顔を見て絶句している。

 まさか、というような表情だ。

「え、え、え……」

「なんだ? 私の名前を忘れたか? エルトだ。エルト」

「え、ええ。覚えているわ。エルト。どうしてここへ?」

「お菓子を買いに来たに決まってるだろ?」

 よほどエルトがここにいることが意外だったんだろう。クルーシェと呼ばれた店主は、かなり動揺している。

 だが、エルトのほうは気にせず、並べられているお菓子をいくつか指定していく。

「以上だ。支払いはこいつがする」

「こんなに買ってどうするんだよ……。まさか全部、俺が持ってくのか?」

「いや、半分は私が食べる」

「まだ食うのか……」

 呆れた様子で呟き、俺は金額を聞いて、代金を支払う。

 大通りにある多くの店よりも良心的な金額だ。

「では、またな。クルーシェ」

「はい」

 クルーシェはそう言って、背中を向けたエルトに(うやうや)しく頭を下げる。

 その様子はどう見ても、主と臣下、上司と部下といった感じだ。

 やはりエルトは貴族の娘か。ただ、王都を珍しがっていたし、王都と離れたところの貴族か、他国の貴族か。

 王の生誕祭だ。他国の有力者が祝いに来てもおかしくない。

「どうしたユウヤ。行かないのか?」

「残念ながら、俺はもう行かないと。そろそろ日暮れだし」

 時間が決められているわけではないけれど、日暮れの時間に一人で行動するのは頂けない。

 俺はまだ十二歳で、ここは王都とはいえ見知らぬ土地なのだから。

 それはエルトも同じだろう。

 言われて初めて気づいたのか、エルトは太陽の位置を見て、微かに残念そうな表情を見せた。

「そうか……そうだな。確かにあまり遅くまでうろつくわけにもいかないか」

「お互い、まだまだ子供だしな」

「そうだな。じゃあ、ここでお別れか……」

 落ち込んだように顔を伏せるエルトに、俺は先ほど買ったビスケットを半分、渡す。

「これはエルトの分なんだろ?」

「お礼にしては貰いすぎだな……今日は本当に助かった。この恩は忘れない。いつか必ず返す」

「大げさだなぁ。いいさ、俺のほうこそ助かったよ。ありがとう。またどこかで会おう」

 そう言って、俺は右手を差し出す。

 エルトは(あい)(まい)に笑って、俺の右手を握り返した。

 たぶん、もう会うことはないだろうと思っているんだろう。

 会う可能性が低いことは間違いないと思う。

 俺は辺境の貴族で、エルトはエルトで王都とは離れた場所の貴族か、他国の貴族だ。

 それでも、また会おうと言うくらいは許されるだろう。

 さようならと言うだけなのは、あまりに惜しい。

「……また会おう。ユウヤ・クロスフォード。その時は、また私に付き合ってくれるか?」

「もちろん。ただ、財布役は御免だ。次は自分で用意するように」

「ああ。気を付ける」

 そう言って俺たちは手を離した。

 俺は踵を返し、エルトに背中を向ける。

 正直、楽しい時間だった。

 前世の記憶が目覚めたのが、十歳の時だから、それから二年。

 その中で一番楽しかったといえるだろう。

 不思議とエルトとは馬が合った。

 だから、別れるのは惜しい。彼女が普通の平民の少女だったら、間違いなくクロスフォード子爵領へ来ないか、と誘ったはずだ。

 けれど、彼女は普通の少女ではない。

 それだけは確信できる。

 握った彼女の手には微かに豆があった。女性らしい柔らかい手ではあったけれど、あれは間違いなく剣を振っている人間の手だ。

 しかもかなりの腕だ。少なくとも、俺程度じゃ数合と持たず斬り捨てられるだろう。

「エルトか……」

 細い通りを抜け、大通りへと戻りながら呟く。

 あの()()色の髪は印象的だし、忘れることはないだろう。

 しかし、俺は貴族である以上、戦場に出るのは義務であり、おそらく彼女も似たようなものだろう。

 味方か敵か。

 どちらにしろ、次に会うのが戦場ではないことを祈りたいもんだ。

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