使徒戦記 ことなかれ貴族と薔薇姫の英雄伝(文庫版)

タンバ

第一話 運命的な出会い (2)

 できれば水分が欲しいけれど、さっき買った薄い果汁水は飲み干したばかりだ。

 今は我慢しよう。

 そんなことを思いつつ、壁に寄りかかって串を食べようとし、俺は気付く。

 俺の対面にうずくまっている少女がいることに。

 年は俺と変わらないだろう。

 鮮やかな()()色の長髪と、やや青みがかった灰色の瞳が特徴的な美しい少女だ。

 ()()色の髪は首筋のあたりで、簡素なリボンによって束ねている。

 着ている服は清潔感はあるものの、飾り気のないワンピース。

 服装だけ見ると、平民の娘だ。こんなに美しい娘は見たことがないし、こんなに()()のある同年代も見たことはない。なんというか、偉そうだ。

 少女の美しさに()()れていると、(りん)とした強さを持ちながら、常夏の海のように澄んだ不思議な青灰色の瞳と、ばっちり目があった。

 少女は俺を見て、不思議そうに首を傾げ、やがて視線を俺の手の中にある食べ物に移し、不機嫌そうに眉をひそめた。

 明らかに不機嫌そうなのに、少女の美しさは何ら変わらない。むしろ、それはそれで芸術品のような印象を受けるから不思議だ。

 しかし、どれだけ美しく見えても少女が不機嫌だというのは事実だった。

 少女はおもむろに立ち上がると、俺の近くまで寄る。

 背は俺と大差ないが、少女は俺の顔を下から覗き込むようにして、口を開く。

「嫌味のつもりか? お前」

 (さわ)やかな声色で唐突な難癖。

 偉そうだと思ったけど、その通り。言葉遣いから、言葉の響きまで偉そうだった。

「えっと……」

「嫌味のつもりかと聞いているんだ」

 少女がぐいっと顔を近づけてくる。

 少女の綺麗な顔がやけに近い。

 いくら前世で十六まで生きていても、今は十二歳。精神年齢的に前世と大差なんてない。

 つまり綺麗な同年代に顔を近づけられれば、ドキリとする。

 俺が答えに(きゆう)していると、少女は明らかに不満そうな表情を見せる。

 少女はなにか言葉を発しようとして。

 できなかった。

 キュ~っと、動物の鳴き声のような可愛らしい音が響いたからだ。

 少女は(とつ)()に自分のお腹を押さえる。

 俺は何度か瞬きを繰り返し、やがて耐えきれずに噴き出してしまう。

 しかし、それが少女の気に障ったようで、俺はキッと(にら)まれてしまう。

 目つきは鋭いが、顔が微かに赤らんでいるから怖くはない。

「お腹空いてるのか?」

「ち、違う! 私は!」

 再度、可愛らしい音が鳴る。

 もはや弁解もできないのか、少女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 そんな少女の様子が可笑しくて、俺は声を殺して笑う。

 そして、そのまま俯く少女に串焼きを差し出した。

「食べる?」

「えっ!? いいのか!? い、いや、施しなんて受けないぞ……!」

 一瞬、顔が輝いたのだけど、すぐに少女は顔を引き締め、首を横に振る。

 なんだか、猫に餌を拒まれた気分だ。

 餌付け失敗か。

「じゃあ、あげない」

「え? あ、あぁ~……」

 串焼きを手元に引き寄せ、俺は見せつけるように串焼きを食べた。

 少女は世にも情けない声を出して、串焼きが俺の口の中に入るのを見ている。

 まるで敗北した武将のように無念そうな表情を見せる少女に、少々やりすぎたという思いが浮かんでくる。

「そんなに欲しいなら、ほら。もう一本あるから」

「うっ……施しは受けない……!」

 意地になってるのか、少女は涙目で拒絶する。視線は串焼きに釘付けだけど。

 試しに串焼きを動かすと、少女の視線も動く。全然、拒絶できてない。

「はぁ、これも食べちゃうけど、いいの?」

「あぁ~……でも、私が人から施しを受けるわけには……下の者に示しが……」

 どうにも事情があるのか、少女はかなり(かつ)(とう)している。

 右手は串焼きに伸びているけれど。

 まぁ、意地悪はこれくらいにするか。

 俺は少女の手を取って、串焼きを握らせる。同時に持っていたお菓子も渡す。

 少女はポカンとした顔をして、何度も俺とお菓子を見比べる。

「お菓子の感想を聞かせて。女の子が好きそうなお菓子を探してるんだけど、俺にはわからないんだ」

「……」

「その串焼きは協力へのお礼ってことで、どう?」

 そうすれば、施しを受けたことにはならない。

 そう説明すると、少女はパッと顔を(ほころ)ばせる。

「そういうことなら協力しよう!」

 そう言って、少女は串焼きに食いついた。

 

◆ ◆ ◆

 

「これは甘過ぎる。こっちは苦い。お前、よくこんなの買ったな? 見る目がなさ過ぎるぞ?」

 呆れた顔で少女は冷たく言い放った。

 すべてのお菓子をペロリと平らげた少女は、お菓子の感想を言ってくる。そのどれもが(しん)(らつ)だ。

 自覚はあったけど、さすがに面と向かってそう言われると傷つく。

「どれもダメ?」

「どれもダメだ」

 こんな物を持って行ったらフラれるぞ、と少女が付け加える。

 王女殿下に渡す物だから、フラれるどころじゃ済まない。

 よかった、この子に出会えて。

「じゃあ、どんなのがいいのか聞かせて」

「定番はチョコレートだ。あとは目新しい物もいいな」

 自分が食べるのを想像しているのか、少女が幸せそうに語る。

 しかし、チョコレートといってもピンキリだ。ここは日本ではない。

 大量生産で味の安定しているチョコなど存在しないのだ。

 しかも目新しいと言われても、なにが目新しいのかわからない。なにせ、王都に来るのはこれが初めてだし、この世界のお菓子と向き合うのも初めてだ。

 俺にとっては何もかもが目新しい。

 俺はしばらく腕を組んで考える。

 この少女はただの一般市民じゃないことは、喋り方や態度から見て予想がつく。

 そんな子をあまり連れて歩きたくはないけれど、俺にとっては欠かせないアドバイザーになり得ることは間違いない。

 ここは多少変わっていようと、この少女に賭けるか。

「頼みがあるんだけど……」

「なんだ? また不味(まず)いお菓子を食わせるのか?」

「いや、俺が不味(まず)いお菓子を食べないように、アドバイスしてくれないかな? 報酬として、そっちが気になった物を俺が買うから。どうにかして、美味しいお菓子を手に入れなきゃなんだ」

 頼むと、軽く頭を下げる。

 向こうにとっても悪い条件ではないはずだ。

 事情は知らないが、お腹が減っていたのに何も買わなかったあたり、お金がないのだろう。

「いいだろう。ただし」

「ただし?」

「私が満足するまで付き合って貰うぞ」

 少女は不敵な笑顔を浮かべて、宣言した。

 そんな少女の様子に苦笑しつつ、俺は自己紹介をする。

「俺はユウヤ・クロスフォード。君は?」

「なんだ? 貴族なのか?」

 俺の質問に答える前に、少女は意外そうに聞いてくる。

 この世界で姓を持つ者はたいてい、貴族だ。もちろんそうでない者もいるが、それは(まれ)だ。

 だから姓を名乗れば、貴族だと思われる。

 だけど、貴族と言ってもピンキリだ。

「辺境の子爵家の息子だよ。王都の商人のほうがいい暮らしをしてるさ」

「そうか。私はエルト。よろしくな。ユウヤ」

 そう言って、エルトは()(れん)に笑って見せた。

 

◆ ◆ ◆

 

 俺とエルトは二人並んで、大通りの露店を回った。

 俺も王都は目新しいが、エルトもそうなのか、あちこちに興味を持っては見て回っている。

 俺がお願いしたこととはいえ、これだと俺は完全に付き人だ。

「なぁ? 俺のお願いを覚えてるか?」

「ん? 覚えているぞ。だが、私も無限にお菓子を食べられるわけじゃない。食べたからにはお腹を空かせる必要がある」

「よく言うよ……」

 先ほどまで露店にある食べ物をすべて食べつくさんまでの勢いだったくせに。

 お菓子に限定すれば、露店のお菓子をほとんど制覇できるくらい、エルトは大食らいだ。

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